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母と息子の再会

近親者からの性犯罪めいた被害報告が回想される箇所があります。

胸クソ悪いです。ご注意ください。


母親の判断ミスや過失を許せない、母とは聖母のごとき人物であるべき、という方にとって、この先は地雷原となる可能性があります。

危険を冒さず戻られることをお勧めします。


 ダーガ侯爵家への侵入を試みたクリストファーは、母親の転生先がジルベルトであることを確信した。

 屋敷を覆う侵入阻止の魔法が、「普通無理だろ」という分厚さと強固さではあるが、ニコルがミレット家の屋敷に施したものと違い、えげつなさや根性の悪い罠は見当たらないのだ。

 実際、ジルベルトは()()しなければならない侵入者のあまりの多さに、「無駄死にになるから諦めて帰りなさい」という思惑でこの魔法を施しており、ニコルの「面倒だから死ねば?」という考えで施されたものとは目的が違う。


 クリストファーは感知されることは覚悟でダーガ侯爵家の屋敷内へ侵入を果たし、当主一家の生活エリアに当たりをつけてジルベルトの部屋を探した。


(探すまでもなく、他の部屋に行けないよう誘導されてる感覚はあるけどな。)


 多分、鈍い人間か妖精の加護の少ない人間なら気がつけないだろうが、他のルートを取れないように魔法で運ばれている。気づいてクリストファーはヒヤリとした。


(これで、もしジルベルトが母さんじゃなければ、俺、死ぬな。)


 クリストファーはゴールと思しき部屋に、運ばれた感覚のまま音もなく侵入し、「やっぱり母さんだった!」とジルベルトの顔を見て認識した時には意識を刈り取られていた。


海都(かいと)⁉」


 自分が仕掛けた侵入阻止を潜り抜けた猛者を生け捕って尋問するために、寄り道させずに手繰り寄せた『侵入者』の意識を素早く刈り取ったジルベルトは焦った声を上げた。

 腕の中でクタリとしている子供の顔を見ればジルベルトにも分かった。この子は前世で自分の息子だった海都だ。


(問答無用で()()しなくてよかった・・・。)


 肝が冷えた。

 殺気も殺意も無いことは侵入された時点で分かっていた。現在のこの屋敷に侵入できるほどの実力がある人間に興味があったことと、目的を知るために()()()()にした。

 顔を見たら『侵入者』の目的は分かった。自分に会いに来たのだと。


 ジルベルトは気を失ったクリストファーを優しく起こす。


「ごめん。海都」


「いや、俺、侵入者だし。てか、母さんマジ強ぇ。俺が瞬殺とかどんだけだよ」


 腕の中の息子にジト目で言われ、ジルベルトは苦笑して彼を立たせた。


「海都はクリストファー・コナーに転生したんだな」


「ああ。(みやこ)もいる。ニコル・ミレットだ」


「そうか。・・・まさか・・・?」


 何かに思い至ったらしいジルベルトの静かな呟きの後、ぶわりと膨れ上がった殺気に、クリストファーは思わず飛び退き身構えた。心臓が嫌な速さで痛いほどに脈打つ。


「ああ・・・ごめん。違うから」


 顔面蒼白のクリストファーに、スッと殺気を消して微笑むジルベルトだが、優しげに細められた麗しい濃紫の双眸は笑っていない。


(やべぇ。母さん無茶苦茶怒ってる!)


 心の内だけでなく、身体の表面まで冷や汗をかくのは久しぶりだった。

 今生で初めて感じる恐怖に、歯の根が小さな音を立て始める。


(ひっ⁉ 全然反応できなかったぞ⁉)


 訓練を積み、コナー家の中でも一目置かれる実力者となったクリストファーは、呆気なく、静かに微笑んだままのジルベルトの腕の中に再度捕獲されていた。

 二次元だとしても目が潰れそうな美しい顔面をリアルで至近距離に寄せられ、頬を撫でられるクリストファーは、生きた心地がしていない。


「ねぇ、海都。京もこの世界にいるということは、二人とも向こうで死んだんだよね? ・・・誰に殺られたんだ? ──お父さん? それとも、・・・あの婆か・・・?」


(ヒイィっ‼ 怖い怖い怖い! 母さんのマジギレ久々に見た! 無理無理無理! 魔王降臨!)


 言葉も無くブンブンと首を横に振るクリストファー。

 前世でも静かにブチ切れると誰よりも怖かった。怒ったことなんて、死別するまで19年の間にニ回くらいしか見たことが無いけど、それを目の当たりにした経験があるから、ヤクザに絡まれても客先で威圧されても脅迫されても屁でもなかったのだ。


「海都? 大丈夫だから言ってごらん?」


「ち、違っ、俺は殺されたけど違」


「そう・・・殺されたのか」


 ぶわり。再度膨れ上がる殺気。

 魔王降臨激怒バージョン、それでもまだ最終形態は残しております。

 クリストファーの脳内を現実逃避のアナウンスが流れる。


「で? どっちに殺られたのかな?」


 優しげな声音が一層恐ろしい。

 クリストファーは涙目で白状した。


「結婚を迫ってたストーカー女」


「は? あの婆、実の孫に結婚を迫ったのか?」


 ストン、とジルベルトの顔から全表情が抜け落ちた。最終形態が近い。事実を白状したのに、とんでもない方向に曲解されてる。


(まぁ、曲解されても仕方ないババアだったけどな。京にはヒステリックに怒鳴りつけるのに、俺には猫なで声で気色悪ぃ触り方で撫で回してきてたからな。)


 前世の子供時代を思い出したクリストファーは、鳥肌が立った。

 父方の祖母は夫に相手にされていなかった。ストーキングの末に、酔わせて既成事実を作ってデキ婚したのだから自業自得だ。

 その穴埋めのように息子を恋人代わりにしていたが、息子も素っ気なかった。

 だから男の孫が生まれると、今度は孫を恋人代わりにしようとしたのだ。

 子供らしい半ズボン姿でいれば、生足を痴漢のような手付きで撫で回され、ヘッドロックのように肩を抱かれては頭や顔に頬ずりされた。

 気持ち悪いし嫌だったのに、祖父も父親も助けてはくれなかった。

 父親の実家では常にこき使われていた母さんが、言いつけられた家事を済ませて居間に戻り、状況を目にして──魔王が降臨した。


 その後、母さんが生きている間は、父親の実家へ行くことはなかった。


 母さんに、いつから祖母にあのようなことをされていたのか訊かれ、気づくのが遅れたことを泣いて詫びられた。

 望む罰を与えるから何でも言ってと微笑む母が、自分が止めなければ何をするか分からない怖さがあって、「何もしなくていい」と答えた。

 それは勿論、祖母を慮ってのことではなく、母の手をクソみたいなゴミのために汚させたくなかったからだ。

 父親の実家へ行くことはなくなり、子供達の在宅中は、祖母に訪問されても決して扉を開けることはなかった。


 祖母は孫達に近づいてはいけないことになっているから、外で待ち伏せされたりしたら教えるようにと、母さんに言われていた。

 どうやら法的拘束力のある接近禁止命令が出ていたらしい。孫に触っただけで出るようなものではないだろうに、どうやってもぎ取ったのかは謎のままだった。

 待ち伏せされることは無かったが、家に突撃されることは何度もあり、それは父親の留守を狙っていた。

 目的は母への借金の申し込みで、ホスト遊びにハマっていたようだ。

 母は正式な書類に拇印とサインを記させることで金を貸し続け、その書類を知人の弁護士を介して決めた代理人に預けていた。


(母さんが死んだ後、書類は俺が()()したんだよな。代理人を使()()権利も一緒に。代理人も『助けてくれる人リスト』の一人だったし、リストにはホストクラブのオーナーも入っていた。「好きな破滅のさせ方をどうぞ」と、にこやかに代理人に言われた時には、やっぱ母さんは注意程度では済ませなかったんだなと思ったな。)


 二度目の魔王降臨は、妹が16歳の時だった。

 もう十年は交流が無かったというのに、祖母は妹の養子縁組の話を勝手にまとめ、父親に署名捺印しろと書類を送りつけて来た。

 母さんが亡くなった後に『リスト』に載っていた一人から聞いた話だと、祖母が妹を養子に出そうとしていた人物は日本人ではなく、海外の犯罪組織に関与していて、()()()()()()()()()()()()()だったそうだ。

 母さんがどこまで知っていたのか分からないが、最終形態の魔王が降臨した。


 当時、既に母さんは入院していて父親は職場近くのホテル暮らしの状態だった。

 父親にとって本当に重要な郵便物は全て職場宛になっているからと、自宅に送られる分は母さんの裁量で処理するように言われ、見舞いの時に郵便物も持って行っていた。

 差出人が祖母であることを確認し、中の書類を検めた母さんの柔らかな微笑みの恐ろしさを、忘れることは不可能だ。

 あれほど美しい恐怖を目にしたことは、前世と比べてファンタジーな世の中に生まれ変わった現在でも一度も無い。


(母さん、多分、俺と京のためなら何でもする。)


 外出許可を取った母さんが、後から妹も世話になった弁護士の個人事務所に父親と父方の祖父を呼び出して、子供達を別室に隔離して行われた()()()()()()()()の後、祖母は田舎の山の中の精神病院に入れられた。

 閉鎖病棟だから、()()()()()()()()()()()()の。と儚げな美人顔で微笑む母さんは、絶対に怒らせてはいけない人だったのだ。

 母さんの死後に相続した色々で、()()中の祖母を好きに破滅させることもできたが、面倒なので存在を忘れることにした。

 報告では、死ぬまで娑婆には出てこなかったそうだ。


 祖父は祖母との離婚を許されず、一生縛られるよう要求され、受け入れた。祖父が死ぬ時、まだ祖母は生きていたから、仲良く同じ墓に入ることになった。

 父親は、母さんが生きている内に子供達に生前贈与を行うことと、母さんが死んだ後、配偶者からの相続を放棄することを決められ、従った。

 家から出された後は連絡一つ取ったことはなかった父親は、子供達より長生きしていた筈だ。死んだら来ることになっていた報告を、受け取る前に妹も自分も死んだ。


 両親は、互いの職場の上司によりセッティングされた見合いで出会い、父親が契約結婚を持ちかけたのだと、その()()()()の時に聞いた。

 父親が望んだのは仕事を円滑にするための『世間体』。

 それなりの企業に勤務する、それなりの学歴で、それなりの容姿の年下の女性。その条件に合致した母さんに、不貞や浪費、()()()()()()()を傷つける行為をしなければ、好きに生きていい。子供は二人まで産んでほしいが、独立するまでの生活に不自由はさせない。そう要求したそうだ。

 一般的な世間体の範疇に、「夫の実家と没交渉にならない」や「夫が退職するまで離婚はしない」というものが含まれていたために、母さん独自のやり方で子供達を守ることになったらしい。

 結婚前に夫の実家の危険性を見抜けていたら、契約は結ばなかった可能性もあると、母さんの死後に『リスト』の弁護士が言っていた。

 母さんは契約の話に乗った理由を、「自分の子供が欲しかったけど事情があって今の夫しか選べなかった」と言っていた。


()()は母さんの死後に、よーく分かったけどな。あの『リスト』の誰か一人を選んで父親にして子供を産むなんて話になったら、血で血を洗う選抜戦になっただろう。母さんに全く興味も好意も無い父さんと、『契約』で結婚して出産したから丸く収まったんだ。)


 前世を思い出せば溜め息が洩れる。

 母さんは自分達と違って人格破綻者じゃなかった、と思っていたけれど、結構色々とおかしいよな? と思い至ったのだ。


「海都?」


 溜め息を洩らしたクリストファーにジルベルトが目を細める。

 前世の最終形態の恐怖を思い出したところで、まだ最終形態ではない現在に落ち着きを取り戻し、クリストファーは苦笑した。


「あのババアとは全然関係無い同じ会社の女。俺、有名な大企業で若くして営業部長やってたんだよ。それで結婚迫られることも多かったんだけどさ。無理だから断ってもしつこくて、断り続けてたら通勤途中で電車の前に突き落とされたんだ」


 息子が前世で他殺されていることは事実だが、想像していた犯人とは違ったことに妙に毒気を抜かれ、ジルベルトは質問を変えた。


「京は?」


「あいつは自業自得の過労死。仕事が楽し過ぎたらしい」


「何の道に進んだんだ?」


「女優」


 絶世の美貌が、長いまつ毛に縁取られた澄んだ瞳をぱちくりさせている。

 クリストファーは、今更ながらに実の母の転生先が、自分の好みどストライクの男の身体だったことに気がついて、死んだ魚の目になった。


(理想が服を着てる、いや、その服を脱がせたい。顔がこの上なく美しく、身体は鍛えられ、でもガチムチではない。このまま育てば成人後は間違いなく、針先ほどもズレの無い好みド真ん中。なのに中身は実の母親。え、俺そんなに前世で悪行三昧したっけ? これ以上ない好みなのに萎えるしかない未来って何の罰ゲームだよ!)


「どうした? 海都」


「いや、ちょっと前世を思い出してただけ」


 まさか、「中身が母さんだから欲情できない無念さを嘆いていた」とは言えない。

 マザコンでシスコンを自負していても、そこに性的な要素は皆無なのだ。中身が母や妹だと思うだけで、己のムスコは存在感を消す。

 外見だけは、それはもう、理想ではあるが。

 クリストファーは、今生、中身が母親の『理想の男』を近くで鑑賞することに決めた。

 不毛ではあるが、大きな問題は無い筈だと自分に言い聞かせる。


「しかし、ニコル・ミレットか。まだ茶会のデビュー前のご令嬢を訪ねるわけにもいかないな。会いたいが難しいだろう」


「デビューしたって、『剣聖』を目指す侯爵家の令息で第二王子の側近じゃあ、新興男爵家の令嬢が親しくするのは荷が重いだろ」


「そうだな」


「あのさ、母さん。確かに母さんなんだけどさ、喋り方」


「今の私は男性だからな。人前で『母さん』と呼ぶなよ」


「はい・・・」


 転生した母が、転生先にしっかり馴染んでいる様子に、嬉しくもあり、「もう『俺達の母さん』ではなく、この世界に大切な人間を自分達以外に作っているのだ」と窺える心寂しさもあり、クリストファーは紺色の瞳をそっと伏せ首肯した。

 けれど、子供特有の柔らかな質の水色の髪を包むように撫でられて視線が上がる。


「クリストファー。クリスと呼んでいいか? 今生では友人になろう。お前が私の大切な者であるという事実は、死んで異世界に生まれ変わろうと不変のものだ。また会えて嬉しい。会いに来てくれてありがとう」


(ヤバい、かっこよすぎる。マジ色悪貴公子。中身母さんじゃなければ堕ちてた。)


「じゃあ、ジルって呼んでいい? 俺はジルとニコルを絶対に裏切らない。クリストファー・コナーが味方って、結構お得だろ?」


 二回の人生を通しても感じたことのないトキメキを、中身が実母の美形に感じてしまった不都合を誤魔化すように、おどけてクリストファーは言った。


「ああ。コナー家の人間が第二王子の側近の味方をしていたら、様々な憶測が飛び交いそうだな」


 くすりと笑うジルベルト。

 クリストファーは幼気な瞳を三日月のように細め、凶悪犯のように唇を歪め宣言する。


「いずれコナー家は俺が掌握する。俺が誰の味方に付こうと、誰にも文句は言わせない」


「頼もしいな。・・・私の心残りは解消されそうだ」


「心残り?」


「何より大切な子供達が、守るべき未成年の内に死んだんだ。逞しく成長し、己の道を自信を持って進む姿を見たかったに決まっているだろう」


「ああ・・・。見せるよ。俺も、ニコルも。だから、」


 言葉を区切ったクリストファーは、万感の思いを込めて前世の母を見つめた。


「今度こそ、自分のために好きに生きて、自分のために幸せになってくれ」


 濃紫の双眸が、僅かに揺れる。次いで、絶美の(おもて)が春の淡雪のようにふわりととける笑みをのせた。

 その笑い方は、この世界の貴族男性のものとは重ならず、クリストファーにとって性根に似合わない涙が零れそうなほど懐かしい「母さんが嬉しいときの笑顔」だった。

【蛇足】


お気づきの方もいるかもしれませんが、転生母子の中で一番ヤンデレ気質なのはジルベルトです。

クリストファーとニコルは気質を受け継いでいますが、ちゃんと薄まっています。自分達は人格破綻者だけど母はまともだった、という勘違いも、再会後いずれ無くなるでしょう。


ジルベルトは、自作キャラの中でも度数の高いヤンデレなので、恋愛モノでは使えないキャラでした。

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