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神になったつもりの男の最期

 倫理観の欠落した人物の胸の内の記述や、多分ギリギリなR15、暴力表現、残酷描写があります。

 苦手な方はご注意ください。


 モスアゲート王都、自身の『後宮』と称する別邸で、控えの間を眺め下ろす覗き窓から見下(みくだ)すアルロ公爵は、ニヤリと愉悦の笑みを浮かべる。


 視線の先には、クリソプレーズ王国へ送り込んだ()()共が連れて来た女達。

 様々な色合いの若い女性達を見るアルロ公爵の目は、色欲に染まってはいない。

 この別邸に運び込まれる女達は、アルロ公爵の種を付けられ子を産む『道具』だが、アルロ公爵は別段、「若い美女との性行為」に魅力を感じている訳では無いのだ。


 アルロ公爵の視線は、集めたコマを戦術に利用するタイプの盤上遊戯で『新しく手に入れたコマ』を眺め、「先ずはどれから使おうか」と思案しながらほくそ笑むプレイヤーに、とても似ている。


 この大陸に奴隷制度を認めている国は、ほぼ無い。モスアゲート王国でもクリソプレーズ王国と同様に、人身売買は違法だ。

 だが、違法に買った人間を「奴隷」として扱う者は絶えることが無い。法も制度も、守り従う意識の無い人間には効果が薄い。効果の薄さは、そういう意識の人間が持つ権力の大きさに比例する。


 アルロ公爵は、控えの間に並ぶ『新しいコマ』達と、以前クリソプレーズ王国の貴族から買った奴隷達を眺めて愉しげに嗤う。

 奴隷を買ったクリソプレーズ王国の貴族も()()使()()()()()()()()()だったが、盤上から弾き出されてしまった。

 使い勝手が良いだけで、重要なコマでも無かったのだから、別に失って惜しくはない。

 奴隷を使いに出しても大差無い働きが出来るのだから、使い勝手が良いだけで無駄の多いコマであったかもしれない。


 今回アルロ公爵がクリソプレーズ王国へ奴隷を送り込んだのは、『後宮』に新しい産み腹を()()()()ためだった。


 奴隷共の中に、個別に何人か「仲間の奴隷共を見張り、行動を報告しろ」と密命を与えた者が居るが、其奴らの報告では、下町で知り合った男から歓楽街の裏通りを根城にする女衒を紹介してもらい、その男達に金を払って手に入れたのが()()()女達であるようだ。

 奴隷共の報告の裏を取らせる為に、調査の訓練を積んだコマを密かに同行させていたが、それらの調査結果でも、女衒が引き渡した女達の身許経歴に齟齬は無かった。


 女達の数を揃えようと、奴隷共自身でも平民街で「下町の有名人」とやらや、家出中らしき若い女に声をかけたようだが、女衒が金と引き換えに渡した女達とは()()が違って随分と劣る。

 だが、女衒を通せばここまで()()の良い『産み腹用のコマ』が手に入るのならば、自称帝国の()()()らを通すよりも随分と安価で手間も少ないことだ。


 そう考えるアルロ公爵は、クリソプレーズ王国での活動を避けて拒む「協力者達」に不満を抱く。


 アルロ公爵は、自称皇族の思考にかぶれてはいるが、自称皇族を崇拝してもいなければ自称帝国の在り方に心酔も賛同もしていない。

 アルロ公爵は、産まれた時から身近であった自称帝国風の思考と、権力への妄執が凝り固まった父親の方針から、「()()()都合の良い所取り」で『自分(アルロ公爵)にとっての正道』を導き出しているだけである。

 ある意味、君主制の国が九割超を占めるこの大陸で、アルロ公爵は誰よりも自由な思想と生き方を選んでいる人間かもしれない。


 アルロ公爵自身は、己を「人間」という括りには置いていないが。


「右から二、三番目、左端、左から三番目は我が基準に達していない。()()()()()()()


 アルロ公爵の言葉に、背後で控えていた執事服の男が黙礼して部屋を出て行った。

 ()()()()()()()、基準を満たした女達は調教部屋へ移し、残りの女達は自称帝国の人買いへ流してやるのだ。


「奴隷共は()()()()()まで元の場所で使え」


 今回、「協力者達」が逃げ腰であるクリソプレーズ王国へ入国し、クリソプレーズ王都での()()()で同国出身の奴隷が役に立つことが知れた。

 クリソプレーズ王国には自称帝国の人買いが入国したがらず、国策で人身売買には貴族でも厳罰が下されるせいで、十年ほど前から中々『クリソプレーズ王国産の()()』は手に入らなくなっていたが、裏を返せばクリソプレーズ王国は、手付かずで埋蔵量豊富な鉱山のようなものだ。

 今後は定期的に()()を試みるのが良いだろう。


 危険を伴う単純労働で使い潰す以外に使い道が無いと言われている、平凡で加護の少ない平民奴隷だが、遊び心で使いに出したら大きな利益となって戻って来た。

 他の国を出身国とする奴隷共にも、同じ使いをさせてみても良いやもしれぬ。


 アルロ公爵は、ごく自然に他者を物として扱う。


 アルロ公爵にとって()()()身分とは、そのコマの活動可能領域を表す記号に過ぎない。「王族」も「貴族」も「平民」も「奴隷」も、彼にとっては違いは無いのだ。

 アルロ公爵が厳格に分ける上位と下位の違いは、「自分(アルロ公爵)」と「それ以外の全人類」である。

 自分は上位だが、それ以外は、自称皇族も含めて下位の存在だと考えている。自称皇族は同盟国らによって自称帝国に押し込められ、アルロ公爵は、彼らの手先を「協力者」として使()()側だからだ。

 アルロ公爵は、君主制の考え方を常識とするこの世界に於いて、誰よりも人間を平等に見ていると言える。


 ただし、アルロ公爵自身以外の。


 アルロ公爵にとって、『後宮』の産み腹達に種を付けて自身の子を産ませることは、遊戯を進める為の単なる作業の一つだ。

 非常に平等に人類を押し並べて見下ろしているアルロ公爵が気にするのは、産み腹の色と容姿だけである。

 実親から取り上げた子供と「貴族の子供」として交換するコマを産ませるのだから、条件に満たないコマしか産めなそうな産み腹では困る。

 だが、アルロ公爵は、産み腹が元娼婦だろうが元犯罪者だろうが、当然、奴隷や平民や没落貴族だろうが、全く意に介さない。


 年齢的なものか、ここ数年は()()()が下がって来たことに苛立っているアルロ公爵だが、()()()()泰然と構えながら、産み腹の数を増やすことで、『取り替え子用のコマ』の数と種類を保つことに成功していた。


 そういえば今日は、今見下ろしている産み腹達の()()()()であるクリソプレーズ王国にて、王弟を新しく騎士団長に据えた式典が執り行われている筈だ。

 何をそこまで尻込みしているのか、損傷の激しい死体だと言うのに、「カリム・ソーン」として入国させた王の息子の引き取りから逃げ回っている王達は、式典の参列からも逃げ、何も知らされていない王太子夫妻が行っている。


 単なる死体の引き取りに、あそこまで狼狽えては、「何かある」と知らしめるようなものだろうに。

 小賢しさを身に付けぬよう、考えることを怠け、無責任で自分に甘い人間になるよう教育したが、想定外の事態にここまで弱いとは、「国王」のコマとして失敗作だったかもしれない。

 今、手元にある「王子(ダニエル)」のコマは、「国王(ニコラス)」のコマ同様に、他者の痛みに気付き考える情緒を削ぎ落とす洗脳は完了しているが、少々頭の出来を改善させる必要があるか。


 アルロ公爵は、教育の建前で支配下に置けなかった王太子(ブライアン)を、初めから即位前には始末するつもりでいた。

 傀儡としては御し易そうな「昼行灯」と揶揄される王子だが、手元で洗脳を施したダニエルとは異なり、在野のコマと同様の情緒を持ち合わせているであろうブライアンでは、アルロ公爵の理想とする『国王のコマ』には程遠いからだ。


 いっそのこと、クリソプレーズ王国を訪国中に死んでしまえば面倒の無いものを。

 そうなれば、「カリム・ソーン」の死体引き取りの不手際で、既に他国からその挙動不審さに目を付けられているであろう現在の「国王(ニコラス)」のコマを盤上から落とし、新しく「王子(ダニエル)」のコマを「国王」に成らせて遊戯を進めることが出来るのだ。


 ゆったりと、控えの間を観察する為の隠し部屋で豪奢な椅子に深く腰を下ろし、この『神の遊び』の進め方に思考を巡らすアルロ公爵は、人買いに引き渡そうと先に連れ出された「品質の劣る女達」が、人買い共が待機する別室を音も無く制圧したことを、まだ知らない。


 自称帝国の人買いが待ち構える薄暗い部屋へ入れられたのは、ダミーの『下姫(しもひめ)』他、家出娘を装って日暮の町を彷徨っていた、「平民にしては美人」な容貌で地味な色合いのコナー家の()()だ。

 ダミーの護衛役として抜擢された彼女達の専門は、戦闘と暗殺である。


 引き渡される女性達を「獲物」としか認識していなかった彼らは、声を上げる暇も無く絶命した。(クリストファー)からの指示は、「ダミーの生還」のみであり、自称帝国に繋がる人買い共を情報源として生け捕る旨は無い。

 入室の瞬間、一人がダミーの意識を刈り取り、そのまま護衛。残りで室内の敵を殲滅した。


 隠し部屋で一人悦に入っているアルロ公爵は、まだ気付いていない。


 侵入者や襲撃者の生け捕りを命じていないこの別邸は、アルロ公爵に害意を向ける者が生き残れる場所ではないのだと、彼は思い込んでいる。


 ()()()()()など気にかけないアルロ公爵は、この別邸の警備として、逃亡中の凶悪犯罪者や、問題を起こしてギルドから除名された元冒険者等の「腕に覚えがあり暴力に慣れた者」を、忠誠の誓いで縛って使っている。

 見慣れぬ者や逆らう者は皆殺しだ。彼らは死体の始末にも慣れている。

 邸内で起きた事に、()()()()など適用されない。

 ここは、アルロ公爵という『神』の邸なのだから。


 けれど、アルロ公爵は知らない。

 産み腹の基準を満たした女達も、満たせず別室へ連れられた女達も、そして、リオとイェルトが前回の調査で目星を付けたこの別邸の隠し通路から、侵入行動を開始している暗殺特化のコナー家の精鋭部隊も、ダミーの『下姫』以外は全員が、暴力にも殺戮にも死体の始末にも慣れていることを。


 別邸の外周を警備する者達は唯の一人も気付かないままに、邸内では静かな死が、各所でひっそりと齎されている。


 監禁されている「産み腹」の女性達全員を()()()の対象にしない為に、密かに、静かに、気取らせず、匂わせず、邸内の()の生命の数は減らされて行く。


 基準を満たした上等な「産み腹」の女性達は、連行された窓の無い部屋で、壁や天井に取り付けられた悪趣味な鎖や枷や拷問器具と、鞭を手にした覆面の男達を、怯えた表情を()()()見回しながら、部屋の扉が完全に閉まるのを待つ。


 覆面の男達も、連行して来てそのまま見物するつもりらしい男達も、久しぶりの滅多にない()()に、下卑た興奮を露わにしている。

 一人が、思わずといった風に口笛を吹いた。


「スゲェ。マジもんの貴族の女みてぇじゃねぇか」


 彼女達は、()()()()()()()()()だ。


 生まれはコナー公爵家の分家筋。実家の爵位は伯爵または子爵。任務に必要な能力を備える為に、妻として迎えるのは三代遡っても貴族である女性のみ、という家だ。「任務に必要な能力」には、貴族的な麗しい容姿も含まれる。

 任務に支障が出ないようにと、国王直々に貴族としての社交や貴族学院への入学を免除されているので、彼女達が正当な貴族であると知るのは身内と国王だけである。


 美しい彼女達の専門は、ハニートラップと暗殺。

 特に、閨での暗殺が最も求められる役目だ。

 かと言って、通常の戦闘や暗殺の腕が劣るということなど無い。


 今も、口笛を吹いた男が天井から下がる鎖を利用して首を絞め折られたのを皮切りに、男達は反撃や防御の体勢を取り切る前に、効率良く急所一撃で事切れているのだ。

 自分に何が起きたのか分からない、という顔のまま、男達は絶命している。

 死体も、部屋に籠もる死の臭気も、露ほども気にせず彼女達は、「恐怖と暴力と薬で調教された女」に見える風体を淡々と作り上げ、仲間からの合図を待つ。


 やがて、扉の外から合図があった。

 隠し通路からの侵入班のものだ。


 周辺の()()完了。

 産み腹の女性達の監禁部屋を発見。

 種付け用の寝所に繋がる、その日『種を受け取る胎』に選ばれ、順番を待つ女性達を控えさせる待機室を発見。

 待機室の見張りは四人。腕は中の下三人、上の下一人。

 地下に牢4、部屋2、発見。懲罰用と思われる。現在使用者無し。

 今のところ、死体は地下の部屋に運んでいる。


 彼女達は、()()()調()()にかかるであろう時間を置いて、待機室に向かう。

 待機室の見張りは、まだ残されている。

 アルロ公爵が寝所に伴わなかった者が、待機室の見張りの殲滅を担う。

 もしもアルロ公爵が、彼女達の全員を一度で寝所に連れ込むならば、見張りの殲滅は侵入班の仕事となる。


 すっかり調教済みの()()()で、待機室に震えながら入室する彼女達の色気と美貌に、見張りの男達の喉が飢えたように鳴る。

 連行役の姿が見えないことに見張り達が意識を向ける前に、最後尾の女性が誰かに突き飛ばされた()()()入って来て床に倒れ込んだ。

 女の捲れ上がったスカートの下から白い脚が太腿まで露わになり、見張り達の視線と意識を吸い寄せる。

 その隙に、扉は外から乱暴に叩き付けるように閉められ、廊下をドスドスと走り去る足音が聞こえた。


「チッ。しょうがねぇな。ま、こんなオンナ見たら分かるけどよぉ」


 アルロ公爵が種を付ける産み腹には、()()()()()()()()()絶対に手を出せない。

 だが、この邸に囚われる女達は、揃って大枚を叩かなければ抱けないレベルの上玉なのだ。しかも、常に()()()()()()にされている。性欲のある男なら、勃たない訳がない。


 待機室に女達を適当に突っ込んで走り去った野郎は、一秒でも早くヌキたかったんだろう。

 見張り達は、そう納得した。

 廊下を走り去った野郎、なんて、本当に存在したのか確かめもせずに。


 見張り達の視線の先で、震えて身を寄せ合う女達は、乱れた髪が汗で顔に張り付き、潤んだ目を耐えるように伏せ、頬は上気し、半開きの唇からは切なげに荒く吐息を洩らしている。


 完全に、()()()()()()()()


「タマンねぇなァ」


 男達の目付きが一層獣性を帯びる。

 手を出すのは厳禁だが、視姦は自由だ。

 男達は頭の中で、目の前の上等な女達をグチャグチャに蹂躙する。股間が張り詰めすぎて痛い。一刻も早くヌキたい。

 アルロ公爵の前でなければ、視姦しながら抜くのは罰を受けない。

 早くアルロ公爵に、連れ込む女を選んで寝所に引っ込んで欲しい。そうしたら、残った女達を目で犯しながら抜くんだ。

 見張り達の頭の中は、もうソレ一色だ。


 見張り達がハァハァと荒い息で待ち焦がれる中、ようやくアルロ公爵が待機室に登場した。

 外を歩いていたら確実にしょっ引かれる様相になっている男達など、路傍の石と同様に視界に入らないアルロ公爵は、()()が効率化するように、きちんと()()()()()産み腹女達を、「今日の茶器はどれを使おうか」と選ぶ時と変わらない視線で眺め、青系の髪色の女とハニーブロンドに空色の瞳を持つ女を選んだ。


 アルロ公爵自身が若い時分は鮮やかな青髪だったのだから、青系の髪の女からは青髪の子供が産まれる確率が上がるだろうし、金髪がベースとなる髪色の貴族は多い。

 それに、青い目は最近()()なのだ。『取り替え子用のコマ』として()()しておきたい。


 効率を求めるアルロ公爵は、調教の仕上げで、遠国より取り寄せた「多胎児が産まれやすくなる媚薬」を、産み腹達に飲ませるよう指示を出している。

 多胎児の出産は母体の負担も大きく、流産や死産のリスクも上がると知っているが、気にすることなど無い。

 駄目になったら()()して、また新しく()()すればいいだけだ。産み腹も、取り替え子用の子供も。


 寝所に入れば、アルロ公爵自身も媚薬を摂取する。当然、安全性に最大限の配慮が為されたものだ。

 自分(アルロ公爵)は、代わりなど居ない唯一無二の存在であり、この下界で何者よりも尊ばれる上位者、『神に成り代わる者』なのだから。


「では、さっさと終わらせるか」


 媚薬を飲んで寝台を振り返れば、二人の女は調()()()()()()()、全てを脱いで何も身に付けずに服従の姿勢を取っている。

 少なくとも、アルロ公爵は、女達が調教済みであると疑っていない。


 彼女達は、任務の性質上純潔ではないが、(れっき)とした未婚の貴族女性である。しかしそれが、彼女達の誇りを傷付けることなど、決して無い。

 彼女達は、非常にプロ意識が高い工作員なのだ。

 幼い内から徹底して毒物に身体を慣らされ、ハニートラップ要員としての技術を仕込まれた彼女達には、全くの身一つになり、無抵抗で男に抱かれるだけで、自分と交わる相手の行動の自由を奪う力がある。


 例えば今の、死にかけの虫のように、ピクピクと痙攣しながら寝台に転がる、アルロ公爵のように。


 種付けが目的ならば、アルロ公爵が産み腹と()()()()()()する時は、アルロ公爵側の接触部分も防御力ゼロになる。

 そう踏んだ彼女達が身体の()()に仕込んでおいた、耐性が無ければ昏倒するレベルの身体硬直薬は、アルロ公爵が権力欲に見合った耐性を持っていると想定して、()()()を対象とした時と同じ量。


「良かった。即死してない。薬の量、これで丁度良い感じだったのね」


 痙攣するアルロ公爵を膝で突いて転がし、身を起こして上から覗き込んだハニーブロンドの女性が優しげな笑みを浮かべる。


「楽に死なせるな、という命令は無いけれど、この時期に暗殺完遂するなら、()()()は任せてくださるというお話でしたものね。きちんと耐性があって嬉しいわ」


 青髪の女性が、うっとりと頬を染めて、少女めいた仕草で両手の指を組む。


 身体が硬直したまま、半開きの口や瞼を閉じることも出来ず、腕や足も交わった時の姿勢のままで、転がり痙攣するアルロ公爵。


 ハニーブロンドの女性が、脱ぎ捨てた服のリボンを裂いて、袋状になった中から極薄の小さなケースを取り出し、青髪の女性に渡した。


「喉は、焼いておくわね」


 必死に藻掻いているつもりだろうが、アルロ公爵は自力で寝返りを打つことすら出来ない状態だ。

 歌うように宣言した青髪の女性から、容赦なく半開きの口の中へケースの中身を投与される。

 悲鳴らしい悲鳴を出せないアルロ公爵だが、多分、本人は絶叫したつもりだろう。

 閉じることの出来ない目から、涙が溢れる。


「フフ。やぁだぁ。お爺ちゃん、赤ちゃんが()()()を替えてもらう時みたいな格好して泣いてるなんて、恥ずかしくないのぉ?」


 羞恥と憤怒だろうか。アルロ公爵の皮膚が赤く染まり、おどろおどろしいオーラが放たれるが、二人の女性は「頑是ない子供」でも眺めるように微笑んでいる。


「安心して。この薬では内臓は硬直しないから、()()()()()()()()()()のよ」


「そうそう。今みたいに、死にかけの虫っぽい惨めったらしさのまま、お爺ちゃんにお似合いの、(まさ)()()()()! っていう死に様を晒せる時間を、たっぷり取れるようにしたのよ?」


 楽には死なせない。

 そう言外に告げる一人と、アルロ公爵が嫌がりそうな言葉を選び抜いて連発するもう一人。


「とは言っても、私達の腕前じゃぁ本家の若様(ウォルター)みたいに酷いコトは出来ないもの。残念よねぇ。悔しいわ」


 ハニーブロンドの女性の言葉に、アルロ公爵の感情が少しばかり常態に向かい持ち直した気配を、二人は察知する。

 勿論、「力不足で悔しい」風の言葉と態度は()()()である。

 精神状態も感情も、振り幅を大きくしてやった方が、苦しむ時間を長引かせてやれる。


 青髪の女性が、ニンマリ笑いながら、脱ぎ捨てた服のスカートの裾の折返しを切って、3センチ程の長さの細い筒を取り出した。


「本当に残念で悔しいわよねぇ。私達に出来ることなんて、()()()()()を塗るくらいですもの」


 身体の硬直が全く解けないアルロ公爵は、今、常に心がける「神らしく泰然と」な態度が取り繕えない。

 焦りの感情が女性達にダダ漏れである。そして、それを嘲笑われる。

 腹を立てても、馬鹿にされてカッとした感情も垂れ流してしまっているのだから、嘲笑ポイントを加算するだけだ。


 アルロ公爵の動かせない身体の視界の外、下半身の方で青髪の女が何やらゴソゴソとしている。

 途轍もなく嫌な予感に逃げることも叶わず、子種を発する大事な所にヒヤリとした感覚があった。

 見えなくても想像はつく。先程見せつけられた、細い筒に入った得体の知れない薬物を塗られているのだ。

 やめろ。怒鳴りつけたいが、声は出ず舌は痙攣するばかり。


「はぁー。汚いから直接触らないように塗るの大変だわ。でも貧相で粗末だから、薬余っちゃうなぁ。二度塗りにしとく?」


 青髪の女性は、物凄く楽しそうである。

 ハニーブロンドの女性は、少々呆れた目線を同僚に流しながら相槌を打った。


「そうね。折角ですもの。使い切っちゃいましょう。その、()()()()()()()()()()()()()()


 アルロ公爵の痙攣が、一瞬ピタリと止まった。


「あら、ショック反応かしら。一瞬生命反応が停止したみたいよ。面白いわね」


「薬物研究班にレポート出してあげなきゃだわね」


 うふふ、クスクス、と笑い合う美しい女性達は、悪逆無道の相手とは言え老人一人を嬲り殺しにかけている最中には、とても見えない。


「ねぇ、次は何を使ってみる?」


「そうねぇ。通常は皮膚吸収で使う薬を直腸吸収で使ったら、効果がどうなるか見てみたいかしら」


「まぁ! だったら私、ちょうど、全身を蟻走感が襲う拷問用の薬を持ってるわ。皮膚吸収でも効果抜群なのに、どうなっちゃうのかしらね」


「ウフフ。大丈夫よ、きっと。だって御自分を神様だと思っている方なのよ? 薬で感じる蟻走感なんて、所詮は()()が作り出した幻なんだから。()()()()()()()()()()()()()()


「それもそうね。じゃぁ、()()()()で対応しないと失礼よね。()()も薬と併用しましょう」


「そうだわ。私ったらイヤねぇ。持っているのを忘れていたわ。()()よね?」


 ハニーブロンドの女性が脱いだ簡易コルセットを切り裂き、わざとアルロ公爵の視界に入るように掲げて取り出した薄型のケース。

 絶対に、アルロ公爵にとって良くないモノに違いないソレの中身を、見たくなくても見せつけられて、拒める身体の自由は戻る気配も無く───


「幻だけじゃ、御自分を『神だ』と仰る貴方に失礼ですもの。()()を、あらゆる身体の穴から入れて差し上げますわ」


 ニッコリと、眩いハニーブロンドの髪に縁取られた輝くような笑顔で目の前に差し出されたケースの中身は───


「あらまぁ。噛まれると結構痛いのからヌメヌメしたのから脚のたくさんあるのまで。随分と豊富に持っていらしたのねぇ」


「これだけ種類が豊富なら、幻だけでなく()()してもらえると思わなくて?」


「ウフフ。そうねぇ。素敵だわぁ」


 アルロ公爵の不幸は、七十年近く己を「神に成り代わる者」と考えながら生きてきたことで、本気で自分を「ただの人間」とは思うことが無くなっていたことだ。


 傲岸不遜に振る舞っていても、自分が「人間である」という自覚が根底にある者ならば、()()()()に生命を脅かされ、苦痛や恐怖を与えられた時に、狂って楽な方へ逃げる本能が正常に作動していたかもしれない。

 だが、アルロ公爵は、事ここに至っても、未だ()()()()に自分が本当に殺されると考えていない処があるのだ。


 幻の万能感。


 アルロ公爵は、それの為に発狂も絶望も迎えられず、結局は人間でしかなった生命を終えるまで、ただ只管、苦痛と屈辱を与えられ続けることになった。


 コナー家の『敵国対応レベル』の上位者達は、自称帝国への潜入任務に就くことも有り得るので、自称皇族の考え方も教えられています。

 当然、口外は厳禁。


 アンドレアがジュリアンから、王太子教育を受けていなければ知らされないような内容を聞かされる度にクリストファーと情報共有するのは、「自分と側近達が持っている情報はこの程度」という認識の摺り合わせのためです。


 クリストファーはとっくに知ってる話だろうな、と思いながら伝えていることも多いです。

 クリストファーの側も、何を知っていて何は初耳かなどをアンドレアには教えません。


 コナー家の上位者達の、自称帝国そのものや、自称皇族の考え方にかぶれた者への敵対意識は苛烈なものです。

 そうであるよう、生まれた時から教育されています。

 クリストファーは前世の記憶があるので、刷り込み教育をされた者達とは意識が異なりますが、クリソプレーズ王国暗部の支配者として自称帝国は「敵国」という認識は持っています。


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