まさかの
やっと時系列が繋がりました。
変態犬を主に絶対の忠誠を誓う変態犬に調教し、変態であることはもう諦めて目を瞑りパーカー家へ変態犬を送り返したジルベルトが、久しぶりに「お背中お流しします!」と乱入される危険の無い静かな入浴タイムを満喫している頃、ニコルとクリストファーは頭を抱えていた。
場所は、お馴染みとなったミレット家ニコルの寝室だ。
クリソプレーズ王国では、基本的に貴族の子供は8歳の茶会デビューまで外出しない。
ジルベルトのように特殊な事情で本当に完全に一歩も外に出ない子供は稀であるが、遺伝的に美形に生まれることが多く、平均的に平民の子供より妖精の加護が多くなると予想される貴族の子供は、商品として誘拐を目論む犯罪者に非常に狙われやすい。
数世代前までは茶会デビューの年齢が5歳だったと記録されているが、5歳では言葉の遅い子供は加護が確定しておらず、また加護を授かったばかりでは自衛のための魔法を使いこなすことも難しい。多くの悲劇が繰り返された後、当時の国王が茶会デビューの年齢を8歳に引き上げた。
当時の国王は、他に目立った政策を打ち出したわけではないが、この一点だけで賢君としてクリソプレーズ王国史に名を残している。だが、それは当然の結果だ。
貴族の子供が堅固な屋敷から外に出る義務を課せられる年齢を8歳に引き上げたことで、それ以降の貴族家の子供の誘拐は格段に減り、人身売買を行う犯罪組織がいくつも壊滅したのだ。
祖国の賢君に敬意を表し、子供の外出を禁じているわけではないが、昨今貴族家の8歳未満の子供が引き籠もることは寧ろ推奨されている。
特に女子の親は傷物の疑いをかけられることを避けるために、外には出さない家も多く、親戚の冠婚葬祭くらいしか出さないことが常識とされる。男子でも、8歳になる前は親戚の家か婚約者の家に行く以外の外出はほぼしない。
王族の男子は公務のために3歳で外出が解禁となるが、精鋭の護衛が常にゾロゾロ付き従う。アンドレアがジルベルトの家に頻繁に行っていたのは、一応公務扱いだ。
そういう事情なので、ニコルは屋敷の中で商品の企画や開発をやりたい放題でも、外に出て自分の目で見て確かめたり誰かと会ったりという行動は取れなかった。
クリストファーも本来なら外出は窘められる身分年齢なのだが、暗部を司るコナー家でも一目置かれる直系の実力者だ。夜陰に紛れて「調査」や「仕事」に出かける彼を止める家人はいないし、他人に見つかるヘマもしない。
兄妹の再会以降、二人が会うのはミレット家の人間が寝静まった頃、クリストファーがニコルの寝室に忍び込むのが常となっている。
男性が女性の寝室に夜中に忍び込んでいる現状は、目撃されれば幼児でも酷い醜聞になるが、中身は互いに同類認識の兄妹。更に、他人への冷酷さがよく似たこの兄妹は、「目撃されたら始末しちゃえばいいよね」という結論に達して気安く会合を重ねている。
「また空振りって、お母さんホント何処にいるのよ」
クリストファーの報告を受けてニコルが悲痛な声を出す。
同じ世界の見つけられる人物に母親も転生していることは確信している。証拠など何も無いが、兄妹は互いを見つけた時に期待ではなく確信を持ったのだ。
既に主要女性キャラはクリストファーが確認のため屋敷に侵入し、違うことが判明している。モブ転生かもしれないと、ゲーム展開時期に同じ学院に在籍する可能性のある貴族令嬢は全員確認作業を行ったが空振りだった。
今回は、絶対に違うだろうと思いながらも、まだ平民として城下町で母親と暮らしているヒロインまで探し出して確認したが違ったのだ。
これ以上何処を探せば見つけられるのか、頭を抱えて途方に暮れる。
その時、兄妹の脳裏を一つの単語が流星のように過った。
「「まさか、」」
声が揃う。
「「TS転生⁉」」
兄妹は顔を見合わせ互いを指差した。
「「それだ‼」」
ゲームスタート時から同じ学院内で関わることになる主要キャラの内、攻略対象である男性キャラ達はノーマークだった。
ニコルは基本的に外出できない年齢なのでクリストファー以外の誰とも会ったことがないし、クリストファーも攻略対象の大半を占める第二王子周辺の人間と対面したことはない。
「男性キャラだったら、一番有り得そうなのって隠しキャラで『完璧王子』のエリオット?」
「いや、それだけは違うのが既に分かってる。コナー家当主は代々国王直属だから、次期国王の第一王子にコナー家の人間は挨拶ができる歳になれば面通しさせられるんだ。エリオットは違った」
ゲームスタート時には学院を卒業済みで、隠しルートが開かれるまで姿を現さない第一王子。
ゲームでは隠しルートのハッピーエンドが公式でトュルーエンドとされていて、エリオットは『トュルーヒーロー』と呼ばれていた。メインヒーローのアンドレアの6歳上で、設定上は全てにおいて完璧な王子様だ。メインヒーローでありながら真のヒーローにはなれない第二王子に、「そりゃグレて俺様にもなるわ」との意見がファンサイトで飛び交っていたものだ。
クリストファーが実際に対面した時の第一王子の印象は、相当に出来は良さそうだが暗そうな子供、だ。前世の母親ではなかったし、エリオットの本質が『母さん』と似ているようにも思えなかった。
「じゃあ残りは第二王子の周辺かぁ。我が家まで聞こえて来る噂では、四人全員ゲームのキャラから逸脱してるんだけど。まさか全員転生者とかないよね」
ゲームで成されていたキャラ付けでは、アンドレアが『俺様王子』、モーリスが『陰険美人』、ジルベルトが『色悪貴公子』、ハロルドが『脳筋騎士』だ。
今年行われたシーズン最初の王宮茶会は、第二王子とその側近のお披露目を兼ねた最も注目度の高いものだったが、季節が二つ過ぎた今でも話題の中心をさらうほど、良い意味で人々の印象に残っているらしい。
陰謀に巻き込まれた騎士団長を断罪せず救う采配を振ったという俺様王子。
原作ではハロルドと犬猿の仲だった筈なのに、謀られアンドレアに不敬を働いたハロルドをアンドレアを護りつつも斬り捨てず昏倒させ、更生の機会を与えた『剣聖』を目指す色悪貴公子。
主を同じくするジルベルトと強い信頼関係で結ばれ、冷徹なのに友情に篤い陰険美人。
ジルベルトに瞬殺されたことが崇拝に転じ、自身を『犬』と公言するが、ジルベルト預かりの謹慎が解けてすぐに父親に受けさせられた近衛騎士の採用試験で満点を取った脳筋騎士。
「もう、原作崩壊じゃないの!」
「だな」
クリストファーは対面こそしていないが、コナー家の人間として王族や有力貴族の評判は把握している。
アンドレアは『笑顔で苛烈な天才王子』と呼ばれ、これからのクリソプレーズ王国の病巣になりそうな奸臣達をニッコリスッパリ掃除している。「兄上の治世に必要は無い者達だから」とエリオットにも叛意の無いことを伝えているらしい。
その知識量と考察力、苛烈で冷酷な判断力は、軍部上位の大人達をも震撼させている。
モーリスとアンドレアは、モーリスの母親が現国王の異母妹(先代国王の側室の娘)という同い年の従兄弟同士だ。
評判は、優秀にして謙虚。だが、紳士的な口調と態度に『切れ者宰相』の血を濃く引いた冷徹さが滲み出て、父親の影響もあり官吏達はモーリスを子供扱いしていない。
モーリスはアンドレアに忠誠を誓い、茶会デビューから正式にアンドレアの専属護衛となったジルベルトが屋敷から出てくるまでは、慮外者が現れると身を挺して主を庇っていたとコナー家の私兵から報告が上がっている。
ジルベルトが危なげなくハロルドを制圧した茶会の折も、アンドレアの眼前に飛び出したハロルドから護るように身を盾にする姿が目撃されている。
それに、己の持てる力を冷静に計算して利用しながら友を守ろうとする姿勢は、同性でも惚れてしまうと評判だ。
ジルベルトは職業の傾向から原作と違う。文官としての側近ではなくアンドレアの専属護衛で、しかも『剣聖』になると天地への誓いを立てている。
天地への誓いは最も厳正な神々への誓いだ。空は神々の父、大地は神々の母とされるこの世界で、天地への誓いを違えることは、神々へ祈りを捧げる人の世からの追放を意味する。
剣聖は無垢な肉体であることも条件だ。色悪貴公子とは真逆の存在だろう。
件の茶会では腕に覚えのある騎士団長の息子を圧倒的な力量差で瞬殺したという。生半可な鍛錬でそこまでの力量差が付きはしないだろう。相手も鍛錬バカと噂されていた騎士団長の嫡男で同い年だ。
外見の印象も人々の口に上るのは「美しい」「麗しい」の前に「凛々しくも」や「清廉でありながら」が付いてくる。原作の「退廃的な色気を垂れ流し軽薄な口調で女を口説く」ジルベルトのイメージは欠片も存在しない。
茶会で問題を起こしたハロルドは、まだ原作に近かったかもしれないが、問題を起こした背景が重過ぎる。
クリソプレーズ王国最強の戦力である騎士団長を王族に処刑させようと息子を唆し問題を起こさせた黒幕がいたのだ。
コナー家当主の父親、ゲルガー・コナー公爵から詳細を聞いたクリストファーは気を引き締め直した。
自称帝国から、他では絶対に手に入らない希少品を贈る代わりに少々子供に囁いてほしいと打診され、受けた愚か者がいたと言う。
希少品の内容については知ることを許されなかったが、自国の最強軍人を失うことと引き換えにしても欲しいモノだったらしい。無論、やったことは国家反逆罪になる。
そんな事態に巻き込まれた子供が『脳筋騎士』なんて脳天気な男に育つ現実など、この世界には無い。
ジルベルトの機転とアンドレアの采配で一命を救われジルベルト預かりとなったハロルドは、謹慎を終えると近衛騎士の採用試験に挑み、満点を叩き出した。
近衛騎士の採用試験では、実技だけでなく、王宮内で自国他国の王族の視界に収まっても不快感を持たせない所作が求められる。他国の王族や貴族のマナーまで知っていることが常識とされる職務だ。それらが身に付いていなければ主達に恥をかかせ、王族の体面という絶対に傷つけてはならないものを護れない。
それに騎士として当然求められる法知識の他、関わることの多い成人高位貴族と同等の教養を問われ、国内外の王族と主要貴族に関する知識も不可欠だ。成りすました不審者に王宮の深部まで侵入される近衛騎士など要らない。
ここ十年くらいは近衛騎士の採用試験で満点は出ていなかったと聞く。十年前に満点を叩き出したエリートは、国王陛下の専属護衛となっている。会ったことがあるが、今のクリストファーでは戦いたくないくらいには強そうだと感じた。そして、強そうだが、決して脳筋ではない。
アンドレアは、「舐められたのは俺ですから」と父王と兄王子に始末の指揮権を強請って貰い受け、連行した奸臣に尋問で全関係者を吐かせると、民衆には公開しなかったが、アンドレアを侮っていた貴族達をわざわざ招待して見物させながら関係者全員を処刑したそうだ。
コナー公爵はクリストファーに、「アンドレア殿下が陛下やエリオット殿下の敵となるならば、お前が止めろ」と命令した。コナー公爵もアンドレアに招待された一人だった。
僅か8歳でありながら、国の暗部を司る公爵に背筋の凍る思いをさせ、敵に回ることを真剣に警戒させている王子。
原作のバカっぽさは何処に消えた。
「兄さんの予想は誰?」
「お前は?」
コナー家の人間である自分ほどの情報は得ていないだろう妹の意見を聞いておきたくて、クリストファーは質問に質問を返した。
理由に気づいたのだろうニコルが反論せずに暫し思案し、慎重に答える。
「四人とも原作からかけ離れていて転生が疑えるけど、バラではなく相互に関わっている四人だから、一人の転生者の影響を受けて残りの三人が変化したとも考えられる。大体、攻略対象キャラって『やれば出来る子』系の基本値ハイスペック野郎なのが定説じゃん。そこから考えると一番怪しいのは───ジルベルト、かな」
妹の答えに兄は満足げに頷いた。
自分が持つ情報を分析しても、導き出される答えはジルベルトだ。
「俺もそう思う。第二王子が態度を改めたのは3歳でジルベルトを側近に決めてかららしい。宰相の嫡男が『上には上がいると思い知りました』と父親に頭を下げて教えを請うたのは、4歳で第二王子に伴われダーガ侯爵家を訪問した後だったと聞いた。騎士団長の息子の犬化と文武両道化も茶会の一件でジルベルト預かりになった結果だ。どれも中心にジルベルトがいる」
「あぁ、お母さんて、癖のある人間を無自覚に転がすところがあるよね」
「伊達に俺達を産んで育ててないからな」
しみじみとした口調で話してみるが、視線はつい遠くを見てしまう。
前世の母親は自分達とは違い人格破綻者ではなかった。だけど兄妹は自分達の中に確実に母の遺伝子を感じている。罪悪感や良心や他者への共感能力を胎内に置き忘れて来ただけで、基本性能は完全に同種だ。
儚い美人の外見でクソ姑のイビリに反抗もせず地味にひっそり生きて死んだ母親の、妙な人脈や予言者かと思うようなカンの良さ、静かに本気でキレたら何をするか分からない怖ろしさは、紛れもなく自分達を産み育てた母親だ。
あの母に育てられていなければ、自分達は多分、社会に適合しなかっただろう。下手に高い能力も持っていたから、生業は何らかの犯罪行為だったと断言できる。
「お母さん、余命宣告された後に私達名義の通帳と、『困ったら頼れる人の連絡先』リストくれたじゃん」
「あぁ、お陰で大学卒業の当日に無一文で家を追い出されても全く困らなかったな。不動産屋の社長に下僕みたいな態度で便宜を図られたときは面食らったけどな」
「他にも崇拝者っぽい人、リストにいたよね」
「お前が化粧品に異物混入された時に世話になった弁護士とかな」
兄妹は、何となくジルベルトに惹き寄せられ振り回される残りの三人が想像できた。
あの人に懐に入れられ大切にされたら、自分が普通から浮いた存在だと自覚している者ほど溺れる。どれだけ損をしても何を敵に回しても、一度懐に入れたら、あの人は絶対に裏切らないのだ。
その質の悪さ、魅了して溺れさせるくせに決して一人のモノにはならない残酷さ。
あの人の本質は『色悪貴公子』で間違いない。
「あの本質で全キャラ中最上位の美形に転生って凶悪過ぎだろ」
「今生は『剣聖』になるってことは、本気で誰のモノにもならないしね」
ご愁傷さま。兄妹は、王宮の方角に向かって、そっと手を合わせた。
ストック尽きました。
更新速度が少し落ちます。