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副団長という夢幻

 前話より少し時間は戻り、時系列は143部の後あたりです。


 ゴイル伯爵家当主マルセル・ゴイルは、己の身に起きている事実を、現実のものとして受け止めることが出来ずにいた。


 これは悪い夢だろう。

 早く覚めて、あの輝かしく希望に満ちた()()に戻るのだ。


 そう、頭の中で繰り返すものの、与えられる痛みは、やけに現実味を帯びている。

 悪夢から覚めるのだと繰り返すのが頭の中だけであるのも、凶悪犯が魔法で抵抗する手段を封じる為にと口を塞がれているからだ。


 一体、何が起きているのか。

 この事態はどういうことか。

 何故、自分は、こんな()()を見せられているのか。


 待機中の騎士団長執務室で、うたた寝でもしてしまったのだろうか。

 いや、もしや式典で襲撃事件が起きた事からして、夢だったのではないか。

 今は自邸の寝室で、今日の式典を楽しみに眠りについた昨夜の続きに、寝台の上で微睡んでいるのだろう。

 きっとそうだ。

 昨夜の寝酒は前祝いとばかりに、少々過ごしてしまった。

 この()()は、きっと、そのせいだ。

 そうに違いない!


 だが・・・だとすれば、()()()()が夢なのだ?


 マルセルは、はたと思う。


 己が、新しく騎士団長に就任する王弟から副団長の内定をもぎ取ったあの日は、確かに現実だ。

 ()()()()()()()なのだ。


 ずっとずっと、若い時分から、同年代のジュリアンの側近の位置を狙っていた。

 ジュリアンの側近は、国王として異例なほどに少なかった。

 自分(マルセル)が潜り込む()は幾らでもあった筈なのに、陛下(ジュリアン)は何時まで経っても声をかけてくださらない。


 何度となく売り込んだと言うのに、側近どころか専属護衛も断られた。

 邪魔な前騎士団長のパーカー伯爵が失脚して消えた時は、なるほど自分(マルセル)に騎士団長の地位を下さる為に、側近や専属護衛にはしなかったのかと()()したと言うのに、何時までも声はかからず、辺境から王弟(レアンドロ)が帰還した。

 ()()()()()()()、王弟の側近で()()することにしたのだ。


 軍人であり指揮官の経験も長い王弟が、騎士団長の座が空席になった王都に帰還したのだから、どうせ騎士団長は王弟が陛下から指名されるのだろう。

 それくらい、近衛試験に通った貴族なら分かりそうなものなのだが、頭の悪い野心を抱いた愚か者が随分と湧いていた。

 だが、自分は奴らとは違う。と、マルセルは思っていた。


 帰還後、騎士団に出入りしていた王弟に接近するのは容易だった。

 本当に()()陛下の実弟かと疑わしいほど、王弟(レアンドロ)はマルセルが近付くことを許し、耳に吹き込んだ話を()()()()信じた。


 嘘を吹き込んだ訳では無い。少々、マルセルに有利な答えに到達するよう誘導しただけだ。

 後ろ暗いところなど何も無い。

 レアンドロから、レアンドロが騎士団長に就任した時にはマルセルを副団長に指名すると()()を貰うまで、さして時間はかからなかった。

 渋られるどころか、マルセルを忠臣だと感謝までされた。

 笑いが止まらないとはこのことだ、と思い、屋敷に帰って祝杯を上げた。


 長男のモーゼスを次期国王の専属護衛にさせたが、どうにもパッとした活躍が出来ていない。

 このままではゴイル家の名声は上がらない。

 もっと、もっと上を目指して侯爵までは昇りたいとマルセルは考えている。

 その為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 醜聞を流す。縁談の邪魔をする。商売の邪魔をする。

 貴族なら当たり前の、立身出世の為の戦いだ。

 直接刺客を送ったり、()()()()()をかけて破滅させるような馬鹿な真似はしていない。

 だから、マルセルの経歴には傷一つ無いのだ。


 だから、()()()()()、口を塞がれ、拘束され、()()()()連行される『現実』など有り得ないのだ。


 騎士団の地下牢は、通常の犯罪者を入れる場所ではない。

 拘束し、連行が地下牢へ直行なのは、凶悪犯や脱獄の前科持ち、脱獄の危険が高い裏稼業の専門職の者や、暗部の訓練を受けた経験有りと判断される犯罪者などだ。


 先日、この国(クリソプレーズ)の貴族の粛清を担う第二王子(アンドレア)の側近の一人、宰相の息子(モーリス)から依頼された。

 最近、第二王子執務室への侵入者が多過ぎて収容先が満杯だから、騎士団の地下牢も貸してくれという話だった。

 王子の執務室まで侵入を成功させたのだから、侵入者は暗部の訓練を受けた者だと判断された。

 話に何もおかしな所は無い。

 ならば、あの依頼は現実だったのか。

 あの依頼が現実だったならば、第二王子執務室への侵入者が激増したという現象も現実か。


 だが、()()()()()()()内容は夢である()だ。

 だから、「騎士団の地下牢に収容していた第二王子執務室への侵入者は、『モスアゲート王国ソーン辺境伯の暗部』である」という事実など無いし、「騎士団の地下牢から脱獄した者達が式典で襲撃事件を起こした」という事実も無い()だ。


 そうだ。そもそも、式典で襲撃事件など起きないのだ。

 ()()()()()()()()()()()()のだから。


 マルセルの頭の中では、そうなっている。


 今はまだ、寝台の上で夢の途中。

 なかなか覚めない、随分と悪い夢だが、()()()()()()()()()のだ。


 マルセルの頭の中では、そうなっている。


 何故なら、口を塞がれ抗弁も許されず突き付けられる『マルセル・ゴイルの罪状』は、事実ではないのだから。

 述べられる罪状、「騎士団の地下牢から侵入者達を脱獄させた」ことや、「式典の警備計画を襲撃犯達に洩らした」ことに、一切思い当たる節など無いのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 マルセルは、自覚も無いままに、頭の中では真実に辿り着いていた。


 そう。マルセルは、クリソプレーズ王国という国の未来の為に、軍部のトップに就く「優しき王弟」レアンドロの『教育』の為に、国家主導で冤罪を被せられているところなのだ。

 いくらレアンドロが、平民の言葉で表せば「チョロい」相手だったとしても、「王族を唆す」などという不遜な罪を犯さなければ、マルセルが『教材』という生贄に選ばれたりなどしなかったものを。


 マルセルの破滅を決定付けたのは、レアンドロの行動だ。

 全てを失うマルセルが、恨むべきはレアンドロである。

 だが、マルセルがレアンドロを『教育』する『教材』に選ばれたのは、彼のこれまでの「自分の位置を高める為に他者の足を引っ張る」という生き方が、冤罪の台本を作る者達にとって都合の良いものだったせいだ。

 マルセルが、これまで清廉潔白に生きていたならば、栄達を望んで魔が差し、一度だけ王弟(レアンドロ)に囁いたとしても、『教材』として破滅することなど無かった。


 詰まる所は、日頃の行いが己の首を絞めたと言うことだ。


 全てを失うほどのことではない。そう言われれば、マルセルを生贄に選んだ側とて否定はしないだろう。

 だが、日頃の行いが善いとは言えず、情報通の間では人物評の悪い、「裏切っていた」と聞かされれば「やりそう」と感想を抱かれるような、信頼度の低い『近衛の隊長格で伯爵家の当主』が、『軍部のトップに就く王弟』を意のままに操るような囁きを吹き込んだのだ。


 排除は、されて然るべき。そうなる最後の一線を越えたのは、マルセル自身である。


 冤罪とは言え国家主導である。

 証拠は着々と積み上がっていく。


 脱獄には、前任者から引き継ぎを終えてマルセルに管理責任が移った地下牢の鍵が使われていた。

 地下牢の牢番は、マルセルから指示を受けて持ち場を離れた。

 式典当日に、襲撃されたモスアゲート王太子夫妻の近くを警備する予定だったクリソプレーズ王国の騎士に、警備計画の変更を命じたのはマルセルだった。

 そして、襲撃犯達が、マルセルが協力者であると()()した。


 マルセルは、鍵の管理責任は持っていたが、モーリスの依頼で侵入者共の収容に立ち会った後は地下牢の鍵を使ってなどいない。


 牢番に持ち場を離れる指示は出したが、宰相補佐官から渡された地下牢に収容中の囚人の確認書類を届けさせる為だった。

 確認書類の提出が必要になったのは、騎士団の騎士が捕えた者以外の人間を騎士団の地下牢に収容したからで、収容に立ち会ったマルセルのサインと、収容中に牢番に立つ者全員の「確認済み」の署名が求められるのは、通常の形式だ。

 他国の要人が多く参列する式典が迫っているから、大至急で書類を提出してくれと補佐官に言われ、牢番を走らせた。


 思えば、何故あの時、周辺に()()()()()()()()()()()


 嫌な冷たさが喉を迫り上がってくる感覚に、マルセルは頭を振る。

 いや、違う。これは夢だ。夢なのだ。感覚など無い。

 きっと、あの「誰も居なかった」場面も夢の一部だ。


 当日に、警備計画に最終調整が入ることは珍しい訳では無い。

 特に、計画の立案者と実行者が異なる場合は、当日に思わぬ不備が見つかることもあるものだ。


 警備計画を立てたのは、第二王子執務室のメンバーだ。

 それを新騎士団長であるレアンドロが承認した。

 レアンドロが主導で警備計画を立てなかったのは、長らく王都を離れ、帰還して間もないからだった。

 国王の命令で第二王子が側近達と警備計画を立て、それをレアンドロが承認して騎士団に通達し、綿密に打ち合わせも行った。


 だが、それでも紙面上の配置では見逃していた()()があったから、マルセルは指示を出したのだ。


 警備計画では、来賓の王族の警護は、近い位置には近衛を配し、近衛の隙間を埋める様に、一般騎士の中から「対人戦の実戦経験が多い者」と「対人での制圧経験が有り上手い者」が配置されることになっていた。


 近衛の数は限られるのだから、人数を一般騎士で補充するのは構わない。その騎士に、対人での実戦経験や制圧の力量を条件とするのも否定はしない。

 だが、王族の視界に入る位置での警護に平民出の騎士を配置するなど無礼であり、我が国(クリソプレーズ)の恥となるに()()()()()()

 天才などと褒めそやされる第二王子(アンドレア)だが、やはり若さ故に経験が不足している。他国の王族を招いた式典で国名に泥を塗る気か。()()()()若僧がいい気になるな!


 そう、内心で憤ったマルセルは、来賓王族の視界に入る位置に配された平民出の騎士に、貴族出身の騎士との交代を命じた。


 しかし、実力主義を掲げるクリソプレーズ王国騎士団では、()()()()()()()は、出身の家の格と同じくはならない。

 来賓王族の近くで警護することになっていた平民出の一般騎士は、全員が隊長格だったのだ。紙面上では配置される騎士が「隊長格」と記されていたことで、マルセルも見過ごしてしまっていた。

 だが、貴族出身の隊長格の騎士は、既に動かせない配置で任に就いている。

 貴族出身だからと平騎士や見習い騎士を隊長格と交代させては、後から来賓側に知られた時に、「良からぬ意図があったのでは」と疑念を持たれてしまう。


 だから仕方無く、マルセルは、平民出の騎士に、王族の視界に入らない位置まで下がって任務に当たるよう命じた。

 駆け付けられないほど遠くへ下げた訳でも、配置から外した訳でもない。

 ただ、少しばかり後方に下げただけであり、少々隙間が空いたところで、王族は自分の国からも警護要員を随行させているし、付近に近衛も並んでいるのだから問題など起こらない。


 そう、考えていたのに。

 実際は、襲撃は起きてしまった。


 いや違う。

 マルセルは急いで考えを打ち消す。

 襲撃など起きていない。あれは夢だ。夢の中の出来事だ。

 そうだ。まだ式典は始まっていないのだから、()()()()()()()()()()()()()()()

 自分は何も間違いは犯していない。


 マルセルは、そう思い込む。


 襲撃犯の自供など偽りだ。

 何が、「打ち合わせ通りに警備が手薄だった」だ。有り得ない。

 脱獄の協力などしていないし、奴らがモスアゲートの辺境伯配下の暗部だったなど初耳だ。

 有り得ない話ばかりしているのだから、やはりこれは夢なのだ。そうとしか思えない。


 だが、「有り得ない話」は段々と、マルセル自身が聞いても「自分(マルセル)が企みかねない」と思わされるような『犯行動機』へと移っていった。


 曰く、モスアゲート王太子夫妻の暗殺に成功すれば、モスアゲートの次期国王は第二王子ダニエル殿下ということになり、「次代のモスアゲート王妃はクリソプレーズ王国の王女」という覆せない約定があるのだから、現王太子妃が死亡もしくは子を成せない身体になれば、側妃の産んだ第二王女か第三王女がダニエル殿下に嫁ぐ必要が生じる。

 その際、既に結ばれた婚約を解消してでも同盟維持の婚姻は優先される。


 まだ公表はされず、内々の話で進んでいるようだが、第二王女も第三王女も、マルセルが一方的にライバル視している家との婚約話が出ているのだ。

 それらの家をマルセルがライバル視していることも、王女達の婚約話が水面下で進んでいることも、社交界の情報通の間では有名な話だった。


 悪いことにマルセルは、過去に何組ものライバル視している家の政略結婚を、醜聞や商売の邪魔、立場の弱い家人への嫌がらせ等で妨害して来た()()があり、それもまた社交界の情報通の間では有名な話となっていた。


 ()()()()()()()()()()()()()

 そう、『マルセル・ゴイルの犯行動機』は決めつけられる。


 王女の降嫁となれば、単なる事業提携や支援目的の政略ではなく、一発で爵位が上がるようなことは無いが、家格はそれだけで上がるのだ。

 マルセルが王族の側近となることを熱望していたことは周知の事実であり、貪欲に王族との繋がりを求めて行動し、邪魔だと感じる者は合法の範囲で蹴落とす動きをして来たことも、知る者は知っている。


 現在のクリソプレーズ王家の未婚の王女は、二人ともマルセルの息子とは年齢が離れすぎている。

 国内に他に年齢の釣り合う令息がいないならば兎も角、男不足になりやすい戦時中でもあるまいし、長男と王女達は十歳以上も離れているのだから、候補にも上がらない。

 二年前までは釣り合う年頃の次男がいたが、妻と一緒に隣領に嫁いだ娘を訪ねた帰りに傭兵崩れの野盗に襲われ、使()()()()死んでしまった。


 野盗狩りはマルセルに大きな功績を齎し、世間の同情も集まったから「役立たず」と罵るのは腹の中で収めてやったが、自国の王女と釣り合う年齢の息子がいなくなった腹立たしさは消えなかった。

 生きていれば候補には入った筈だったのだ。

 妻は、第一王子の成婚後に大量に動くであろう高位貴族令嬢の婚約動向を見て、隙のある令嬢を後妻に()()()()得るつもりだが、そこから子作りをしても王女の降嫁先には間に合わない。


 そんな身勝手な憤懣を、マルセルがゴイル伯爵家の家令に愚痴として溢していた()()を、どうやら家令が裏切ったようで尋問官達は把握していた。


 実際は、ゴイル伯爵家の家令は主を裏切ってなどいない。

 伯爵家の当主であるマルセルには、()()()()()()()()()()()()コナー家の監視が付いていて、彼らからの報告が上がっているのだ。


 ゴイル伯爵家に王女の降嫁は望めない。

 だから他の家、特に()()()()()()()との王女の縁談を、手を尽くして妨害しようとした。

 その証拠が読み上げられる。


 既にマルセルは、釣り合う年齢の息子がいる伯爵以上の家には、「好色な男性親族の存在」や「嫁いびりが趣味の女性親族が同居」などの、噂が流れたところで調査など入れられない、レベルの低い陰口を手の者に囁かせ、家人に気の弱い者が居れば、一族の者を使って社交の場や職場で恥をかかせたり、疎外感を味わわせたりと追い詰める行為は始めていた。

 証拠は、それらの実行を命じられた証人の証言が基になっていると言われた。


 ()()()()()()()()()では思うように効果が上がらず、マルセルが不満を洩らしていたことも、『証拠』として上げられている。

 だから、モスアゲート王国辺境伯配下の暗部の口車に乗り、ライバル視する家と王女の婚約話を潰す()()()()()()()として、モスアゲート王太子夫妻の暗殺を目論む襲撃犯に協力したのだろうと、決めつけられた。


 縁談潰しに執心しているのが事実でも、そんな危ない橋は渡る訳が無いと、口を塞がれたまま、喉が破れて血を流すまで叫んでも、尋問官の声は抑揚無く「これが事実だ」と偽りばかり突き付ける。


 襲撃犯は()()したと言う。

 どうせ逃げ切れないのだから、成功しても失敗しても必ず自決しろと()()()()()()()()()()()()のだと。

 だから、マルセルは自分の罪は暴かれないと思っていたのだろう、と。


 襲撃犯となった第二王子執務室への侵入者を最初に捕えた、第二王子側の人員の証言では、身に付けた()()を取り上げてから収容先へ引き渡したとされている。

 全裸に剥いて、頭髪の中や、隠せる可能性のある身体の穴という穴を調べ尽くし、口内や肛門内からも毒物や暗器や超小型の道具類を押収。それらのリストも作成されている。

 第二王子側の人員の証言とリストは、実際に提出された押収物とも合致し、非常に信頼性が高い。


 だが、襲撃時には襲撃犯は凶器も毒物も所持していた。

 それらの出処を、マルセルだと襲撃犯共は()()した。


 嘘だ! 事実無根だ!


 いくら叫んでも、喉から血が噴き出しても、()()は積み上げられる。


 自決用に渡した毒は、モスアゲート王国産のものではなく、クリソプレーズ王国騎士団で保管している毒物の内の一種類で、即死を齎す効果のものである。

 保管庫内の該当する毒物が、前回点検時より減っていることが判明した。

 毒物を保管する金庫の鍵は、騎士団長と副団長の所持する二本、国王陛下が管理される一本のみしか存在しない。

 鍵の貸出には申請と身分証明と記録が必須であるが、該当期間に鍵の貸出記録は無い。

 王弟殿下である騎士団長、当然ながら国王陛下にも、保管庫の毒を持ち出し襲撃犯に与える動機が無いが、マルセルには動機がある。


 違う、違うと声無く叫ぶマルセルの耳許で、尋問官が、そっと囁いた。


「諦めて()()()()()。本日中に、貴様の所持品の中から毒物の残りが発見される()()()()()()()()


 マルセルの目が、張り裂けんばかりに見開かれる。


 これは冤罪だ。

 嵌められた。

 無実の罪を着せられている。

 やはり自分は何も間違っていなかった。

 だが、だが────。


 目を覚ませ?


 夢を見ている。今も。

 これは悪い夢だ。

 だから、目を覚ませばまた、輝かしい現実が自分の前には続いているのだ。


 ───本当に?


 尋問官の言う「目を覚ませ」とは、()()()()()()()()()()()()


 諦めて、目を覚ませ。


 諦めてだと?

 一体、何を・・・・・・。


「良い夢は終わりだ。貴様は全てを失う未来が決められた」


 耳許で囁く尋問官の声が、()()()()()()()から遠ざかって行く。


 違う。違う。

 嫌だ、違う。


 知識も教養も身に付ける前の幼子のように、頭の中を二つの言葉で埋め尽くし、頑是無く(かぶり)を振るマルセル。

 一見、同情を引くような有り様となった中年男を見下ろす尋問官の視線は、凍えるほど冷たく突き刺さっている。


「貴様より、()()()()()()()息子の方が哀れだろうが」


 尋問官の、目深に被った帽子の鍔の下から覗いた顔立ちは、まだ若い。

 彼はコナー公爵家の縁戚の中で、()()を認められ、立場を与えられた『精鋭』の一人だ。

 そして、マルセル・ゴイルの長男、第一王子エリオット専属護衛であるモーゼス・ゴイルと、学院時代からの友人でもある。


 国の為に「罪の無いカタギの友人」を殺すことも受け入れなければならない立場だと、覚悟はとっくにしていた。

 だが、実際に()()に立ってみると、この怒りの矛先を、今、目の前の()()に叩きつけられない自身の『役目』が遣る瀬無い。


「クソが───」


 苦々しく吐き捨てた若き尋問官が見下ろす先で、現実から逃げ続けるマルセルが頭を振る時間は、まだ終わらない。



 今回の「マルセル・ゴイル破滅計画」の作戦立案者はモーリスです。

 マルセルの性格を分析し、こういう場面を用意したらこういう行動を取るだろうな、と予測して、マルセルが自ら破滅の道を選ぶようにルート設定しました。


 マルセルは、アンドレア達が十年も実績を積んで来た今なお、モーリスを「宰相の息子」扱いで、モーリス本人の才覚や権力は侮っていました。

 そして、モーリスの読み通りに破滅の道を進んで人生が終わります。


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