同盟各国トップ会談
モスアゲート王国にて粛清の大嵐が一段落ついた頃、同盟各国のトップを集めた会談がクリソプレーズ王国王城敷地内の迎賓館で行われた。
現時点での王国トップが穏当に国王であるクリソプレーズ、カイヤナイト、パイライトからは国王が、国王が重責に耐えられぬ健康状態であるアイオライト、モスアゲートからは、既に即位の決定している王太子がそれぞれ出席している。
内容を機密扱いとするこの会談で、今回最重要項目として取り上げられるのは、同盟国によって完全封鎖されている筈の自称帝国の『玄関口』となっていたモスアゲート王国の後始末について、だ。
当然ながら、モスアゲート王国は他の同盟国からペナルティを負わされることになる。
ただ、王妃グラシアや王太子ブライアンの想定していた「最悪の状況」まで至ることにはならなかった。
モスアゲートのゴタゴタに紛れ、自国の『負の遺産』の清算を目論んだクリソプレーズ王国の暗躍によって、敵側の戦力が削られ事態の混沌化が抑えられたことで、結果としてモスアゲート王国に負わせる責任の範囲が縮小。
更に、元カイヤナイト王女である王妃グラシアの尽力を知った各国トップが甚く感銘を受け、また、グラシアに育てられた王太子ブライアンが、他の同盟国首脳陣の想像を上回る徹底ぶりで大掃除を敢行し、その手腕が将来を期待させるものであったことから、裁定を下す彼等の態度を軟化させた。
グラシアの実弟であるカイヤナイト国王ジェフリーが「参考資料」として提出した、グラシアが婚姻当時ジェフリーに「万が一の事があるまでカイヤナイト王国で厳重に保管してほしい」と託した、『第一子は母であるグラシアの手元で育てる』ことを当時のモスアゲート国王と王太子が認めた正式な契約書類も、現在問題を起こしているモスアゲートの「悪の根源」と「王妃と王太子」を切り離す判断を他の国家元首らに促す一助となった。
他の同盟国トップらが下した裁定の結果、王太子ブライアンはモスアゲート王国の再生の為に残されることが決定。
元クリソプレーズ王女である王太子妃フレデリカは、ブライアンを支えながら監視の役割も命じられた。
王妃グラシアは、「傷が元で病がちになった」として、「療養」と銘打ち表舞台からは退くことになったが、王宮からほど近い小離宮にて隠居し、王太子夫妻の相談役を担うことになり、これ以上の責任を王妃に問わないことが同盟各国トップの総意となった。
現在も意識の戻らないまま、肉体が衰弱していっている国王ニコラスは、二度と意識が戻らないことが決まっている。
モスアゲート王国に自称帝国と繋がる『玄関口』などが存在した事実は、一般に知られてはならない。
アルロ公爵は既に暗殺され、アルロ公爵家は当主の違法行為と醜聞で取り潰しとなっている。
王の側妃として権勢を振るっていたアルロ公爵の娘メイジーは、側妃という立場でありながら勝手に後宮を脱走、更に偽造身分証で国外への逃亡を図っていたことで重罪に問われた。
拘束された時点で平民扱いだったメイジーは、即日処刑された。
アルロ公爵の近親者や家人で自称帝国関連の犯罪に関わり、口封じが必要と目された者は、情け無いことに全員が処刑相当の何らかの罪を犯しており、粛清の大鉈を振るう際に揃って命を散らしている。
これで、アルロ公爵の関係者から『玄関口』のことが漏れるリスクは、最小まで減らされた。
一人残されたメイジーの娘だが、『国の色』であるモスアゲートの瞳を持つ九歳の少女は、王女の身分を剥奪、王籍から抹消され、幽閉が決まった。
身体の十分な成長後、薬による不妊処置が開始されることになる。
本人に罪が無いことは周囲の大人達も認識しているが、実の祖父と生母が犯罪者である上、母親の身分が平民では、国法に則り『王女』の扱いは不可である。
また、表には出せないが、アルロ公爵の企んだ、「己の血による『神の御業』が顕れる国の支配」という大それた罪業を思えば、アルロ公爵の血統を未来へ繋げることは、世界に背く行為だと判断された。
薬による不妊、断種の処置が施されることが決定したのは、メイジーの娘だけではない。
他にも、「罪を犯していないアルロ公爵の血を継ぐ者」が、モスアゲートには数多く存在する。
モスアゲート王国『貴族籍記録課』の調査対象となり、本当の子供と交換された、アルロ公爵を実父とする、人買いから買われ監禁されていた女性達が産んだ子供達である。
不幸中の幸いと言うべきか、まだ婚姻に至った「取り替え子」は居なかった。
だが、あと一年、アルロ公爵の企図を破壊する存在が現れなければ、婚約者同士であった実の父親を同じくする男女が初夜を迎えるところであった。
その悍ましさに強い不快感を示し、アルロ公爵を「暗殺」などで楽に死なせたことに歯噛みする各国元首だが、実はコナー家の精鋭に時間の許す限り甚振られ玩具にされての終焉だったので、報告を受けているジュリアンだけは、「歯噛みする演技」である。
取り替えられた子供達は再調査が行われ、「血統の正統性が認められない」として薬による断種、不妊の処置が施されるが、それを理由とした家門からの放逐は認めないことを各家の当主へ通告することが決定。
違反した場合の罰則も設けた。
当主が粛清対象となる重罪を犯していて、それに加担していた場合は、成人前の子供であれど連座で処刑される為、断種や不妊の処置は行われない。
その者が「罪を犯したもの」であれば、アルロ公爵の被害者であるか否かは関係無い。等しく露と消える命となるものと了解されている。
物理的な『玄関口』の封鎖は、同盟各国から選抜された軍部や暗部の者からなる『第二調査団』が編成され、元アルロ公爵領であった自称帝国と隣接する森の手前に、砦と見張り塔が造られることになった。
砦と塔の建設は、密かに着手が開始されている。
砦に駐屯する『第二調査団』の基本方針は、森から出てきた人間は全て捕え、尋問の後処刑である。
森から出てきた人間は、全て自称帝国の者だという前提で対処が為されるのだ。
危険を理由に、モスアゲート王国民へは罰則付きの不可侵領域となる元アルロ公爵領だが、国民へは、「自称帝国と隣接する防衛の要所である元アルロ公爵領の防衛を、自国の貴族に任せられるほど国情が安定するまで、同盟国へ協力を願った」と、王太子ブライアンの名で既に発表が済んでいる。
再生を目的とした破壊であった為、ブライアンの粛清は妥協を許さないものとなった。
大掃除で大分と数を減らしたモスアゲート貴族の補填には相当苦慮するものと思われたが、これはフレデリカのお手柄で光明が見えている。
クリソプレーズ滞在中にアンドレアから、「三年功績無き貴族家は〜」の法の悪用によるモスアゲートの『本物の高位貴族』の絶滅の話を聞いたフレデリカは、自身の持つ伝手を全力で行使。
結果、法の悪用による爵位の入れ替えが開始された時代、近隣の小国へ「自家の血統を守る為に」と逃げ延びたモスアゲートの元高位貴族らが血筋を繋ぎ、存続していることが判明。
代々、モスアゲート王国の「本来学ぶべき本物の教養」を子孫に伝え遺して来た彼等は、モスアゲート王太子妃フレデリカとの密かな会談にて『モスアゲート王国の再生』に協力することを快諾。
数世代ぶりに本国に帰還し、時の悪党どもによって理不尽に奪われた家門を復活。新たに国王となるブライアンの即位を以て、モスアゲート王国貴族として新たな爵位と領地を授けられることとなった。
勿論、それだけで問題が解決するということは無い。
今回の粛清を免れ残った貴族らとの軋轢も小さくは無いだろう。
モスアゲート王家への不信感や恨みも、「時代が違う」などと楽観視出来るものではない。
だが、どれほど苦難の道が敷かれていようとも、再生の為に残されることが決まったモスアゲート王族達は、先頭に立って王国民をまとめ上げ、導かなければならないのだ。
余談になるが、消えた『モスアゲートの本物の高位貴族』を追うフレデリカの補佐として尽力したのは、フレデリカがクリソプレーズから連れ帰った新しい侍女であった。
侍女の名はアネット。元ゴイル伯爵の長女である。
父と兄の処刑、伯爵家の取り潰しによって婚家から離縁されたアネットを、学院時代に同級生だったフレデリカが拾い上げた形だ。
学院時代からアネットの真面目さと優秀さに関心を示していたフレデリカは、「このまま路頭に迷わせるなんて勿体ない!」と、ゴイル伯爵の処刑後すぐに直談判で自身の侍女にスカウト。
感謝と共に忠誠を誓われ、モスアゲート帰還の際にそのまま伴った。
当然、クリソプレーズ国王ジュリアンの許可は得ている。
帰還前夜、夜半にこっそり訪ねてきた弟王子から頭を下げられ、「ゴイル家の被害者であるアネット嬢を頼みます」と言われたフレデリカは、それを了承し、背負うモノの大きく重い弟の気がかりが僅かでも減ることを願った。
今、この会談の場に臨席する者も、彼等に協力する者達も、この会談で決められた結末が、「皆が幸せになる」ようなものではないことを、存分に思い知っている。
如何様な結末を招く決断も、生涯己の業として背負って行く覚悟の無い者など、この場には居ない。
国家の最高権力者として国を代表する者は、時に史上最悪の非情な殺人者よりも多くの人間を殺す力を振るう。
自身の名の下に、選択するのだ。
選択を誤らぬよう、彼等は孤高であることを望まれる。
だが、王であれど人の身に過ぎない彼等は、孤独が過ぎれば正気を保ち続けることが難しくなる。
開催国の王として会談の終幕を宣言したジュリアンは、この会談に臨む前に、頼れる次男によって自身を縛る孤独を放棄することが出来た僥倖に、感謝していた。
次回投稿、8月30日午前6時です。