王太子の帰還
かなり長いです。
残酷描写あります。
王太子妃フレデリカの怪我により、クリソプレーズ王国に留め置かれていたモスアゲート王太子夫妻のモスアゲートへの帰国が決まった。
モスアゲート王国から、国王乱心と王妃負傷の報せが入り、急いで王太子に帰国して欲しいという要請があったからだ。
報せを寄越したのはモスアゲート王国の外務大臣で、使者がモスアゲート王太子ブライアンへ直接、要請の手紙を持って来た。
その手紙に特に「クリソプレーズ王国に内緒で」という内容が記載されていなかった為に、ブライアンはフレデリカに相談後、クリソプレーズ王国の国王へ手紙を公開。
クリソプレーズ国王ジュリアンは、ブライアンの許可を取って手紙を借り受け、三通複製して二通をアンドレアに渡した。
アンドレアは手紙の複製を一通は第二王子執務室で保管、一通をクリストファーに渡している。
ブライアンが受け取った手紙には、王が乱心して王妃をナイフで斬りつけ、倒れたまま意識が戻らないこと。斬られた王妃も救出後に意識を失い、目が覚めては気絶することを繰り返していること。王と王妃がその状態で執務が滞っているので一刻も早く帰国して欲しい、というのが主な内容として書かれていた。
そして、王の乱心の原因としては、王の怒りを買って領地で謹慎中のソーン辺境伯の「無能さ」に極限のストレスを感じた為だと思われる、と追記されている。
クリソプレーズ側としては、この手紙は非常に都合の良いモノだった。
丁度、クリストファーが描いていたシナリオに合致するのだ。
快く協力を申し出たジュリアンに、帰国が決まったブライアン達は喜んで協力を受け入れた。
式典で、ソーン辺境伯配下の暗部からブライアンとフレデリカが襲撃されてフレデリカが負傷したことは、襲撃当日の中に、モスアゲート王国へモスアゲートから付いて来ていた護衛騎士の一人を早馬で帰して伝えさせていた筈だ。
だが、急ぎ帰国を求める手紙を届けた外務大臣の使者は、それを知らなかった。手紙の内容で触れていなかったことから、外務大臣の耳にも入っていないと考えられる。
モスアゲートの王族が、同時期に連続して、「異常事態での行動不能状態」と「自国貴族の暗部に襲撃され生命の危機」に曝された。
そして、伝令として戻したモスアゲートの騎士は行方知れず。
これは、同盟国として、軍部に属する人間を派遣するに十分な要件を満たした『非常事態』だ。
式典襲撃事件後、襲撃犯がモスアゲートの辺境伯配下の暗部であったこと、襲撃犯に協力したクリソプレーズの副騎士団長を国法に基づいて処刑したことは、同盟国からの参列者に通達済みだ。
その後も、彼等は更なる情報を求め、そのままクリソプレーズに残るか、自国から代理で対応の出来る者を呼び、交代で帰国している。
ジュリアンは滞在中の同盟国関係者を集め、「同盟国の非常事態」として、モスアゲート王国へ王太子夫妻が帰国する際の護衛団を同盟国側の人員で編成し、モスアゲート到着後は、モスアゲート王太子ブライアンに協力して調査を行うことを提案。
形式上「提案」とはしたが、その場に臨席している、国王が乱心し意識不明に陥っているモスアゲート王国の王太子当人から協力要請があった為、「宣言」と同様だ。
ただし、モスアゲート王太子ブライアンとしても、祖国に同盟国からの内政干渉を認める形になるのだから、誰が指揮を執っての干渉であるかは慎重な選択を迫られる。
そこで、今回の帰国の際の護衛団を『第一調査団』とし、ブライアンの妃の祖国であるクリソプレーズと、母である王妃の祖国であるカイヤナイトの人員で編成することに決まった。
他の同盟国には、これまでブライアンの信を受けるほど交流のあった人物が存在しない為だ。
カイヤナイトからは、情報局長ローナン侯爵と現国王ジェフリーの同母弟がそのまま残留していた。
話し合いの結果、クリソプレーズからは騎士団の人間を、カイヤナイトからは情報局の人間を選抜し、今回の『第一調査団』を編成することとなった。
実際はクリソプレーズの暗部も、支配者の『右腕』リオの指揮の下、精鋭部隊と上位工作員が既にモスアゲート国内を暴れ回っているのだが、そんなことは他の同盟国にわざわざ知らせることではない。
クリソプレーズから調査団編成に出すのは、あくまで騎士団の人間、ということになっている。
騎士団の中から、モスアゲートの辺境伯配下が起こした襲撃事件で犠牲になったモーゼス・ゴイルと親しかった者や、同情心の強い者を選抜すれば、きっと良い働きをして帰って来ることだろう。
調査団の編成は即日行われ、モスアゲートから王太子夫妻に付いて来た護衛騎士達は全員が、「今回こそ確実に届けよ」と命じられ、王太子ブライアンの勅命書を持って早馬で先行させられた。
国王が「勅命」を出せない状況にある場合、その権限は次期国王である王太子が有することは、モスアゲート王国を含む同盟国全てに共通する法である。
勅命書には、ソーン辺境伯配下の暗部から襲撃を受けたこと、同盟国からの調査団の受け入れ決定、その調査団を護衛として帰国すること等が記されている。
早馬で先行させたが、勅命書の到着から一日も置かずにブライアン達は王城に帰還するつもりだ。
隠蔽工作も籠城もさせるつもりは無いと、ブライアンもフレデリカも馬車ではなく自身で馬を駆ることにしたのだ。
工作員教育を受けていたフレデリカは兎も角、密かに鍛えていたブライアンも中々の走りっぷりと体力だった。
先に伝令役として帰国させた同僚の行方知れずの理由を、「護衛対象に怪我を負わせたことがバレたら叱責を受けると考え、任務放棄で脱走した」と見当を付けていた、やる気の無いモスアゲートの護衛騎士達を追い越しそうになり、予定外の休憩を入れたほどだ。
背後からプレッシャーをかけられ続けた伝令役の護衛騎士達は、渋々投げ出さずに役目を果たすことになり、モスアゲート王城に帰還。
王も王妃も倒れたままの城で留守を預かる宰相に、王太子からの『勅命書』を渡した。
渡された勅命書を読み、「国王が倒れたとは言え、どうせ昼行灯からの勅命」と高を括っていた宰相が泡を吹いて倒れ、王の側近達や大臣達へ勅命書が渡る毎に顔色を悪くする者が増え、誰一人として保身の策を弄する暇も無い内に、調査団を引き連れた王太子ブライアンがモスアゲート王城へ帰還した。
帰還の宣言と失態への叱責、強権を発動しての調査開始を宣言するブライアンに、「昼行灯」と揶揄されていた付け入る隙など僅かも無かった。
威厳と王族のオーラを振り撒き、場を支配して各所へ素早い号令を飛ばすブライアンを見て、狭い世界での権力闘争にしか興味を持たず怠惰に生きて来たモスアゲートの高位貴族達も、流石に理解した。
今までブライアンが見せて来た「昼行灯」の姿はフェイクであり、こちらが本来の『王太子ブライアン』の姿なのだと。
となれば彼らが考えるのは、やはり今までと同様に自己保身のみである。
自分以外の誰かに「良くない出来事の責任」は全て擦り付け、力を奮える存在の庇護下に入って甘い汁を啜る為に媚びを売るのだ。
今この場に居合わせたのは運が良かったとばかりに、大臣や王の側近達は、口々にブライアンに『報告』した。
現在領地で謹慎中のソーン辺境伯が、国王ニコラスから、「この無能者め! 余の前に顔を見せるな!」と多くの貴族達の前で叱責を受けて城から追い出されたこと。
ソーン辺境伯は王から何やら『密命』を受けていたようだが、その内容については自分達は何も知らないという主張。
アルロ公爵が王の召喚にも応じず、行方知れずとなっていること。
後宮から、届け出も出さずにアルロ公爵の娘である側妃が公爵家の護衛や使用人を連れて姿を消したこと。
印象操作を目論む大臣や王の側近らの「責任を擦り付けたい相手」への悪口は、「無駄口」としてバッサリと容赦無く切り捨てながら、ブライアンは『報告』に応じた指示も次々に下して行く。
モスアゲートの人員も使うが、当然全てに同盟国側の調査団を同行させる指示が付く。
更に、現場では調査団の指示に従うよう命じられ、隠し立ては厳罰に処すとの宣言もされている。
ブライアンが「昼行灯」だった姿を忘れられず、舐めた態度で反抗した近衛等は、ブライアンに飛ばされた威圧に縮み上がり従うか、愚鈍過ぎて威圧も感じられず、国の非常時に国王代理権限を持つ王太子に反抗を続けた者は、その場でブライアンの魔法により首と胴体を切り離された。
ここまで来れば、己の願望から王太子を舐め切っていた者や、殊更に鈍い者でも分かる。
ブライアンは「昼行灯」などではない。
強力な魔法を放てるほど加護が多く、ほんの数句で手の届かぬ位置に居る人間の首を飛ばせる魔法を発現させる能力が有り、それを躊躇わずに実際に使ってしまえる胆力と残酷さがあり、首の離れた死体を前にしても顔色一つ変えない冷徹さを持っている。
ブライアンは、王国の膿を出し切り未来へ存続させる為ならば、一時的に自身の名の下に恐怖政治を敷き、歴史に「暴君」の汚名で刻まれることも辞さない覚悟だった。
その結果、いずれ民から自分の首を望まれても、未来へ希望を繋げるのならば、喜んで差し出し礎となることをも決意していた。
その覚悟を感じ取ったクリソプレーズの武人やカイヤナイトの愛国者達は、気合を入れてブライアンへ協力した。
ブライアンの覚悟は、実力主義のクリソプレーズ騎士団にも、愛国心が誰よりも強くなければ担えない任務に就くカイヤナイト情報局の人間にも通じるものがあり、認められて受け入れられたのだ。
ブライアンの『勅命』で行われた調査は、同盟国の協力者達から失笑が洩れるほど結果が出るのが早かった。
これまでどれほど真っ当な指示が出されず、調査の人員と調査対象の癒着が横行していたのかが、この結果で明らかになったからだ。
先ずは、王からの召喚にも応じず行方知れずとされていた、アルロ公爵の現在地が当日中に割れた。
王城近くの一等地に本邸を構えるアルロ公爵の屋敷へ、勅命の捜査令状を携えたモスアゲートの騎士と『調査団』の人員が向かえば、家宅捜索によって、アルロ公爵がダミーとしていた実体無き商会名義の別邸の存在が直ぐに浮かんだ。
該当する別邸へ急行すると、「二日くらい前までは、人相の悪い男達が門や塀の外周を見張ったり見回りしていた」と周辺住民の証言を得られた、内部を覗えない造りの館には、門の外にも庭にも人の気配は無かった。
呼び鈴に反応も無く、警告と同時に踏み込めば、内部は金目の物を漁ったように荒れ、それなりの人数の男達が慌ただしく去ったと確認出来る痕跡を発見。
更に、館内部は監禁目的と思われる造りになっており、鍵付きの扉を幾重にも通過した先には、衰弱した女性達が2〜3人ずつに小分けされ、数多く囚われていた。
他にも、使用感のある拷問器具の置かれた部屋や、空の荷箱が積まれた部屋があり、地下で発見された牢や鍵のかかる部屋には、複数の異なる血痕と暴力の痕跡も見られた。
広く豪奢な寝台のみが置かれた部屋も発見されたが、その寝台はしばらく使われた形跡が無く、もぬけの殻となっている使用人部屋らしき部屋には生活感は残っているものの、金目の物は一切合切引き上げたような印象だった。
館三階の主の部屋と思われる場所で、寝台に伏せるアルロ公爵と思しき遺体を発見。
室内は荒らされ、貴重品は持ち出された後と見られたが、遺体に人為的な外傷は無く、遺体に現れている特徴から、アルロ公爵と思しき遺体の死因は、重症化した性病と推測された。
衰弱した女性達の内、口をきける程度の体力が残っていた者に聞き取りを行ったところ、女性達は人買いに売られて館に監禁され、「白髪交じりの青髪の、貴族のように見える男性」の性行為の相手をさせられていたと言う。
女性達は少人数で分けて監禁されていた為に互いに面識は無く、同じ部屋に囚われていた女性が二度と戻って来ないことはあったが、戻ってこない女性のその後を知る者は居なかった。
豪奢な大きい寝台のあった部屋は性行為を行う部屋で、女性達はそこへ連れて行かれる前に、拷問器具のあった部屋で「恐ろしいこと」をされ、「身体が熱くおかしくなる薬」を飲まされていた。
館には「怖い男達」が大勢いて女性達を見張り、拷問器具のあった部屋は、男達から「調教部屋」と呼ばれていたそうだ。
女性達の話から、この館はアルロ公爵が人買いから買い集めた女性達を囲い、調教して媚薬を飲ませた女性達と不埒な行為に耽る目的で所持していたものと思われた。
その果てに重い性病に罹患し、年齢的なものもあって死亡したのだろうと、検死の心得のある騎士が判断した。
館から姿を消していた、監禁されていた女性達の見た「怖い男達」は、アルロ公爵の死に怯え、館内から金目の物を奪って逃亡したものと思われる。
女性達も「金目の物」ではあるが、逃走の足手まといとなり、換金も面倒な「商品」であることから、持ち出さなかったのだろう。
人身売買は、モスアゲート王国でも違法だ。
大貴族であるアルロ公爵が、ダミー商会を作ってまで人身売買で若い女性を買い漁り、ならず者に管理をさせて「専用娼館」のような別邸を所有していたというのは、大醜聞である。
王太子ブライアンは、死亡したアルロ公爵から貴族の身分を剥奪し、アルロ公爵家そのものを取り潰すことを決定した。
となれば、無断で後宮から姿を消した側妃、アルロ公爵の娘も「平民の脱走犯」の扱いをされる。
アルロ公爵家が所有する不動産への容赦無い捜索が開始されれば、娘メイジーの発見も早かった。
複数の偽造身分証と金品、荷造りされた女性向けの贅沢品と旅装から、偽造身分証で名前や身分を偽り、国外へ逃亡を目論んだものとして拘束。騎士の駐屯所の牢へ収容された。
取り調べはこれから行うことになるが、喚き散らすメイジーから、後宮に置いて来た娘を案じる言葉は一言も出ていない。
アルロ公爵家の取り潰しが決まった後、アルロ公爵の王都本邸に暮らしていた第二王子ダニエルは、王太子ブライアンの名の下に保護された。
興奮状態である為に、現在は王太子妃フレデリカが付き添っている。
王都付近の調査結果が出揃う頃、ソーン辺境伯領へ送った調査隊からの報告も届き始めた。
調査隊が到着した時点で、ソーン辺境伯は姿を晦ませていた。
金庫には重量のある貴金属しか残っておらず、携行出来る重さや形態の貴重品は持ち出された様子だった。
辺境伯の服や鞄が数点、見当たらず、愛馬と使い慣れた武器も屋敷からは見つからなかった。
ソーン辺境伯に対し、「王家への叛意有り」の疑いで領地の屋敷と周辺に網を張り、厳しい捜査が行われることになった。
国王代理である王太子の勅命書には逆らえず、辺境伯家の家人も取り調べに応じることとなった。
辺境伯は、王の叱責を受けて謹慎中、国王ニコラスやモスアゲート王家へ悪態をついている場面を、屋敷の使用人らにも数多く目撃されていた。
内容は、かなり不敬なものであり、それだけでも拘束と処罰は必至のものだ。
中でも調査隊が気になったのは、「自分だけ破滅してなるものか。陛下も道連れだ」という内容の呟きである。
辺境伯は王から「無能」と叱責を受けたが、全ては王から達成不可能な命令を無理矢理に飲まされたからだと、よく愚痴を言っていたらしい。
その「達成不可能な命令」の内容までは、家人達は聞かされていなかったが、徹底した屋敷内の捜索の結果、成果を催促する王からの手紙を発見。
手紙の内容は、未だ乱心後から意識の戻っていない王の、手紙を書いた当時からの正気を疑うものだった。
王が辺境伯へ望んだ「成果」は、クリソプレーズ王国へ留学した辺境伯の庶子、カリム・ソーンの遺体を、保管されるクリソプレーズの王城から盗み出して処分するというもの。
第一報で得られた調査結果に基き、ブライアンは父王の側近達への尋問を行った。
ブライアンが躊躇無く逆らう者の首を物理的に飛ばした現場を見ていた王の側近達は、震えながら自供を始めた。
しかし、何度も余計な言い訳を差し挟む姿が王太子の怒りを買い、「事実の報告以外の余計な言葉を発する毎に指を一本ずつ切り落とす」と告げたブライアンが、実際に一人の側近の指を一本、無表情で切り落とした。
それによって漸く、無駄に時間を浪費する言い訳や助命嘆願が省かれ、尋問がスムーズに進むことになる。
側近達の供述によれば、カリム・ソーンはクリソプレーズへの留学中に、モスアゲートから随行していた護衛達に折檻を受けて殺され、証拠隠滅を図ったその護衛達によって、留学中の住処として借りていた屋敷の古井戸に遺体を投げ込まれた。
その「事件」についてモスアゲート王国側は、モスアゲート貴族である犯人達の引き渡しが叶えられたことで「事実」として認めはしたが、カリム・ソーンの遺体が失われたことで、その後の賠償問題などは有耶無耶としていた。
側近達の話では、王も彼等も、カリム・ソーンの一件は「これで終わった」という考えだったそうだ。
だが、春先にカリム・ソーンの遺体が発見され、クリソプレーズ王国外務省から、補修が済んだ遺体の引取要請があり、犯人達の引き渡しにより既に「事実」と認めてしまっている「事件」を有耶無耶にすることが出来なくなったと、王も王の側近達も焦っていた。
王の焦りの最も大きな原因は、王自身が『親友』だったクリソプレーズ国王に対し、カリム・ソーンの件に絡み、「事が終わった暁」には謝罪と「それなりの対価」を渡すことを『約束』してしまっていたことだろうと側近達は言う。
カリム・ソーンの「事件」の後から、『親友』の筈のクリソプレーズ国王が「冷たくなった」とモスアゲート国王は側近達に頻繁に溢していたようだ。
元から主君の為に自分が犠牲になる気など無い王の側近達は、王が乱心後の意識不明から戻らずこの場に居ないこと、乱心中の王が自分に仕事を回して来る大臣や側近に暴言を吐いていたこと、想定外のブライアンの覇気や「よく分からないが仕事が出来そうな雰囲気」などから、王太子ブライアンに阿り、全ての「良くない事」はこの場に居ない王に擦り付けることにした。
側近達は、クリソプレーズへ対して誠意を見せなければならない状況にありながら、式典参列の為にクリソプレーズへ向かう王太子に、カリム・ソーンに関する情報を伝えなかった理由を問われ、「既に誰かが伝えていると思った」という言い訳で一人が指を落とされてから、「陛下の指示でした」と口を揃えて供述し始めた。
曰く、国王ニコラスは、『親友』であるクリソプレーズ国王ジュリアンとの『約束』により、カリム・ソーンの一件絡みの謝罪と賠償を求められることを避ける目的で、「カリム・ソーンの死体が無くなれば、もう一度有耶無耶に出来る」と、死体を盗み出し処分することをソーン辺境伯へ命じていた。
しかし、辺境伯が成果を挙げられないまま式典の日が近づいて来た。
そこで王は、自身への責任追及を逃れるため、クリソプレーズを訪れた王太子が、あちらの王族と顔を合わせてモスアゲートの代表者として責任を追求されるであろう場で「害されかねない程の失態」を犯すよう、わざと何も情報を与えず国から出したと言う。
王太子がクリソプレーズ王国で全ての責任を負って死ねば、王である自分が責められることも無くなるだろうと。
王は、「王子はもう一人居るではないか」と、もしも王太子が帰国出来ない状態になっても、我が国は困らないと宣ったそうだ。
捨て石にするなら最初からスペアの第二王子を使われては、という意見が側近達から出たと言うが、王は「アレを出して、余計に『親友』の気を損ねたら何とする」と却下していた。
第二王子が外交の場に出しては拙いレベルの無礼者である認識を、モスアゲート王が持っていたことに驚きはあったものの、自己保身にだけは必死に知恵を回す系統の人物であれば有り得なくも無いと、話は落ち着いた。
そして、供述にあった「王の発言」は、クリソプレーズ側にとって、これまた都合の良いものでもあった。クリストファーが描いたシナリオが、勝手にどんどんと裏付けられていく。
側近達への尋問が一段落した頃、辺境伯領から調査結果の第二報が届いた。
今度は辺境伯の手記という物証付きであり、当の辺境伯の遺体発見の報告付きである。
ソーン辺境伯は、旅装で帯剣し、屋敷から無くなっていた金品等を屋敷から無くなっていた鞄に詰めた状態で、愛馬と共に領内の山林の裾辺りで遺体となって発見された。
大型の獣と獣の群れに襲われたようで、付近には辺境伯に討たれたと思われる獣の死骸と血の痕が残っていた。
死骸の臭いが更に獣の群れを呼び寄せ、奮闘虚しく辺境伯は斃れて食い殺されたものと見られる。
盗賊や野盗など、人間に襲われた様子は無く、遺体の発見もその手の輩に先んじたことが幸いし、所持品は無事確保出来た。
その、辺境伯の所持品の中に、「物証」となる手記はあった。
手記によれば、辺境伯は王から『密命』を受けていたらしい。
カリム・ソーンの遺体をクリソプレーズの王城から盗み出すという、王の望む成果を挙げられなかった辺境伯は、「無能」と叱責され謹慎を命じられた後、密かに「挽回しろ」と「最後の慈悲」を与えられていた。
自国の王に見限られれば、どう転んでもどうせ未来は無い。
そう諦めた辺境伯は、自身の配下である辺境伯暗部をクリソプレーズへ送った。
先に「カリム・ソーンの死体を盗むために」送り込んでいた配下が捕らえられていることは知っていた。そしてその後、捕えられた配下の一部が騎士団の地下牢へ移送されたという情報を掴んでいた。
新しくクリソプレーズ王国騎士団の副団長になる人物は悪評高き野心家で、接触さえすれば唆せると考えた。
地下牢の特殊な鍵は破れずとも、クリソプレーズの『粛清王子』管轄下の尋問待ち拘置所とは違い、クリソプレーズの騎士団地下牢は、通路までなら忍び込むことが可能だった。
辺境伯の配下は地下牢の通路へ侵入し、収容されている同僚へ扉の外から辺境伯の命令を伝えた。
『ここの副団長を取り込み、王太子夫妻を襲撃して自決しろ』
と。
手記という『物証』に書かれた辺境伯の命令は、国王ニコラスの意に添ったものであると、目を通した者達は感じた。
王は、「王子はもう一人いる」と王太子を捨て石として扱う意思を示していたし、自分が責任を負うことを回避する為に、王太子が「全ての責任を負ってクリソプレーズで死ぬこと」を望んでいた。
手記は、国王の乱心や王太子の帰還を知った辺境伯の心情の吐露が連ねられた後、「もう終わりだ。だが私が破滅しても本当に責任を負うべき人物は護られているのが許せない。私の死後、この手記を発見した者には私の持つ全財産を譲る。それを報酬に、この話を各国に広めて欲しい」と締められていた。
各国になど広められてはモスアゲート王国の威信は地に落ちる。
手記で明らかになった暴君ぶりから、臣下達の間では、意識不明の状態から戻らぬ国王ニコラスへの悪感情も増したが、自身の破滅に国まで巻き込もうとした辺境伯への怒りも強まった。
国王代理となったブライアンがソーン辺境伯家の廃絶を宣言しても、臣下達から反対の声は上がらなかった。
辺境伯の『手記』は、ソーン辺境伯にて「第二王子の影武者」として育てられていたリオが捏造した『物証』だ。
モスアゲート王都での仕事を終えて直ぐに辺境伯領へ飛んだリオは、クリストファーの描いたシナリオを実現する為に暗躍した。
辺境伯の筆跡も、選びそうな文言や言い回しも、巡らせそうな思考も着地しそうな結論も、嫌になるほど知っているリオにとって、誰にも疑いを持たれない『ソーン辺境伯の手記』を書き記すことなど造作も無かった。
当然、辺境伯の「夜逃げ」や「逃亡中の不運な死亡」も、工作の結果だ。
アレは、リオの指揮の下、クリストファー直下の精鋭達との共同作業で完璧に再現された「野生の獣に襲われて抵抗虚しく食い殺された現場」である。
野盗の類に折角用意した『手記』が持ち去られないよう、獣より余程恐ろしい精鋭たちによって、しっかり「現場」は保全されていた。
だが、捏造であろうが工作であろうが、最高権力者が正当性を認めて採用してしまえば、王が裁く証拠としての効力に真偽など関係無い。
この後、意識を取り戻す気配も無く衰弱して行く国王の復帰が絶望視される中、『調査団』の協力により集められた情報や証拠を元に、モスアゲート王国の最高権力者となったブライアンの『慈悲無き粛清の大鉈』と呼ばれる粛清の嵐が、モスアゲート全土に吹き荒れることになる。
次回投稿、8月27日午前6時です。