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どんどん原作から離れる

 ニコル茶会デビュー後、クリストファーの茶会デビューが済むまでの一年間で、彼女を取り巻く環境は大きく変わった。


 クリソプレーズ王国において、茶会デビューの年齢を8歳に引き上げる法を制定した賢君の孫王子が、王位を継いだ際に制定した法律の中に、「社交デビュー前の()()の子と他国の者との婚約および婚姻を禁ずる」というものがある。

 王族は生まれる前から他国の王族と婚約しているという場合もあるが、この法律は、例え王であっても貴族家の子どもを他国へ()()するような真似はしてはならないという、王家への戒めも含めた意味合いの法律だ。


 茶会デビューの年齢を8歳に引き上げたことで、貴族の子供の誘拐は格段に減り、国内の人身売買組織の多くが壊滅した。

 だが、それで()()の需要が減るわけではない。貴族の子供を手に入れるために「他国の人間との婚約」を手段とする者達の暗躍があったのだ。

 貴族の家に直接話を持って行くこともあれば、()()に合致した子供を確実に手に入れるために王を唆し、王命にて婚約を結ばせ国外へ出させることもあった。

 当時は周辺国との同盟もなされておらず、海に面し山も森もあるクリソプレーズ王国の美しい子供には、自然の恵み乏しい国の子供より多くの妖精が加護を授けるために集まることも知られており、()()()()が高かった。

 現在は同盟国間では人身売買の摘発への協力義務、未然に防ぐ努力義務が確立しているが、当時は自衛ができるようになる前の有望な貴族の子供の他国人との婚約が、必要以上に多く成立していた。


 ニコルが茶会デビューまでは平穏な生活を維持できた要因の一つは、この法律だ。

 茶会デビューまでのニコルへの国内貴族からの婚約の打診は、本人の預かり知らぬところで王家が待ったをかけていたが、他国のニコルを狙う意図からは法律が守ってくれていた。

 それが解禁となれば、当然クリソプレーズ王家に配慮する必要の無い国からは多くの手が伸びてくる。

 同盟国の王族に関してはクリソプレーズ王国と同様の婚姻における決まり事があるが、それ以外では、王が後宮に召し上げる女性に身分を問わない国もあれば、王と王太子以外の王子も複数の妻を娶ることができる国もある。

 他国の王族から直接婚約を迫られては、穏便に辞退することも難しい。


 ニコルは早々に「最終手段」であったクリストファーとの婚約を公表することになった。婚約成立の日付は茶会デビューの前日で、既に国王のサインまで入った本物の書類も用意されていた。

 ニコルとの婚約を最初にクリストファーに提案したのはジルベルトだが、ニコル茶会デビュー後の他国の狂騒を想定していた王家と国の上層部も、「既に国内貴族との婚約が成立していた」という、穏便に婚約打診を断る手段を用意することまでは決めており、ニコルの相手として挙げられた候補の一人がクリストファーだったのだ。

 その()()故に筆頭ではないが、由緒ある公爵家の一つであるコナー家の、嫡男ではないが直系の年齢が近い男子。他国の人間が脅しをかけられるような軽い家ではなく、国内貴族の不満を誘いかねない「高位貴族の後継者」でもない。

 更に、コナー家の役割を知る者達には、既にクリストファーがニコルと接触済みで、信頼を得てもいると伝えられた。

 コナー家の力がこれ以上増すことを苦く思う家もあれど、既に信頼を得たクリストファーから引き離して己の息子を宛てがい、「相思相愛の二人を権力で引き裂き無理矢理自分の息子と婚約させた」などと噂を撒かれては不利益も大きい。

 外聞が悪いこともだが、そのような噂が流れれば、他国の人間が強引にニコルを攫っても、「囚われの姫を救出した美談」にされかねない。


 こうして、様々な思惑はあれど本人達にとっても最も納得できる相手との婚約が、「実は成立してました」と公表されることになった。

 成立日が茶会デビューの前日であるのは、「身を護る目的もある婚約だ」と()()()()()()目的もあり、公表していなかったのは、クリストファーが社交デビュー前だったからという言い訳が立つ。

 婚約が公表されれば、茶会デビュー前のクリストファーが婚約者の家を訪ねるのも自然だ。

 クリストファーは、公にはニコルの婚約者という立場だが、王家からはニコルの護衛という密命も受けている。クリストファーに、ジルベルト(母さん)から頼まれたニコル()の護衛を疎かにする気は最初から無いのだが。


 世間的にはおめでたい話の裏で、ひっそりとミレット男爵は夫人と離縁していた。

 夫人は裕福ではない子爵家の出で、裕福だが家格の低い新興男爵家との婚姻は政略的なものだった。

 輿入れした時は確かに純潔であった夫人だが、初夜で懐妊し娘を産んだ後、「妊娠も出産も大変だったのだからしばらく自由にさせて」と、仕事の忙しい夫と生まれたばかりの娘は置いて旅行に出かけ、先々で浮気をしていた。

 旅行から帰った妻が大分派手になっていたことで調査を入れた男爵は、不貞の事実と度を越した浪費を知り、「他所の種の子供を産まれては困る」と、()()()()()()()()()()閨を共にすることを拒否。

 男爵は夫人が浮気癖を改めればニコルの弟か妹を作るつもりだったが、継続して調査を入れていることを伝えていても、夫人の男遊びは止まなかった。

 そればかりか、ニコルが輝くような美幼女に育ち個人資産も持つようになってからは、男爵に阻止はされていたが、社交デビュー前どころか加護を授かる前のニコルを何度も外に連れ出そうと画策していた。

 ガードの固いミレット男爵家からニコルを連れ出すために、()()夫人が利用されていたことは言うまでもない。

 ニコルの茶会デビュー前から、他を出し抜くために夫人に近寄っていた男の一人に、夫人は茶会の帰途で(ニコル)を引き渡す約束をしていた。


 前世では実の祖母に、今生では実の母親に、ニコルは欲と引き換えに売られるところだった。

 事実を知ったニコルは、「今生でもかぁ」と苦く笑い、益々結婚や恋愛に夢を見ることは無くなった。


 王妃の命で第二王子が手配した護衛が付いているニコルを不審な男に引き渡すことなど不可能で、非公式に連行され取り調べを受けた夫人の自供により、罪は明らかにされた。

 離縁され親元に返された元ミレット男爵夫人は、王命もあって実家で幽閉されることになった。

 元夫人の実家の子爵家は、古い家柄だったが爵位を落とされ男爵家になった。

 娘が人身売買組織に加担し、あろうことか実の娘を売ろうとしていたことを強く恥じた子爵は、爵位返上も申し出たが、平民では『ニコルの実母』として利用しようとする者が幽閉先に押入れば簡単に奪われる。

 かと言って、奪われないよう厳重に牢に繋いでおくには、罪人であると公表しなくてはならない。

 軽微な罪では貴族の女性が厳重に牢に繋がれることなどなく、実母が重犯罪者であると周知されることは、ニコルの将来に影を落とし、ニコルを庇護する王家やコナー家の体面にも傷を付けるだろう。

 各方面を守るため、ミレット男爵が夫人と離縁した表向きの理由は、夫人側の不貞ということにした。不貞は実際、数年に渡り幾度も重ねて行われ、証拠も分厚い本数冊分もあり、夫人の()()()()()だったことは社交界でも有名なので疑う者はいない。

 実家の子爵家が男爵家に落とされ、元夫人が幽閉された理由としては、「王妃殿下お気に入りの(ニコル)への虐待発覚」が社交界の噂で流された。

 ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって、後顧の憂いを断つために、元夫人が「病死」として始末されることも、王家と元子爵家とミレット男爵家の間で密かに取り決められている。


 ニコルは婚約者となり堂々と会えるようになったクリストファーと相談し、「商品の研究開発に使う」建前で、築いた資産の一部を使い、ニコル個人の屋敷を購入した。

 ニコット商会の新商品研究開発の場となれば、屋敷がどれほど強固に守られていようが、出入りする人間を制限していようが、納得させられる。

 権力を盾に押し入って来ようとすれば、新商品を狙う目的だと疑われる。ニコット商会の新商品を権力尽くで強奪しようとする行為は、国家への叛逆さえ疑われることになる。ニコルが世に出す商品は、それだけの価値を認められているのだ。

 王家も、国内貴族の反感を買いたくなければ、庇護を意思表示していても直接訪問することはできない。せいぜい、無事かどうかの確認と、何かに困っていないかの聞き取りに使()()を派遣するくらいだ。

 その使()()は厳選され、「第二王子に忠誠を捧げた剣聖候補ならば、王家からの信も篤く、女子供に卑劣な真似をすることも無い立場だろう」と、多くの自薦他薦の候補者を蹴落としてジルベルトが任されることになった。

 実際は、クリストファーは第一王子に忠誠を誓っているわけでもなくジルベルトとの友情の方が重いのだが、傍目には第一王子陣営のコナー家の次男が婚約者の位置で、第二王子側近のジルベルトを『王家の使者』とすることでバランスを取ったように見えた。


 ニコルが購入した屋敷は、ニコルとクリストファーの二人がかりで侵入阻止(ヤバい魔法)が施され、実際にニコルが移り住む時期までに使用人も厳選された。

 行動に際して打算や計算の多いニコルだが、それらの無い行為の方が、希望通りではなくとも大きな成果を上げるのは前世の母親譲りなのかもしれない。

 誑し込む意図など皆無で方々で己の商売のために()()()()()色々によって、ニコルに絶対の忠誠を誓い、決して裏切らない崇拝者達が出来上がっていたのだ。

 クリストファーが生温い目をしながら、「連れて行く使用人には困らなそうだな」と言っていた。


 クリストファーが茶会デビューする頃、ジルベルト11歳、ニコル9歳、クリストファー8歳の時には、最早原作とは同姓同名の別人が、原作とは全く違う人生を進んでいた。


 原作では婚約者のいなかったニコルとクリストファーは婚約。

 原作でも成功している商人ではあったが、ミレット男爵家がここまで注目され、経済界の中心に存在感を放つことはなかったし、ニコルの両親は離婚もしていなかった。

 ニコルが個人の商会を持っていることも、個人の屋敷を所有して居を移しているところも原作とは違う。

 原作では個人的な関わりの無かったジルベルトとクリストファーは友人同士。

 原作では外交官だったジルベルトの父親であるダーガ侯爵は外務大臣で、本人も、「子供の頃から退廃的な薄笑いを浮かべていた」と回想される原作と違い、清廉な麗容に静かな微笑を湛えた剣聖候補の少年だ。

 原作で怠惰に振る舞うジルベルトと犬猿の仲のハロルドは、犬猿の仲ではなく、『ジルベルトの犬』になっている。

 互いに腹の中では嫌い合っていた設定のアンドレアとモーリスは、全幅の信頼に心からの忠誠を捧げる間柄でありながら、心を許し合った従兄弟同士で幼馴染みの親友だ。

 原作ではバラバラだったアンドレアの側近達は、強い信頼関係と友情(一部崇拝)で結ばれており、アンドレアが有能で多忙なことから、原作で『悪役令嬢』として登場する貴族令嬢達と彼らの間に関わりも無い。


 モーリスルートでは、「世の中は馬鹿ばかりだ」と見下すモーリスが幼馴染みと名乗られても許している唯一の存在として、高名な学者でもある伯爵の娘が登場していた。

 その伯爵令嬢は大変な才女で、学院でもモーリス達の一学年下に在籍中ずっと学年首位をキープしていた。

 現実のモーリスは、そもそもその伯爵と個人的な面識が無い。

 自らを省みるようになってからは、父親の課題クリア後にアンドレアと机を並べて同じ教師から学ぶことができたので、原作のように、「高名な学者だから僕に相応しい」と、伯爵を家庭教師に指名して令嬢と知り合うという(くだり)が存在しなかったのだ。


 ハロルドルートでヒロインに立ち塞がっていたのは、年上の女性騎士である子爵令嬢で、ゲーム展開時に学院に在籍はしていないが、騎士団長である父親が息子に護衛兼世話係として茶会デビュー後に付けたという設定だった。

 茶会デビューで暴走したハロルドがジルベルト預かりとなり、無駄にハイスペックな変態犬に成り果てた現実で、彼女が登場する隙間は無かった。


 アンドレアルートの悪役令嬢は、アンドレアの婚約者()()の公爵令嬢だが、クリソプレーズ王国の公爵が現実のアンドレアの恐ろしさを知らない筈もなく、娘もできれば『血腥い王子様』には近づきたくないと思っているようだ。

 一応、第一王子が無事婚姻した暁にはアンドレアも婚約者を選ぶ可能性があり、彼女も候補として挙がっているのだが、2歳下で茶会デビューも済ませた彼女は、まるで小動物のように怯え、アンドレアに近寄ろうとしないし目を合わせようともしない。

 それはそれで不敬ではあるが、親からアンドレアの噂を聞かされているご令嬢方共通の態度なので、特に咎められることはない。


 ジルベルトルートの悪役令嬢はクリストファーの実姉で、第二王子側近のジルベルトを籠絡して操るために近づいたセクシー悪女という設定だった。

 今のジルベルトは剣聖候補なので、国王に忠誠を誓ったコナー家の令嬢が誘惑を仕掛ける事態は起こり得ない。「国家への犯罪行為」をする者を始末する家の直系の令嬢が自らそれを起こすなど、笑い話にもならない。

 それに、ジルベルトに迷惑を掛ける行動は、クリストファーが許さない。末子でありながら兄姉弟中で一番の実力者であるクリストファーを怒らせたいとは、姉も思っていない。是非とも遠慮したい。全力で遠慮したい。


 クリストファールートでヒロインのメインの敵となるのはコナー家の暗殺メイドだが、これもクリストファーの命令に反する行動はできない。

 原作では暗殺メイドの方がクリストファーより強かったが、現実では比較にもならない。クリストファーに逆らえば瞬殺されると、暗殺メイドも身に沁みて理解させられている。原作のように、クリストファーの監視のために彼女が学院に潜入することは無い。

 もし潜入するなら、王命も絡んだクリストファーの正式な婚約者であるニコルの護衛や侍女として、コナー家から派遣される形になるだろう。


 更に、攻略対象キャラの誰もヒロインに興味すら持たないだろうと思われる。


 アンドレアは王族としての役割を誇りを持って自覚しているし、何より女に現を抜かす暇など無い。

 モーリスも多忙であり、主への忠誠心から、主にとって有益な婚約や婚姻しか結ぶ意志がない。

 ジルベルトは剣聖候補で色事は厳禁だし、前世の記憶で女性をそういう対象として見ることもできない。

 ハロルドの好意は脇目も振らずジルベルトに一点集中なので論外。

 クリストファーには王命が絡んだ婚約者がいる上に、前世から引き続きゲイなのでヒロイン()に堕ちることは有り得ない。


 原作では、隠しキャラの第一王子(エリオット)に会えるのは、全ての条件をクリアした上で逆ハーレムエンド後の続きとして開かれる『メインヒーロー卒業後ルート』だけ。

 エリオットはアンドレアの6歳上なので、学院でヒロインと接触することは無い。

 逆ハー成功で、隠しキャラのエリオット以外の全員を堕として王宮に出入りすることができるようになったヒロインが、ようやく王宮内にて隠しキャラと遭遇できるのだ。この辺りは妙にリアリティがある。

 貴族といえど、低位の男爵家の庶子で平民育ちの令嬢が、第一王子とホイホイ面識を持てたらおかしい。

 何の役割も無い男爵家の庶子が王宮に出入りする資格など普通は持てないのだから、第二王子と側近全員を誑し込む逆ハーレムエンドにでも持ち込まなければ、ヒロインとエリオットが出逢う機会は無いというのは、現実でもそうだろう。

 どう考えても、この現実で逆ハーレムルートが成功することは無いだろうし、そうなればヒロインが王宮に出入りする資格を手に入れることも無い。「難しい」と言うより「無理」だ。


 平民出身の文官や武官、陳情などに来る人間も行動を許される()()の決められた範囲ではなく、第二王子(アンドレア)に招かれたから入ることを許された()()内だから、エリオットとの出会いイベントは発生するのだ。

 見える警護の騎士も見えない監視もいるとはいえ、有象無象も紛れ込むことのある王城の表の方では、当然第一王子(エリオット)と面識も無い一男爵令嬢が顔の判別もできるような位置まで近づくことはできない。不審者、慮外者として取り押さえられるか、問答無用で斬り捨てられる可能性すらある。

 王宮の第二王子(アンドレア)のプライベートエリアに招かれたヒロインが、乙女ゲームのお約束的行動で迷子になり、隣り合った第一王子(エリオット)のプライベートエリアに迷い込んで出会いイベント発生だ。

 プライベートエリアなのでエリオットは専属護衛しか連れておらず、王族のプライベートエリアに入るには厳しい多重チェックがあるから気も緩んでいたのだろう。対面し、誰何されてヒロインが名乗り、「アンディ様にお招きいただいたのだけど迷ってしまって・・・」を選択するとエリオットルートの第一関門クリアで、エリオットから興味を持たれる。

 まぁ、現実ではエリオットルートには、そもそも入れないまま終わることになるだろう。


 けれど、楽観視するには『妖精さんにおねがい♡〜みんな私を好きになる〜』という乙女ゲームの世界と現実世界に、ディテールまで重なる部分も多く無視はできない。

 もしも、エリオットが攻略などされてしまえば大事になるのだ。

 斯くして密談に最適な場所(ニコルの屋敷)に集い、『妖おね』を知る前世の母と子は、お茶会という名の戦略会議を開催することになった。

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