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犠牲者の上に歴史は築かれる

 王都を囲む外壁の外、門からも少しばかり歩かねばならない辺鄙な場所に、寂れた墓地が在る。

 身寄りの無い平民や行き場のない死体が葬られる其処は、粋がった若者が夜間に肝試しに来る以外は、訪う者もほぼ居ない、静かな場所だ。


 元メイソン伯爵令嬢マリアの墓の前で、花を手向けた後に、アンドレアと三人の側近達は黙祷を捧げる。

 マリアの墓の隣には、マリアの母親と兄達が眠っている。

 父親であるエイダンの墓は、この墓地には無い。

 死後まで妻や子供達を支配して振り回し、安らかな眠りを妨げることの無いようにと、更に遠くの「行き場のない死体用の墓地」まで運ばれて行った。


 使われていない無人の離宮にて、アンドレアが面談したのはエイダンの妻と息子達だった。


 マリアを高齢出産した後から、ほぼ寝たきりの要介護者となっていた妻は、エイダンの罪に連なり捕縛される前に病死していたという扱いにして、苦しまずに眠るように死ねる毒を与えることになった。


 母を引き取り共に暮らしていた長男は、金で領地無しの男爵位を買って家も出ていたが、いずれエイダンの孫に当たる息子がメイソン家を継ぐことになっていた為に絶縁は成立しておらず、連座の対象であった。

 長男は妹のマリアが父と共に断頭台に上がることを聞き、自分も妹に付き添うことを願った。

 長男の妻は離縁の道を選ばず夫と添うことを願い、夫の提案により、義父エイダン捕縛の報せを聞いて自ら毒を呷って自害した、という形を取ることに決めた。

 貴族である内に自害したことになれば、遺体は実家へ戻すことが出来る。毒は、苦しまずに済むものを王家が用意した。


 次男は他家に婿入りしていたが、妻子や義両親との絶縁を成立させ、出戻りの息子として父や兄妹と処刑されることを望んだ。

 父が大罪まで目論んでいるとは考えなかったが、自分の父親が『悪徳貴族』であることは知っていたのだから、正すことの出来なかった自分は十分に裁かれるべき罪人であると言い切っていた。


 長男の息子、エイダンの孫は二人いるが、どちらも国外へ留学し、卒業後も家督を譲りたがらないエイダンによって帰国を許されておらず、二度とクリソプレーズ王国に足を踏み入れないならば、薬による断種処置を受け入れることで、貴族籍の剥奪のみとすることとした。

 使者は既に出立している。


 メイソン伯爵家に仕えていた者達は、他の伯爵家よりも高い給金に納得し、エイダンの汚職その他の犯罪に加担していた者が多く、全てが処刑対象となった。

 ただし、「メイソン家の使用人」として登録されていない、使用人の家族は対象外とされた。


 墓前に揺れる白い花を見つめながら、モーリスの耳には処刑前夜のマリアの嗚咽が甦っていた。


 自身も王妹である実母の妄執により、洗脳されて人の道を外しかねなかったモーリスにとって、マリアの末路は他人事には感じられなかった。

 王族の血を引く実の親の、身勝手な野望で人生を歪められた子供。

 幼き頃、運命を、生き方を、変える出会いが無ければ、「罪を犯していなくとも、国の為に処刑される」というマリアの立場は、自分のものであったかもしれない。


 そんな思いを抱え、口にも態度にも出さずとも、従兄弟で幼馴染みの親友である主人(アンドレア)が、親を選べぬ理不尽に憤り、胸の内で歯噛みしていることに気付いていたモーリスは、処刑を明朝に控えた深夜、マリアの独房を訪れ、面会したのだ。


 平民の罪人用の牢ではあるが、他の()()()()()()から無体を働かれることの無いように、離れた独房に、此方の息のかかった近衛を見張りに立てて収監していたマリアは、社交の場に現れる時とはまるで違う姿だった。

 厚化粧も盛り過ぎた髪型も、趣味の悪いドレスと装飾品も、臭いほどの香水も纏わず、素顔で髪を下ろし、簡素な囚人服を着たマリアには、悲しい美しさがあった。


 恨み言があれば聞くと言ったモーリスに、黙って首を横に振ったマリア。


『次に生まれて来た時には、嫌なことを嫌と言える人間になりなさい』


 無言の抵抗が意味を成さず、このような最期を迎えることになった、過去の己と似た境遇の女性に、モーリスが贈れる言葉は、それだけだった。

 慰めなど、モーリスの立場から向けても虚言でしかない。


 背を向けて牢を立ち去るモーリスへ、マリアは深々と頭を下げて小さく呟いた。


『ありがとうございます。長い間、王家の皆様方に御迷惑をおかけいたしました』


 その後に続いたのは、低く抑えられた嗚咽。

 父親から逃げることも、有言の抵抗も出来ずとも、気丈な女性であったのだろう。

 自分には泣く資格など無いのだと、ずっと耐えて気を張っていた、今も嘆くつもりなど無いのだと、早く涙を止めなくてはと、そんな気概の窺える低い、低い、幽かな嗚咽。


 断頭台に上がっても、マリアと兄達は、償いと恭順の姿勢を見せて膝を着き、泣きも喚きもせず、ただ一口の恨み言も無く、広場に集まった観衆が野次も飲み込み黙るほど、最期まで高潔な貴族らしい所作を保って首を落とされた。

 涙と涎を垂れ流し、恐怖に狂って現実から逃れたまま首を落とされた父親とは一線を画した彼らの姿は、後世まで伝えられるだろう。


 エイダンが家人と共に公開にて処刑された裏側で、ひっそりとロペス公爵家も処分されていた。

 国家転覆も視野に入れたテロ行為に利用されかねない、特に悪質な人身売買を首謀した家として、家は取り潰し。当主は平民用の牢内にて絞首刑、次期当主は貴族牢にて毒杯が与えられた。

 他の家人は身分剥奪、財産没収となった。


 また、ロペス公爵家と昵懇であったベケット侯爵家も、人身売買組織への関与とその他余罪が重なり、取り潰しとなった。

 当主とその弟は強制労働の量刑となり鉱山地へ送られたが、コナー家に身柄を預かられていた長男の行方は記録に無い。

 当主と当主の弟、長男以外の家人は身分剥奪の処分とされた。


 シモンズ侯爵家は、息子が、王族や『剣聖』をあからさまに想像させる、悪質かつ不敬な噂を流した責を問われ、当主は引退。噂を流した当人である、第一王子エリオットの元側近ジョシュアは領地幽閉とされた。

 爵位は子爵に降格となり、領地は3分の1の面積を失うこととなった。


 この粛清により、クリソプレーズ王国の貴族地図は大きく姿を変えた。


 メイソン伯爵家、ロペス公爵家、ベケット侯爵家が、その名前ごとクリソプレーズ王国から消え去り、シモンズ侯爵家が子爵家となって領地を縮小された。


 代わりに、今までエイダンに阻まれて正しく功績を評価されていなかった家の陞爵があった。


 陞爵があったのはクラッブ伯爵家、ダナム伯爵家の二家である。

 双方とも、前当主が先代国王の異母弟だが、どちらも母はフローラ妃ではない側妃だ。

 他にも、学術分野に於ける功績を以て陞爵を打診した伯爵家があったが、爵位が上がることによって、既に年頃の娘の嫁ぎ先が不安定になることから、この度は辞退を受け入れた。


 ダナム伯爵家の功績は主に軍事面である。

 当主のダナム伯爵は、辺境の砦で長らく現王弟レアンドロの副官として支え、レアンドロの王都帰還を以て辺境砦の指揮官に就任している。

 ダナム伯爵の嫡男は優秀な成績で近衛騎士に合格し、国王付きに配備される程の信を得ていた。

 ダナム伯爵の王家への忠誠心は篤く、前当主も、野心家で不遜な異母兄とはソリが合わないと大罪人のエイダンとは若き日より距離を置いていた。


 クラッブ伯爵家の功績は、クリソプレーズ王国の技術と経済の発展への大いなる貢献が認められたものだ。

 前当主の代からクラッブ領内において、私財を投じて伝統工芸の保護基金を設立。

 基金で開設された職人の養成所からは多くの伝統工芸の職人が巣立って活躍している。

 最も有名なのは、金より安価な銀を繊細な細工で芸術性を高め、日用品を他国の富裕層からも引き合いの強い作品にまで押し上げた『クリソプレーズの銀線細工』だ。

 前当主が元王族の伝手で販路を拡大し、領地を富ませて税収を大幅にアップさせたまま、家督を継いだ現当主も堅実に商いを継続している。

 先代王弟の前当主は、異母兄弟のエイダンとは子供時代から折り合いが悪く、付き合いは全くと言って良いほど無かった。

 エイダンがクリソプレーズ王国の貴族学院の学院長だったために、前当主の子供達も孫達も、全員が他国の貴族学院を卒業または在学している。


 ダナム家、クラッブ家はそれぞれ侯爵家へと陞爵した。

 それに伴い、ダナム家は接地する元ベケット侯爵領の半分を「ダナム侯爵領」として増やし、クラッブ家は隣接する元シモンズ侯爵領の3分の1を「クラッブ侯爵領」として増やすことになった。


 領主の家が取り潰しとなった他の領地については、元ロペス公爵領は、領地を持たず大公位だけを持って放浪中の先代国王の同母弟エドワードを管理責任者として、王家が派遣した代官を置く大公領の扱いとし、元ベケット侯爵領のダナム家へ与えられなかった半分は、多くの実績を持つ外務大臣のダーガ侯爵の領地に併合されることになった。

 ダーガ侯爵領は、未だ健在なダーガ侯爵の父親が問題無く管理運営していることから、領地が広がることに懸念を見出されなかった。


 国家の安寧の為、無辜の民の平穏の為、王族の己が曲げてはならぬ、遵守せねばならぬ国法の為、粛清の度に増える、『救えぬ犠牲者』の墓に頭を下げて、アンドレアは想う。


 国内に巣食う、()()()()()()()()()負の遺産は、これで清算が叶った。

 だが、これで全てが終わりではない。

 この地に眠る犠牲者の上に築かれる、クリソプレーズ王国の歴史を、せめて盤石のものとして誇れる未来に導くために、まだまだ己は邁進せねばならない。


 墓前に揺れる白い花。

 この先、幾度も重ねるであろう、この寂れた墓地にて花を見下ろす光景。

 止まることも戻ることも叶いはしない。

 けれど、一人での道行ではない。

 手を伸ばせば、振り返れば、己を託せる仲間が、友が、そこに居る。


 あなた達の犠牲を、無益なものとはしない。

 アンドレア・トュルシ・クリソプレーズの名に懸けて誓う。

 あなた達の犠牲を礎として、必ずやクリソプレーズ王国の未来を輝かしいものに。


「アンディ、雪が舞い始めた。戻るぞ」


 主への敬語ではなく、友としての言葉をかけるジルベルトに顔を上げ、蒼の双眸に白い花を映し佇むモーリスの腕を引いて、所在無げなハロルドと共に馬車へ戻るアンドレア。


 過去の境遇を思えば、モーリスにとってマリアの最期は他人事では無かっただろう。

 そして、苦い想いを抱えるモーリスと自分(アンドレア)を心配しながらも、()()()()()の痛みは想像出来ないハロルドには、共感の仕方も分からず戸惑っていることだろう。

 こういう時、ジルベルトが何を考えているのかは、今でも読み切れない。


 暖かい馬車の中へ戻っても、アンドレアの瞼の裏には寒々とした冬空が広がる。


 決して、今回の犠牲を無駄にしてはならない。

 クリソプレーズ王国の、()()()()()()()()()()()()は、国内の粛清だけでは清算が終わらない。

 次は、モスアゲートだ。


「春が待ち遠しいですね」


 アンドレアが内心に吐露した決意を知ってか知らずか、モーリスが『死の遣い』と評される笑みを口許に刷いて、そう言った。


「ああ、待ち遠しいよ」


 応えるように、アンドレアのクリソプレーズの両眼が、苛烈な光を宿す。


 馬車の外には、凍てつく初冬の空気が、乾いた音を立てていた。


 ここまでで、『不穏な学院生活編』は終了となります。


 健康面に不備が無ければ、年明けからは、本編次章スタート時までの期間を描いた『幕間・二』を投稿開始します。

 現実生活で今後は色々と予定が詰まり気味のため、投稿開始は1月6日、投稿のペースは週一になると思われます。


 本章で「カリムの死体が上がる」ことになっている春頃には、本編次章『森の国決着編』の連載をスタート出来るよう調整したいです。


 本編次章の前に、本章で新しく登場した人物の紹介を挟むかもしれません。


 本年は、当作品に遊びに来ていただいてありがとうございました。

 皆様、良いお年を。



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