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王太子妃の約束

 モスアゲートに輿入れしたフレデリカは、見せているグラシアの振る舞いと、密かに囁かれた忠告から、他国(クリソプレーズ)から来た自分は、『王族として常識的な振る舞い』を封印しなければ危険なのだと考えた。


 公務では目に付く粗など感じさせた事の無いグラシアの、立派な大人の王族女性として随分と恥ずかしい『王宮内での振る舞い』を参考に、フレデリカも自身の演じるキャラクター性を決めた。

 グラシアと同じではないが、類似する方向で選んだキャラクター性は、『奔放な王女』だった。


 それを選んだ目的は、我を通しやすく、聡明に見えず、オーバーリアクションを怪しまれず、人前でのボディタッチやハグがし易い、という、『無邪気な王女』を選んだグラシアとほぼ重なる理由で、後から互いの思惑を明かした時に、「同じことを考えていたのね」と笑い合うことになった。


 フレデリカは、最初の『マトモな王族の態度』を返上する為に、「緊張し過ぎて頭が痛いし筋肉痛だわ」とオーバーリアクションで周囲を笑わせ、「もう()に戻っていいわよね? 疲れちゃった!」と表情を大きく動かして笑ってみせた。


 正直なところ、具体的な情報も無いまま告げられた父王(ジュリアン)からの()()と、工作員教育を受けての輿入れということから、王太子妃として()()したモスアゲート王国にて未だ外部に漏れていない変事を察知した暁には、夫となるモスアゲート王太子ブライアンのことは、調教か暗殺の対象になるものと考えていた。


 だが、王宮で『覇気の無い昼行灯』を演じるブライアンは、部屋から完全に人払いが出来る初夜の王太子夫妻の寝室で、『()の王族と同等の常識を持った王太子』の素顔を見せ、妻となった他国から来た王女(フレデリカ)に、「(モスアゲート)を立て直す()()()となって欲しい」と希った。


 フレデリカはブライアンの願いを受け入れ、ブライアンは自身の腕を傷つけて乱したシーツに血を垂らし、『初夜完遂』の偽装をした。

 そして、二人で寝台に潜り込んで、これまでの事、これからの事を小声で話し合った。


 ブライアンが率先して『初夜完遂』の偽装工作をしたのは、フレデリカを護るためだ。


 旧体制の排除を必要条件として国の再生を願えば、『王太子』は旧体制の象徴の一つに捉えられる。

 王太子が国の再生に尽力した側だとしても、再生後の新体制の求心力を上げる為の生贄として、『分かりやすい象徴』の首は要求される可能性が高い。


 再生の為には、一度、壊さなければならない。

 ブライアンは、フレデリカに『壊す共犯』となることは願ったが、『王太子の首』を差し出すことが再生の対価であった時、そこにフレデリカの首を並べることは望んでいないと言った。


 フレデリカは他国、それも同盟国から来た正統な王女だ。

 再生を叶える為に現在の『モスアゲート王国』の破壊を成した時、『白い結婚』が維持されていれば、フレデリカの()()()()は、祖国からも他の同盟国からも「未だ失われていない」と認められる。

 ブライアンの妃であるからと、共に首を要求する勢力が存在しても、フレデリカの祖国も、フレデリカに利用価値を認めた他の同盟国も、許しはしないだろう。


 グラシアもブライアンも、現在のモスアゲート王国の病巣は、外部の助力無しには立て直しが不可能なほどに深いと結論を出していた。


 大々的に広く『モスアゲート王国の実態』が知れ渡ることは、世論がモスアゲート王国の存続を望まず王国(モスアゲート)の終焉となりかねないので避けているが、他の同盟国らへ内密に実状を流し、同盟国らが「モスアゲートへの内政干渉やむ無し」の合意を得て手を組めば、モスアゲート現政権への制裁及び旧体制の一掃への希望が持てる。


 その場合、モスアゲート王国は他の同盟国からの()()()となるだろうが、『モスアゲート王国』の生存と再生の芽は残る。

 逆に、それが叶わなければ、モスアゲート王国は、このまま腐り果て、朽ちて滅びるのみ。


 グラシアとブライアンは、他の同盟国と繋がる事の出来る味方を、いつ命運が尽きるとも知れぬ危ういモスアゲート王国の延命を陰ながらコツコツと図り、()には気付かせぬ為に馬鹿馬鹿しいほど遠回しに、他国の注意をモスアゲートに向けてもらう為の救援信号(寝不足外交官)を送りながら、一日千秋の想いで待っていた。


 準備も味方も皆無の中に嫁いで来てしまったグラシアや、最初からモスアゲート王国産まれのブライアンは、既に檻の中に囲われた状態だ。

 外部の情報の入手が非常に困難であり、持てる情報は圧倒的に不足していた。

 当然、国外へ詳細な情報を送ることも、『モスアゲート王国の再生』について他国の上層部と綿密な計画を立てることも不可能だった。


 グラシアとブライアンは、たった二人であっても味方が存在する状態で(クリソプレーズ)から嫁いで来たフレデリカに、助力を請える外部と繋ぎを取る役目を望んでいた。


 フレデリカは、()()となることは受け入れたが、外部との繋ぎを取る役目は「時機を見させて欲しい」と、自身の要求を飲んでもらった。


 フレデリカは、輿入れ前に父王(ジュリアン)から、「こちら(クリソプレーズ)()()が片付くまで、そちら(モスアゲート)()()が露見して我が国が巻き込まれることの無いよう身命を賭せ」と命じられていた。

 その『問題』がどのようなもので、いつ『片付く』予定なのか、一切の具体的な情報は与えないのがジュリアンという国王である。特に能力を高く評価している相手にほど、その傾向は強まる。


 フレデリカの話を聞きながら、アンドレアは『クリソプレーズの問題(元学院長エイダン)』を解消するタイミングとリミットが、あの時だった理由がよく解った。


 タイミングとしては、アンドレア達が、エイダンと戦う為に必要な力と経験を十分に獲得していた頃合い。


 リミットとして、王太子妃としてモスアゲートに嫁いで行ったフレデリカが、『モスアゲートの問題』を解消する為にかかる時間を計上して逆算すれば、()()()()()()()()には『クリソプレーズの問題』を解消しておかなければ、「子を成せない正妃」の烙印を押され、王太子に側妃を迎えなければならなくなるギリギリの線。


 王太子にモスアゲート貴族の側妃を迎えれば、側妃とその親が、正妃のフレデリカにマウントを取ろうと攻撃して来たり、優位に立つ為に探りを入れ監視を強めたりすることが目に見えていた。

 その程度、躱せるだけの()()は受けているフレデリカだが、余計な労力は割かずに済んだ方が、本命の問題解消の成功率が上がる。


 アンドレア達が、クリソプレーズ側の『負の遺産』を清算したのは、フレデリカがモスアゲートに嫁いで二年目のことだ。

 通常、婚姻を結んで三年経っても懐妊の傾向が見られなければ、跡継ぎが必要な家では離縁を提案され、王族であれば、夫側が望んでいなくても正妃側が側妃を認めなければならない。

 モスアゲートの問題解消の着手までに、一年の猶予を持たせたとして、あの時期にはクリソプレーズ側の問題は消しておく必要があった。


 ジュリアンが、何処まで見通して計算していたのか、想像すれば、アンドレアは背筋が寒くなる。

 一国の王とは、そこまで先を読み策を巡らせる能力を求められるものなのか。果たして『次代の実権者』となる自分(アンドレア)に、それだけの能力は身に付けられるものなのか。


 アンドレアは、自分に視線を注ぐ誰にも気付かせぬよう深く呼吸をして、自身を落ち着かせる。


 自分(アンドレア)は、現国王(ジュリアン)とは違う。

 自分(アンドレア)には、情報を共有し、共に考え、共に戦い、心からの信頼を寄せ、背中を預けられる仲間達が居る。

 同等の困難が、この先、進む道に待っていても、仲間達とならば、後悔しない『クリソプレーズ王国の未来』を作っていける。


 フレデリカの話は続く。


 フレデリカがモスアゲートで『奔放な王女』らしく振る舞えば、王太子夫妻が王宮内で「昼行灯とじゃじゃ馬」と呼ばれるようになるのは早かった。

 息子を溺愛する母親(グラシア)と三人で過ごす時間が増えても、『いくつになっても無邪気な王女』と『母親に溺愛されて育った昼行灯』と『厳しい祖国を離れて箍が外れた奔放な王女』を印象付ける会話ばかりを監視役らに聞かせ続ければ、「捨て置け」と放置されるようになるのも早かった。


 フレデリカはグラシアから直接、カイヤナイトからの輿入れ後に起きた様々な事を聞き、特に注意しなければならない薬物の特徴を教わった。


 お陰で、グラシアが盛られたのと同じ『多胎児を懐妊しやすくする媚薬』がデザートに混入されていた時に、食べた振りをして廃棄することが出来た。

 その日の夜は、わざと扉の外に()()()()()()()()を聞かせ、いつも以上に寝台の上を乱しておいた。

 翌朝、下卑たニヤつき方の侍女や護衛の中に、悪行成就で悦に入る犯罪者のようなニヤつき方をする者が居たので、その人物が媚薬を盛った犯人だと思われる。


 もう、猶予は無いと、グラシアの緊張感が高まったのは、公務以外では顔を合わせることも無くなっていた国王ニコラスから、ある日の公務が終わって別れる際に、「そういえば」と、()()()()()()()()()思い出したように告げられた、「第二子(ダニエル)と一緒に産まれた子供の死」を聞いた時だ。


 双子の命を守るため、敢えて二人のその後や現在の様子に興味を持たぬ素振りをしていたグラシアは、その時初めて、第三王子がソーン辺境伯に預けられていたこと、『カリム・ソーン』として偽りの戸籍まで与えられていたことを知った。


 ダニエルと一緒に産まれた子供は、カリム・ソーンとしてクリソプレーズ王国へ留学し、()()()()()()()()()()()モスアゲートから同行した護衛に殺され、その死体を護衛達が借りていた屋敷で井戸に投げ込んで遺棄したことをクリソプレーズから問題視されて、最近『親友』が冷たいのだと、()()()()()()()()語るニコラスが、グラシアには同じ人間には感じられないほど不気味な存在に思えたと言う。


 多胎児差別の思想で洗脳するだけではなく、傀儡にし易いよう意図的に教育を不足させるだけではなく、王族に対しては、特に、国王となる王子に対しては、更に踏み込んだ差別意識──他者の命を、尊厳を、軽んじることへの忌避感や罪悪感の削除──を植え付けているのではないか。

 そんな、空恐ろしい疑念が、グラシアの胸に湧き上がった。


 ニコラスの教育を采配したのは、アルロ公爵だった。

 ダニエルは、アルロ公爵に養育されている。

 ニコラスの話では、『カリム・ソーン』はアルロ公爵によって、ダニエルに『道具』として与えられていたと言う。クリソプレーズへの留学も、ダニエルの命令だったそうだ。


 ニコラスは、ダニエルの行いも、アルロ公爵が第三王子を『道具』と扱いダニエルへ()()()ことも、何一つ「おかしなこと」という認識で話していなかった。


 情報を遮断されていても、アルロ公爵がモスアゲート王国内で最も権力を持つ貴族であることは、グラシアも知っていた。

 モスアゲート王国では、王族とて、アルロ公爵には逆らえないという現実がある。


 だから、ニコラスの()()()()()()に気付いたグラシアは、猶予の無さに焦りを覚えた。


 アルロ公爵が求めている『国王像』が、現国王ニコラスと同様のものであるならば、如何に御し易そうな『昼行灯』の評価を得ていても、教育権を掌握出来なかった王太子(ブライアン)よりも、手元で産まれた時から洗脳を施している第二王子(ダニエル)の方が『次の国王』として選ばれる。


 ただ愚かなだけの傀儡の王よりも、愚かであり、他者の命や尊厳を奪うことを忌避せず罪悪と思わぬ傀儡の王の方が、傀儡を支配する者の欲を、より大きく満たせるものだ。

 何故なら、そのような傀儡であれば、操られるままに自身の名で下した『王命』や『国策』が多くの犠牲を出す結果となっても、後悔すること無く何度でも繰り返せる精神構造を持っているのだから。


 国の未来さえ気にならないならば、恨みを買った傀儡が殺されるまで、その傀儡を支配する者は、遠慮なく使い潰すことが出来る。

 国王に、そんな洗脳を施す時点で、国の未来など気にしている筈がない。


 他の腐敗貴族達の、悪人ではあるが単純で直情的な言動から考えると、アルロ公爵以外は、モスアゲート王国に寄生して私欲に走りながらも、「モスアゲート王国が無くなっては困る」程度の愛国心は持っているように思えた。


 何より彼らの、「モスアゲート王国の国王は、『神の御業』で継承される『国の色の瞳』を持った王族男性であるべき」という信念は揺らいでいない。

 意図的に教育に手を抜こうが、傀儡にして私欲を満たさんと目論もうが、影で侮辱しながら嗤い合っていようが、玉座に戴き『国の顔』であるのは、『国の色の瞳を持つ王』以外を認めていないのだ。

 それが、『神に選ばれた王国の貴族』である自分達のプライドだからである。


 だが、アルロ公爵がニコラスに、グラシアの耳にも届くダニエルの言動からはダニエルにも施しているであろう、国の未来を一顧だにしない洗脳教育を思えば、アルロ公爵にはモスアゲート王国への愛国心は存在しない。

 アルロ公爵にとっては、『モスアゲート王国』という国、丸ごと一つが『道具』なのではないか。


 グラシアの見解と焦燥は、フレデリカも同調するものだった。

 だが、だからと言って、父王(ジュリアン)からの『王命』があるのだから、フレデリカは直ぐ様モスアゲート王国の為に始動することは出来なかった。

 フレデリカに出来たのは、「時機は、もうすぐ来ます」と、確信の無い言葉を自信満々で告げて信じさせることで、グラシア達が焦りから暴走しないよう宥める事だけだった。


 だが、本当に()()は直ぐに訪れた。


 クリソプレーズ王国にて、大罪人の処刑に伴い大粛清が行われた。

 そこまで大きなニュースは、流石に王妃や王太子、王太子妃としての公務を行う彼らへ『情報遮断』などしてはマズイことを、モスアゲート王室を取り仕切る貴族達にも分かっていたようだ。


 フレデリカは、元王族のエイダンが、言い逃れも減刑も不可能な大罪人として処刑された報告を聞き、「これが時機だ」と確信した。


 フレデリカは、クリソプレーズ国王ジュリアンと直接会う機会のある『モスアゲート王太子妃の公務』に、モスアゲート側から怪しまれずに向かえるよう、グラシアとブライアンに協力を求めた。


『必ず、助力を得て参ります』


 そう、二人に約束して。


 しかし、その後、王宮、王室、政府、管轄機関の違いに関わらず、モスアゲート王国の指示系統は混迷に陥り、情報を遮断されているフレデリカ達の下には益々、状況を知る手掛かりが届き難くなった。


 公務の伝達すら滞る始末に、思案したグラシアが「もしや・・・」と考え至ったのは、モスアゲート国王(ニコラス)が「最近冷たいのだ」と言っていた『親友』、クリソプレーズ国王(ジュリアン)が、()()()()()()()()()、モスアゲート王国を運営する全ての指示を、ニコラスを通じて出していたのではないか、と言う、俄には信じ難い結論だ。


 だが、そう考えれば辻褄は合い、フレデリカは「()()父王(ジュリアン)ならば、やりかねない」と、信じ難いその結論に納得してしまった。


 その結論は、想像以上に、モスアゲート王国の『無能化』は進んでいたという事実に繋がる。


 国王は、他国の王である『親友』に言われるままに国を動かす指示を下し、臣下は国王の言うままに思考を放棄して動く。

 そんな状態で、この国(モスアゲート)は、千切れかけたロープの上を渡るように、局面をやり過ごし、場を凌いでいたのだ。

 本人達に、どれだけ危うい状況下であるのかの自覚は、まるで無いままで。


 気付いたフレデリカ達は氷塊を飲み込んだ気分だったが、事は一刻を争うと理解していた。


 混迷に陥っている今ならば、と、フレデリカは祖国(クリソプレーズ)における()()の成果を存分に発揮し始めた。


 コナー公爵夫人をして「一流の工作員」と言わしめた実力だ。


 隠密行動、変装しての潜入。鉢合わせたモスアゲート王国の『影』や変装中に怪しんで来た暗部は、自重無く()()した。

 もう、時間稼ぎの必要は無い。

 どうせ混迷中のモスアゲートでは、『影』や暗部の死体が発見されてもマトモに調べる指示も出せない。

 グラシアやブライアンに、「フレデリカとお茶会中」や「フレデリカとイチャついている最中」の振りでアリバイ工作をしてもらいながら、フレデリカは情報を集め、各所に小細工を施して回った。


 クリソプレーズ王国の宰相や外務大臣の頭の良さや辛辣さを、()()()()()()()()()()()()()()()、モスアゲート王国の上層部に居座る無能共の耳に入るようバラ撒き、他国へ送る書簡は、小さな子供の茶会と大差ないレベルの会議で「そうだよな!」と最も同意を得ていた、『無礼で直情的な言い訳』にすり替えた。


 すり替え前の文章も、表現が多少違うだけで内容に大差は無く、モスアゲートの高官達は重要な書簡を送付前に確認もしなかったのだから、フレデリカの()()()は、モスアゲートの現状を「偽る」ものではなく「強調」しただけのものだ。


 情報を集める中で、フレデリカはカリム・ソーンの事件後の『カリム・ソーンの遺体』を巡るモスアゲート王国の対応を知っていたが、クリソプレーズ王国にて新騎士団長就任式典が執り行われる情報を得たことで、敢えてブライアンには伝えなかった。


 バラ撒いた噂により、現在進行でクリソプレーズに対して()()()()()のモスアゲート国王や貴族達に、「クリソプレーズは難しい面倒臭い相手。対面すれば怒られそうで嫌だ」という意識が浸透すれば、新騎士団長が王族であり、同盟国からの式典参列者は王族が求められる状況で、参列を()()()()()()()のは、確実に王太子(ブライアン)になる。


 第三王子は亡くなり、第二王子はアルロ公爵が産まれた時から洗脳しているから矯正は手遅れだろう。

 ならば、壊して再生後の『モスアゲート王国』には、ブライアンの存在が必須だ。絶対に、新体制発足の生贄として『王太子の首』など揚げさせてはならない。


 クリソプレーズ王国へ式典参列の為に訪れた最初の挨拶の場で、必ずモスアゲートの王太子(ブライアン)は密かに評定される。

 そこで、「残す価値が無い」と判断されれば、フレデリカの進言だけではその決定を覆すための時間が不足すると思われた。


 モスアゲート王太子ブライアンは、()である。


 そう、ジュリアンが即断しなければ、再生前に『モスアゲート王国』から、ブライアンが失われる恐れがある。

 だから、ブライアンには、彼の耳に直接入ることの無い情報は、敢えて伝えなかった。


 フレデリカの判断が、高い効果を以てクリソプレーズ上層部の印象に作用したのは、アンドレア自身のブライアンへの評価からも確かである。


「と言うか・・・」


 だが、アンドレアが一番フレデリカに言いたいのは、そこではなかった。


「あの阿呆としか言いようの無いモスアゲートからの対応書面は、姉上の()()()の結果だったのですか」


「そうよ。モスアゲートの現状が分かりやすかったでしょ?」


 ニッコリ笑んで肯定する、今までほぼ交流の無かった(フレデリカ)を眺めて、アンドレアは心の底から強く思った。


 本当に、父上(ジュリアン)そっくりですね!


 と。

 声に出していれば、父親(ジュリアン)ほど老練に本心を隠す境地には到達していない(フレデリカ)が盛大に顔を顰める様を見られただろうが、幸い、完璧な王子様ヅラに隠されたアンドレアの本心が、フレデリカに伝わることは無かった。



 フレデリカお姉様は、顔立ちも父親そっくりです。


 王太子になることが決まっていた長男のエリオットは、子供時代に交流のあった弟はアンドレア、ほぼ交流は無かったけれど妹はフレデリカ、と、弟妹双方が、『優秀な凡人』など吹いて飛ばす『天才的実力者』という、かなり居た堪れない立場で生きて来ました。


 一般人よりは余程優秀であったエリオットは、「次期国王の自分が兄弟妹中の唯一の凡人である」という自覚もしっかり持っていたので、その苦しみは相当なものだったと思われます。

 次期国王としての矜持もあったので、苦しみを誰かに吐露することも出来ませんでした。


 産まれた順番が王位継承権二位以下か、性別が違えば、きっとエリオットは「素晴らしい王弟」か「素晴らしい王女」として、自身を肯定しながら生涯を送れたことでしょう。


 物語を書き進めるごとに、エリオットの不憫さが目に付くようになって来たなぁ・・・。



 次話投稿は、7月21日午前6時です。


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