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可愛い弟ではあるけれど

 パパは非情で、性格にはかなり難があります。


 クリソプレーズ王国、国王執務室。

 訪れた王弟レアンドロに告げられた内容を、国王ジュリアンは、いつも通りの鷹揚な笑みを浮かべて聞いている。

 だが、その腹の底の窺え無さは、石像のように表情筋の働かない実弟(レアンドロ)と同等である。


「そうか。副団長はゴイル伯爵を指名することに決めたんだね。理由を聞いていいかな」


 クリソプレーズ王国に巣食う古狸エイダンの駆除を好機として、ついでに、王国の役に立つ未来の見えない細かな害虫共からも力を奪うために、宰相と企んだ『バカ炙り出し企画』。

 エイダンの破滅を以て、それに一度区切りをつけたことで、次期騎士団長が王弟レアンドロであることは発表済みである。

 だが、その副団長は未だ発表されず、内定も遅れていた。


 クリソプレーズ王国騎士団の副団長は、騎士団長の指名で決定する。

 騎士団長自身が己に不足すると感じる部分を補える、隊長格を持つ騎士を指名する場合が多いが、副団長の職務は騎士団長の補佐が主である性質から、騎士団長が望めば、騎士の資格さえ有していれば、立場や年齢を問わず指名は通るようになっていた。

 ただし、騎士団長が指名した副団長では補い切れないと国王が判断した場合、更に不足を補う副団長をもう一人、国王が指名することもある。


「ゴイル伯爵は近衛の隊長格で経験は十分です。それに、ゴイル伯爵の嫡男はエリオットに唯一残された側近の専属護衛です。我が国が、エリオットを次期国王として軽んじていないことを公に示すためにも、エリオットの側近の親を取り立てることは有益だと考えました」


「なるほど」


 レアンドロの説明に相槌を打つジュリアンの表情は変わらない。相変わらず、敵意も不快も窺わせない笑顔だ。

 しかし、その笑顔の裏で、ジュリアンは想定内の失望を味わっている。


 今、レアンドロが言った「理由」には一理ある。

 確かに、側近が罪を犯したエリオットを、対外的には本人に問題があったことにはなっていないと言うのに、いつまでも謹慎めいた扱いをしていると外野に感じさせることは、有益ではない。

 だが、それとゴイル伯爵を取り立てることは別だ。


 ジュリアンが失望を感じた点は二つ。

 一つは、レアンドロがゴイル伯爵の為人を、しっかり見極めることが出来ていないこと。

 もう一つは、今のレアンドロの説明は、()()に吹き込まれたものであり、本人から生まれた考えではないことだ。


 しかし、それらはジュリアンの想定内でもあった。


 レアンドロは、『権力者としては悪くないが、隣人や友人としては選ぶ気の起きない人間性』であるクリソプレーズ王族の中では、「突然変異」と評されるほど、純粋で気持ちが優しい。

 戦闘狂であることを除けば、隣人や友人としては理想的だろう。

 彼は、心根が正直で誠実でもある。

 だがそれは、()()()()()に鈍感で、善意や正義の裏を読む能力の低さを表す。


 レアンドロは、敵には容赦が無い。

 王族らしい冷酷さも、敵には遺憾無く発揮する。

 だが、味方と判定している者を疑うことが無い。

 国に忠誠を誓う騎士、王族が信を置いて然るべき近衛など、頭から「自分(王弟)に悪意を持って近づく筈が無い」と、思い込んでいる。


 マルセル・ゴイル伯爵は、エリオットの専属護衛モーゼスの父親だ。

 近衛の隊長格でもある。

 近衛騎士としての経験が豊富であることは、否定しない。

 だが、彼は非常な野心家だ。

 それ自体は悪いことでは無いが、ジュリアンと年齢が近いために「国王側近」の立場を望み、実力不足で叶わないとなれば、密かにジュリアンの専属護衛や側近を蹴落とそうと暗躍するような男だ。


 表立っては、自分より年下の国王専属護衛に嫌味を言うくらいだが、影では、ゴイル伯爵家より家格が下のジュリアンの専属護衛の家や家人に陰湿な嫌がらせもしている。

 ただし、懲罰対象となる線は超えない。

 騎士道精神には反するし、公になれば醜聞でもあるが、「貴族であればよくある」レベルの、受け流せず自衛も出来ない方が「貴族として恥ずかしい」と謗られるような嫌がらせばかりなのだ。


 その辺りは才能なのだろう。経験豊富な騎士であり、社交に長けた貴族でもある証左だ。

 その才能を国の為に使うならば、貴族間の足の引き合いなど関知しないつもりでいたジュリアンだが、己の野心の為に王弟であり軍部のトップに就くレアンドロを唆したとすれば、見過ごせない。


 見過ごせないのは、唆された王弟且つ軍部の長(レアンドロ)も、である。


 ジュリアンは、自分が「国王という生き物」であると自認している。

 ジュリアンに、「国の為に」切り捨てることを躊躇う人間など存在しない。

 忠臣の前騎士団長、元パーカー伯爵も、息子(アンドレア)達の動きを此れ幸いと、立場と権力を奪って能力だけ飼い殺すことを決めた。


 前騎士団長ランディ・パーカーの、騎士や指揮官としての能力は申し分無かった。

 ()()()()()、国や国王である自分への忠誠心を疑ったことも無い。

 だが、厄介な「パーカー家男子の執着」で、ランディが執着する対象の人格及び国への忠誠心には疑いを持っていた。


 ランディの執着が始まった当初は、特筆する所も無い大人しい貴族令嬢でしかなかったが、妻となって以降、ランディの出世や高まる名声に、彼女は社交界で、「鼻持ちならない態度を取る」と有名になって行った。

 原因は、盲目的としか言えないランディの過ぎた執着ではあろうが、ランディの妻は、ランディが忠誠を誓う国王以外の王族は、自分より位が下であるかのように振る舞う場面も幾度(いくたび)と回を重ねた。


 能力の高いパーカー家の男の執着対象を、下手に取り上げるのは悪手だ。

 ならば、暗部にでも命じて、夫に取り返しの付かない罪や反逆などを唆す前に、思考や会話の出来ない生き人形になる薬を盛らせようか。

 だがジュリアンが薬の手配を算段し始めた時、アンドレア達が動いた。

 お陰で、ジュリアンにとって最高の形で、ランディの能力()()を国の為に使えるように調った。

 友であり忠臣であるランディを、そのように扱うことに、ジュリアンは何の感慨も後悔も持たない。

 それは、王の資質の一部だと思っている。


 この「王の資質」を受け継いだのは、次代の実権を持たせたアンドレアではなく、次代に傀儡の王となるエリオットの方だと、ジュリアンは見抜いている。

 王位に就いたエリオットを傀儡とし、影で実権を揮うアンドレアは、権力を行使する才能と王者のカリスマ性を持つが故に、この先、国の為に血の涙を流すことも多いだろう。


 だが、ジュリアンは案じていない。

 アンドレアの側近達が、彼の身命だけではなく、精神も守ってくれるだろうと信じられるからだ。


 アンドレアの側近達は、規格外に強い。

 もしジュリアンがアンドレアを切り捨てようとしても、武力による排除は不可能だろう。

 アンドレアは、『コナー家の真の支配者』を使()()()()まで手に入れている。

 長く生きている分、ジュリアンが出し抜ける部分は未だあるが、失望して敵対という未来は、是が非でも避けたい。


 互いに。


 先日、国の未来の為に父王を殺すつもりだった息子(アンドレア)と対面し、成長と期待通りの才覚を発揮したことに歓喜はしたが、肝も冷えた。

 規格外の実力者を側近に揃えた息子に失望されぬよう、己の気を引き締め直さねばと感じたものだ。


 ジュリアンは、目の前に立つ王弟レアンドロに視線を合わせる。


 レアンドロのクリソプレーズの双眸は、表情筋と同じく感情を映す機能が搭載されていないのか、薄い緑色のガラス玉のような無機質な透明感がある。強い生命力を感じさせる輝きを宿した、ジュリアンやアンドレアの瞳とは様相が異なっていた。

 レアンドロのクリソプレーズが生命の色を戻すのは、戦闘中のみ。

 濃い緑色に変化して強い光を放つそれは、性懲りも無く辺境の砦に仕掛けて来る自称帝国の兵士達から、『死を呼ぶ緑焔』と恐れられていると聞く。


 戦闘力だけならば、軍の士気を高める指揮官としてならば、文句無く優秀なのだがな。


 エリオットの監視として付けているウォルターからの報告では、エリオットは、まるで憑き物が落ちたかのように、「実権無き王位」を目指して公務に励んでいるようだ。

 しかし、エリオットの周囲の全てがそれに同調している訳では無い。

 エリオットの周りには、今も「次期最高権力者」のお零れに与りたい野心家が、叩いても叩いても湧いてくるのだ。


 そんな慮外者に、王弟が利用されるなど許し難い。

 善意と優しさに導かれた王族の判断が、大きな犠牲を生む残酷な結果を齎すこともあるのだと、この弟(レアンドロ)に実地で教える好い機会かもしれない。


 ジュリアンは、変わらぬ笑顔のまま、口を開いた。


「では、そのように発表する手配をしろ。お前の就任式典で同時に叙任する。それまでに、前副団長として騎士団を預かっていたオリバー・カイルから引き継ぎを済ませておくように」


「御意にございます」


 騎士の礼を執り退室しようとするレアンドロに、ジュリアンは思い出したように声をかける。


「ああ、私から見て団長の補佐に不足があれば、もう一人副団長を指名することになるが。その慣例は知っているな?」


「はい」


 立ち止まって振り返り、完全なる無表情で答えるレアンドロが、内心で戸惑っていることが、(ジュリアン)には分かるが、配慮は故意にしない。


「式典までは、副団長はお前の指名したゴイル伯爵一人だ。その後も、()()()()()()()()()()()増やすことは無い。ただの確認だ。引き止めて悪かったな」


「いえ・・・。失礼します」


 戸惑ったままの(レアンドロ)が退室し、国王執務室から大分離れたであろう時間を取ってから、ジュリアンは控える侍従の一人に命じた。


「宰相と、──祭儀大臣を呼べ」


 新騎士団長就任式典の後、貴族の葬式が必要になるだろうからな。


 使える能力の有る王の実弟を切り捨てるほどの失態は、レアンドロは未だ犯していない。

 今代唯一の王の同母弟であるレアンドロは、少々の難点には目を瞑らざるを得ない『替えの利かない人間』だ。

 ならば、中央の政治に絡む舞台に呼び戻した今、早い内に、痛みを伴う()()で以て理解を促さなければならない。


 王族が、ハイエナを呼び寄せる腐肉であるのだと。

 その腐肉は、ハイエナの命を繋ぐ糧ではなく、ハイエナの命を奪う毒となることを。


 ゴイル伯爵の実力に見合わぬ野心や、私欲の為に経験と地位と才能を使う実態など、王族のレアンドロであれば簡単に調べられたのだ。

 軍部の最高位である騎士団長の座に就くならば、己を支える副団長を、指名する前に誰よりも疑って調べ上げねばならなかった。

 それを、「信頼」と「優しさ」でレアンドロは怠った。


 己の失態の結末を、王弟であり騎士団長であるレアンドロは、負わねばならない。

 公には自身に何の責も負わされず、自身の()()のせいで奪われる、自身とは違い『替えの利く人間』の命と人生という悲劇を、レアンドロはその眼で見て、記憶に刻みつけて、変わらねばならない。


 十六年前、『替えの利かない人間(レアンドロ)』が古狸(エイダン)に利用され、共に破滅とならないように、先代国王や先代国王の同母弟と共に画策し、レアンドロを王都から離れた辺境の砦に()()()

 当時、まだ若かったレアンドロが、妃も持たず中央の社交も苦手としていたことも都合の良い「中央から遠ざける理由」となった。


 アンドレアの実力を推し量り、エイダンの排除も可能であろうと判断し、丁度、執着対象である妻の振る舞いが目に余って来ていたランディを権力の座から退かせた流れで、ジュリアンはレアンドロを中央に呼び戻した。

 もう、目障りな古狸は居ない。

 可愛がり守っていた(レアンドロ)()()に割く労力の余裕もあれば、中央に戻って来たからには「優しく純粋な王族」の殻は、取り去る必要もある。


息子(アンドレア)の望み通り、『叔父上の中身』を取り出してやろうと思うんだ」


 飄々と、またいつも通り、訳の分からないことを言い出した国王を、いつも通り、「独り言は聞いてません」の態度でスルーした国王の侍従長は、今から迎える宰相と祭儀大臣の為に、静かに茶器を整えていた。


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