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国王の変化と王子の成長

 軍部のトップに王弟を据える式典で襲撃事件が起き、ガチガチの厳戒態勢で周囲を固められている現在のクリソプレーズ王国王城国王執務室。


 室内には国王ジュリアンと、その専属護衛の一人。そして、報告に訪れた第二王子アンドレアと専属護衛のジルベルト。


 だが、そのジルベルトが剣の柄に手を掛けた状態でアンドレアの前に出てジュリアンと対峙し、そのジュリアンの前に最大警戒の構えでジュリアンの専属護衛が飛び出し、両者一触即発となっている。


 緊迫する空気は、国王ジュリアンの溜め息から始まる言葉で終わりを告げた。


「よい。下がれ。非は私にある。『剣聖』は第二王子の優秀な護衛であったに過ぎない」


「はっ」


 緊張のあまり顔色から血色が抜けていたジュリアンの専属護衛が応じて下がると、ジルベルトも姿勢を正し、目礼して無言でアンドレアの斜め後ろの定位置に下がった。


 事の発端は、アンドレアから報告を聞いていたジュリアンが、刹那の間だけ発した殺意混じりの憤怒のオーラだ。

 それに反応したジルベルトがアンドレアを護り反撃に移れる態勢を取り、ジュリアンの専属護衛は主君に向けられた攻撃の意思を察して護るために飛び出したのだ。


 今も尚、初めて目にするような苦渋の表情をするジュリアンを視界に入れ、アンドレアは何とも言えない気持ちになる。


 ジュリアンの言う通り、ジルベルトもジュリアンの専属護衛も、己の職務に忠実であっただけだ。

 ジュリアンが理性的な王であり、『剣聖(ジルベルト)』は国にとって簡単に失えない存在であるから咎めは無かったが、公の場や衆目の前であれば、国王に剣を向けようとしたなど、その場で大罪人決定の所業である。


 尤も、公の場や衆目の前であれば、ジュリアンはどんな話を耳に入れたところで常の態度を崩さなかっただろうが。


「アンドレア」


「はい」


「──私に、失望したか?」


「らしくない弱気な態度はお止めください。裏で何を策謀しているのかと冷や汗が止まりません」


 珍しく、否、初めて聞いた父王(ジュリアン)の弱音に少なからず動揺しながらも、アンドレアは『次代の実権者』らしく堂々たる態度で往なす。

 この態度も十分に不敬だが、今、必要なのは、求められているのは、これで多分合っている。


 ジュリアンの纏う空気が安堵するように緩み、表情が常の飄々とした笑みに戻る。

 やはり、これで正解だったようだ。


「フフ。これほど苛立ったのは人生で初めてかもしれないな」


 表情は戻っても、目つきは剣呑さが抑えられていない。

 まだ、ジュリアンの内心を吹き荒れる激情は治まってはいないのか。


 気持ちは分かりますよ。


 アンドレアは胸の内で独りごちる。


 ジュリアンが殺意混じりの憤怒のオーラを発したのは、アンドレアが(フレデリカ)から聞いた内容を報告する中で、王妃グラシアが双子の王子の処遇を決めた話の辺りだった。


 ニコラスが、「私的なことだから相談しなかった」と事後報告でジュリアンに伝えた『双子の王子の処遇』は、本当はグラシアが一人で考えたものだったのだ。

 それを、自分一人で考えて決断したように、ニコラスは、「これが今の私に取れる最善手だった」などと自信満々でジュリアンに言っていた。


 ジュリアンは、学生時代に共に過ごしたニコラスの為人を「小心者だが人として悪人ではない」と判断していたことと、即位後のニコラスを「国王の権力は持っていても能力は不足している」と見ていたことから、双子の王子の処遇をニコラスが取れる『最善手』だったと言われた時に、違和感を覚えず納得してしまっていた。

 ゴチャゴチャと付け加えられた言い訳が、普段からニコラスが言いがちな、周囲に甘えた自己弁護や、最終的には自分以外の誰かに責任を取らせるつもりの辻褄合わせだったことも、ジュリアンが『最善手』の発案者をニコラスであると納得してしまっていた理由だ。


 ジュリアンは、侮っていた相手(ニコラス)に、()()()()()()格好になるのだ。

 それは腸も煮え繰り返るだろう。

 愚か者(ニコラス)に対してよりも、()()()()に後れを取った自分自身に対しての憤怒だったのだと思う。

 その憤怒は、過去の自分を叩き殺してやりたい程だっただろう。


 ジュリアンがアンドレアに問うた「失望」は、「ニコラス()()()に騙されたまま気付かずにいた国王であり父親である男」に対してのものだ。


 アンドレアは、失望などしていない。


 国王が判断を間違うことは許されない。

 国王が、騙される、後れを取る、()()()()()()、全て許されざる事柄だ。


 だが、国王は全知全能ではない。人間だ。

 間違うことなど皆無、という訳にはいかない。

 間違いが発見されたならば、その間違いが自国へ齎す影響やリカバリーの可否、間違いが無かった場合に推測される結果等を総合的に判断して、正しい答えを導き出すことの繰り返しによって、()()()国王は国を統治しているのだと、アンドレアは考えている。


 その答えが、王位を退くことである場合もあるだろう。

 だが、今回の件については、その必要があると思っていない。


 そもそもが、()はモスアゲート王国の問題であり、クリソプレーズ王国の国王が責任を持って監督しなければならない道理が無い。

 クリソプレーズ王国の『負の遺産』を清算するまでは、()()()()()()モスアゲート王国が自力で解決出来ない問題を()()()()()()()()はあったが、未然に防いだり解決まで面倒を見る必要は感じない。


 問題を起こされてから、露見させない為に労力を割くことを否とするならば、未然に防ぐのでも良いと思うが、この辺は、時と場合と指揮を執る者が動かせる人員や考え方で変わるだろう。

 期限の見通しが立たぬ状況で一人で動いていたジュリアンは、未然に防ぐ方向で動いたが、情報を共有して動かせる人員の多いアンドレアならば、監視を置いて問題を起こされたら隠蔽させる策を取っていた。


 何れにせよ、クリソプレーズ国王が負う責任など存在しない、()()()()()()()()()()()なのだ。

 双子の王子の処遇を考えたのが実際は誰であろうと、事後報告で処遇は既に与えられた後だったのだから、「ニコラス考案だった」と思おうが、「王妃発案じゃないのか?」と正解に辿り着いていようが関係無い。


 頭の出来が悪いと侮っていたニコラスに騙された、という事実は自分が許せないほどの失態なのだろうが、もしも当時、発案者が王妃だったと見抜いていたとして、自国(クリソプレーズ)の『負の遺産』は清算の目処すらついていなかったのだから、その後の結果は現在と変わらない。


 結局のところ、古狸(エイダン)を完全無欠の大罪人に仕立てて排除するまでは、こちらの()()()を探られるリスクを極限まで減らす為に、同盟国であるモスアゲートには、敵国対応レベルの暗部による情報収集すら仕掛けられなかったのだ。

 下手に()()()()()だけを手に入れることが、我が国(クリソプレーズ)の利益になったとは思わない。


 先日は、いつも通りの態度で私室に呼んで、「失望されない為に」と堂々とアンドレアに『言い訳』したジュリアンが、どちらにしても結果が変わらない、経過点の一つで犯した、重要とは言えない『間違い』に、ここまで()()()()()ショックを受けているのは。


 つまり、


「父上は、物凄く自信家だったんですね」


 こういう事だ。

 わざと「父上」と呼んで、「なるほど」という態度でアンドレアは言った。

 ジュリアンは自信があったから、見下し侮っていたニコラスに騙されたことを、いつも通りの冷静さで客観視出来ないのだ。


「お前も覚えておけ。最高権力者にとって、見栄とハッタリは非常に有効且つ強力な防具であり武器だ。その見栄とハッタリに適正な効果を与えるのが『自信』だ。自信を失くしたトップに誰がついて行く?」


 父上呼びを咎めること無く、半眼で応じるジュリアンの表情は、息子(アンドレア)が仲間達によく見せているものと似ている。

 アンドレアの口許に、自然と笑みが浮かんだ。


 嬉しいからだ。


 今まで一人で戦って来たジュリアンが、アンドレアが仲間達に見せる表情を出してくれるほど、アンドレアを()()()()している。

 わざわざ口で言われなくとも、その心情が伝わった。

 だから、父王(ジュリアン)への敬愛を込めて、アンドレアはニヤリと勝ち気に笑う。


「では、さっさと何時もの通り、俺に敗北感を味わわせるくらいの自信家に戻ってください。俺に失望されず、付いて来て欲しいのでしょう?」


「お前・・・ホント強くなったね。心が」


「しょっちゅう抉られて鍛えられておりますから」


 ジュリアンが、呆れたように、けれど嬉しそうに眉を下げる。

 アンドレアは、何時もの強い輝きが戻って来た(ジュリアン)のクリソプレーズを真っ直ぐに見つめて堂々と言った。


「俺は、父上を、父としても国王としても、男としても尊敬しています。けれど貴方は『人間』であると思っています」


 だから、その立場に見合った責任を放棄しなければ、間違いを犯そうが、汚い手を使おうが、自分(アンドレア)を利用しようが、失望などしない。

 国王は人間だが、統治する王国内に於いては、神の如き権力を持ち、それを使って自国の民を護らなければならないのだ。()()()を間違えなければ、他の間違いなど些細なもので、手段など選んでいられない事もある。


 アンドレアは、『次代の実権者』の自覚が育つにつれ、考え方が少しずつ変わって行っている。

 自身の非情さや冷酷さに慣れて飲み込むだけではなく、自身にも適用する寛容さと広い視野の重要性が、身に沁みるようになった。


 その成長は、アンドレアを『次代の実権者』に選んで据えたジュリアンにも眩しく映るもので───


「アンドレア。これからも頼りにしているぞ」


 王位を継いでから、初めて浮かべた心からの笑みを、惜しみなく、頼れる息子に向けていた。




 ジュリアンが、臣下や子供達を「頼る」ではなく「使う」に徹して、「一人で戦う国王」のスタイルを貫いて来たのは、父親である先代国王に思う所があった為です。


 先代国王は、公私共に心からの信頼を置いていたジーンを失った時、国王の重責を背負えなくなるほど気力を失くし、身体は健康で働き盛りの年齢だったにも関わらず、予定よりかなり早く、王太子になって間もないジュリアンに王位を継がせました。


 そのためジュリアンは、即位までに増やすつもりで計画を進めていた「自身が国王になった時の側近」の選定を、安定しない国情の中では中止せざるを得なくなり、歴代最少人数の側近での即位となりました。

 不安要素を抱え、復興は進んでいるものの水面下では奸臣もまだまだ多く、ジュリアンも彼を支える忠臣達も、本来なら不要であった苦労をしています。


 心の支えを失うことで、命も動く身体も有りながら、果たすべき責任を手放す恐れがあるならば、己は『心の支え』を持たず求めぬ王であろう。


 そう決意した若き日のジュリアン国王は、側近の数が揃って即位した暁には側近達と共有しようと考えていたモスアゲート関連の情報を、一人で抱え、臣下は「使う」だけに留めるスタイルを確立。

 その心労は凄まじく、手元に居る息子のアンドレアが今のように頼りになる存在でなければ、五十歳を待たずに過労死していたでしょう。


 アンドレアが『天才』として覚醒していない『一度目』では、奸臣の粛清もそれほど進まず、クリソプレーズ王国の『負の遺産』であるエイダンの排除も叶わず、失意の内に体力の限界を迎えて敗戦を機にエリオットに譲位したジュリアンは、巡礼の途上で長年の過労から倒れて帰らぬ人となっています。


 今は、『次代の実権者』として成長著しいアンドレアが、ジュリアンが一人で抱えて来た多くの重いモノ達を、仲間達と共に抱えられるようになっている事を実感し、ジュリアンの負担は心身とも大きく軽減しました。

 ジュリアンが自分自身に課していた、呪縛のような『誰にも頼らない』という枷から、ようやく解き放たれたところです。


 何も訊かないし、聞かされていないけれど、ヒューズ公爵もコナー公爵も、ジュリアンのことを滅茶メチャ心配していました。多分、『一度目』も。




 ここまでで、新騎士団長就任式典の日に起きたクリソプレーズ王国の話の投稿は終わりです。


 次話は舞台が変わります。

 投稿は一週間後、7月28日午前6時です。

 その後、仕事の繁忙期に入るので、しばらく週一更新が続きます。


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