基本スペックは王族ですから
コナー家を舞台にした回なので、血腥い感じの記述が増えます。
「さて、これで俺は『クリス様』呼びの資格を獲得した訳ですね?」
息のある者も居るが、動く者も意識のある者も居ない、死屍累々と言った有様の中、唯一人、しっかりと両足で立つ青年が、まだ年若いだろうに色気の滴る声音で問う。
青年が言葉を放った先には、大きな庭石の上に不遜な態度で座る、甘い顔立ちの垂れ目の美少年。
ただし、その美少年の表情には一粒の甘さも散っておらず、酷薄で愉快げな心の内を見せるそれは、少年の年齢には酷く不釣り合いなもの。
「ああ。リオ。お前が俺の『右腕』に決まりだ」
ここは王都内にコナー家が持つ『処刑場』の一つ。
高い塀で部外者の視線を遮ったこの場所で、今日行われたのは『コナー家の真の支配者』であるクリストファーの最側近となる『右腕』の選抜だ。
今年15歳になり、本格的な社交の場に「表の顔」で参加しなければならなくなるクリストファーが、社交参加中に直属の配下を動かす権限を持たせる、「自分の代理を任せられる能力と適性のある側近」を持つことを決めたからだ。
クリストファーはコナー家の真の支配者だ。
その直属部隊は、精鋭中の精鋭である。
彼らは血筋無関係の完全実力主義であり、その分、自尊心も高い。
だから、いくらクリストファーが直々に能力を認めて拾って来た人間であっても、それだけでアッサリと彼らの上に立つことなど受け入れられる筈も無い。
クリストファーは、自分の直属部隊に最側近となる『右腕』の選抜を通達し、この処刑場に招集すると選抜の方法を告げた。
『最後に立ってる奴を俺の“右腕”にする。バトルロイヤルだ。殺さぬ配慮は要らねぇ。俺の直属として相応しくねぇ奴は、この際始末しろ。この選抜の結果に文句をつける奴はコナー家の始末対象になるからな。心しておけ。始め!』
コナー家に所属し生きる者ならば、「コナー家の始末対象」になることの意味と恐怖を知っている。
と言うことは、このバトルロイヤルで最後まで立っていれば、コナー家の真の支配者であるクリストファーの最側近として誰からも能力を認められ、『右腕』として暗部で相当な権力を持つ未来が確定しているのだ。
彼らの野心とやる気と殺意は奮い立つ。
極限まで、膨大に。
だが、それでも「リオ」と名乗る若者の無双っぷりは非常識だった。
耳の下で切り揃えた青灰色の髪に、巫山戯ているのか鍛冶屋が目を保護するゴーグルのようにピッチリと装着した濃いグレーのレンズの色眼鏡。そんな風体の細身の靭やかな肢体の若い男。
巫山戯た風体でも顔立ちが整っていることと、スタイルの良さは群を抜いていることが窺えて、吐き出す声は妙な色香を滲ませる。
そのくせ、放つ殺気はコナー家の精鋭の足を一瞬でも止めさせるほど激しく鋭い。
動きはトリッキーで読み辛く、かと思えば近衛騎士の演舞かとツッコミたくなる正確無比な正攻法を挟み、魔法の発動は異常なほど速い上に操作が緻密で、乱戦でも外さず自爆も無い。
身体の至る所に凶器を仕込んでいるのは彼らにとって常識だが、「凶器」として仕込んでいるブツが彼らの予想外のものも多く、対応しきれず地面に沈められた。
手癖も足癖も悪いなんてもんじゃない。
片足で一人を踏みつけ、もう片足で一人に蹴りを放ち、片手でカウンターを決め、もう片手で死角から襲いかかった相手の隠し武器を抜き取る。ついでに、その間に魔法で攻撃もしているのだ。
一体、クリストファーは何処から、これほどの逸材を拾って来たのか。
倒れ意識を刈り取られる間際に彼らが思うのは、皆等しく同じであった。
実は、彼らは「リオ」という青年ならば知っていた。
青灰色の髪で灰色味の強い青い瞳の、長身細身な18歳の若者だった。
娼館生まれで父親は不明だが、容貌の美しさを見れば、貴族の客から子種を貰ったことは想像に難くない男であり、母親が早々に性病で死んだ後は、非合法の少年男娼として裏通りで稼いでいた。
定宿は無く、スラムや低価格を売りにした猥雑な性風俗店を転々とする「若くて顔の良い破落戸」の一人であり、コナー家の下っ端諜報員でもあった。
クリストファーの『右腕』選抜を勝ち抜いた「リオ」は、年格好は確かに「リオ」と同じだ。
色眼鏡のせいで目の色は正確には見えないが、「母親が娼婦で娼館生まれの元男娼」と言われて違和感の無い雰囲気も持っている。
だが、絶対に、この「リオ」は、彼らの知っている「リオ」ではないことを、彼らは知っていた。
コナー家では、当主と存在する代は支配者への報告が必要だが、直系血族とその配偶者に限り、平民の配下が表に出せない死に方をした時に、死亡届を出さずに身分証や戸籍を保有しておくことが、王から許されている。
そうして保有している「実在していた人間」に、コナー家が国の為に使える「世間的には存在しないことになっている人材」を成り代わらせるのだ。
世間的には存在しないことになっている人材、とは、概ねは「死んだことになっている人間」である。
今、「リオ」と呼ばれている「カリム」のように。
本物の「リオ」は、コナー公爵家嫡男ウォルターが主に使っていた下っ端だ。
だが、誑かして情報を得るところを逆に誑かされて主を裏切ろうとして、この前の春にウォルターの実験台として死体も残さずこの世を去った。
この「リオ」が、逆に誑かされる姿など想像が出来ない。そんな雰囲気が、彼らに一層、今の「リオ」が別人であることを印象付けた。
尤も、コナー家の精鋭且つクリストファーの直属部隊である彼らに、それを口に出す愚かしさなど有りはしない。
恐怖の大王が、何処かからトンデモねぇバケモノを拾って来た。
彼らが胸に刻んだ事実は、それだけである。
「やーっぱ段違いだよなぁ。お前のスペック」
ケタケタと笑うクリストファーに、カリム改めリオは肩を竦め、自分達以外の耳が無いことを確認してから戯けて応えた。
「基本スペックは王族ですからね」
「だよなぁ。基本スペックを活かして叩き上げれば、伸びしろスゲェんだよなぁ。王族」
クリストファーは、アンドレアから聞いているバダックの成長ぶりを思い出しながら、座る足を組み換える。
ヒューズ公爵家の執事長に師事しているバダックが、前世の記憶のあるクリストファー的には「二次元キャラ」を彷彿させる『トンデモ執事』として鍛え上げられ、「なんでオカシイと思わねぇんだよ白河さん!」と頭を抱えたくなる、自称「従者の嗜み」を着々と身に付けているらしいのだ。
ヒューズ公爵家執事長ルーデルが、本当にただの執事であり、軍部ともコナー家とも一切の関係が無い人物であることに、非常に納得のいかない能力と人格であることは、一度「生徒会役員仲間の後輩」としてヒューズ公爵家の王都邸に訪問した時に、クリストファー自身が肌で感じた。
フローライト王国の王の落胤であるバダックは、ほんの二、三ヶ月でアレの複製品に仕上がる勢いだと言う。
バダックにしろ、カリム─リオにしろ、基本スペックとポテンシャルの高さは目を剥くものがある。
「なら、基本スペックが王族のお前の双子も、叩けば使い物になると思うか?」
「身体はまだ成長期ですから、体格だけは俺と似たところまでイケますよ。加護の量は今から巻き返すのは難しいでしょうけど。上手く叩けば一年くらいで『使える雑魚』程度にはなるんじゃないですかね」
現在リオと名乗る彼の双子の兄は、「カリム」として生きていた彼が兄の影武者の名目で生かされていた事実が、噴飯ものである程に見目が異なる。
一卵性の双子で髪と目の色と基本的な顔の造りは同じだが、身長は彼の方が20センチ以上高く、兄が令嬢めいた華奢さのモヤシ男であるのに対して、彼は猫科の猛獣を思わせる靭やかで筋肉質な体型だ。
作る表情、纏う雰囲気、自信溢れる口調、魅惑的な声音、声質だけは似ていても耳にすれば印象は完全なる別物であり、彼を形作る全ての要素が、例え変装などしなくても、ダニエルと同じ年齢の一卵性の双子だとは思わせないだろう。
せいぜいが「腹違いの兄だろうか」、または「年の近い叔父だろうか」である。勿論、年齢が上に見えるのは彼の方である。
「いっそ、自我を壊して決まった受け答えしか出来ない人形にしてしまえば、『使える駒』になるのが早いかもしれませんね。王弟が参加してる、臨席してる、というだけで抑止力や交渉の足しになる場面は多々ありますし」
さらりと情を感じさせない案を挙げる『右腕』を見て、これだけの戦闘力を持つ王族教育も済んだ正当な王子を簡単に捨て駒にしたモスアゲート国王に、クリストファーは何とも気持ちの悪いものを感じる。
クリストファーは、アンドレアから国王ジュリアンの『親友役』の話を聞いていた。
聞いた時、表情は平静を装っていたが、内心では「あのオッサンにやられた!」と叫んでいた。
モスアゲート国王ニコラスの「国王としての体面」がジュリアンによって作られて保たれていたものだとすれば、今まで考えていた話とは様相が違って来る。
ニコラスの「王の資質の不足」は、部分的な失態のレベルではなく、慢性的であり、遡って王子であった頃から変わらぬものであるということだ。
リオとなったカリム然り、バダック然り、王族というのは軒並み基本スペックが高いものなのだ。
例外は存在するとしても、「正妃の息子」は王位を継ぐ可能性が低くないのだから、王女や側妃の子供よりも教育や環境に配慮され、知識や教養を側近に補わせる手法を取る場合はあっても、最低限、帝王学だけは教え込む。
王制の国では、国王が最高位の権力を行使出来なければ、前提から崩壊するからだ。
だが、それは「常識」に囚われた考え方ではないか。
クリストファーは自問する。
王族の基本スペックは高い。
自国の天才王子、モスアゲート王国の隠された王子、フローライト王国で魔境のような後宮を生き抜いた王の落胤。
目の当たりにすれば、一般貴族と比較して驚異的なスペック差がある。
天才の弟への劣等感で自滅したエリオットとて、一般貴族と比べれば突出した才が有るのだ。
けれど基本スペックは、あくまでも基本スペックだ。
活かすも殺すも、真っ当に成長するも自滅の道へ堕ちるも、本人の生き方次第である。
一度目で愚かな王子だった、今は天才として畏怖されるアンドレア。
基本スペックはリオと同じ筈の、モスアゲート王国の恥ずかしい第二王子ダニエル。
彼らが無能で愚かであるのは、他者の思惑と手が加えられてのことだ。
モスアゲート王国で、無能で愚かになるよう教育される王族が、今代の第二王子ダニエルだけだと、どうして言える?
モスアゲート王国の歴史の中で、ダニエルのような育てられ方をした王族が、他にも存在するならば───。
もしも、王位を継ぐ王子すら、誰からも反発を許さぬ周到さで、代々、脈々と、王族の意志や自覚を剥ぎ取るような教育を施して来ていたら───。
「なぁ、リオ。俺の『右腕』としての初仕事だ。ちょっとモスアゲートに飛んでくれ」
クリストファーの頭の中に、目まぐるしく今後の調査対象と調査内容が浮かんでは流れて行く。
アンドレアに現地調査に入る報告をして、父親から国王に根回しも必要だ。
「承知しました。クリス様」
嫌な記憶しか無いであろう祖国への派遣を、逡巡もせずに即答で承諾する「リオ」に、不要な気負いは感じられない。
新しく手に入れた身分証で堂々と入国し、十分な成果を上げて来る頼もしさが、その姿から想像出来た。
細かい指示を出すクリストファーと、ツーカーの意思疎通で指示を受け取るリオの周囲の地面には、意識や命の無い人体が折り重なって散乱し、血の臭いも血溜まりも、常人ならば嘔吐必至の光景である。
けれど二人だけを切り取って見れば、平和な街角で知人と会って天気の話でもしているような、自然体の談笑風景だ。
「自分らが育てた工作員に自分らの牙城を食われるんだ。本望だろうよ」
「自分達が自殺する道具をせっせと磨いてたんだからアホですよね」
会話の内容が聞こえないことが前提だが。
やがて、クリストファーに伴われてリオは『処刑場』を後にした。
二人とも、地面に散らばる人体には、最後まで一瞥もくれることは無かった。