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プリンセス襲来

 学院への留学生、カリム・ソーンが殺害されたという物騒なニュースが王都に流れても、既に犯人は全員拘束され、しかも全員が他国人であることが確認されている。


 法務大臣を輩出したこともある名門、ロペス公爵家が人身売買の罪で連行された件では、クリソプレーズの貴族界は一時騒然としたものだが、取り調べや共犯者の洗い出しのため、未だ誰の刑も処罰も執行されておらず、身に覚えのある者が戦々恐々とする他は、表向き平穏に見えている。


 ロペス公爵というペットのトカゲを切り捨てた学院長も、「やはり自分だけは大丈夫なのだ」と油断の中にいるようで、動じること無く通常通りの動きを見せている。


 しかし、その影で、国王と宰相による「バカあぶり出し企画」の網にかかった雑魚どもが、ロペス公爵の罪に加担した容疑で静かに間引かれている、水面下の緊張を孕んだ日々。


 そんな中、アイオライト王国から第一王女アデライト姫が到着した。

 滞在先は、クリソプレーズの王宮の貴賓室だ。


 アデライト姫の到着まで、『誘導役』となるハロルドは、モーリスの指示の下()()()を読み込んで演技指導を受けてゲッソリとしていた。

 コナー家のアイオライト王国担当者からの報告で()()()()()を分析したモーリスが、アデライト姫が一目惚れしそうなシチュエーションとキャラクターを絞り込み、ハロルドに数冊の女性向け恋愛小説を手渡したのだ。


 ハロルドは、今まで読む気も起きなかったジャンルの小説を頬を引き攣らせながら受け取り、『マグノリアの下で貴女に忠誠を捧げる』や『夕日の丘で結ばれた秘密の恋』や『黒騎士と白百合の王女』や『貴き薔薇に剣を捧げて』といった、現実感を遠ざける内容をキラキラしい文体で綴った装丁麗しい本を、鳥肌を立てながら丸暗記した。


 読めば読むほど脳が拒否する内容だったが、全て丸暗記したハロルドが義兄(モーリス)に零したのは、「王に忠誠を誓った騎士が王の娘と密通する訳無いだろうが」という一文だけだった。

 どうやら全設定の中で最も「有り得ない」と脳が受け入れを拒んだのは、その部分だったようだ。

 それでも丸暗記した「モーリス厳選、騎士と王女の恋愛物語」の騎士の言動とキャラクター設定、アデライト姫の恋情を煽るのに有効だと思われるシチュエーションは把握して、()に成り切るために己に染み込ませた。


 限られた時間の中でさっさと()()を終えるには、一目惚れから始めさせるのが効率的だ。

 失敗は許されないし、ハロルドとて嫌な仕事を長引かせる気は無い。

 ()()()()()ハロルドを眺めて、アンドレアが笑いを含んだ声で言った。


「お前、誰だよ」


 当然、褒め言葉である。


 ハロルドがアデライト姫を惚れさせるに当たり、作り込んだ『キャラクター』は、隠してもいない彼の経歴を調べることで、より姫の好みに寄るものにした。


 アンドレア王子の信頼する側近で専属護衛のハロルド(実力を認められ高い立場に居る男)。

 彼は、現在公爵家の養子となっているが、実は失脚した元騎士団長である伯爵の息子だ(複雑な生い立ちの男)。

 元騎士団長が失脚した理由は、実の娘であるハロルドの姉達による、次期当主としての未来を潰すほどの過激な虐待を放置していたこと(暗い過去を持つ男)。

 幼少期からの姉達による虐待のせいで女性不信となったハロルドは、明るく礼儀正しく振る舞うが、女性と上手く関われないことを悩み苦しんでいる(癒せぬ傷を抱えた男)。

 いつの日か、自分を救ってくれる()()()()()()()()()()()が現れることを希望として(救いを求める男)。


 カッコ内はモーリスによる注釈である。

 モーリスは、「アデライト姫は、好みの男性の唯一の救いという『特別な女性』になりたい願望が強いタイプでしょうね」、と冷笑を浮かべていた。


 実際はハロルドは女性など待ってはおらず、とっくにジルベルトに救われているのだが。

 事実も織り交ぜていることで、アデライト姫の大好きな「自分だけが特別になれる相手」という要素が強化される。


 ハロルドに一目惚れしたアデライト姫は、お付きの者にでも指示して「一目惚れした騎士様」を調べ、勝手に想いを深めるだろう。

 ハロルドの外見は、アデライト姫の好みのど真ん中と言って差し支えない。シチュエーションを整えることで、一目惚れさせることは難易度が高くないと思われた。


 ハロルドとアデライト姫の『出会い』の演出は、学院ではなく王宮に舞台を用意することにした。

 学院よりも、アンドレア側で()()を用意しやすいためだ。


 導入部分としては、まず、王宮に滞在するアデライト姫を貴賓室に案内するルート上で、互いを認識する()()前に、アデライト姫にハロルドを一方的に視認させる。

 アンドレアの私室に主を迎えに行くハロルドを王宮の侍女達が憧れの視線で見つめるが、それらをまるで無いもののように完全に無視して足を進める「女性に冷たい騎士」、をアデライト姫が目撃するという寸法だ。


 ハロルドは、アンドレアの専属護衛の証である黒い軍服姿でマントを翻し、鍛え抜かれた長身に長い脚の、危険な猛獣を思わせる美丈夫である。

 ジルベルトはマントを着用していることが多いが、ハロルドは普段は城内では外していることが多い。

 しかし、アデライト姫の好みに寄せるため、長身でなければ見栄えのしない長いマントを姫の退()()まで常に着用することにした。


 ハロルドに熱い視線を送る侍女達は、一部()()()である。

 ハロルドの女性嫌いは知れ渡っているため、怖がって近寄れない女性が多いからだ。

 それでも、つい目を奪われてしまうくらいにはハロルドの容姿や所作は優れている。顔もスタイルも良ければ雰囲気も強者故の引力がある。「恐ろしい騎士様」の認識があっても、思わず視線は吸い寄せられる人間は少なくない。


 アンドレアが仕込んだのは、「思わず吸い寄せられた視線」の熱量を超えた想いを抱えた女性の数を、実際よりも多くアデライト姫に印象づけるための女優だ。

 女優の内訳は、コナー家の『仮面』の女性が七割、王妃の腹心の侍女が二割、王妃の相談役であるコナー公爵夫人が連れて来ている侍女が一割となっている。


 王族として、祖国でハイレベルな美形を目にする機会の多いアデライト姫だが、「きゃあっ、ハロルド様よ」という若い女性達の小声の悲鳴が耳に付き、ふと送ってしまった視線の先で、唇を引き結び、夕日のようなオレンジの瞳で鋭く前を見据えながら、女性達の視線を振り払うようにマントを翻すハロルドに、思わず足を止めて釘付けになった。


 アデライト姫の好みは、線の細い文官的な貴公子よりも、長身で逞しい騎士だ。美形好みではあるが、女性と見紛うばかりの中性的美貌よりも、危険な香りを孕んだ凛々しい美形が好きだ。

 祖国(アイオライト)の近衛騎士も美形を揃えてはいるが、ハロルドほどのレベルとなれば、すぐには思い当たらない。


 クリソプレーズ王国には、とても格好良い騎士様がいるのね。


 高揚感が湧き上がり、胸を抑えながらポーッとハロルドの後ろ姿が見えなくなるまで佇んでいたアデライト姫は、再度歩き出しながら脳裏に先程目撃した「ハロルド様」を思い起こし、「髪も瞳も温かい色合いなのに、焦がれる視線を送る女性達に冷たい態度を取るなんて、『凍てつくダリアの騎士は王女の胸に抱かれて』のヒーロー、ギルバート様みたいだわ」と、祖国での愛読書の登場人物と重ねていた。


 アデライト姫に付けた監視から、第一段階の仕掛けは成功、反応は上々と報告を受け、アンドレア達の行動は次のフェーズへ移る。


 アデライト姫は王族にしては表情に感情が表れ過ぎるきらいがある。

 好んで読む恋愛小説のヒロインが、「内心を隠せないことでヒーローの癒やしとなり、庇護欲も唆る」といった類の描写が多いことから影響を受けているのかもしれない。

 原因が何であれ、表情から心情を読むことに長けた監視役にとっては仕事のし易い相手であった。


 第二段階は、留学生として学院へ編入する前の、王宮でのアンドレアら生徒会役員メンバーとの顔合わせの場を舞台とする。


 護衛らしくピリついた空気を纏ってアンドレアと共に王宮の応接室に入室したハロルドが、アデライト姫を視界に入れた瞬間、「やっと見つけた」と言わんばかりに一瞬だけ表情を崩し、その後、感情を抑え込むように口数少なく辛そうに目を伏せるのだ。


 参考は『マグノリアの下で貴女に忠誠を捧げる』の、孤高の騎士シグルドと王女の「運命の出会い」シーンだ。

 ようやく見つけた探し求めた運命の女性が、手を伸ばしてはならない王族である悲運に苦悩する強い騎士様、というのが乙女のハートを掴む(モーリス談)らしい。


 国王同士が使う部屋よりワンランク下の応接室でアデライト姫を待たせ、アンドレア達は満を持して登場した。


 生徒会役員メンバーの中でハロルドが最も魅力的に姫の目に映るように、ジルベルトは隠密任務中のように気配を消し、モーリスは姫の好みから外れた中性的美貌を高慢で神経質そうに保ち、アンドレアはわざと胡散臭い営業スマイルを貼り付かせ、クリストファーは美少女と見紛う美少年顔であざとくカワイコぶっての登場である。


 全員が王族から見ても相当にハイレベルな美形でありながら、アデライト姫に付き従う侍従や護衛騎士や侍女達も反応に困るキャラの濃さだ。

 しかし反応に困る従者たちを余所に、狙い通りアデライト姫はハロルドに視線を固定している。

 その視線には既に、ただの興味以上の感情が乗っていることは明らかだった。


 生徒会長であるアンドレアから自己紹介が始まり、モーリスとクリストファーは自分で名乗ったが、ジルベルトとハロルドはアンドレアが「生徒会役員と補佐ではあるが私の専属護衛だ」と紹介する。

 その際、ジルベルトにまで懸想されないように、ジルベルトは『剣聖』であると紹介し、ジルベルトも感情の一切乗らない無機質な視線で目礼するのみとした。

 ジルベルトはアデライト姫に全く興味を持っていない態度をあからさまにし、ハロルドの表情変化という演出効果を高めるためでもある。


 果たして、効果は絶大だった。


 王女であるアデライト姫でも生まれてこのかた見たことが無い程の美貌の騎士様に「お前などどうでもいい」という態度を取られた直後の、愛読書の大好きなヒーローと重なる印象の、気になっていた好みのタイプの男性から、初対面にも関わらず「会いたかった」とでも言いそうな、刹那の驚愕と歓喜と押し殺した切なさを見せつけられ、その後は、「見つめていたいのに許されないから」と言うように、無理をしてアデライトから視線を引き剥がして、堪えるように唇を引き結ぶ様は、姫をどっぷりと恋の沼に沈めた。


 なお、上記のハロルドの心情解説の全ては、アデライト姫による妄想目線によるものである。

 後ほど従者に得意満面で講釈を垂れていた、と報告があった。


 こんなにチョロくて、よく今までハニートラップにかからなかったものだと仕掛けたアンドレア達は思うのだが、アイオライトでは度重なる「奇行」のせいで、姫が好むレベルの騎士は自ら彼女には近付かず、野心から王女を籠絡しようと企むような輩はアイオライト王室主導でアデライトに近付けないよう排除されていたのだ。


 お陰でアデライト姫は、純粋培養の妄想女として立派なお花畑脳に成長した。

 他国にはとても嫁がせられないが、自国の忠臣の家ならば面倒を見てくれるだろうという甘えがアイオライト王家にはあるようだ。

 ただし、今までは国内でアイオライト王室の目の届く範囲で奇行をギリギリセーフかもしれないラインで抑え、手早いフォローもしつつ守られてきたから問題が大きくならなかったに過ぎない。


 国から連れて来た、せいぜい十数人の従者で、抑止力となる父王も兄王太子も居ない他国で、()()()()()を燃え上がらせた王女様の暴走が大事になる前に止められるのか、アイオライト王国第一王女付き人員のお手並み拝見である。

 療養中の姫の婚約者も留学には同行していない。

 騎士タイプではない婚約者に、王女はあまり思い入れも無いのだ。惚れてしまえば浮気のハードルは高くない。


 アデライト姫のハロルドへ向けた恋の炎は既に灯った。

 あとは、燃え上がらせて、存分に惹きつけ溺れさせたら、嫉妬に狂わせればいい。


 問題を起こしがちな王女の()()()()として、それなりに経験豊富で有能な人員が選ばれて随行しているが、アンドレア達第二王子執務室の面々は、全員が老獪な貴族を相手取った実戦も少年期から幾度も乗り越え勝利して来ている強者(つわもの)で、クリストファーに至ってはコナー家の真の支配者というクリソプレーズ暗部の首領である。

 キャラの濃い美青年と美少年の外面からは、守り役達が守らねばならぬアイオライトの王女を陥れる腹づもりなど、一粒も窺えない。


 顔合わせが終了し、貴賓室へ戻ったアデライト姫から「ハロルド様の情報が欲しいわ」と命じられた従者達は、何やら薄ら寒い不安を抱えつつも、王女からの命令を遂行するのだった。


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