粛清王子と仲間達
残酷な表現が多めとなります。
今日も昨日と同じ日が続いていく。
クリソプレーズ王国王都のほとんどの住人が、無意識にそう思い込みながら、未だ目覚めぬであろう夜明け前。
秋も深まり吐く息も白い中、メイソン伯爵王都邸は、襲撃を受けた。
襲撃者は、先頭にハロルド。
そのすぐ後ろから、ジルベルトを護衛とするアンドレア第二王子─別名『粛清王子』─が従える多くの精鋭騎士。
一刃の下に音も無く二名の門衛の首を飛ばした先頭のハロルドが、魔法で出現させた高熱の溶岩で鉄門を根刮ぎ破壊。
その熱を一瞬で氷漬けにして収めたアンドレアが、白い道をパキパキと氷を踏みしだく音をさせながら進む。
「メイソン家の血に連なる者以外は抵抗すれば斬り捨てて構わん!」
飛び出してきたメイソン家の護衛達が、多くの二つ名を持ち、その何れも物騒なアンドレアの姿を認め、高らかに上げられたその冷酷な下知に慄く。
主であるメイソン伯爵が、清廉な貴族ではないことを、この家の護衛として雇われた彼らは知っているのだ。
「抵抗すれば斬る! 全隊突入! エイダン・メイソン及び娘マリアを捕縛せよ!」
アンドレアの号令で、一気に突入した騎士らとメイソン家の護衛らとの乱戦になる。
その中を、微塵の遠慮も躊躇いも無く先陣を切って駆け抜け、目視不可の速さの剣さばきで主の道を作るハロルド。
現在、この邸に居るメイソン家の血に連なる者は、当主のエイダンと娘のマリアのみ。
どうせ後から、護衛も使用人も、年齢性別問わず処刑となるから生け捕りの必要も無い。
公開での処刑となるために生きたまま連行せねばならないのは、メイソンを名乗る人間だけだ。
遠慮は要らないと、主の許可を得たハロルドの猛進撃は止まらない。
否、止められる者がいない。
この王国に於いて、ハロルドを力で抑え込めるのは、『剣聖』ジルベルト唯一人。
そのジルベルトは、常に周辺状況を精密に把握し、アンドレアを護りながらハロルドに続く。
ハロルドを止める気など、当然有りはしない。
周囲から、アンドレアとハロルドを狙い放たれる魔法攻撃を斬り捨て、斬り裂き、時には己の身を盾に受け、魔法を消滅させながら先へ進む。
迷い無く走るハロルドが目指しているのは、当主エイダンの現在地。
人智を超越したハロルドの嗅覚が、邸内の何処に身を潜めようが獲物の匂いを嗅ぎ当てる。
難なく発見した隠し部屋から地下へ続く階段を駆け下り、地下室の頑丈な扉をチーズのようにストンと斬って落とし、邸の外へ通じる脱出路の先に、護衛を従えたエイダンを見つける。
通路に多くの罠があることは、気配と匂いで察知している。
振り返ったエイダンの護衛が魔法攻撃を放って来たのを、前に出たジルベルトが易々と斬り捨て、後ろに下がったハロルドとアンドレアの護衛を交代すると、罠だらけの通路の中を、小雨の散歩道でも進むかの如く多少鬱陶しそうなだけで悠々と、罠による妨害の影響を殺しながら前の一団に迫る。
エイダンを護っているのは、騎士のような剣士と言うよりは暗殺者の系統だ。
だが、ジルベルトには、護衛達の魔法も物理的な攻撃も、毒も、何一つ効果が無い。
例え効果があったとしても、ジルベルトの敵では無く、彼らの攻撃が当たることなど無かっただろうが。
「抵抗すれば斬ると、アンドレア殿下が宣言した筈だが。聞く前にお前達だけで逃げ出したのか?」
蔑んだ口調。冷たい濃紫。見下される長身。
まだ学生で年若く、絶世の美貌と常に浮かべる静かな微笑で、「強いけれど優しい騎士様」と御婦人、令嬢方に囁かれる『剣聖』。
人の噂の当てにならなさを、彼と敵対した者は、身を以て強烈に実感させられる。
どんな宝石よりも貴く麗しい、理想の形で存在する濃紫の輝きには、敵など人間だとすら思っていない無感動さが、ありありと浮かんでいる。
人間だと思っていない程度ではない。おそらく、小虫や道端の雑草といった、多くの生命が誕生する世界そのものである神が、慈しむ命ある存在と数えられるものの末端としてすら、捉えられていない。
ただ、其処に在るモノ。
それも、扱いに気遣う必要も無い、壊れても、砕けても、原型など無くなっても構わない、どうでもいいモノ。
対峙するまで、敵となるまで、まるで気付かなかった。
妖精に選ばれる『剣聖』は、強くとも人格者であると、疑いもしていなかった。
──この男には、人の心というものが無い。
「抵抗するようだから、殺す。ソレは公開処刑に必要だから拘束する」
一応の、宣告。
異様な威圧感と感じたことの無い種類の恐怖に、身体の動かし方を忘れたように身動ぎも出来ない護衛達を、掻き分けるように無造作に、剣を持っていない片手で掴んで床に投げ捨てる、人外の美貌の騎士。
無造作に投げ捨てられただけに見える護衛達だが、床に顔を着けた時には、既に事切れている。
「あとは、お前だけか」
あっという間に五人の護衛を、文字通り捨て去られたエイダンは、理解し難い現況に、目を見開いて、目の前の芸術品より美しい騎士を凝視する。
「な、なぜ・・・」
何に対しての「なぜ」なのか、口から零した当人ですら分からない問いに、軽く前髪を揺らして首を傾げた『人ならざる者』にしか見えない絶美の騎士が、丁寧に答える。
「何故こいつらが死んだのかか? 掴んだ時に急所、主に首や心臓だな、を握り潰してから捨てたからだ。それとも私が罠によるダメージを一切負わない理由か? 『剣聖』は頑丈な生き物のようだな。ああ、何故今まで見逃されていた自分に断罪の手が伸びたか知りたいのか。準備が整ったからだ。罪状も知りたいよな。売国に国家滅亡企図に国家の最重要人物の暗殺策謀及び加担。安心しろ。一族郎党どれだけ減刑しようが処刑だ」
つらつらと、顔貌に見合った麗しい声音で恐怖しか与えない内容を並べる目の前の若い男が、「人間という生き物として」、心の底から理解が及ばない。
もっと残虐な台詞を自身が口にしたことなど幾らもあるのに、過去に数えきれないほど多くの他者の人生を、見下しながら踏み躙って来たことに後悔も覚えず生きてきたのに、この国で一番偉く貴いのは己だと、子供の頃からずっと抱いて自負して来たと言うのに。
目の前の若僧に、取るに足らない格下の扱いを受けても反論の言葉一つも浮かべられない、原始的な恐怖が抑えられない。
「な、にもの」
恐怖に震える筈の身体の勝手な反応すら表せずに固まってしまう、己の前の異常な存在へ、それでも絞り出した言葉。
この場の敗北者であっても、長い間一国の王座を狙い、王家を相手取って暗躍を続けた『国の色』の瞳を持つ者の矜持か。
しかし、その命を削って問うた渾身の問の意味を、目の前の男は汲み取らない。
この男には、人の心が無いから。
「おかしなことを訊く。お前もよく知っているだろう。私はクリソプレーズ王国の『剣聖』。アンドレア様の専属護衛の騎士だ」
違う。そういう意味じゃない。
貴様が「人外」と呼ばれるのは、その美貌のためだけではないだろう。
一体、何者なのだ。
何処から来た、どういうバケモノなのだ。
エイダンの胸にぐるぐると湧いては渦巻く疑問は、二度と口から端切れすら零れることは無い。
どうやら動けない様子であり、抵抗も出来ぬようだと判断したジルベルトが、口ごと梱包するように、エイダンを布で巻いて担ぎ、主を振り返ったからだ。
「目標捕縛完了。帰還します」
「ご苦労だった。ジルベルト」
邸内の残党の捕縛や始末は、連れて来た精鋭の騎士達に任せることになっている。
エイダンが連れて逃げずに置き去りにしていた娘のマリアについては、突入の喧騒に紛れてコナー家の女性がマリアの部屋に侵入し、既に確保している筈だ。血と戦いに興奮した騎士に傷付けられていることも無いだろう。
「撤収。城にて尋問を行う」
「「御意」」
梱包されたエイダンが連れて来られたのは、特別な尋問室。この部屋に連れて来られるのは、処刑が確定している大罪人だけだ。しかし、その事実をエイダンは知らない。
運ばれる間、視界も覆われていたために、ここが城内の敷地の何処なのか、体感した揺れの感覚だけでは分からない。
床と一体化した頑丈そうな椅子に括り付けられてから自由になった視界で部屋を見回しても、エイダンには見覚えの無い部屋だ。
天井は低く、窓は無く、圧迫感のある狭さ。
唯一の出入り口は重そうな扉で、それには腕組みをしたハロルドが寄りかかっている。扉の横にはシンプルな机があり、そこに座ってペンを持ち、何かを書き記しているのはモーリス。
エイダンが拘束された椅子の正面には、肘掛けのある立派な椅子に悠然と足を組んで座るアンドレア。
そして、その斜め後ろに立つジルベルトまで視界に収めると、エイダンの喉は勝手に息を飲み込んだ。
ジルベルトを認識したエイダンの瞳孔が、恐怖と緊張から極限まで開いていく。
「おやおや、ジル。そんなに学院長をイジメたのか?」
「まさか。丁寧に質問に答え、紳士的にお連れしたではありませんか。人聞きの悪い」
揶揄する口調のアンドレアに答えるジルベルトの表情は、常に浮かべている見慣れた静かな微笑だ。
しかし、ジルベルトの本質を間近で感じ取ってしまったエイダンには、自分に向けられた濃紫に、人間に向けるような温度も感情も僅かも乗っていないことに気付いてしまう。
「あーあ。随分怯えてるな。まぁ、処刑まで生きてりゃ別に壊れてもいいんだが」
アンドレアの言葉に、どういうことだと口を開こうとして、拘束が解かれたのは視界だけだったことを思い出す。
喋れないことを自覚させてから、アンドレアは嘲るような笑顔をエイダンに向けた。
「これは聴取ではないから貴様に口を開かせる必要は無い。貴様は、ここで我々から尋問を受け、罪を自白して認める。記録はきちんとモーリスが取ってくれるから安心しろ。後世まで貴様は大罪人として名が残る。良かったな。クリソプレーズ王国の歴史に名を刻み、未来の学院生達は王国史の授業で貴様の名を学ぶことになる。念願の『歴史に名を刻む有名人』の仲間入りじゃないか」
あっはっは、とわざとらしい声で笑われて、思わずアンドレアを睨みつけたエイダンだが、アンドレアを睨めば背後のジルベルトも視界に入り、見る見る顔から血の気が引いていった。
その様子を見て、アンドレアは冷笑を浮かべる。
アンドレアが国内貴族の調査と粛清の職務を担うようになった当初は、アンドレアも粛清対象の貴族達から似たような反応をされていた。当時は大人しい美少女のような外見だったモーリスもだ。
しかし、人間は慣れる動物である。そして、耳に入る噂で持った印象に少なからず影響を受ける。
アンドレアは、「苛烈」「血腥い」「粛清王子」のイメージが定着し、モーリスは、その右腕として「氷血」と呼ばれ、一部では「死の遣い」とまで囁かれている。
ハロルドのイメージは、かなり初期から「狂犬」や「凶犬」であり、アンドレア、モーリスと並んで、今や、後ろ暗いところのある貴族達からは、警戒と恐怖への心構えを崩せない対象だ。
だが、『剣聖』のジルベルトのイメージに恐ろしげなものは無い。
他国や過去の『剣聖』達と同様に、「清廉」「高潔」「公正」「人格者」のイメージを持たれ、『剣聖』とは強くとも慈悲深く、護るために力を振るうことがあっても、本心では戦いや争いは好まない人物であると、人々は、実に勝手な願望でしかない人物像を描いているのだ。
ジルベルトの見た目の比類無き美しさと、一見優しい男に見える崩れぬ静かな微笑、高位貴族生まれの王族側近らしく優雅な所作も、人々の誤解に拍車をかけた。
アンドレアの中では、『剣聖』が慈悲深い善人であるなど有り得ないという確信がある。
人々が『剣聖』を人格者であると思い込む根拠は、多くの特別な妖精に非常に愛されているからだ。
だが妖精の加護というものは、美しく生まれさえすれば、幼少期にある程度以上を授かることが出来る。
その後、成長と共に加護が増えていくかは本人の資質次第と言われているが、人格者や慈悲深い善人だから加護が増える、などという話は聞いたことが無い。
一般的に王族や高位貴族は加護が多いが、王族や高位貴族に善人など居るものか。
王弟レアンドロは「王族としては純粋で優しすぎる」と言われているが、戦闘狂が慈悲深く人格者である訳がない。
そもそも、人間の感性と妖精の感性が同じであるとも、アンドレアには思えない。
国が違うだけでも、同じ「人間」という生き物でありながら、文化も法も善悪の基準も異なるのだ。人間と野生の獣でも全く違うものだろう。
何故、妖精が人間と同じ感性で「美しい心の持ち主」を深く愛するのだろうと考えられる?
妖精にとっての「美しい心の持ち主」とは、妖精にとって好ましくない人間を殲滅することに躊躇の無い、人としては残虐に偏る人物である可能性も否めないではないか。
清い肉体が条件とされる『剣聖』は、所謂「清童」ではあろうが、清童と清廉はイコールではない。
腹の中がドロドロな童貞なんぞ、探すまでもなく世の中にゴロゴロ存在するだろう。
清い肉体と、特別な妖精に深く愛されるほどの「美しい心」を持っている『剣聖』に、人々は夢を見ている。
恐ろしいことや残酷なことなど考えもせず、人を憎まず恨まず、清く正しく優しい、素晴らしい人格者であると。
そんな訳あるか。
アンドレアは、幼い頃から共に研鑽を積んで来た仲間であり親友であり腹心であるジルベルトが、それなりに狡く、いい加減な所もあり、性格は中々の歪みが感じられ、優しくするのは懐に入れた者だけであることを知っている。
ただし彼は、己に対する厳しさが群を抜き、努力を努力とも思わぬ鋼より強い精神を持ち、経験や成長で変化することはあっても決してブレない芯を持つ男だ。
妖精にとって「美しい」と感じられる素質とは、もしかしたら、そういったモノであるのかもしれない。
アンドレアの眼の前で、そろそろ失禁しそうなエイダンを含む世の人々は、『剣聖』に勝手な夢を見るから、それを裏切られると、今のエイダンのように勝手に怯え、そして『バケモノ』を見る目で、アンドレアの大事な仲間を見る。
それが、とても面白くない。
冷笑を仕舞い込んだアンドレアは、口の利けないエイダンに向かい、一方的に言葉を並べる。
「貴様の裁かれる罪を教えてやろう。
ああ、法廷でも口は封じたままで貴様の宣言も証言も必要とされない特殊な罪で裁くから、貴様の切り札は使えないぞ。
ん? どうした? そんな悔しそうな顔をして。
そうそう、隣のモスアゲート王国も何やら忙しいようだから、他所の国で売国奴が捕まって処刑された記事が向こうの新聞に載る頃には、貴様の処刑は済んでるだろうな。
おや、古狸とお歴々に称賛されていた貴様らしくない豊かな表情変化だな。
そう、貴様の罪だったな。
フローライト王国からの留学生が、祖国の王からの命令を当方へ密告し、我が国への亡命を願い出たんだ。
留学生バダックは証言したぞ。フローライト国王からの『王命』は、我が国の『剣聖』の誘拐または暗殺であり、それは留学を承認した学院長も知っていたとな。
なんだ、何か言いたそうだな。貴様が言葉を発することは、もう二度と無いぞ?
バダック・ベルモントが偽名であり、玉璽の押された証明書も偽物であることを貴様は知っていただろう?
バダックの目は、思い切りフローライトの『国の色』じゃないか。元王族の貴様が気付かぬ知らぬは通らんぞ。
コナー家の『耳』からの報告もある。
バダックが留学の挨拶に訪れた際に、貴様はバダックを通じてフローライト国王から様々な便宜を図ったことに礼を言われ、フローライト国王の『王命』を事前に知っていたことをバダックから確認されて否定もしていない。
バダックが『王命』の通り、留学の目的として、フローライト王国の『剣聖』からは得られない知識、即ち我が国の『剣聖』を獲得して祖国へ帰還すると宣った時には、あろうことか協力を申し出て激励までしていたそうではないか。
その後も学院内でバダックに、困り事は無いかと、よく声をかけていたようだな。同じ時期に留学してきたカーネリアン王国の公爵子息には声をかけている様子は無かったと報告されている。
必要な証拠も証言も揃っているんだ。
自国の『剣聖』を他国の勢力が拉致または暗殺することに協力、または黙認し、然るべき機関へ報告を怠る。それがどういう罪になるのか、曲がりなりにも王族としての教育を受けたことのある貴様なら、分かるよな?
公の場での貴様の証言もサインも必要とされない。
尋問は秘匿され、記録も不都合な部分は残さずとも可とされる。
状況は整えられ、バダックという証人は此方の手の中だ」
ここまで流れるように紡いだ言葉でエイダンの神経を逆撫でし、煽り、追い詰め、絶望させて、アンドレアは一度言葉を区切り、鮮やかに笑顔を閃かせて言い切った。
「貴様の野望は潰え、未来は閉ざされた。貴様は敗北者だ」
見開かれたエイダンの濁ったクリソプレーズの両眼は血走り、無念の唸りを洩らす塞がれた口からは血混じりの泡が滲んでいるが、アンドレアの背後でジルベルトが緩やかに片手を上げただけで、ピタリと唸りも表情も固まる。
ジルベルトは、上げた手で前髪を掻き上げただけなのだが。
エイダンの中でジルベルトは、すっかり『人ならざる者』として、原始的な恐怖の対象となっているらしい。
理屈ではなく、理性で抑えられるものでもなく、その存在を身近に知覚するだけで、どうしようもなく恐怖に陥る、そんな対象だ。
あの、何一つ感情の浮かんでいない、ただひたすらに綺麗なだけの濃紫に見下ろされている視線を感じて恐ろしく、目を合わせたくなくて動かせる限界まで下を向こうとしたエイダンは、拘束に自ら首を食い込ませてガクリと項垂れた。
独特の臭気が漂い出す。
「失禁してますが死んではいません」
寄りかかっていた扉から身を起こし、エイダンに近寄ったハロルドが確認してアンドレアに報告する。
処刑までは生かしておく必要があるので、これ以上首が絞まらないように拘束し直した。
「何十年もクリソプレーズ王家を引っ掻き回してくれた古狸の幕引きとしては、何とも締まらないと言うか呆気ないと言うかだな」
「まぁ、『剣聖』のギャップが大分効いたみたいですからね」
肩を竦めて零すアンドレアに、皮肉げに笑ってジルベルトが応じる。
本人は、自覚も納得もして『ギャップ』を利用しているのだ。
「ハリー、見張りを頼む。自害が出来なくなったら戻って来ていいぞ」
「了解です」
刑が執行される時点で、生きてさえいれば、それでいい。
法廷に引きずり出す時も、自力で動ける必要も無い。
ハロルドが、どういう手段でエイダンから自害する力すら奪うのか、アンドレアは特に関知しない。
大好きな御主人様をバケモノ扱いしたエイダンが、どんな扱いを凶犬から受けるのか。まぁ、優しく済ませてもらえることは無いだろう。
公文書として残すモーリスの創作品を受け取って片手に持ち、モーリスを従えたアンドレアは、ジルベルトが開けた分厚く重い扉を出る。
背中も命も心も預けられる仲間が居る自分は、随分と恵まれた『粛清王子』だと、胸に独り言ちるアンドレアが次に向かうのは、隠し通路の先の現在は使われていない離宮。
そこに、交渉の余地のある犠牲者を隔離しているのだ。
残党狩りが全て終われば、罪状の特殊性から速やかな処刑が開始される。
その前に、交渉の結果によっては死に方は選ばせてやれる者もいる。
天才などと呼ばれていても、自分が万能ではないことをよく知っているアンドレアは、真に裁かれるべき者の被害者である連座の『罪人』を、救おうとまでは思わない。
だが、その血を流させる者として、犠牲者から目を背けず、傾ける耳は失わずにいたいと願っていた。
エイダンに一方的に言葉を連ねるアンドレアを見て、ジルベルトが思っていたこと。
「陛下そっくり」
コレに尽きる。