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カイヤナイトの天才系問題児

 クリソプレーズ王国にて、ジルベルトがクリストファーから、「カイヤナイト王国情報局長ローナン侯爵家次男の天才問題児って、山川さん臭くねぇ?」と聞かされている頃、そのカイヤナイト王国のローナン侯爵家では、今日も当主が次男のイェルトに手を焼いて、疲労の吐息をついていた。


 ローナン侯爵家は、代々カイヤナイト王国でスパイの親玉である『情報局長』の地位を預かる名門の家柄だ。

 王女の降嫁先として選ばれたことも幾度もあり、現当主ケネックの妻ルベリアも、現国王の異母妹だ。


 ケネックの次男イェルトは、ローナン家とカイヤナイト王家という恵まれた血筋を宿した者に相応しい、「ひと目見れば愛さずにはいられない」と()()()()、ふんわりとしたピンクブロンドに、同色の長く濃い睫毛に縁取られた煌めく大きな蜂蜜色の瞳の、絶世の美少女・・・の容姿を持った()()である。


 嘆かれる理由は、イェルトの性別が男性だからというだけではない。

 その性格と言動が、「一度(ひとたび)共に過ごせば心を折られずにはいられない」と恐れられるほど、一筋縄ではいかないからだ。


 イェルトは、両親の血筋を、先祖返りをしてまで「良いとこ取り」をして濃縮したような、全方面に抜かり無い才を持って生まれ落ちた天才だった。


 明晰な頭脳に斬新な発想力、芸術方面にも優れた才能とセンスを発揮したかと思えば、類稀なる優れた身体能力で幼少期から成人したプロの護衛や監視を出し抜き、天才的としか言い様の無い戦闘勘で刺客の心を折ってから捕らえて容易に自白させてしまう。


 踊れば幻想的なまでの艶麗さで見る者を魅了するが、次の瞬間には目についた虫を追って窓から飛び出し、木の枝を飛び渡って棲家を探しに消えてしまうし、家庭教師と剣術指南役に「もう教えることが無い」と辞表を出された日の夕方に、身元の怪しい破落戸を、「この人を先生にすることにした」と何処かから拾って来る。


 イェルトの暇つぶしの演奏や落書きを目や耳にした芸術家が世を儚むほど涙の海に溺れている頃、本人は領地の山奥で猛獣と咆哮合戦を繰り広げていた。

 似たような状況で、領地の湖で怪魚と潜水競争をしていたこともある。


 挙げればきりがないイェルトの逸話は、「伝説レベルの天才」のものでありながら、「奔放過ぎて手に負えない野生児」のものでもある。


 これだけの外見と能力なのだから、当然、王族を始めとした高貴な身分の方々から、見た目も能力も「手中に収めたい」と望まれ、求められた。

 しかし、その誰も、イェルトに首輪も手綱も付けることは叶わなかったのだ。


 何しろ、イェルトには脅しも効かなければ、人質として効力のある人物が一人もいない。


 侯爵家に生まれた貴族でありながら、一月以上、山で一人で狩や採取をしながら着の身着のままで地べたで寝起きすることも平気だし、美しい自分の外見への拘りも無く、傷を負うことへの恐怖心も無い。


 家族が罰せられようが家が潰されようが構わないと考えていて、「自力で生き残れないなら諦めれば?」と本心から親兄弟に言い放ち、特別に親しい者や大切にしている者も居ない。


 平民の生活様式にも、いつの間にか馴染んでおり、身分を失っても生きて行くのに困らない逞しさと生活能力も持っている。


 つまり、権力づくや脅しでは、イェルトを手に入れることは出来なかったのだ。


 実の親も王族も、「別にボクは、いつ『イェルト・ローナン』を辞めても構いません」と宣言されてしまえば、『伝説レベルの天才』という逸材を逃して失うであろう無理強いは控える他無かった。

 甘い、不敬という批判は方々から出たものの、イェルトの天才ぶり、超人ぶりは、歴史上でも類を見ないものであり、嫌われて敵勢力に取り込まれるよりは、と現状に至っていた。


 現国王が能力主義を重んじる傾向が強いこともイェルトに幸いし、「敵国や国賊に与することにならなければ、一定の自由を咎めない」というお墨付きまで貰っている。

 そこまでの道のりには、多くの心を折られた身分やプライドの高い人々の屍が積み上がっているのだが、当人は路傍の石ほども関心を持っていない。


 現状、イェルトにはカイヤナイト王国やカイヤナイト王家への敵対意思は無いのだから、下手に刺激をするな、というのがカイヤナイト国王周辺の結論だ。

 貴族達から日和見だと陰口を叩かれても、陰口を叩く者共は揃って仲良く、「ボクが懐くのはボクが認めた人だけ」と宣うイェルトに、卑怯な手段を用いた勝負ですら完敗の連敗を続けているのだから、負け犬の遠吠えでしかない。


 そんな、スパイの親玉として国王も頼りにする父親も手を焼くイェルトが、防御魔法を施した筈の窓の外から平然とした顔でヌルリと執務室に入り込み、珍しくも父親に『お願い』をして来た。


「父上、ボク、クリソプレーズ王国に留学の下見に行きたい」


 父は直ぐ様、勘付いた。

 この困った次男は、()()国王の使者との密談を盗聴していたな、と。

 使者の護衛も情報局の監視も出し抜いて、経験豊富なプロ達の誰にも感知させず盗聴を完遂するイェルトには、最早、「駄目だぞ」と言い聞かせることにも疲れてきた父だが、一応今日も力無く、美少女顔の次男に告げる。


「イェルト、国家機密の盗聴は駄目だと言っているだろう」


「抜かれないし漏らさない」


「だろうな」


「うん。前から、退屈したら行ってみようと思ってた国だから。クリソプレーズ」


「そうか・・・」


 ローナン侯爵は、実の親の自身から見ても贔屓目無しに桁外れの天才である息子の口から出た「退屈」の言葉に、少しばかり胸を抉られながら頷いた。


 今代のカイヤナイト王国の国王は、カリスマ性溢れる英雄や独裁的指導者ではない。

 能力主義を重んじる傾向で、側近の中には下位貴族も居り、人物の能力や適性を見抜く才に長けていて、人を使うのが上手いタイプの君主だ。

 そのために舐められがちであったり、能力より血筋や身分を重視したい者達からの反発はあるのだが、実力のある者や努力を尊ぶ者達からは歓迎され、強い忠誠も誓われているので、国家は上手いこと回っている。


 今代の国王のおかげで、現在のカイヤナイト王国は、大きな問題を抱えることもなく、平穏な国として存在出来ている。

 それは素晴らしいことであり、なかなか成し遂げられることでもないのだが、国際的に華やかな話題を提供することも無ければ、国家的に派手な躍進などもしていない。

 つまり、表面だけを見れば「地味な国王」や「地味な王家」であり、「退屈な国」でもあった。

 実際、平穏な国を維持する大変さに思い至れない程度の輩達からは、国の内外から揶揄されており、刺激を求める若者が国外へ出る話も耳に入って来る。


 カイヤナイト王国情報局長ケネック・ローナン侯爵が敬愛する王が、人生を尽くして維持している平穏に生きられるカイヤナイト王国を、彼は心から誇りに思っているが、『伝説レベルの天才』である息子(イェルト)には、確かに少々退屈ではあろう。

 国内に彼に敵う者は無く、懐けるほど認められる者も無く、全力で潰しに行けるような巨悪も存在していない。


 今回の国王からの使者が齎した()()のニオイも、カイヤナイト王国と関わる話ではあるが、他国を舞台とした他国の王家の異常事態に端を発していた。


 現在のモスアゲート王国の王妃は、カイヤナイト国王の実姉である。

 実姉が嫁いでいながら、モスアゲートとカイヤナイトの間には、他の同盟国より密な交流があるわけではない。

 それ自体は特段気懸かりになるようなことではないのだが、今までは「特に問題無し」と見られていたモスアゲート国王の振る舞いや判断に、昨今急に粗が見えるようになり始めたのだ。


 何か妙なことが起きているのではと、モスアゲートに駐在するカイヤナイトの大使が先日王妃に面会を求めたところ、王妃からではなくモスアゲート王室から断りの書状が送られて来たと言う。

 その理由は、近くクリソプレーズ王国で行われる、新騎士団長就任式典への参加準備で忙しいからと言うものだった。


 何がそれほど忙しいのかと探ってみれば、モスアゲート貴族が留学先のクリソプレーズで起こした、「護衛対象のモスアゲート辺境伯の令息を折檻死させた事件」の、公表されていないお粗末な後日談が届けられた。


 護衛対象を護衛達が揃って他国で折檻死させただけでも国の恥だろうに、その貴族出身の護衛達は、折檻死した死体を事もあろうにクリソプレーズ王都で借りていた屋敷の古井戸に投げ込んで証拠隠滅を謀り、現在も死体の捜索にクリソプレーズ騎士団や兵団の人員を割かせているこの事件には、問題点が呆れるほど多い。


 まず、他国の貴族が一時的に借りた物件を、殺人と死体遺棄の現場という事故物件にした。

 それも、上流階級の国民や、視察や観光目的で訪れる諸外国の人間が多く集まる王都でだ。

 人々の不安を煽る凶悪犯罪を起こし、クリソプレーズ王都の治安レベルと評判を落とす「工作」だと疑われても、言い訳の出来ない所業と言える。

 そして、廃下水路と地下河川が入り混じった水路へ落ちる古井戸に投げ込まれた死体は、発見が容易ではなく、数ヶ月間もクリソプレーズ王国側が税金で国軍を動かしているのだ。


 驚いたことに、モスアゲートは、それに対する公式の謝罪や賠償はしていない。

 だが、国王同士が『親友』であることから、非公式で謝罪や賠償の約束などが交わされているのだろうと推測されていた。


 ところが、モスアゲート駐在大使がカイヤナイト出身の王妃との面会を不自然な形で断られた本件に拠り、深く調べさせてみると、なんと、クリソプレーズ王国外務部から事件の報告と事実確認をされたモスアゲート王国は、()()()()()()()()()()()()()()()犯人であるモスアゲート貴族全員の引き渡しを要求し、被害者の死体が存在しないことを理由に、それ以上の対話は進められないと言って来たらしい。


 とても『対等な同盟国』への対応ではない。

 情報局長(スパイの親玉)であるケネックからすれば、敵対しても構わない国か、国力の差が大きく、見下して構わないと考えている国が相手の時に、相手国のヘイトを得ての開戦狙いも含んだ「煽り行為」として取る類の行動に見える。

 クリソプレーズの上層部も、同じように捉えたのだろう。

 この事件及びその後の対応により、クリソプレーズ国王ジュリアンは、『親友関係』であったモスアゲート国王ニコラスとの親交を断ったようだと、クリソプレーズ王国内の高位貴族の一部で囁かれているそうだ。


 情報操作のために噂を流すのは、政治外交戦略の常套手段でケネックもよく使う。

 囁かれる話を鵜呑みには出来ないが、モスアゲートとクリソプレーズの間で、()()は確実に起きている。

 そう読んだケネックは、「カイヤナイト王国情報局長ローナン侯爵」としてクリソプレーズ王国の新騎士団長就任式典に参加することを決めた。

 その話を、イェルトは盗み聞きしていて興味を持ったのだろう。


 近年のクリソプレーズ王国は、同盟国の中で最も華やかな話題に事欠かない国である。

 天才的な商才を持つ下位貴族の令嬢が、王家の庇護下で次々と画期的な商品を開発して売出して国力を飛躍的に増強し、「絶世の美貌」と讃えられる若き『剣聖』も誕生した。

 更に、その『剣聖』が仕える第二王子は『苛烈な天才』と呼ばれ、存在だけで外敵内患への抑止力となっている。


 以前から国王ジュリアンの側近は、『クリソプレーズの頭脳』と呼ばれる宰相や、失脚して表舞台から退場したが、『最強の剣豪』と他国に轟いた前騎士団長など目立つ人物が多かった。

 その息子世代は、王位を継ぐ長男の世代ではないものの、「第二王子周辺に天才が豊作」と周辺の国々から羨まれており、国王側近ではないが、『剣聖』の実父のような『クリソプレーズの毒針』と恐れられる実力で伸し上がった外務大臣も国に仕えている。


 今のクリソプレーズ王国は、非常に人材に恵まれた、刺激や大きな成功を求める者達には魅力満点な注目の王国なのだ。


 今年のクリソプレーズ王立貴族学院の最終学年には、『苛烈な天才』の第二王子と『剣聖』を含む側近達が在籍している。

 他国の人間がニコット商会会長の令嬢に接触することは叶わないだろうが、一つ上の学年に在籍はしている。

 クリソプレーズ王国の暗部を司るコナー公爵家の次男であり、王家から、ニコット商会会長の令嬢を護る婚約者の任を下命されている令息が同学年に居るならば、イェルトにとって良い刺激になるかもしれない。


 敵国になる可能性の高い国へ行って下手な人物にイェルトが懐いてしまう「最悪の事態」を思えば、同盟国であり理性的な王が治める国へ留学して、イェルトが「自分以外の天才」と交流の機会を持てるのは、カイヤナイトにとっても悪いことではない気がした。


 このまま、「平穏なカイヤナイト王国」で囲っておけば、学院を卒業する年齢の頃には、イェルトは人生に飽いて腐ってしまうだろう。

 イェルトの親としても、カイヤナイト王国に忠誠を誓う者としても、それは避けたかった。

 情報局長の視点で見ても、今のカイヤナイトでイェルトを飼い殺すことが国益に繋がるようには見えないのだ。


「いいか、イェルト。私がクリソプレーズの新騎士団長就任式典に向かう時に、お前も同行させるが、我が国の不利益になるような問題だけは、決して起こしてはいけない。それは約束しなさい」


 イェルトは、ジッと父親の顔を見上げてから頷いた。

 瞬けばバサバサと音がしそうな、長くて濃いピンクゴールドの睫毛に縁取られた蜂蜜色の瞳は、見かけは煌めく宝石なのに、眼差しが生気の無いガラス玉のようであることを、イェルトを手に入れようと躍起になる凡人達は気付いていない。

 ケネックは、イェルトの眼差しに温度を灯せるような人物との出会いも、クリソプレーズ王国への留学に期待している。


 冷徹な貴族であり、「国王の懐刀」と呼ばれる情報局長でもあるが、ケネックは息子を愛する父親でもある。

 凡人の理解が及ばず、切磋琢磨出来るような同等の存在が身近に居ない息子(イェルト)の将来を、ずっと案じていた。


 モスアゲート王家に何やらキナ臭いことが起きている予感はするものの、ケネックは、調査のために向かうクリソプレーズ王国で、イェルトにとってもカイヤナイトにとっても明るい未来に繋がるような出会いがあるような、そんな悪くない予感も、ジワリと感じていた。


 自称帝国を包囲する同盟国の中で、一番平和で、大きな問題を抱えていないのがカイヤナイト王国です。

 地味な王家と陰口を叩かれたり、退屈な国と揶揄されることもありますが、カイヤナイト王国の平穏を維持する現国王の統治能力を、お腹真っ黒なクリソプレーズ王国のジュリアン国王は高く評価しています。


 カイヤナイトの国王は、支配者と言うより「まとめ役」タイプのリーダーで、強烈に人を惹き付けたり、強い憧れを持たれるタイプではありませんが、慕う者は多く、裏切る者が少ないのが臣下の特徴。

 ジュリアンは、「本当のカリスマは、ああいうのだろうよ」と、カイヤナイト王を「地味」と馬鹿にする輩を鼻で嗤っています。


 モスアゲート絡みの事情もあり、意図的にカイヤナイト王家とは交流を薄くしていたジュリアンですが、同盟国の王族の中で一番信頼に値すると評価しているのがカイヤナイト国王。

 先祖がおかしな問題を起こしていなければ、ジュリアンの本当の『親友』になっていたのは、カイヤナイト国王だったと思われます。


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