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終わらせるべき奇跡

「モスアゲートの現況は、様々な要因が絡まり、偶然実現してしまった奇跡のようなものだと思うよ」


 ジュリアンの言葉に、アンドレアも同意を示して頷く。


 ここまで長く、『国ぐるみでの同盟裏切り』状態が発覚しなかったのは、モスアゲート王国の『国を統治する国王』が機能していなかったことが最大の原因だ。

 国王の側近も、その他貴族達も、国政を執り行う者として機能していない。


 では、何故機能していないのかと言えば、百年単位の時間をかけて()()()()()()()を排除して来た、現在残っているモスアゲート貴族達の()()()()の所為である。


 最初に「三代続けて功績無き貴族家は〜」の国法の悪用に目を付けたのが、何時の時代の何れの家の貴族だったのか、との判明は難しいだろうが、大抵の王国では高位貴族よりも下位貴族の数が圧倒的に多い。

 数の暴力が功を奏し始めた頃には、「才ある悪徳貴族と気弱な国主」が同じ時代に存在して巡り会うと言う、()()()()()があったのだろう。


 数の暴力が成功した後、元下位貴族や、爵位はそれなりでも正道では功績を上げる能力の無い貴族家は、自分達の欲望の結果が自国に『何を齎すのか』思い至ること無く、とうとう建国から国と王家を支えて来た()()()()()()()の排除を完遂してしまった。


 彼らは、自分達でも気付かぬ内に、傀儡にしたい王族の教育だけでなく、自分達の子孫の教育までも、名乗る身分に相応しい高度な物を求める機会を失い、『名ばかりで中身の無い貴族』になって行ったのだ。


 これを、ただの推論ではなく事実としてジュリアンもアンドレアも扱う理由は、現在のモスアゲート王国の王侯貴族達が、誰も()()()()()()()に気付かず、危機意識も持っていないことが見受けられるからだ。


 国が何となく維持出来ている現状があるだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに疑問を持っていない。


 それこそ、『国ぐるみ』で。


 これは、現政権の上層部に居る者達の親や教師達までが、『他国と比べて教育不足』の状態を『普通』にしてしまっていなければ発生しない状況だ。


 遠く離れた場所の情報が、自由に頻繁に大量に手に入る訳では無く、身近な訳でも無い世界では、『教育』や『周りを囲む人間』や『接する機会の多い人間』からの影響が非常に濃く深くなる。

 その全てから、「これが普通」という顔で『他国なら下位貴族ギリギリの教育』が施され、受け入れられていれば、それに不安を感じたり疑問を持ったりする方が『異端』である。


 異端者は、それを『異端』と扱う期間が長くなるほど、目立つこと無く自然に表舞台から淘汰されていく。

 ジュリアンやジュリアンの親の世代でも、モスアゲートの現況に危機意識を持って声を上げるモスアゲート貴族の存在は確認されなかった。

 その頃には、異端者の排除が静かに速やかに行われるか、異端者の発生自体が起こらないほど、現状が「当たり前」と受け入れられていたということだ。


 現在の、アンドレアが怒鳴りたくなる『モスアゲートには政治家が一人も居ないのか』の体たらくで、何処からも上層部への反対意見も出ず、無礼を働きまくっている同盟国へ、密かに謝罪や嘆願のために接触する貴族が一人も現れない状態は、人間の寿命一回分程度の時間では作り上げられるものではない。


 しかし、現在、高位貴族の身分や重要な役職に在りながら『下位貴族ギリギリの教育』しか受けていないと見られる彼らは、不当に成り上がる前の立場に見合った『下位貴族レベルの自己保身的判断』だけは出来た。


 下っ端の小物よろしく、後ろめたい事が露見して責任を負うことを嫌ったニコラスと、難しい事は上役(国王)に丸投げの重臣貴族達。

 彼らの自己保身的判断は、二十年を超える長い間、ジュリアンがニコラスを操縦していた事実を露見させず、ニコラス王の『問題無き国王』としての在位を可能にさせた。


 ジュリアンの、モスアゲートの王侯貴族とは次元の違う『統治者としての手腕』と、ジュリアンの想像を遥か彼方まで超えた、モスアゲートの王侯貴族全域に及ぶ『教育不足による無責任体質』が、嫌な感じに組み合わさった奇跡のコラボレーションの結果である。


 状況証拠が揃ってからの推測ではあるが、同盟が締結した当時には、既にモスアゲート王国の王族や貴族の教育レベルは、かなり低下していた疑いがある。


 最初にモスアゲート王国を玄関口とする自称帝国との窓口になったアルロ侯爵も、侯爵家当主という身分を考えれば、異常なほどに軽率で浅慮だ。

 欲に負けて犯罪行為に手を染めるにしても、()()()()()()()()()()()()、目的の為に選べる手段は増える。

 教育の成果など、受け手の活用如何で幾筋にも分岐するものだ。受けた教育が、善行や正義の為にだけ活かされることなど無い。

 アルロ侯爵の判断は、高度な教育を受けた高位貴族と言うよりも、貴族の誇りなど無い、野心ばかりが目立つ平民の悪徳成金と同類だ。


 モスアゲート王国の国家上層部が受けている教育の質が、深刻なレベルで低いという疑惑があれば、『要警戒な同盟国の異常事態』である。

 にも関わらず他の同盟各国は、モスアゲート王国の王族や高位貴族の知識・教養レベルの低下を、「問題視すべき状態」と判断することが無かった。


 これは、幾つかの不運な巡り合わせの重なった結果だ。


 先ず、モスアゲート王国は、国外にも記録が残る直近三百年程の間、他の同規模の近隣国に比べて、同じ世代に存在する『モスアゲート王族』の数が、最初から少ない。

 これは、過激思想の『尊血派』が多胎児の王族を()()()()疑惑が大きいが、兎も角どの時代も、国外に簡単に王族を出せるような人数ではなかった。「国外へ出す」と言うのは、嫁がせる又は婿入りさせる以外に、留学も含まれる。


 よって、モスアゲート王族と、受けた教育レベルに不審を抱くほど、間近で長期間交流する機会と言うものは、過去から現在まで「無くても普通」のことだった。

 モスアゲート王族が完全に他国に出て暮らすなど、同盟締結後に同盟国へ嫁ぐ王女くらいであり、それを何処の国も「おかしなこと」だと思わない土壌が出来上がっていた。


 そして、同盟維持を目的とした婚姻に於いて、嫁いで来た王女が最も重視されるのは、「健康で子供を産めるか」だ。教養が足りずとも、重要なのは『頭』より『血』である。

 それに、選ぶことも避けることも出来ない『同盟国から次期王妃となるべく輿入れした王女』の不出来さなど、その血を自国の王族に入れるのだから、口外など()()()()()()()()()()()しない。


 また、他国の王妃となる未来が決まっている王女に高い教養を身に付けさせるのは礼儀ではあるのだが、記憶に新しいアイオライト王国の問題王女アデライトは酷過ぎたにしても、女性であり王位継承権の無い『王女』が甘やかされ、出来の悪さを許容されていた前例など、珍しい話ではない。


 同盟維持のための婚姻は、同じ国から連続して王女が輿入れすることは無いのだから、モスアゲートから『出来の悪い王女』が輿入れして来たとしても、過去に他の同盟国がモスアゲート王女の教育に対して騒ぎ立てていないのだから、「()()()()()出来が、()()悪い」と思われるだけだ。


 モスアゲート王族が国外へ生活の場を移すことが殆ど無かっただけでなく、モスアゲート貴族との姻戚関係を望む他国の貴族や王族も、高位貴族では、もう長いこと現れていなかった。

 特に戦後は、同盟の為の王女の輿入れ以外ではゼロだ。


 これは、時代と、周辺国の政策の成否から受けた影響が大きい。


 同盟各国では、戦後の動乱期が安定に向かった後も、貴族の国外流出を暫く自粛した家が多かった。

 その後、自粛せずとも国力は十分回復したと実感してからも、平穏なカイヤナイト王国や実力主義に舵を切ったクリソプレーズ王国等、()()()()()()()()()()の人気が、特定の国に集まってしまった。


 近年では、ニコル・ミレットの存在から、婚姻で縁を結びたい国人気の首位独走はクリソプレーズ王国だ。他国の高位貴族から、クリソプレーズの下位貴族に打診が来るほどである。

 高位貴族の政略結婚の駒は無限ではない。モスアゲート王国との縁に使う()()が出ないまま、長い時代が経過していた。


 下位貴族ならば、モスアゲート王国の貴族と婚姻を結ぶ他国の貴族も存在するが、下位貴族同士であれば、教育の質の差で悪目立ちすることも無かっただろう。

 高位貴族が他国の下位貴族へ嫁入りや婿入り、というパターンは、政略でなければ処罰目的だ。

 他国の高位貴族がモスアゲートへ、という件は無くとも、モスアゲートの高位貴族が他国の下位貴族へ、という事例は僅かにあったようだが、慣例から「不出来で不要だから高位貴族の家から出された」と受け止められるため、モスアゲート王国全体の教育レベルの異常には気付かない。


 婚姻等で、一族ごと長く深く関わらなければ、「仕事の場で会っただけ」というモスアゲートの高位貴族が、悪い意味で身分に相応しくない品位や教養の持ち主であったとしても、「モスアゲート王国という国全体が()()()()()」と、()()()()思いはしない。

 モスアゲート王国への印象や評価は悪くなるだろうが、極一部を切り取って全体を語るのは早計だと、それこそ、()()()()()()()()()()()ならば考える。


 このような、巡り合わせの悪さによって醸成された自然な流れで、『モスアゲート王国の異常事態』を、他の同盟各国が気付く機会は潰えていた。


 その上、『ジュリアンと無責任体質なモスアゲート上層部の嫌な奇跡のコラボレーション』のお陰で、他国の同等以上の身分を持つ人物が「仕事の場で会っただけ」のモスアゲート高位貴族も、「内政干渉と取られる行為も躊躇しないレベルの酷い失態」は犯さず、凌げてしまっていた。


 モスアゲートと他国の国家間の交易や外交の指針は、ここ二十数年はジュリアンが作成した台本に沿って、ニコラス王が主導していた。

 ジュリアンからニコラスへの信用の低さから、至れり尽くせりな予想問答集のフォロー付きの台本だ。

 クリソプレーズ王国も参加した外交の場では、自国(クリソプレーズ)の書記官が提出した会談記録を後から読んだジュリアンが、自分(ジュリアン)の台本をそのまま丸暗記で流用されたと思しき内容に、乾いた笑いを零していたそうだ。


 だが、恐らく、今までモスアゲート王国上層部が問題を起こさずに各種外交や交易の場を凌げたのは、下手な改変を加えず、『ジュリアンが書いた台本を丸暗記』で歩んで来たからだろう。


 また、ジュリアンがニコラスを操縦し始めるより更に前、アルロ公爵が父親から当主の座を継いだ時分から、モスアゲートの国家事業以外の国外貴族との交易は、アルロ公爵の独占下にあった。


 アルロ公爵は、生まれた時から身近に存在した自称帝国の工作員や密輸商人との交流で、皮肉なことに他のモスアゲート貴族よりも高度な教養が身に付いている。

 自称帝国以外の国から見れば『異常』と呼べるような思考を持っていても、それを知らなければ、アルロ公爵は、「公爵」を名乗って『異常』に見えるような拙い態度も取って来ていない。


 他国の貴族と()()()()()()()()()()交流を持つ場面や人物は、『頼りになる親友のアドバイス』や『他国の有能な統治者が作成した台本の丸暗記』、『自称帝国工作員との交流で得た教養』という、何処にも出せない非常に危うい要素で、どうにかこうにか、異常事態を怪しまれることも無く、此処に至るまで乗り切れてしまった。


 現在のモスアゲートの王侯貴族達は、何世代もかけて()()()()()()()()()()過程で、『余計な事を考える前に思考停止』、『長いものには巻かれる』という自己保身の遣り方が、アルロ公爵は別枠として、他国の末端下位貴族以上に強固に身に付いていると窺える。

 高慢で攻撃的なだけで、アルロ公爵に養育された第二王子ダニエルも、本質は変わらない。王子という身分故に、巻かれる『長いもの』が少ないだけだ。


 国の重要局面で、ジュリアンの台本通りにしか動かないニコラス王と、ニコラス王が自分で作成した体で提示するジュリアン作成の台本を丸暗記で動く重臣。


 未知の強敵が居るかもしれない国外へ出ての競争はせず、国内で自分より強い権力者の傘下で甘い汁を吸うことを選び、それを疑問に思わない、アルロ公爵以外の貴族達。


 我が子を理不尽に奪われてさえ、()()()()()()()との抗戦は避け、違和感にも不審点にも目を瞑り口を噤む『事なかれ主義』。


 彼らの生き様は、ある意味、腐り死ぬ途上であるモスアゲート王国という国で、()()()()()()()()()ための『進化』であったのかもしれない。


 強者に従順で物事を深く考えず、国内でのみ競争する程度の野心を持ち、責任を擦り付ける相手が居るなら丸投げして自分の意見など持たず、自身の子を奪われても餌さえ享受出来るなら忘れる事にする。


 その姿は、まるで、柵の中で放牧されている家畜だ。


 王国の体裁を保つために必要だから、数だけ揃えた『モスアゲート王族』や『モスアゲート貴族』という家畜。

 家畜には、執政能力も、国の運営への意見も考えも無い。


 バラバラになって然るべき危うさの『モスアゲート王国』が、未だ存在していることは、奇跡だ。


 その奇跡の立役者は、『国賊』で『大罪人』のアルロ公爵。

 愛国心や責任感からではなく、我欲と遊びの為の行動が、とっくに滅んでいてもおかしくない危うい国を保全した。

 奇跡の協力者は、『敵国』である自称帝国。


「この『奇跡』が『その他大勢』に知られる前に、()()()()()()にしなければならない。どのような類のものであれ、『奇跡』を起こした人物は崇められる。それを許してはならない」


 ジュリアンの声音が、父親から国王のものへ変貌した。


 『奇跡』を起こしているアルロ公爵は、現時点で()()()()を知らない『その他大勢』に、その実態を明らかにされる前に、ひっそり()()()()()()()退()()してもらわなければならない。


「はい」


 アンドレアも、『苛烈な粛清王子』の冷酷さの滲んだ声で応える。


 クリソプレーズ国王ジュリアンが、第二王子アンドレアに下した命令は。


 アルロ公爵を、表へ引きずり出すこと無く暗殺しろ。


 これまでの計画を急変させようとも、最優先で遂行せよ。


 これが、他の同盟各国トップとの総意で決定した、『モスアゲート王国への結論』と言う事だ。


「モスアゲート王族は、如何致しますか?」


「そちらは、計画どおりに進めよ。石の名を戴いた国を世界から失わせる選択は、幾重にも慎重を期さねばならぬ。『奇跡』を()()()()()()()()()手法は任せる」


「御意」


 退室の為に立ち上がったアンドレアと、常の飄々とした態度ながら隙の無い眼光のジュリアンの間に、和やかな親子の空気は既に無い。


「本当に、()()()頼りになる息子に育ったものだ」


 王位を継がぬ息子が立ち去った空のソファに視線を落とし、寂しくポツリと零れたジュリアンの呟きは、誰の耳にも入ることは無かった。



 次話投稿は、7月5日午前6時です。


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