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責任を理解出来ないままで

 モスアゲート王国王都の人々の生活は、一見、何一つこれまでと異なる未来を予感させる様子など無く、日常だけが流れていた。


 しかし、普通の人々の暮らしの陰で、王都に潜伏する自称帝国の工作員や、国家が王都の監視の為に放ったモスアゲート王国暗部が静かに駆逐され、姿を消している。


 そして、国王ニコラスは体調不良を理由に公務を放り出し、後宮の側妃の寝台に隠れて駄々を捏ねていた。


 王妃が代われる公務はグラシアが代理で行っているが、グラシアも「いい歳をして成長しない無邪気な王女」のキャラクターを保っているので、「私じゃ分からないわ。陛下に聞いて」と大臣や国王の側近に仕事を回す。


 これまでは、国王(ニコラス)の『親友』だったクリソプレーズ国王ジュリアンの()()()()()()()の通りに臣下に指示を出していたニコラスが、後宮から出て来なくなったのだから、指示通りにしか動けない臣下達は、仕事を回されたところで意味さえ理解出来ない。


 ニコラスが逃げ込んだ先は、アルロ公爵の娘、メイジー妃の寝台だ。

 後宮の中で最も広く豪華な部屋であり、女性であっても勝手に訪ねて王を呼びに行くことなど許されない、国内最高レベルの権勢を誇る側妃の部屋。

 当然、男性である大臣や王の側近達が踏み入る訳にはいかない。


 グラシアの予想通り、王妃が責任を擦り付ける相手として機能しなければ、大臣や王の側近達は直ぐに音を上げた。

 現在この国に居る中で唯一、側妃よりも身分の高い女性である王妃グラシアに、メイジー妃の部屋までニコラスを呼びに行ってくれ、せめて指示を貰って来てくれと懇願されたのだ。


 グラシアは、「難しいことを言われても分からないから、全部書いて」と言って、大臣達に連名で嘆願書を(したた)めさせてから後宮に向かった。


 王城も王宮も後宮も、気配を読めば、随分と監視の数が減ったようだと、グラシアは歩きながら思う。


 モスアゲート王国では、姿を見せずに王族を護衛する者達を『王家の影』、国家の汚れ仕事を請け負う者達を『モスアゲート王国暗部』と呼んで使い分けている。

 護衛らしき気配の『影』は、元々グラシアの近くには少なかったが、今では一人も居ないように感じる。

 グラシアにとっては敵意ある監視でしかない暗部の気配も、私室から出れば感じていた数が、ほぼ感じられなくなっている。王宮と後宮では気配はゼロだ。


 恐らく、クリソプレーズ王国の暗部が動いているのだろう。


 リオの密かな訪問から、グラシアは、そのように当たりを付けた。

 今後の()()()()()に当たって、邪魔になりそうなモスアゲート王国暗部を事前に消しているのだろう、と。

 それに対して否定的な思いは何も浮かばない。

 ()()()()()()彼らは国家元首に忠実な存在だ。元首が滅亡へ直走る国の軌道を修正する考えを捨てていても、滅びへの道を忠実に護るのだ。

 再生を目指す破壊の途上で、彼らは障害にしかならないだろう。


 メイジー妃の部屋に着けば、扉の前に護衛の姿も無い。

 男子禁制の後宮ではあるが、国王の専属護衛だけは扉の前で待機が義務付けられていた筈だ。

 ニコラスが後宮に逃げ込んだ為に彼の専属護衛の姿を最近見ないのだと思っていたが、ここにも居ないとなれば、彼らは護衛対象から離れて一体何処へ消えたのだろう。


 監視の暗部どころか国王付きの『影』も、後宮にはいないようだ。

 暗部はクリソプレーズの暗部に狩られて数を減らし、後宮に回せる人員が居ないのだと思われるが、護衛である『影』まで存在を感じられないことが奇妙だった。

 まさか、後宮は危険が無いと判断している訳ではあるまいに。


 国王が最も無防備になるのは閨だ。

 寝台の天蓋に視界を遮られるとはいえ、同盟国から嫁した元王女である正妃との房事でさえ『影』の護衛は外れない。

 ましてや側妃は、国内の有力貴族達の権力闘争が絡んでの輿入れなのだ。『影』の護衛無くして閨で急所など晒せるものではない。


 しかし、グラシアはこれを機会と捉えた。

 奇妙だとは感じるが、これから夫でありモスアゲート王国において最も尊い方に「乱心する薬」を盛るのだ。

 護衛も監視も居ないのならば、好都合である。


 グラシアは、実行前に、リオに渡された薬を分析していた。

 そして、かなり高度な調薬技術を持った薬師がクリソプレーズには居るのだと感じ入った。

 この薬は、体内に入って効果を発揮する頃には、もう体液に馴染んでしまって検出されることが無い。

 盛った現場を見られずに国王が()()してしまえば、それが薬の影響だと露見することは無いのだ。


 扉の外に護衛が居ない為、グラシアは自身で扉をノックしているが、しばらく待っても応えは無い。

 中からは、音の一つも聞こえない。

 メイジー妃にはアルロ公爵家から連れて来た護衛も侍女も複数いた筈である。

 音も気配も無いというのは、おかしい。


 覚悟を決めて、「グラシアです。入りますよ」と扉を開けて中へ入ると、居間にも扉を開け放たれた続きの間のプレイルーム等にも人影は無い。

 護衛も侍女も、後宮付きの女官もメイドも、一人も見当たらないのだ。

 勿論、メイジー妃の姿も無い。


 声をかけながら次々と扉を開け、グラシアは最奥の寝室へ向かった。

 寝室の扉は閉ざされている。

 そして、ようやく人の気配が感じられた。

 だが、その数は、グラシアが感知できるものとして、一人分だけだった。

 国王ニコラスは後宮のメイジー妃の部屋へ入った後、誰も姿を見ていない。


 ───まさか。


 最悪の予想が過り、慌ててノックと共に声をかけ、中に入ると。


「な、なんだ。お前か」


 寝台で、頭から被った掛布の隙間から顔を出したニコラスに落胆した声をかけられて、グラシアは拍子抜けした。


 アルロ公爵が、王太子(ブライアン)の居ない隙に(メイジー)を使って国王(ニコラス)を暗殺し、自分が養育した第二王子(ダニエル)を王位に就けて国の簒奪を目論んだのかと、最悪を考えた。

 だが、何故かメイジー妃とアルロ公爵家から連れて来た人員の姿は無いが、ニコラスは無事だった。


 これからニコラスを破滅させる為の薬を盛ると言うのに、無事な姿を見て安堵した自分に、グラシアは内心で嘲笑を浮かべた。


 それは、己の甘さを感じたからではない。

 ()()()()()()()()()()()()()を、その前に()()()()()()()ことを厭わしく思った、己の冷酷さに辟易したのだ。

 いくら情が欠片も残さず潰えていたとしても、一応は夫であり、幸せを願った我が子の父でもある。

 王妃として、国の為だと大義を有していても、妻として母としての感傷が、塵一つ分くらいは、「人として」湧いても良かったと言うのに、ニコラスに対しては、何も()()()()()()が動かない。


 祖国で王族教育を受けていた頃、グラシアが女として産まれたことを惜しまれたことは少なくない。

 グラシアが、国王となるべき(ジェフリー)には無い、「誰であろうと躊躇いも後悔も無く切り捨てられる残酷さ」を持って生まれていたからだ。


 グラシアは別に、人を愛せない人間だという訳では無い。情が無い訳でも無い。

 ただ、それ以上に、「王族としての自我」が強いのだ。

 己が護るべき国に仇為す存在と認識したならば、排除に躊躇いは持たない。


 特に、立場を、責任を、理解せず蔑ろにする者が、高みに座しているほど、その者へ向ける排除の意思は強く、苛烈になるのだ。


 ニコラスは、モスアゲート王国の国王でありながら、愚か者である自身から脱却することをしなかった。

 ()()()()よう教育されていたのだとしても、罪を免れはしない。


 国王とは、王国の全ての権力を掌握する最高の地位に在り、王国の全ての民の誇りとなるべき象徴でもある。

 ニコラスは、その権力を、思考を放棄することで他者へ委ね、誇りとならず恥となる言動を繰り返し、国名に泥を塗り、己が王として立つ王国の価値を下げた。


 ──この暗愚の粛清が、私が王族として生まれた意味だったのかもしれない。


 リオに薬を渡されてから、ずっとグラシアが考えていたことだ。


 グラシアは、呆けた顔を直ぐに「普段のグラシア」の顔に作り直し、ニコラスに大臣達から託された嘆願書を渡した。


「皆、難しいことばかり言っていて、何だかよく分かりませんの。とにかくこの()()を陛下に持って行け、と持たされたのですわ」


「し、知らん! お前達で何とかしろと言っておけ」


 渡された書面を見るや「ひっ」と情けない声を上げて寝台の下に放り捨て、ニコラスは掛布の中に頭を隠す。


「もう何度もそう言っているのですけれど、大臣達も()()()()()の指示が無ければ動けないのですって。ところで、メイジー様はどうされましたの?」


「な、何でも余に頼るな! たまには自分達でも頭を使え!」


 途轍もなくブーメランな台詞を吐いた後、ニコラスは再度掛布から顔を出して、怯えていた顔に希望を蘇らせた。


「メイジーはアルロ公に相談に行ってもらっている。そ、そうだ。アルロ公なら何とかしてくれる。この拙い状況も、きっと変えてくれる筈だ!」


「わざわざメイジー様が相談に行ったのですか? アルロ公をこちらにお呼びすればよろしかったのに」


 本来、後宮に入った側妃が届け出もせず外に出る事は、国王の一存だけでは許されない。

 そんな()()を、今更目の前の男に説いたところで無駄だと流し、グラシアが問えば、返答は不穏なものだった。


「遣いを出しても連絡がつかんのだ。王都からは出ていないらしいが屋敷にも王都内の別邸にも居ないらしい。アルロ家の本邸で暮らすダニエルからも十日以上会っていないと」


「それでメイジー様に出向いてもらっているのですね。あぁ、だからメイジー様の護衛も侍女も姿が見えないのね。皆メイジー様に付いて行ってしまったのだわ」


「あ、ああ。()()()()相談して来るから王宮の護衛は使えないと、公爵家から連れて来た者達に同行させていた」


 チラリとサイドテーブルを見れば、数日分の飲み物や果物、焼菓子などの保存の効く食べ物が盛られた籠がある。

 部屋や寝台の様子から、少なくとも数日は、清掃もベッドメイクもされていないことが窺える。


 グラシアは、既に最低辺だったニコラスへの評価が、まだ下がることに、表には出さず、いっそ感心した。


 メイジー妃は逃げたのだ。


 アルロ公爵から事前の指示があったのか、メイジー妃自身の考えで保身に走ったのかは分からないが、この国の影の最高権力者とも言える父親(アルロ公)と連絡がつかなくなり、自身の後ろ盾が危うい状況だと見て、あっさりと『今』を捨てたのだろう。


 生家の公爵家から連れて来た人員を残さず共に引き上げ、「秘密裏に父に相談して来る」という言い訳で、申請も出さずに後宮から脱出し、女官やメイドの口から自身の逃亡が早期に露見しないよう、時間稼ぎ用にニコラスが寝室に一人でしばらく籠もれる量の飲み物や食料を用意して、「私が帰って来るまで、()()()()()()()()()()()ここに隠れていてください」とでもニコラスを言い包めたに違いない。

 その光景が目に浮かぶようで、グラシアは苦々しく思う。


 飲み物や食料を用意させた際に女官やメイドには、「しばらく陛下と二人きりで過ごすから部屋に入ることは許さない」とでも命令しておけば、後宮でメイジー妃に逆らう者など現れない。

 ニコラスさえ部屋から出なければ、「陛下はメイジー妃とご一緒に寝室にお籠りになっている」ことを誰にも疑われない状況の出来上がりだ。


 更に、まだ九歳になったばかりのメイジー妃の産んだ王女エイミーは、昨日も後宮の庭園で目撃されている。母親が娘を置いて()()したと疑う人間は少ない。

 実際は、利己的な人間は実の親だろうが子供だろうが、時間稼ぎやアリバイ工作に使えるものは使うのだが、常識や倫理観がそれらの可能性を忌避して否定しがちなのだ。


 メイジー妃は、瞳の色がモスアゲートである娘を連れていては、逃亡の枷になると考えたのか。

 それとも、再度後宮へ舞い戻る状況が整った時の為に、自身の権勢を再興する足掛かりとして残して行ったのか。

 いずれにせよ、母の姿は護衛や侍女と共に無く、娘は後宮に残されている。


 まぁ、今は考える必要も無いことだ。


 グラシアは、無邪気な笑顔を作って、サイドテーブルのデキャンタを手に取った。


「メイジー様がいらっしゃらないなら、わたくしも少し、ここで休んで行きますわ。大臣達のお顔が最近、怖いんですもの。こちら、果実水かしら? いただきますわね」


 グラシアの様子に、グラシアは、どうやら自分をこの部屋から連れ出しに来たのではないと安心したようで、ニコラスは掛布の中から這い出して来た。


 もう、一人で残されて、多分、三日以上経っている。

 不安でもあるし、退屈で寂しくもあった。

 既に興味の消えた、「獣胎の出来損ない」の正妃でも、暇潰しの相手くらいにはなる。


 追い詰められ、たった数日間の孤独から、今までは出来ていた『人前での取り繕い』すら投げ出してしまったニコラスは、自分が胸の内で考えていた王妃(グラシア)への侮辱を本人(グラシア)に看破されていることも気付かずに、数日ぶりの生身の話し相手へ手を伸ばす。


「ああ。余にも何か一杯くれ。そっちの、ブロンザイト王国から輸入した白ワインが良い」


「かしこまりましたわ。ワイン用のグラスをキャビネットから出して参りますわね」


 にこりと笑顔で立ち上がったグラシアを、見下しているニコラスは何一つ疑わない。

 ()()()()()で女であるグラシアが、自分(ニコラス)に何か出来るなどと思ってもいないのだ。


 グラシアは居間まで戻り、キャビネットから豪奢な装飾の施されたワイングラスを取り出し、リオから渡された薬を内面に塗り付けた。

 薬の容器は、この場で「乱心」したニコラスにグラシアが殺されたとしても、グラシアの死体から発見されることが無いように、先にケースから薄紙に移し替えていた。

 薄紙は、寝室に戻る前に魔法で燃やす。


 この国(モスアゲート)に来てからは、出来の悪そうな無邪気さを装っているグラシアの魔法の精度は、実際はかなり高い。

 加護も、国王ニコラスや第二王子ダニエルとは、比べ物にならないほど多かった。


 この場面で魔法が使えたと言うことは、ニコラスに薬を盛ることは、妖精のお眼鏡に適っていると言うこと。


 そんな風に成功の自信と気分を高め、寝室に戻ったグラシアは無邪気な笑顔のまま、持って来たグラスに注いだワインをニコラスに渡す。

 そして、自分は果実水を手近なグラスに注いで口を付けた。


 喉が渇いていたのか、ニコラスは一杯目のワインをほぼ一息で飲み干した。

 無言で差し出された空のグラスに、グラシアは「相手をしてもらえて嬉しい」という様子でニコニコとワインを注ぐ。

 それを鼻を鳴らして眺めていたニコラスの瞳孔が、急速に開いていった。


「なぁ、王妃よ・・・」


 頬が紅潮し、息の荒くなったニコラスが、今や爛々と獣のように見開かれた両眼でグラシアを見据え、低く唸る。


「余は退屈だ。座興に流れる血でも見せよ。赤きモノが見たい」


 ニコラスの反応を目にして、グラシアは冷静に分析する。

 この「乱心を起こす薬」が、「乱心」の方向性が人によって異なるだろうという予想はしていた。

 どうやらニコラスには、流血を求めるようになり、隠していた残虐性と凶暴性を露出させる効果が出たようだ。


 ニコラスが、飾りでしかないが、常日頃から腰に佩いていた立派な剣は、プレイルームの椅子に立てかけてあったのを見ている。

 この場にある刃物は、果物籠に添えられた小さなナイフくらいのものだ。

 ならば、派手に流血する傷を負ってから()()()()()()方が得策だ。


「へ、陛下?」


 怯えと戸惑いの演技でグラシアは誘う。

 視線を、ニコラスにも分かりやすいように、チラリと果物籠へ送った。


「おお、良いものがあった」


 ニコラスはギシリと音を立てて寝台から立ち上がり、酔漢のような覚束ない足取りでサイドテーブルからナイフを手に取って握り、ニタァと口角を吊り上げてグラシアを睨めつける。

 その口角からは、涎が垂れ始めているが、拭う素振りも無い。


「きゃあぁぁぁぁぁあっ」


 ニコラスが振り上げたナイフの軌道を読みながら、わざと嗜虐性を煽る悲鳴を上げて、負う傷の深さを測るグラシア。

 派手に飛び散った鮮血に、計算通りだと満足する。


「いやぁっ! 誰か! 陛下が、陛下がご乱心をーっ!」


 あとは、泣き叫びながら人の居る方へ居る方へ、血塗れのナイフを握りしめ、獣のように歯を剥いて涎を垂らし、爛々と異様に眼を光らせてグラシアを追うニコラスを誘導するように、()()()()()やればいい。


 つかず、離れず、後宮を出ても異様な「追いかけっこ」は続く。

 血に染まり泣き叫び、淑女の片鱗も投げ捨てて、ドレスの裾をからげて必死で逃げ走る王妃。

 どこからどう見ても「異常」としか言えない風体で、血塗れのナイフを掲げ、ふらふらと追いかける国王。


 その地獄絵図に咄嗟の判断をしかね、手を(こまね)き固まる目撃者達だが、グラシアの叫ぶ「陛下がご乱心」の言葉が意味を持って脳に到達した頃、ようやく身体が動くようになった。


「陛下、お止めください!」


「御身失礼致します!」


 近衛に取り押さえられながらもニコラスは、「血が見たいのだ!」、「余は退屈している!」、「余に執務を求めるな!」、「無能な大臣共め! 殺す!」、「アルロ公はまだか! 殺すぞ!」などと喚き立て、その異様な様子と共に、喚いた言葉の内容も目撃者達の記憶に残された。


 蒼白の怯えた顔で保護され、悲痛な表情でニコラスを眺めるグラシアの心の中には、「何という絶妙な効果の薬かしら」という、薬師としての興味しか存在していない。


 薬には異常な言動を誘発する効果が有るが、直近のストレス源を言葉として発する作用のお陰で、グラシアが誘導用に持参した大臣達の嘆願書が見事に効果を発揮している。

 ストレスが元になっての「乱心」の信憑性を上げ、多少の誘導で、()()原因であったのかまで操作可能とは、この薬効は見事としか言いようが無い。


 薬師として存分に称賛を心で贈り、外面では、口を塞がれて運ばれて行くニコラスを震えて涙を零しながら見送ってから、グラシアは、「妃殿下も手当を」と手を延べる医務官の目の前で、意図的に気絶した。

 モスアゲート王国に於いて作り上げてきた『グラシア妃殿下』の反応としては、それが()()()と判断したからだ。


 もしも意識を失っている間に()()されたとしても、ニコラスに薬を盛るという目的は果たした。

 舞台裏で「破壊」の一端を担う役割は、きっとここで終わり。

 後は、モスアゲート王国を「再生」する役割を担う若者達に未来を託す。


 カイヤナイトの瞳を閉じるグラシアの胸に、後悔は微塵も無かった。


 フレデリカ姉さんのように工作員教育を受ける王族は稀ですが、この世界では、加護が多い=有事の際に戦う能力を持っている、ということなので、適性が有り本人が希望すれば、高貴な女性でも戦闘技術を身に付ける機会はあります。


 各家庭の方針や、その時代の「婚活に有利な女性の流行」によっては、「女性は護られるだけの存在であるべき」という考えが一般的であることもありますが、高貴な血筋の生まれならば魔法が使えるだけの加護は持っているので、魔法込みの護身術程度は身に付ける女性が多いです。

 ただし、男性の前では分厚く猫を被り、「か弱く見せるのが淑女の嗜み」というのは各時代共通のようです。


 グラシアは祖国での王族教育の中で、弟と共に、「戦う可能性のある男性」と同レベルの体術と魔法技術を履修しています。

 気配感知や動体視力は、その時の体術訓練で身に付けたものです。

 ナイフの軌道を読んで計算通りの傷を負うことが出来たり、どこをどれくらい切ったらどれくらい血が出るかを知っていたり、「追いかけっこ」で付かず離れず走り続ける体力や脚力が有ったり、というのは、全て祖国での訓練経験の賜物です。

 普通のお姫様やお嬢様に出来る芸当ではありません。

 グラシア様は、自分に厳しく気の強い努力家です。



 作中に度々トンデモ効果の薬が出てきますが、地球に無い植物や鉱物や生物も存在する異世界で、精製や調合に魔法を使う工程がある為、と考えて流してもらえると幸いです。



 次回投稿、8月23日午前6時です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 長年頑張ってきたグラシア様、おつかれさまでした。 表舞台から降りたあと、名前を変えてても、どこかで今までの分幸せに生きてほしいなと思います。 本人が望むなら、クリスのお家で才能を活かすとか。…
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