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実力者の師が無能である謎

 丁度、クリストファーから次の連絡を受ける時間が近い。

 ジュリアンの私室を辞したアンドレアは、ジルベルトを護衛に伴ったまま、一度自分の私室へ戻った。


 熱い湯を浴びて重い気分を流し、モーリスに小言を言われぬよう、きちんと髭を剃ってから冷水で顔を洗って目を覚ます。

 着替えを済ませると、室内に何時の間にか現れているクリストファー。

 いつもの事だ。


 アンドレアと側近達も不眠不休に近い働きだが、クリストファーは輪をかけている。


 学院長交代により、アンドレアと側近達は、王族が関わる式典の準備も公務として公欠扱いされるようになったが、クリストファーは表向きはアンドレアの側近ではない為に、日中はしっかり学院に通学して授業に出席している。

 加えて、『婚約者としてニコルを護衛』という任務もあり、更に『コナー家の支配者』として、配下に指示を飛ばし、報告を受け、采配を振るわなければならないのだ。


 アンドレアより小柄で年下の少年であるのに、疲労や消耗した様子を見せたことは無い。

 この、垂れ目の小柄な少年が、一体いつ休んで回復しているのか、アンドレアは不思議でならなかった。


「動きの無いアルロ公爵が買った『商品』達に、思い付いて鎌を掛けさせたら、()()()が出ました」


 現在、監視を付けて泳がせている、アルロ公爵が買った『商品』達は、拠点周辺の下町やスラム街を意気消沈した様子でウロウロと歩き回るだけで、目的を持った動きらしきものを見せていない。


 クリストファーは、その無目的の徘徊にしか見えない動きから、ふと思い付いたことがあり、配下を接触させて鎌を掛けさせたと言う。


『綺麗所でも探してるのかい?』


 と。

 聞く耳を向けて来たそこから、「人気の街娼が河岸を変えた話」や「上級娼婦が太客を怒らせて場末に落とされた話」や「浪費癖で勘当された大店のお嬢さんが身売りする娼館を厳選中の話」などで話に引き込み、言葉巧みに相手の話も引き出した。


 アルロ公爵は、モスアゲートの王都に『後宮』と称する別邸を構えているが、モスアゲート国内では王都の最高級娼館からさえ『貴族らしい色の若い娘』が消えている状況だ。

 もう、国内では『丁度いい年齢の新しい産み腹』は、簡単に手に入らないだろう。

 自称帝国経由で買えば増やせるが、手間と時間が必要だ。


 だから、当てもなく歩き回るだけに見える『商品』達は、もしかしたら、アルロ公爵から『貴い色を持つ若い娘』をクリソプレーズから連れて来いと命じられているのではないのか。

 そう、思い付いて配下を仕掛けたクリストファーの読みは、当たった。


 クリソプレーズ王都に戻った『商品』達は、モスアゲートに渡った後に親しくなった現地の平民を人質に取られ、クリソプレーズ王国へ送り返されて、『貴族みたいな色合いの若い美人』を「良い仕事を紹介する」と誘ってモスアゲートへ連れて行き、『後宮』と称する例の別邸へ引き渡すよう命令されていた。


 当てもなく彷徨いているように見えたのは、実際に途方に暮れながら当てもなく歩いていたからだ。

 彼らは、元々がスラムの住人や宿無しで、その日暮らしの人間だ。そんな上玉の女と知り合ったことも無いし、どうやって知り合えばいいのか、何処でだったら見回りの兵士や騎士に怪しまれずに、そんな上等な見た目の女に声をかけられるのかも、分からなかった。


 真っ当な商売をする親と暮らしている普通のお嬢さんに声をかける訳にもいかないし、以前は数は少ないが路地裏などに立っていた、『貴族の血も入ってそうな街娼』も、大罪人として公開処刑となった少女が王都の街娼だったことで、河岸を王都から変えたり、大人しく娼館に所属したりと姿を見なくなっている。

 人質となった親しい人を助けたいが、どうにもこうにも手立てが見つからず、けれど、じっとしてもいられず、当て所なく以前暮らしていた辺りを歩き回る日々だったようだ。


 クリストファーは、「女衒に心当たりがあるから話を聞いておいてやる」と配下に言わせ、そのまま『商品』達と繋がりを持たせている。


 アンドレアが、「後で指示を出すかもしれん」と告げれば、クリストファーは「承知しました」と応じ、次の報告に移った。


「それと、コロン男爵領の調査隊が帰還しました」


「裏切りか?」


 モスアゲート入国直後からイェルトが感じた違和感を、リオと馭者を経由して本国で受け取ったクリストファー直下の国境付近待機組は、即座にコロン男爵領へ向かい、実態調査を行っていた。


「ですね。当主が脅されています」


「通じていたのは()()()だ?」


「ソーン辺境伯です。実行は辺境伯家のお抱え暗部でした」


「不幸中の幸いだな」


 軽く張り詰めた息を吐き出して、アンドレアは相槌を打つ。

 通じていたのが、自称帝国ではなかったのなら、今後の()()()の数は、最悪の想定より多少は減らすことが可能だ。


 クリソプレーズとモスアゲートの間の正式な出入国ルートの他に、『犯罪者の出入り口』があると思う。

 そう、超強力な『犯罪者ホイホイ』であるイェルトが述べた意見を侮ること無く、リオの命令で、キッチリギッチリ調べたクリストファー直下の精鋭達は、大して隠蔽に尽力もしていなかったコロン男爵の国家への裏切りを、スルリと暴いて来た。


 コロン男爵は、モスアゲート側が手付かずの山林である国境の石壁の目立たぬ場所に、密かに人間一人が通れる穴を開け、藪や瓦礫で隠していた。

 穴を開けてから、もう十年は経っていると言う。


 コロン男爵が穴を開けた目的は、モスアゲート側の山林に自生する薬草や茸だった。

 そこそこ高価な薬草や茸が石壁の近くにだけ僅かに生えることから、風上となる石壁の向こうの山林には群生地があるやもしれぬと、魔が差してしまった。

 領地は貧しく、貴族としてもパッとしないコロン男爵家では、それらの薬草や茸は、有り難い収入源や保存薬に保存食となり、良くない事だと分かってはいたが、止められなかった。


 穴の存在は家族にも秘匿し、日が落ちると誰も家から出ないような静かな田舎で、コロン男爵は自分以外の人間が石壁の穴を出入りしているところを見たことは無かったそうだ。

 実際は、夜闇に紛れて犯罪者の密入出国ルートに使われていたのだろうが、コロン男爵自身も日が暮れると家から出ない生活をして来たため、本当に関知していなかったようだ。


 しかし、()()()()()、コロン男爵が朝に薬草を採りに向かった、その石壁の穴から、『只者ではなさそうな男達』が現れたと言う。


 男達は、「国境の壁に勝手に穴を開けたことが国に知られれば、一族郎党、拷問にかけられ首を落とされるぞ」とコロン男爵を脅し、穴を多少広げて男達が使うことを黙認すれば、償いが当主のコロン男爵の首一つで済むように口添えをしてやると唆した。

 男達の主はモスアゲート国王陛下の信頼篤い高い身分の貴族であり、男達は、陛下の命を受けた主から直接命令を受けて動いているのだ。などの文言も口にしたと言う。


 その『男達』は迂闊に過ぎるが、「まぁ、モスアゲートだしな」で納得して流しそうになり、アンドレアは頭を振って冷静さを取り戻した。

 男達の言を真に受ければ、彼らの主はソーン辺境伯だが、脅迫して来た侵入者が、ペラペラと本物の素性を話したとは思い難い。


「裏は」


 この男(クリストファー)が取っていない筈が無いと思いながら問えば、期待通りの返答。


()()()()()()()()を一匹、石壁の穴から顔を出したところで捕獲しました。ソレが、辺境伯の縁者でした」


「赤い髪・・・以前、俺の執務室に侵入を試みて何も出来ずに死んだ『影崩れ』の雇い主か?」


「はい。ソーン辺境伯家を寄親とするケレン子爵家の嫡男で、平民に近い色の茶髪がコンプレックスで、若い頃から真っ赤に髪を染めているんだとか。薬物耐性が低かったようで、()を使ったら煩いくらい『お喋り』が止まらなくなったそうですが、お陰でしっかり裏が取れました」


 ソーン辺境伯は、自家の抱える暗部だけでは成果が上がらず、手柄を立てたい寄子の家に声をかけ、「クリソプレーズ王国の王城から『カリム・ソーンの遺体』を密かに取り戻して来い」と命じていたそうだ。

 理由は、「陛下の希望である」と告げられていた。


 話が進まないので最後まで黙って聞いたが、この話の導入時点で「下っ端相手にまで、ぶっちゃけ過ぎだろ」と突っ込みたくなる。

 命じた側も命じられた側も、それで疑問に思わず動いている様が、アンドレアには、いっそ不気味だ。


 アンドレアの感想はさて置き、その赤く髪を染めた男、モスアゲートのケレン子爵嫡男であるブルーノは、ケレン子爵領で『金に困っていそうな破落戸』を、相手の足元を見た低い報酬で雇い、ソーン辺境伯から聞いていた『石壁の穴』からクリソプレーズ王国へ送り込んでいた。


 『影崩れ』の他にも、ブルーノが覚えている限りで少なくとも六組ほどの破落戸を石壁の穴から送り込んだらしいが、クリソプレーズの王城まで辿り着いたのは、『影崩れ』だけだった。

 当たり前だ。ただの破落戸が王子の執務室に辿り着けたら大事である。


 雇った破落戸の中に『影崩れ』が居たのは偶々だ。ブルーノには、ただの破落戸や無宿者と『影崩れ』の判別などついていなかった。


 ブルーノには『元暗部』などを見破る目も、『影崩れ』と呼ばれる存在が方々に潜伏しているという知識も無かった。

 つまり、ド素人だ。

 他国の王城に保管される死体をこっそり盗み出す、という、()()()()()()でも難しい仕事を、自身で遣り遂げる技術も他者へ的確な指示を出す能力も、当然持っていない。

 おまけにブルーノは、今までモスアゲート国外どころか、学院生時代に王都で通学していた以外ではケレン子爵領から出たことも無い『箱入り息子』だった。


 知識・経験・技術の全てを持っていない状態でいながら、ブルーノは失敗するとは想像しておらず、自信満々だった。


 何故なら、今まで()()()()()()()()()()、競争相手と目した他の貴族家に対し、『自領の破落戸や宿無しを安価で使って盗みや情報収集』という遣り方で、失敗したことは無かったからだ。


 しかも、今回は『ソーン辺境伯お抱え暗部の人間』からも声をかけられて、ブルーノ的には「万に一つも失敗の可能性など無い万全の構え」だと確信していたらしい。


 ブルーノが雇った、ブルーノ的には『ただの破落戸』達が投与されていた遅効性の致死毒も、『ソーン辺境伯お抱え暗部の人間』から貰った物だった。

 『ソーン辺境伯お抱え暗部の人間』は、ブルーノへ「事前に実行役に飲ませてください」と毒を渡し、「そちらの()には、第二王子の執務室で騒ぎを起こしてもらいます。そちらに城内警備の目が向いている間に、我々が死体を盗み出します」と、()()()()()()()()()()()と言っていたそうだ。


 いや、協力を願われたんじゃなく、言葉だけ丁寧に命令されてるじゃないか。

 アンドレアの突っ込みが、声に出ることは無い。


 ブルーノ曰くの『暗部の人間』は、ブルーノよりは、まだしも()()な気はするが、そもそも『暗部の人間』が、ド素人相手に、自分の主まで明らかにして「暗部の人間です」などと名乗るだろうか。


 まぁ、モスアゲートだからな。


 で、説明が終われそうな現状が、物凄く嫌だが、実際に、リオに面通しした侵入者の中に、暗部の専門訓練を受けたと思しき『ソーン辺境伯家の出入り商人』が含まれていた。


 と言うことは、本気で『ソーン辺境伯お抱え暗部の人間』が、ド素人のブルーノ・ケレンに、「我々はソーン辺境伯に仕える暗部の者です」と名乗り、『同盟国の王城に侵入して盗みを働く』ことや、『同盟国の王子の執務室に毒や凶器を持って侵入』という、バレたら、どころか、関与を疑われるだけでも滅茶苦茶マズイ、『同盟国への敵対行動』の協力を求めたと?


 それとも、『ソーン辺境伯お抱え暗部の人間』にとって、ブルーノ・ケレンは「ド素人」ではない?

 もしかして、今までブルーノが()()()()()()()()()()成功して来た、ライバル貴族家からの盗みや情報収集の手腕を、「プロ並み」と認めている、とかか?


 有り得ねぇええええええええっ!!!


 脳内絶叫中のアンドレアだが、顔はキッチリ理想の王子様仕様に保っている。

 だが、顔は保っているものの、どうしても口から抑えきれない疑問が溢れ出た。


「何故、『リオ』は、あれだけ有能で()()()なんだ」


 モスアゲートの実状に迫るほどに、深まっていく『リオ』の有能さの謎。アンドレアは、いくら考えても、その答えが浮かんで来ないのだ。


 責任転嫁などする気は無いが、モスアゲートの第二王子ダニエルの()()()()と、一卵性双生児の『リオ』の()()()()()の対比から、「特殊なのは、出来の悪いダニエルの方である」という印象が強まったことは否めない。


 モスアゲート王国の、他国と関わりを持つ為に()()()()()()王族や大臣や役付きは、ジュリアンの操縦付きかジュリアンの台本丸暗記だった。

 操縦も台本も無くなれば、「貴国に政治家は一人も居ないのか⁉」と怒鳴りたくなる体たらくである。


 直接関わったことの無い、『モスアゲート王国暗部』の実力は分からないが、もし『ソーン辺境伯お抱え暗部』とやらが、モスアゲート王国では「暗部として一目置かれる存在」だとしたら、()()()もお粗末なレベルだろう。

 技術以前の問題で、『ソーン辺境伯お抱え暗部』は「暗部を任せる存在」として失格だ。

 技術だけは継承されているのかもしれないが、暗部の人間である自覚や意識と、人を見る目が無さ過ぎる。


 国家事業以外の交易を独占し、モスアゲート王国の表に顔を出していたアルロ公爵は、他国の王族や高位貴族から見ても「高位貴族らしく見える振る舞い」が、一応出来ていた。

 だが、アルロ公爵は、自称帝国の工作員や密輸商人と交流し、彼らから学びながら育ったようなものであり、『モスアゲート王国に於ける特殊ケース』である。


 では、『リオ』は?


 あまりの愚かさや小物ぶりに、「アルロ公爵に養育されて、真っ当な王族教育を受けられなかった()()な育ち」だと、こちらが分析していたダニエルは、モスアゲート王国に於いては()()()()()()()()である可能性が高い。


 では、『リオ』は?


 ソーン辺境伯に引き取られ、「第二王子ダニエルの影武者にする」という名目で、虐待と呼ぶも生ぬるいほどの『王族教育』と『工作員教育』を施されていたと聞いているが、()()()()()()()()()()()()()()()


 モスアゲート王国には、既に真っ当な『王族教育』が出来る教育者や知識人が存在しない。

 工作員としても、『ソーン辺境伯お抱え暗部』が、()()()()()育てる技倆を有していたとは思えない。


 呻くように溢されたアンドレアの疑問に、クリストファーは一つ溜め息を吐いてから、紺色の垂れ目の上の細い眉を顰めて答える。


「それは、彼を()()した奴らが、彼を()()()()()()()()()()()()()ですよ」


「どういうことだ?」


「奴らは、『第二王子の影武者となる為に必要な教育』に(かこつ)けて、彼を()()()させる気だったのだと思われます」


 銀色の眉根を寄せたアンドレアは、クリストファーから『虐待を超えた教育』の()()()()()()()()()を聞く内に、寄った眉が通常位置に戻って行くのを感じた。


 ソーン辺境伯領で身柄を預かられた第三王子(リオ)は、「第二王子の影武者になる為に必要だから」と、埃を被った分厚い本を百冊以上も覚えさせられていた。


 現在のモスアゲート貴族の教育レベルを知った今となって思えばだが、恐らく意図は教育ではなく嫌がらせだったのだろう。


 第三王子を教育する者達が持って来た『埃を被った分厚い本』は、真っ当な王族や高位貴族の教育を施せる人間が()()してしまったモスアゲート王国で、長く誰も開く者が現れなかった「とにかく難しそうな本」だったのだと思われる。


 奴らは幼い第三王子に、『重くて厚くて難しい本』を与え、「全部覚えろ」と命じた。

 理論を説いたり本の内容を解説するようなことも無く、只管「読んで覚える」ことを要求されることが、第三王子がソーン辺境伯領で経験した『座学』だった。

 その『座学』の『試験』は、本を手にした『試験官』が、「何頁の何行目の内容を答えよ」と、本を取り上げられた第三王子に問い、正解しなければ折檻や食事抜きの罰を与える、というものだ。


 それならば、『教える側』には何の知識も教養も必要無かっただろう。


 マナーや所作も、埃を被った本の中から黴まで生えたような大昔のマナー本を探し出し、図解付きだったその本の内容を「全て身に付けるまで食事抜きだ」と言われ、数え切れないほど繰り返しては、根拠も無く否定ばかりされる、という、嫌がらせか虐待でしかない『授業』で身に付けたものだ。

 最早、「教えを受けた」と言うよりも、「本からの独学だった」という表現の方が正しいだろう。


 毒物耐性、薬物耐性、拷問耐性などの『耐性を身に付ける授業』は、嗜虐趣味の大人達が、正統な血筋の第三王子という『幼く美しい少年』を、好き勝手に弄んだ結果が()()()()()()()()()()のようだ。


 戦闘技術他、『実技科目』と呼べるものは、口頭で「素振り千回」や「訓練場外周百周走れ」などの()()()を与える以外は、「実戦形式」の名目で集団で第三王子に暴行を加えることが『授業』だった。

 馬術では曲乗りを命じられたり、「落馬の経験」ばかりを何度もさせられ、隠密行動を身に付ける為だと言って、豚の血を浴びせられてから、凶暴な猛獣が棲む山や森へ夜間追われた。


 聞けば聞くほど滅茶苦茶だ。

 そして、『教える側』に『教育者』の技術や経験が不要である。


あいつ(リオ)の根性が、常軌を逸した図太い据わり様で、正統な王族を両親に持って三世代目の王子である『リオ』の、血統由来の基本スペックが、奴らの想像が及ばないほど高かった。だから生き延びて、結果、奴らの『教育』が成功したように見える形になってるってことです。普通、とっくに死んでるか壊れてますよ。コナー家の()()()より酷い」


 肩を竦めて締め括るクリストファーだが、アンドレアには告げない、最大にして決定的な『リオが有能である理由』は、前世の記憶だ。


 今『リオ』として生きている彼の前世には、『木崎優吾』という、近隣地区一帯の不良のカリスマとして君臨し、夜の街で成り上がり、「カリスマ経営者」としてマスコミに持て囃された男の、七十年の人生がある。


 彼に限らず、日本人として人並み以上の生活を勝ち取っていた経験の記憶があれば、読解力はこの世界の人間と比べたらチートだろう。

 物理的には治安が良く平和な国だったかもしれないが、こっちの世界とは比べ物にならないほど情報が氾濫した社会で、上手いこと自分に必要な内容を取捨選択して行かなければ、『負け組』に転落する世界だったのだ。


 本を読んで丸暗記することを強いられただけで、「逃げ出す時の為に知識をモノにしておこう」と考え、実際にそれが可能だったのは、『木崎優吾』の記憶の中から得られる情報と本の内容を、前世の経験を活かしながら、融合して分析しつつ読解することが出来たからだ。


 流石に殺し合いなどは未経験だが、荒事も乱闘も諜報行為も前世で経験がある。

 やんごとない身分ではなかったが、何店舗も自分の店を持って回していたオーナー経営者の矜持は『支配者のオーラ』として魂に刻まれ、経営者の考え方は、国の上層部に通じるものがあった。


 何より、享年七十才だ。

 精神年齢が、()()()モスアゲート王国第三王子とは、段違いなのだ。

 しかも、『木崎優吾』は、平和な日本で生まれ育ったが、平穏な人生を七十年送った男ではない。

 中々ハードで濃い人生経験の記憶を持ったまま、基本スペックの高い肉体に転生したのだ。

 ただでさえ高い精神年齢と強靭な精神力の持ち主で、更に、「御主人様に再会するまで絶対に死ねない」という執着心が、生存率を爆上げした。


 アンドレアには、絶対に伝える気は無いが。


 クリストファーの視線の先で、サラリと銀の髪を掻き上げたアンドレアは、そのまま思案するように腕を組む。


「・・・『リオ』()偶然の産物や奇跡的結末、なのか」


「も?」


 器用に片眉を上げて問うクリストファーに、「ああ、こちらも伝えることがある」と前置きし、アンドレアはジュリアンの私室で成された会話の内容を、クリストファーと共有した。


 聞きながら、どんどん垂れ目が半眼になっていく様子を見て、アンドレアはクリストファーと心情も共有出来たように感じ、自然と口許に笑みが浮かんでいた。



 今のモスアゲート貴族は読まない『埃を被った分厚い本』が大量に残されていたのは、この大陸では二百年ほど前まで書籍が、「並の貴族では月に数冊購入するのが限界」という、高価な品だったからです。


 現代でも、「屋敷に図書室がある」というのは『大貴族のステータスシンボル』のようなもので、今は無き没落した大貴族の家から放出された書籍たちが、国内の権力闘争に勝った元下位貴族らの手に渡り、『読まずに飾っておくための図書室』に数多く並べられています。




 次話投稿は、7月7日午前6時です。


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