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息子に見限られる父親

 ネイサン回です。


 留学中の滞在先であるクリソプレーズ王都内ホテルの部屋で、書き上げた手紙に封をして従者に渡し、ネイサンは故郷の()()から届いた開封済みの手紙に薄紅の瞳を細めた。


 今しがた書き終えて王城へ届けるよう指示を出したのは、クリソプレーズ王国第二王子アンドレアへの手紙だ。

 元学院長が国賊として処刑されたことで人事が一新となり、今冬は長めの冬季休暇となった学院だが、休暇明けからネイサンに「優秀な留学生枠」として生徒会に入って欲しいと打診された返事を(したた)めてある。

 生徒会にはジルベルトが居るのだから、当然、ネイサンの返事は「諾」だ。


 アンドレアへの手紙には、生徒会へ加入することへの了承の他に、冬季休暇中に一時帰国すること、戻って来たら相談があることも併せて記してある。


 一時帰国と相談が必要になった原因は、呆れに細められた視線の先にある()()からの手紙、またの名を「手紙風報告書」の内容にあった。


「やはり『彼』の言った通りになりましたね」


 低く呟かれた言葉の中の『彼』の正体に気付くのは、この世界ではクリストファーとジルベルトとニコルだけだろう。

 今、ネイサンが口にした『彼』とは、()()()ネイサン・フォルズ──御堂という日本人弁護士の魂にこの身体を引き継ぐ時に、様々な情報を与えて来た人物のことだ。


 手紙の内容によって、父親と愛人のせいで理不尽に人生を摘み取られる未来を示唆し、父親への警戒を忠告し、父親を敗北させられる人脈作りを推奨していた『彼』の言葉の正しさが、情けなくも証明されてしまっていた。


 ──あの色ボケ爺。

 ネイサンは胸の内で実父を罵る。


 国を()つ時に、愛人子爵の狙いを証拠付きで披露して、勝手な真似はするなと釘も刺したと言うのに、いい歳をして挫折と無縁の順風満帆な人生経験しか無いせいか、愛人子爵に絆されやがった。


 ネイサンは、手紙風報告書の文面を思い起こして、苛立ちに目頭を揉む。


 公爵としても宰相としても無能では無かったのだから、身の周りに悪逆非道な貴族など珍しくも無く、調査も対面もした経験があるだろうに、何故「自分が選んだ愛人は違う」と信じ切れるのか。


 手紙には、息子(ネイサン)に突き付けられた愛人の調査書に目を通してポロック子爵の狙いと本性を知った後も綺麗に別れることもせず、それでいながら愛情は薄れたために次の愛人候補を探そうと積極的に紳士倶楽部へ顔を出すようになり、危機感を募らせた愛人が見せた『健気に身を引く演技』に絆されて、立ち消えた筈の「ネイサンを愛人子爵の養子にする話」が蒸し返されるまでの経緯が、詳細に綴られていた。


 ポロック子爵は、

「自分への愛が冷めて来ていることは気付いている。これ以上愛する貴方に縋って疎まれるのは辛いから身を引く。けれど生涯貴方を想い続けることだけは許して欲しい。だから貴方を想い続けるために、面影を(そば)に下さい」

 というような台詞を涙ながらに吐いて、将来の決まっていない三男のネイサンを養子にくれと強請(ねだ)ったらしい。


 一応、即答はせず「本人に打診してみる」と保留にはしているようだが、即答で断らなかったのだから父親は有罪だ。

 ネイサンの中で有罪が確定した父親がどうなるかと言えば、息子(ネイサン)に完全に見限られることになる。


 実のところ、ネイサンの祖国の方での根回しは既に済んでいる。


 国を発つ前に、長兄にも父親の愛人子爵の調査書は、フォルズ公爵家へ与えられる可能性がある損害の内容と被害レベル、被害額の試算、犠牲となるであろう人的損害と、必要になり得る補填まで、作成した資料と併せて渡してある。

 更にクリソプレーズ王国へ到着してから、ポロック子爵令嬢の件を鑑み、更に不安視される被害の拡大と、父親が愛人のために暴走したら、フォルズ公爵家を守るために()()()()してもらい、長兄が早々に家督を継ぐ必要があることを、諸々の根拠と共に追加で伝えていた。


 長兄からは、密かに了承の返信を貰っている。


 長兄は、父親が若い頃から同性の愛人との恋愛遊戯を愉しんでいる姿を見てきたし、父親の好みが「生意気だが甘え上手な歳下」であることも、入れ替わる愛人のタイプが似通っているのだから知っていた。

 だが、現在の愛人であるポロック子爵は、歴代の愛人の中でもあまりに程度が低く、「生意気」や「甘え上手」では済まされない図々しさと非常識さがあったのだ。


 老人と呼べる年齢の父親ならば「可愛い」と許容出来る範囲なのかもしれないが、長兄の年齢では、下位とは言え貴族家当主としても、父が付き合う愛人としても、苦々しい思いしか抱けない人物だった。

 あの愛人を選び、愛人への情で人的資源の価値を見誤るような父を、この先も当主に据えておくことは長兄も望んでいない。

 利害が一致した兄弟は手を組んだ。


 けれど、ネイサンが根回しをしたのは、次期公爵家当主の長兄だけではない。

 領地を守る次兄にも、長兄を巻き込んで根回しを済ませている。


 いつか、()()()()()()()()()()()()()()()必要が出た時に、『彼』が幽閉されていた場所を、スムーズに父親に使えるように準備しておこうと考えていたからだ。


 それに、『彼』から聞いた父親の隠し財産の在り処は領地の中なのだ。


 ()()の一人に「貴族の隠し財産」について所感を訊いてみたところ、巨額脱税であれば当然反逆を問われるが、ある程度の隠し財産など、カーネリアン王国では持たない貴族家の方が少ないらしい。

 もし隠し財産の存在を罪に問うとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()に取っ掛かりにする時くらいだと言う。

 おまけに「隠し財産」という性質上、盗まれても失っても訴え出ることは出来ないのだからと、もし父親が所持する隠し財産の在り処が分かっているなら、父親と絶縁する際にネイサンの物にしてしまえば良いと勧められた。


 ネイサンが、「幼気な青少年に何てことを勧めるんですか」と言ったら、()()の一人は真顔で「幼気」と復唱し、一人は笑うしかないほど有り得ないコトを聞いた時のような笑顔になり、一人は黙って耳掃除を始めた。

 気持ちは分かるが失礼な友人達である。


 まぁ、ネイサンもアドバイスは有り難く頂くことにした。


 父親の隠し財産も有り難く頂く予定だ。

 もう場所も掴んでいるし、実物を自分の眼で確認もしている。

 だから、領地や領城の何処を散策しても咎められないよう、次兄にも仲間意識を持ってもらえる方向に話を進めた。

 勿論、隠し財産の件は兄達は知らないし、今後も言う気は無い。

 そして、いつか()()()がネイサンを拘束する理由に隠し財産の件を使うことが出来ないように、隠し財産の「話」だけでなく「実在」を証言出来る人間には、退()()してもらう準備も調っている。


 ネイサンは、この冬季休暇中に一度カーネリアン王国へ行き、身内は二人の兄、後ろ盾となる外部の実力者として()()()への根回しを済ませている『父親との絶縁』を実行して来るつもりだ。

 あとは父親のサインを何枚かの書類に書かせれば完了、という段階である。


 ただし、父親とは絶縁するが、フォルズ公爵家と縁は切らずにおく。家との縁まで一気に切ってしまえば、貴族の身分も失ってしまう。それは面倒な手間が増える。

 その辺りはネイサンの知識を捏ねくり回せば、手間が掛かるだけで後から困らぬ様どうとでも出来るが、現段階で「カーネリアン王国の公爵家の生まれ」という縁まで切ってしまうと、可能性として、有能なネイサンは国から囲われて出国が困難になりかねないのだ。


 帰国後の予定としてネイサンは、先ずは兄達の協力の下、『年齢を原因とした病で療養が必要になった父親』を領地に隠居の建前で幽閉し、既に公爵家当主及び宰相の後継者としての能力も経験も充分な長兄に、速やかに代替わりさせようとしている。

 その上で、()公爵の父親とは絶縁し、「フォルズ公爵の実弟」の身分は保ったまま、ネイサンが将来的には他国の貴族家と養子縁組することを認める証書に署名をもらうことになっていた。

 ここまでは、根回しの段階で反論を退けることに成功している。


 ネイサンの有能さは兄達も、カーネリアン王国の裏側の支柱である()()()も認めている。

 当然、手放すことには難色を示されていた。


 だが、ネイサンは元から「自由な将来」を、公の場でも当主から幾度も保証されていた非後継者であり、汚点や損害にしかならない愛人のためにネイサンを安売りしようとする父公爵の態度や、そんな父公爵を重用し、「非後継者の三男」というだけでネイサンを安く見積もる一部の王族と国家上層部が、いつの日かネイサンから見限られるのではないかという予感も、()()は持っていた。


 ネイサンは、表からは見えない、国家の支柱となる『本当の重鎮達』から見ても類稀な才能を持つ傑物であり、飲み込みの速さに意図せず()()教えを授けてしまうくらい、将来が楽しみな若者でもあった。

 だから、ネイサンが「国を出る」ことを選んだのなら、他人が止めても無駄であろうし、ネイサンならば何処へ行っても重宝されて生きて行くだろうと思われていた。


 子供の頃から生家の当主に自由を保証された有能な人物から、この国には、王家には、帰国して仕え、尽くすだけの魅力が感じられないと判断されたのならば、失ってしまう原因は「魅力の無い君主」の側にあるのだと、ネイサンの()()()は思っているのだ。


 ただし、()()、の話である。


 完全な出生地との縁切りや、将来祖国に戻る余地の無い契約などを現段階で成立させようものならば、猶予を与えず国内で()()する方向に舵を切られるだろう。


 現在のカーネリアン王国の上層部の平均年齢は、他の同規模の王国に比べて高めだ。

 各家の世代交代による自浄作用が不足し、既得権益に固執することで起こる汚職も水面下に蔓延っている。

 経験豊富な者達で固められていることが強みであるという見方もあるが、現状を見るにプラスとマイナスではマイナスに偏っているのではと、識者達から憂慮されていた。


 おそらく今後、現状を良しとしない実力者達が、大規模な世代交代を目指して暗躍するだろう。

 そして、現在「老害」となっている権力者達が後進に綺羅びやかな椅子を譲らされる交代劇の後、ネイサンのような「当時の国」を見限って他国に移住した若き実力者達に、帰国と帰属の打診が寄せられることになるだろう。


 幼少期から()()()に、随分と『専門的な指導』を受けていた自覚は、ネイサンにもある。

 今、難色を示しても国から自由を許され、手を放してもらえるのは、()()国の側に落ち度があると『本当の重鎮達』が考えているからだ。

 それがひっくり返った時まで、「カーネリアン王国産の実力者」であるネイサンを自由にしておく程、優しい()()などネイサンには居ない。


 ネイサンは、ジルベルトと再会した。

 仕えるべき主を、この世界で見つけたのだ。

 もう(たが)える気は無い。

 祖国も、育てられた恩も、考慮に入れる気さえ無い。


 ()()()が祖国の()()を済ませてネイサンに手を延ばして来るまでに、ネイサンはクリソプレーズ王国にて、(ジルベルト)の側で、手放せないと思わせる立場を築くつもりでいる。

 幸い、ジルベルトが仕えるアンドレアは、相当な実力者であり天才の誉れも高い、次期国王の同母弟だ。遠くない将来、他国の王族の横槍すら躱せる権力を持つだろう。


 ならばネイサンは、ジルベルトを主とし、アンドレアに失うのは惜しいと思わせる働きを見せ続ければいい。

 必要であれば、ネイサンをクリソプレーズ王国と切り離せないような、政略的な婚姻を早期に結んでしまうという手もある。


 ()()には、普通に考えれば早くても五年はかかるが、多くの犠牲も厭わず最速で当たれば三年ほどだろう。

 それ以上に急げば、変化が急激過ぎて国が割れる。友好国との関係や情勢を見ても、急ぎたくとも三年未満に縮めるまでは急げない。

 ネイサンは、三年以内にクリソプレーズ王国での立場を固める必要がある。


 ネイサンの故郷の()()()は、「年上の友人」であり、「師匠」であり、「利用し合う好敵手」でもある。

 彼らは「年若く良家の三男で警戒されにくい」ネイサンを使い、密偵の真似事をさせたことも多かった。

 ネイサンの「宰相の息子」という立場を利用して、彼らの目立ちたくない()()の隠れ蓑にしたことも数えきれない。

 かと言って、知れば()されるほどの国家機密は目にも耳にも入れようとしない用心深いネイサンを、彼らが完璧に()()に取り込むことは未だ出来ていない。


 ネイサンは、彼らに一定の感謝はしているし、友人であり師匠であるという意識も持っているが、彼らを利用することも、必要とあらば切り捨てることも、全く心が痛まなかった。

 それは、血を分けた兄達に対しても同様である。

 必要が無ければ敵対する気は無いが、向こうがネイサンの意思を曲げて自由を奪おうとするならば潰すことに異存は無い。

 師匠を潰せる実力を示すのも、指導を受けた弟子として一種の恩返しだろうと、笑顔で言い放てるのがネイサンという人間だ。


「さて、忙しくなりそうですね」


 机の前から立ち上がったネイサンは、既に旅装である。

 優しい色にも見えがちな薄紅の瞳で前を見据えるネイサンは、今後の交渉も、望む人生を手に入れるための戦いも、負ける気は無かった。


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