新騎士団長就任式典
式典本番前までに、クリソプレーズ王国第一王子エリオットの専属護衛が二名追加された。
一名は、ニーバー伯爵家当主であり国王専属護衛の一人でもあるニーバー伯爵の甥に当たる男で、現在二十五歳のオルセン・ニーバー。
騎士見習いを経て一般騎士の経験を四年、近衛試験合格後は王宮の王族プライベートエリアの警護任務の経験を三年積んだ叩き上げで、エリオットの専属護衛になるに当たり、身分調整の為に伯父のニーバー伯爵の養子となった人物だ。
尊敬する伯父の影響で、国への忠誠心が強く高潔な騎士である。
もう一名は、ルッソ子爵の嫡男である、ガイア・ルッソ。年齢は二十三歳だ。
ジルベルトが茶会デビューした十年前からの、ジルベルトの熱烈なファンであり、茶会デビュー当初からアンドレアの騎士だったジルベルトに影響され、十三歳という他の騎士候補より大分遅い年齢から騎士を目指したが、元から才能があったのかファン心理の成せる業か、メキメキと実力を付けて一足飛びに近衛騎士の資格を得た実力者である。
当然、ハロルドからは警戒されて、よく模擬戦や鍛錬という名でボコられているが、お陰で対人戦の実戦技量が増すので当人は喜んでいる。
ルッソ子爵家は中立派の家だが、本人の実力は勿論、絶対に第二王子専属護衛を裏切る真似をしないだろうという点での人選だ。
両名とも、表向きは、自薦他薦の近衛騎士の中から第一王子エリオット本人が認めて選んだ、という形になっている。
どちらも任務に就く時には、コナー家縁者の近衛騎士が、補佐と監視を兼ねて共に当番に入っている。
クリストファーの配下を通じ、アルロ公爵の指示を受けた『商品』達へ、無事に色とりどりの刺客と、ダミー要員である『下姫』は引き合わされた。
評判通りの人物だった『下姫』は、「美貌が目に留まっての栄達」を夢見てアッサリ誘いに乗ったので、さり気なく護衛役を側に配して気分良くモスアゲートに向かってもらった。
彼らの移動手段は徒歩か乗合馬車の為、到着まで時間がかかることを考慮し、計画後直ぐに引き合わせを済ませてクリソプレーズ王都から出立させた。
丁度、こちらの式典で騒動が起きた頃に、例えモスアゲート国王から泣きつかれたとしてもアルロ公爵が手を打てない状態になっているよう、時間を調整しながら移動するよう指示を出してある。
アルロ公爵は、最初から今回の新騎士団長就任式典へ参加する予定が無い。
ウォルターによる新キャストの『稽古』は順調に完了している。
こちらの台本通りの素晴らしい演技が期待出来そうである。
改訂した尋問内容によって、侵入者らの雇い主と正体は絞り込めた。
専門的な訓練を受けた痕跡が見られる者に関しては、殆どがソーン辺境伯が抱える暗部であり、ブルーノが雇った二名以外にも、ブルーノ以外のソーン辺境伯家の寄子貴族が雇った『影崩れ』が一名含まれていた。
尋問に立ち会ったウォルターも、前例無き余りの状況の酷さに唖然としていたが、式典直前に送り込まれて来た侵入者の正体は、まさかの、モスアゲート国王護衛の『影』とニコラス王の専属護衛だった。
各二名ずつが『カリム・ソーンの遺体』を盗み出す為に侵入して来たが、どれほど追い詰められ、どんな心境だったら起こす暴挙なのか、「久しぶりに心の底から驚くという体験をしました」と、頭のネジの飛んだ男に言わしめるのだから、相当だ。
結局、『カリム・ソーンの遺体』は引き取られないまま、クリソプレーズの王城に保管された状況で式典当日を迎えることになる。
モスアゲート王国からの参列者は、事前の意思表明の通り王太子夫妻のみである。
モスアゲート王太子ブライアンは、父王ニコラスから『カリム・ソーンの遺体』について何も伝えられていないようだった。
彼は、留学生の殺人・死体遺棄という、モスアゲート貴族が起こしたカリム・ソーンの一件に対し、王太子の立場で丁寧な謝罪を述べた。
その態度と謝罪内容は、モスアゲート王族とは思えないほどマトモであり、後ほど、王太子妃となった元クリソプレーズ王女フレデリカから詳細を聞く必要がある。
ブライアンは、白を切っている訳では無く、『カリム・ソーンの遺体』が現在クリソプレーズ王城で保管中であることも、度重なる遺体引き取り要請にモスアゲート政府が応じていないことも、クリソプレーズ王国へ非常に無礼な対応を繰り返していることも、貴族の身分を持つ大使が全員引き上げて戻っていないことも、本当に知らないようだった。
式典前、王族用控室でモスアゲート王太子夫妻の挨拶を受ける際、表情や仕草を読む専門家複数名が密かに配置されていた。
彼らからは、「モスアゲート王太子は偽りを述べていない」判定が上がり、クリソプレーズ側の護衛の一人として並んでいたハロルドも、「嘘や悪意や敵意の匂い無し。動揺と羞恥心は隠してるけど強い」と、変態的嗅覚の判定結果を報告して来た。
どうやら、モスアゲート王太子もまた、モスアゲート王国に於いて特殊な環境下に置かれているようだ。
王太子の教育に、アルロ公爵が手や口を出せていないという情報は得ていたが、王太子は所作や口上を含め王族としてマトモな挨拶が出来て、非常識な事態に動揺と羞恥を感じる常識が身に付いているのだから、それだけでは無いだろう。
そして、マトモであるが故に、王太子として得るべき情報を遮断されているのかもしれない。
正装に身を包んだ新騎士団長レアンドロは、いつも通り鉄壁の無表情で態度も通常運転だ。
レアンドロによって副団長に任命される、同じく正装に身を包んだゴイル伯爵は、威厳を保とうと意識しているようだが、随分と浮かれている様子が隠しきれていない。
どちらも、アンドレア達の計画を察知している様子は無い。
警備計画は表も裏も万全だ。
不確定要素の排除や侵入阻止対策も完了。
式典直前、モスアゲート王国からの来賓と本国との連絡手段を遮断。我が国による工作の痕跡は抹消。
茶番の幕が上がる。
アンドレアは、自国の国王夫妻やエリオットと共に、クリソプレーズの王族席に並んでいる。
専属護衛のジルベルトとハロルドは側に控えているが、モーリスは裏方として別動中だ。
式典は滞り無く進行し、無事、新騎士団長レアンドロから指名を受けたゴイル伯爵は壇上に上がった。
レアンドロが舞台中央から後方へ下がり、ゴイル伯爵は新副団長として意気揚々と挨拶の口上を述べ始める。
その時、来賓席のモスアゲート王太子夫妻の近くで悲鳴が上がった。
襲撃者だ。
当然、王族の専属護衛らは、各自の担当王族を護ることに専念する。
モスアゲート王太子夫妻も自国から伴った専属護衛が応戦しているが、襲撃者が手練れであるのか、分が悪いように見える。
クリソプレーズ王国が警備に配置した騎士らが駆け付け、襲撃者の制圧に協力。
襲撃者らを制圧。
モスアゲート王太子ブライアンに怪我は無かったが、ブライアンを身を挺して庇った王太子妃フレデリカが腕を切られ負傷。
襲撃者の風体から刃に毒物が塗布されていた懸念が強く、フレデリカは直ぐ様、警護の厳重な王宮の一室へクリソプレーズ王国の優秀な騎士達の護衛付きで搬送されることとなった。
同じく負傷したモスアゲート王国の王太子専属護衛は、クリソプレーズ王城の騎士団宿舎にて、手当と聴取を受けるため移動してもらった。
王太子ブライアンは、フレデリカの治療が終わったら、妃に付き添っていたいと自ら申し出た。
やはり、ブライアンはマトモな教育を受けている。
こちらがフレデリカを隔離して事情を聞くつもりだと気付き、それを受け入れる判断をして、邪魔をする気は無いことを態度で表した。
この間、壇上のレアンドロは、王族且つ騎士団長という要人であるため、舞台周辺に配置された近衛騎士の精鋭らに護られていた。
ゴイル伯爵も、二名の近衛騎士に付かれている。
尤も、舞台周辺に配置した近衛騎士の中には、アンドレアから、事が起きた時にレアンドロとゴイル伯爵が勝手な動きをしないよう、押さえる役目を与えられた騎士達が数人混ざっていた。
戦闘狂で正義感は強いレアンドロと、野心が強く手柄や称賛が欲しいゴイル伯爵に、襲撃者の出現と同時に飛び出されて、モスアゲート側の専属護衛とフレデリカの負傷を未然に防がれては、計画に支障が出るからだ。
呆然の体のゴイル伯爵。
自分を警護する近衛騎士に指示を出し、状況を知ろうとするレアンドロ。
騒ぎの広がる式典会場だが、参列者が、醜態を晒すことを嫌う貴人や胆力を示したい武人で占められていることと、即座に参列者の安全確保に動くクリソプレーズ騎士団の危なげ無い統率された動きから、パニックは起きていない。
クリソプレーズ国王ジュリアンの指示により、進行役が式典の中止を宣言。
参列者達は、確実な安全確認が取れるまで待機する為、丁重に王城敷地内の迎賓館へ案内されることになった。
王族が参列する式典や軍事関係の式典では、襲撃者が現れることは珍しい事態では無い。
襲撃者が現れぬよう警備を徹底するのが主催者側の義務ではあるが、戦時中でもないのに参列者を萎縮させるようなレベルの厳戒態勢を取ることも出来ない。
この辺の事情で、襲撃被害の内容によっては、襲撃者が現れたこと自体への理解は得やすくなっている。
迎賓館へ向かう人々の反応では、被害の小ささと早期の制圧、その後の迅速で安定した対応への評価は高く、クリソプレーズ王国騎士団の評価が他国の参列者から下げられることは無さそうだ。
制圧された襲撃者らは、自害を防ぐ為にも身動き不能に拘束されたまま、尋問が行われる場所へ運ばれて行った。
襲撃者達への尋問は、襲撃者が、動きや装備から暗部の訓練を受けた者と推定されたことで、コナー家の専門家が任に当たることを、新騎士団長レアンドロも承認した。
結果が出るまで、レアンドロとゴイル伯爵は、帰宅や所在不明となることを許されず、騎士団長執務室で待機となる。
結果が出た後は大捕物の開始となる可能性が高いのだ。騎士団トップの団長と、その補佐である副団長が所在不明で直ぐに動けないとなれば大事である。
真面目な性格のレアンドロと、早速手柄を立てる機会に恵まれた喜びが隠せていないゴイル伯爵は、いつ明けるか分からない執務室待機を、各人の心情は異なるだろうが、黙して受け入れている。
第一王子専属護衛であるゴイル伯爵の息子の方は、エリオットを護衛しながら王城の第一王子執務室へ向かった。
そのまま、エリオットが執務室で待機する間は側を離れることは無い。
ここまでは、台本通りに進んでいる。
アンドレアはハロルドを現場指揮官として残し、フレデリカを搬送した王宮の一室へジルベルトと共に向かった。
今話と同じ日、同じ場所(クリソプレーズ王城か王宮)が舞台の数話分、更新スピードを上げます。
次話投稿は、7月16日午前6時です。