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最後の一匹

 深夜も回り、明け方近く。ダーガ侯爵邸ジルベルトの私室に、クリストファーは侵入した。

 もう慣れた()()()()()()を平然と受け入れた部屋の主は、やけに疲れた顔の友人へ怪訝な視線を向けて迎え入れる。


「どうした?」


「今日、朝イチで出仕前に俺ん家来てくれねぇ? イェルトの儀式すっから」


 片頬を引きつらせながらのクリストファーの台詞で、ジルベルトは大凡の状況を把握した。

 若干遠い目をしながら確認する。


「あー・・・()()んだな?」


 クリストファーが、鼻から諦めの溜め息を吹きつつ肯定する。


「ああ。監視に付けてたうちの奴を、()()()メッセンジャーにするために捕まえやがった」


「・・・お前が実質のトップだと・・・?」


「まぁ、中身あの人だしな。何故か『クリストファー・コナー』が()だと見抜いてて、『()()()の側に居て、やれる実力があるのに君がテッペン獲ってない筈無いよね? 海都(かいと)』って言われた」


「あー・・・で?」


 その先も予測はつくが、確認のために促すジルベルト。


「ジルに()()()()で飼われる許可は、父親のローナン侯爵からバッチリ効力のある一筆を貰って来てた。代わりに、イェルトとジルに害意を向けずジルが望まない限りは、カイヤナイトに敵対せず協力的かつ友好的な態度で臨むっつー誓約書は書いて来たってよ」


我が国(クリソプレーズ)がカイヤナイトと敵対する意思は、少なくともカイヤナイトが現王の間は無いだろう。問題無いな」


「だな。先にアンドレア殿下に報告して指示仰いだら、イェルトの希望通りにしてやれってことで、とっとと(うち)の『制裁の間』に突っ込んで最終身体検査の体を取っている。リオとの面通しも済んだ。『お前がラストだったぞ、山川』だってよ。イェルトの返しは、『うるさいよ、色気虫』だ」


「間違いがあるとは思ってなかったが、やはり()()だったな。ネイサンも、面通し後にイェルトと対面した感想をアンディに訊かれて、『随分と可愛らしい姿の()()()ですね』と胡散臭い笑顔で答えてたしな」


「転生させた()が違う筈だってのに、何であの人、俺らの方まで分かってんだ。『てことは、ニコル・ミレットが(みやこ)?』って言ってたぞ」


「・・・良かったじゃないか。ニコルの安全度が一段上がったぞ」


「あー・・・うん。難しく考えても仕方無ぇな。あの人だし」


 顔を見合わせ、乾いた笑いを溢す前世の母と息子。

 大抵の異常事態は「あの人・あいつ、だしな」で納得する習性が、既に前世で身に付いていた。


「今、イェルトは『制裁の間』か?」


「そ。一人で待機中。どんな魔法組まれてるか読み取れてるくせに、カケラもビビってねぇし」


「だろうな」


「『前世の息子が前世の幼馴染を殺すなんてマネ、あの人が許すわけ無いからビビる必要無いでしょ』だってさ。何なのあの人もう。俺、今生でもあの人に勝てねぇの?」


 頭を抱えるクリストファーに、ジルベルトは苦笑して、手触りの良い水色の髪をくしゃりと撫でる。


「勝ってるところも負けてるところもあるだろ。前世から」


「勝ってるとこ、前世からあったか?」


 今生は、勝ってるところもあると思える自信が、ちゃんと持てているらしい。

 それに、外では見せない優しい微笑を浮かべてジルベルトは頷いた。


「あるだろ。弱気になるなんて()()()()()()()らしくないぞ」


「おぅ。だよな」


 ニヤリと禍々しい笑みで顔を上げたクリストファーは、もう前世の母(ジルベルト)への甘えを綺麗に隠して仕舞っている。


「すぐに支度して向かう。コナー邸の門で落ち合おう」


「了解」


 着替えながら告げれば、答えたクリストファーの姿が陽炎のように消えた。

 ジルベルトは直ぐに支度を終え、未だ明けきらぬ早朝以前、家令にだけ出ることを伝えると、愛馬に騎乗して暗い街を駆ける。

 屋敷に戻っていても、当主と長男は何時緊急事態で出ることになるか分からぬ立場故に、ダーガ侯爵家の厩番は二十四時間体制で常に稼働している。


 コナー邸の門前に着くと、クリストファーが門を開けて待っていた。

 後に続いて中に入り、馬を預けて邸内へ向かう。

 慣れた厭らしく纏わりつく視線にクリストファーが殺気を飛ばしながら先導するのも、いつものこと。

 制裁の間に辿り着くと、既に『御主人様』の気配を察知して、爛々とギラつく両眼で瞬きもせず入口を凝視しているイェルトが佇んでいた。


「ソラ(ねえ)‼」


 瞬間移動かという速さでジルベルトに駆け寄り、ギュウギュウと抱きつくピンクゴールドのふんわりヘアーな絶世の美少女的美少年。


「やっと逢えた! ボク頑張ったよ。我慢したよ。やるべきこと終わるまで追いかけなかったよ。寂しかった! ボクを一人にした! 会いたかった! もういなくならないで」


「今生は簡単にいなくなるほど弱くないだろうな。タロー、()()()()()()()の報告を聞いてから褒めるぞ」


「うん。ボク報告する。またソラ姉と出逢った時の身長差になったね。抱きつきやすくて良いな」


 前世で初めて二人が出逢ったのは、素良(そら)が十歳、タローが六歳の時だ。タローが素良に抱きつけば、タローの頭が素良の腹と胸の間くらいに来る身長差。

 当時のタローは他人と会話したことが無く、素良が名前を教えてもカタコトでしか発音出来なかった。後に天才ぶりを発揮して、どの国の言語も軽くマスターしては母国語並みに話すようになったが、素良の名前だけは当初の発音のまま、大人になっても「ソラ姉」と呼び続けた。


 随分古い記憶を思い出し、ジルベルトはふんわりとしているピンクゴールドの髪を弄びながら、応接セットのソファに促す。

 ベッタリとジルベルトに引っ付いたままソファに向かったイェルトは、当然のようにジルベルトに引っ付いたまま隣に座った。

 まぁ、そうなるよな。と、クリストファーは最早諦め顔である。


「ゴリ()と委員ちょと色気虫からの報告は聞いた?」


 ゴリ男、委員ちょ、色気虫、は、それぞれ前世の(イェルト)が、ゴリ男(バダック)委員ちょ(ネイサン)色気虫(リオ)に付けていた渾名だ。

 ちなみに、前世のネイサンが実際に何らかの委員長を担っていたことは無い。個性もアクも強い犬達をまとめる雑用係的立ち位置が、問題児だらけのクラスをまとめる苦労多き委員長の雰囲気を醸し出していただけだ。


「ああ」


 簡潔にジルベルトが頷けば、イェルトは余計な前説を省いて話し出す。

 彼は御主人様と自分以外どうでもいいタイプの人間ではあるが、仲間達の能力と忠誠心は疑っていない。


「色気虫がダミーと一緒に始末された後、油断を誘うために四年くらい潜伏期間を置いたんだよね。そしたら海外留学の体で監視下で隔離されてた官房長官のバカ息子が、やーっと大馬鹿までやってくれた。

 それまでも、色気虫の死後一年もしない内から大人しく出来なくて軽微なアホはやらかしてたんだけど、周りの緊張感は保たれてたし、セレブの息子なら『やんちゃ』で済まされるご乱行だったんだ。


 けどまぁ、流石に麻薬取引の現行犯逮捕は『やんちゃ』じゃ済まされなかったよ。

 その頃のその国は、直近十五年くらいの間に頻発した麻薬絡みの凶悪事件の影響で法や刑罰が見直されて、麻薬に関する犯罪は物凄っく厳しく取り締まられる世相になってたし。


 逮捕されたのが国力の大きい国でだから、国際警察も動いて官房長官まで捜査の手が伸びた。

 ボク達の生まれた国ってさ、どっかの国の仮想敵国になってたり、知的財産や特許や人的資源が狙われてたりで、ソラ姉が生きてた頃から、まぁまぁキナ臭い話って都市伝説みたいに出回ってたでしょ?

 アレ、都市伝説じゃなくて実際に隙があればムシャムシャする気満々で色んな国から注目されてたんだよ。

 なのに、あの官房長官は自分だけに権力を集中させた。バカだよね。権力が分散してるから崩しきれない国だったのにさ。しかも、表向きは民主主義の国の体裁でいたから、表も裏も独裁国家の国のように強権発動で自衛することも出来なかった。


 あっという間だったよ。


 複数の有力な国家や狡猾な国家から狙われてたんだから、一つに集約した権力を持ってる奴がバカ息子っていう穴から崩されて、本人の犯罪や非人道的行為を明らかにされて公表されて、当然、奴の周りで甘い汁を吸ってた身内や知人も一緒くたに破滅へGO。

 まぁ、奴らが超特急で破滅に向かえたのは、ボクがたっぷり情報提供したからなんだけど」


「国が無くなったのか?」


「いや。そんな結末になったら『悪人』が同情を集める被害者になっちゃうでしょ。ぐっちゃぐちゃに混乱してたけど、いずれシレッとトップの顔ぶれが変わるだけで、()()()の生活は何もそれまでと変わらないよ。


 ソラ姉で人体実験して殺した病院の院長、あ、ソラ姉が生きてた頃はまだ院長の息子だけど、と、元夫のやったことも世界中に公表されたから大騒動だったよ。

 過去の大戦中に人体実験で批判を浴びた国で、政治家に庇護されて違法行為を咎められずに人体実験してたんだから、そりゃもう溢れてパンクするほど非難轟々。

 世界中から殺し屋が送られて来ててさぁ、裁判が始まるまで保護する手段が見つからないって、逮捕した人達が愚痴ってた」


「愚痴・・・? 聞いていたような口ぶりだな」


「聞いてたよ。殺し屋に混じって入国して、ソラ姉を殺した奴らの破滅した姿を見物に行ったもん。義憤に駆られた資金力豊富な国の王族が送った殺し屋もいたからさ、一般人が入れない場所まで入り込めたし」


 何をやってるんだ。

 黙って聞きながら、クリストファーが死んだ魚の目になり、ジルベルトは呆れを含んだ視線を送る。

 でもまぁ、コイツだしな。

 一秒もすれば結局納得してしまう、似たもの親子だ。


「ソラ姉が人体実験される原因になった病院長の妹だけど、騒動になる前から肺炎で入院中だった。

 騒動が起きて、病院も兄も破滅した後は行方不明だけど、金も身寄りも後ろ盾も失った肺炎の老婆が長く生きられるとは思えないから、ボクが死んだ時期の前後には死んでるんじゃないかな。

 ボク、奴らのボロボロになって魂抜けたみたいな末路を見てから再出国して、奴らの死亡ニュース聞きながら大瀑布から投身自殺したから、その後のことは分からない」


「そうか・・・」


 ジルベルトは、イェルトが前世を自殺で終えたことを責める気は無かった。

 そもそも、「やるべきことを終えるまで」という曖昧な文言で、自分の死の直後の後追い自殺を禁じたのは、イェルトの前世・山川タローの凶行を危惧してのことだった。


 彼が、一般的に「普通」とされる人間らしい心を持っていないことを、本質は類友なジルベルトはよく知っていた。

 彼が執着しているのも言うことを聞くのも、自分だけだった。

 自分が先に死ぬならば、死ぬ前に枷を付けて逝かなければ、彼は自分を追って自殺する際に、「先に逝ったソラ姉が寂しくないように」という理由で、大切にしていた子供達と、懐に入れて信頼を預けていた犬達を全員殺す。

 その予感があったから、ジルベルトは前世で死期を覚った時に犬達を呼び寄せ、遺言代わりに枷を付けた。一応、ヤバい本命(山川タロー)以外にも全員に。


 まさか、自分が人体実験による他殺で死んでいて、その真相の暴露と復讐が犬達の「やるべきこと」になるとは、当時は微塵も思っていなかったのだが。


 ジルベルトは、強請るように見上げる蜂蜜色に視線を合わせ、自分以外を眺める時のガラス玉の眼差しではなく、感情の熱が灯っていることを確認して、両手でワシャワシャと小さな頭を撫でた。


「よく一人で最後まで頑張ったな。よくやったぞ。()()()()


 今生の名を呼びながら褒められたことで、イェルトは御主人様の言いたいことを察知する。


「ジル(にい)。ボク、また飼ってもらえるよね?」


「飼う。が、兄呼びはリアル弟が嫌がったら許可出来ない」


「弟君から何て呼ばれてるの?」


「兄上だな」


「じゃあ違うじゃん。兄上呼びはしないよ。嫌がらない空気に持っていくよ」


 嫌がらない空気に持っていく。

 まぁ、出来るだろうな。

 ジルベルトは、まだ面差しの幼い実弟を思い浮かべ、どう考えても弟がイェルトに良いように転がされる未来しか見えなかった。

 弟は『毒針』の跡継ぎなのだから、もう少し純真さを手放した方が良いような気がしてきたが、取り敢えずは目の前の(イェルト)との儀式が先だ。


 儀式は時間のかかるものではない。

 済ませて王城の第二王子執務室へ報告に上がり、学院へ登校しても遅刻にはならない筈だ。


「クリストファー」


 名を呼べば、誓いの儀式に必要な道具や捧げ物は一式既に揃っている。


 立会人は、コナー家の真の支配者クリストファー・コナー。

 主従の主はクリソプレーズ王国の『剣聖』ジルベルト・ダーガ。

 主従の従はイェルト・ローナン。

 天地に誓うのは、決して違えることの叶わぬ忠誠と従属。


 ジルベルトは、この世界に生まれ変わる前の犬の全てと再会し、再び重く危険な忠誠を手に入れた。


 儀式後。


「ところでお前、中庭の樹の下で何をしていたんだ?」


「あの樹に登って二階と三階の教室を観察しようと思ったんだけど、他所の国で木登りは貴族的にマズイのは分かってるから、華麗に飛び乗るならギリギリセーフ? とか考え中だった」


「やはりそうか」


「貴族は樹に飛び乗らねぇよ・・・」


 イェルトが同じクラスに編入してくることで、苦労が増えそうなクリストファー。


 尚、出仕や登校の時間が迫っていたために、「本来のイェルトから受け取った記憶」については未だ聞き取りをしていません。


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