シナリオ修正
短めです。
ようやく、長いアンドレア的一日が終了します。
「茶番のシナリオに修正要請が入った」
こざっぱりとした風体で執務室に戻って来たアンドレアを見て、国王の呼び出しの後に自身の私室へも立ち寄ったことを察した待機組の側近達も、情勢が大きく変わったことを悟った。
直ぐにアンドレアの執務机の周りに集まる彼らに向かい、アンドレアは最も重大な変更点を告げる。
「アルロ公爵は、表舞台に出さず、速やかに暗殺することが決まった。これは、他の同盟各国の総意でもある」
薄刃のような緊張感が走るのは一瞬で、側近達は各人、己の求められているであろう意見や情報を提示する。
「表舞台に出さず、と言うことは、『商品』達を茶番のキャスティングから外し、他の役者を用意する必要が出ますね」
「入れ替える役者は、未だ生存している侵入者の再利用で足りるよう調整しましょう」
「アルロ公爵の暗殺方法は、やっぱり自称『後宮』への刺客送り込みが適当ですかね」
打てば響く側近達の顔ぶれを満足そうに見回して、アンドレアは、ジュリアンとの対話やクリストファーからの報告を基に、次々と指示を出す。
「モスアゲート王族の扱いは、シナリオに変更点は無い。『商品』を表舞台から降ろし、その枠に『ソーン辺境伯お抱え暗部』を宛てる。新キャストが台本通りに演じられるよう、『稽古』をウォルターに依頼しろ」
アンドレアの目線だけで、黙礼したバダックが音も無く第二王子執務室を出てウォルターの待機する塔へ向かった。
「クリストファーが掴んだ『商品』のクリソプレーズへの帰国目的は、アルロ公爵が『後宮』と称する別邸へ納めるために、『貴族的な色を持つ若い美女』を我が国から連れ出すことだ。『商品』達の役割は、舞台裏での刺客搬入に変更する」
「その方法なら、刺客は複数搬入出来ますね」
「ああ。本命の刺客はコナー家に用意してもらう。ダミーとして良さげな心当たりは有るか?」
「平民出身騎士の間で有名な『下姫』ってのが居ますよ」
ハロルドの言葉に、その場の全員が一瞬、怪訝な顔になった。
「何だ? その『しもひめ』? とやらは」
「平民街の、まぁまぁ繁盛している肉屋の娘です。母方の祖母が貴族の血混じり、父方の曽祖父が元貴族で、隔世遺伝でその娘に平民街では目を惹く程度の貴族的な色と容貌の美しさが出たみたいです。大罪人『E−3』ほど悪辣なことはしてませんが、他人の男を寝取るのを当然みたいに振る舞ってるんで、恨みは買いまくってます。貴族とは接点が無いんで社交界の噂には出てませんが、平民出身の騎士は非番の日に街に出ると、よく絡まれるそうです。『アタシを好きにしてもいいのよ』って」
「騎士達も気の毒に・・・。じゃあ、その『しもひめ』ってのは、『シモが緩い、近所では姫扱いされてる女』ってことか?」
「本人は『下町の姫』を略して『下姫』だと思ってるらしいですよ」
ハロルドの言葉に、その場の全員が一瞬、微妙な顔になった。
アンドレアが咳払いを一つして、場の空気を真剣なものに戻す。
「それだけ有名人としての実態を持っているならば、ダミーとして好都合だ。クリストファー経由で『下姫』と刺客達を『商品』に引き渡す。ダミーは後ほど無事に親元に返さなければならん。本命の中にダミーの護衛役も入れる。意見は?」
「本命の容姿レベルは、ダミーより上過ぎず、護衛役はダミーよりやや劣るくらいで揃えた方が良いのではないでしょうか」
「アルロ公爵の好みが分からんから、アルロ公爵的容姿レベルの高低が測れんが。連れて行った女達が全員『後宮』とやらに迎え入れられるとは限らんからな。普通なら、元スラムの住人や宿無しの放浪者が、上玉過ぎる女を連れて来たら怪しんで寝所になど入れないだろうが」
「アルロ公爵は、普通ではない?」
「自分を神と同列だと思ってたら、神の如き万能感を持ってそうじゃないか?」
「ああ、そうなると・・・半端なレベルの女では、逆に中に入れない可能性が出ますね」
「では、ダミーの護衛役は複数入れておくのが安全策になりますね。俺としては、『シモ姫』が、無事に帰国させたところで我が国の益になる人間の気がしませんが」
「ハリー」
義兄の窘める声に、悪びれず肩を竦めるハロルドの女嫌いは相変わらずだ。
「刺客はクリソプレーズ王都の高級娼館の上級娼婦レベルを上限として、あの『商品』達が集めたにしては不自然でも、色の美しい上玉を多めに揃えますか。最初から、ダミーは美しさでは目に留まらないくらいにしても良いかもしれません」
「ああ。護衛役の一人は地味な髪色で、ダミーよりも明らかに平民寄りな容姿の者が望ましいだろう。ダミーが門前払いを食らう時に、セットで門前払いにならんとマズイ。ダミーは、その行いと渾名で『実在する有名人』として目に留まればいいだけだからな」
「では、その方向でクリスに伝えます」
「頼んだ、ジル」
ジルベルトが一礼して出て行くと、モーリスがアンドレアの執務机から纏めかけの書類を自分の机に寄せ、怜悧な蒼い瞳に気遣わしげな色を乗せて視線を流した。
「アンディ、貴方は今の内に一度休んでください。これは僕が纏めておくので、後で確認とサインをお願いします」
「悪いな」
ふっと、幼馴染みにだけ見せる気の抜けた緩い笑みを洩らして、アンドレアが片手を挙げる。
その手に自分も片手を挙げて、モーリスが軽く叩くように合わせれば、小気味良く乾いた音が執務室内に響いた。
「アンディ様、仮眠室、用意出来ました」
モーリスがアンドレアの机上から書類を寄せ始めた辺りで隣の仮眠室へ入って行っていたハロルドが、「さぁ、どうぞ!」という手付きで仮眠室の中へ主を促す。
「おー、ありがとな。改訂した尋問結果の詳細報告が来たら起こしてくれ。多分、それがクリストファーの報告の裏付けになるから、来たらまた忙しい」
「了解です」
肩を回しながら仮眠室に入って行くアンドレアを見送って、ハロルドはモーリスの机上から、複製が必要な原稿やリスト化前のデータ等を自分の執務机に運んだ。
「こっちは俺がやる。あと、チェック済みで清書するだけのやつも寄越せ」
「ありがとう」
ふっと、外では絶対に見せない緩い笑みを洩らしたモーリスと先程のアンドレアが重なり、「この従兄弟って、案外似てるんだよな」とハロルドは思う。
体力お化けの自分やジルベルトと同じ仕事量で、頭は多分、倍以上使っているアンドレアとモーリス。
二人の負担を出来るだけ減らしてやりたいが、こればかりは適材適所で、想いだけではどうにもならない。
最近、大好きな御主人様に忠誠を誓った「面白くない匂い」の男が周囲に四人も増えたことに不満を感じているハロルドだが、その「面白くない匂い」の四人が揃って有能な実力者であり、アンドレアの助けになっていることは、認めない訳にはいかない。
ジルベルトへの執着心の制御は出来ないが、アンドレアだって大事な主君で仲間で友で幼馴染みだし、モーリスも大切な仲間で友で幼馴染みで、守りたい家族だ。
ハロルドは、アンドレアやモーリスの負担が軽くなるならば、ジルベルトを奪おうとしなければ、ジルベルトに自分以上に可愛がられなければ、ジルベルトとの時間を邪魔しようとしなければ、あの「面白くない匂い」の四人が近くに在ることを、受け入れようかなと思い始めている。
本当は、嫌だし我慢したくないけれど、でも、共にいて満たされる仲間達の為だったら、これからも共に在りたい仲間達の益に繋がるなら、少しだけ、譲歩してもいい。
二人分のペンの走る音と紙を捲る音だけが、止まること無く流れる第二王子執務室。
出会いや経験を通して、少しずつ成長する青年達。
世界の運命は、一度目とは確実に変わりながら、巡っている。
アンドレア的長い一日が終わったので、一旦、投稿ペースを週一に戻します。
次回投稿は、一週間後の7月14日午前6時になります。