20.一緒に フィリップ視点
三学年への転入生ソフィアは、平民の魔法学校に通っていたからか貴族の魔法学院生活に慣れるのに苦労していて、気にかけているうちに仲良くなった。
ソフィアはエリアナと違って私の前でも愛らしく笑ってくれた。感情表現が豊かで、一緒にいると安らげた。
私が気落ちしているタイミングでよく現れて、心を癒してくれた。
ソフィアと過ごす時間が長くなるにつれて、エリアナのことを考える時間が減っていった。胸がモヤモヤで覆い尽くされることが少なくなった。
そんなある日。
ソフィアが珍しく暗い顔をして落ち込んでいた。
明るい彼女に戻って欲しくて、言い渋る彼女からなんとか理由を聞き出すと、他の貴族たちから嫌がらせを受けているという。
その主犯がエリアナだと。
「わたしがフィリップ殿下と仲良くしているのが気に食わないそうなんです⋯⋯。わたしは、殿下とこれ以上一緒にいない方がいいですか⋯⋯?」
その話を聞いた時、私は心の内で歓喜した。
――――そう、落胆でも憤慨でもない、歓喜したんだ。
普段はどこか距離を置いているような態度しか見せないエリアナだが、心の内では私と仲良くするソフィアに嫉妬するほど、私を想っていたのかと。
私のことを好いてくれていたのかと。
ただ、嫌がらせを行うのは王子妃になる者として良くないから、私と結婚するのはエリアナなのだからもう少し余裕を持て、の意味を込めて、公の場で頬にキスをした。
ソフィアの話を聞いて、エリアナは私にかなり好意を抱いていると思ったが、エリアナは照れたり嬉しそうにもせずに、不思議そうに瞬きした後、困ったように微笑んだだけだった。
途端に、エリアナの気持ちがわからなくなった。
私のことが好きだから嫉妬したのではないのか。
だからエリアナらしくない嫌がらせなんてしたのではないのか。
期待した反応が返ってこなかったぶん、私は自己嫌悪に陥った。
それでも、エリアナからソフィアへの嫌がらせは続いた。最初は我慢していたソフィアだが、嫌がらせが悪化してくるにつれて泣きながら私の元に来たこともあった。
私は、エリアナに憤りを感じていた。
こんなにも性格が悪い女だとは思っていなかった。
私のことを好きならば、ソフィアのように素直に甘えてくれればいいものを。ソフィアのように屈託のない笑顔を見せてくれればいいのに。
そうすれば、私だって――――⋯⋯。
⋯⋯いっそ、ソフィアを婚約者にすれば、私も心穏やかに過ごせるのだろうか。明るく優しい彼女にならば、素直に気持ちを言えるのだろうか。
⋯⋯いや、家同士が決めた婚約者を替えるなど簡単にできるわけが⋯⋯。
「エリアナ様もセシル様もわたしのことを田舎者だと蔑んでくるのです⋯⋯」
「⋯⋯ん? セシルも、か?」
「はい⋯⋯。セシル様はわたしと同じ男爵家ですが、身分を弁えろとよく言われます⋯⋯」
王籍に入るのは卒業後と言っているセシルは、今もまだエリアナの取り巻きをしている。
エリアナの指示で嫌がらせを行っているのかもしれないが、王族となる人間がやっていいことではない。
エリアナに関してもだ。彼女は少しやり過ぎだ。私の妃となるに相応しくない。
「⋯⋯なるほどな」
私の中である計画ができあがっていった。
婚約者を替えられて、私の次期国王の座を脅かすセシルを消せる一石二鳥の計画。
――――まあ、知っているだろうが、その計画はほぼ失敗に終わった。
婚約者はエリアナからソフィアに替わったが、エリアナとセシルが婚約し、貴族社会から追い出すことはできなかった。
それどころか、証拠不十分で断罪した私の評価は落ち、セシルにはレクサルティ公爵家という大きな後ろ盾がついた。
◇◇◇
「セシル殿下の弱点、それは――――――――エリアナ様です」
どうにか挽回できないかと考えていると、ソフィアがセシルの弱点を知っていると言った。そして、それはエリアナだと。
「エリアナ? 取り巻きをやっていたから逆らいにくいということか?」
「いいえ。気づきませんでしたか? あの方、エリアナ様が大好きなのですよ。婚約破棄されたエリアナ様とすぐ婚約できるようにするくらい」
「⋯⋯はははっ、ソフィアは面白いことを考えるな」
セシルは次期国王となる為の後ろ盾が欲しかったのだろう。レクサルティ公爵家は王家に古くから仕える臣下で信頼も厚く領地も広大で豊かだ。
確かに二人は仲が良かったが、セシルは王に固執しているから、エリアナと婚約するのが手っ取り早かっただけだろう。
女性はすぐに色恋で考えようとするなと思い笑うと、ソフィアはぷくっと頬をふくらませた。
「むぅ。わたしは本気で言っていますよ!」
ふくれるソフィアも可愛く、「そうか」と頭を撫でておく。
「さては信じていませんね! ⋯⋯セシル殿下の行動原理は全てエリアナ様に帰結しませんか? エリアナ様が欲しいから、フィリップ様とエリアナ様の距離をあけられましたし。エリアナ様と一緒にいたいから、領主代行の任にも連れて行きました」
「まあ、そう取ることもできるか」
「⋯⋯お二人が王都に戻られた時、よくよくお確かめくださいませ。セシル殿下はエリアナ様がいなくなれば、王になることも全て放棄いたしますよ」
どうにも信じられない私に、ソフィアのいつもより低めの声は頭の中に刻まれた気がした。
◇◇◇
セシルとエリアナが光の祭典前の打ち合わせでやってきた日。
久しぶりに見たエリアナは以前よりも美しく、眩く見えた。
ソフィアの言うセシルの弱点は半信半疑だったが、エリアナと話してみたかった。
卒業パーティーの時はろくに言い分を聞かなかったので、もしかしたら婚約破棄を恨んでいるかもしれないと思った。酒の力を借りれば口も緩くなるかと、酒とつまみを準備させた。
しかしエリアナは、ソフィアにも私にもまるで興味が無さそうに首を傾げただけだった。
未だにエリアナを怖がっているソフィアの為に聞いたことだが、エリアナの無関心な言葉は私の胸をえぐった。
途中でセシルが戻ってきたので退出したが、胸の痛みは部屋を出てからも続いていた。
「フィリップ様」
「⋯⋯ソフィアか」
気づけばソフィアが目の前にいた。いつもなら癒されるはずのその微笑みに、何故かモヤりと影が差した気がした。
「わたしの言ったこと、信じて頂けましたか?」
一瞬なんの話かわからなかったが、すぐに『セシルの弱点』だと思い当たる。
「⋯⋯そうだな。ソフィアの言う通り、セシルはエリアナを想っているんだな」
そうじゃないと、私に向けて見せつけるようにエリアナを抱きしめたり、キスをしたり、名前を呼び捨てにしただけで嫉妬心を露わにしたりしないだろう。
あの二人はもう、私の知っている『友人』の距離感ではなかった。
「はい。信じて頂けてよかったです」
セシルの弱点はエリアナ⋯⋯。
それがわかったからと言って何ができるだろうか。
正式な婚約者同士である二人を引き剥がすなど容易ではないし、説得してエリアナがこちらに付いてくれるはずもない。エリアナは昔からセシルの味方だ。
拐す、なんてことも浮かんだが、そんなのは王子である私がやっていいはずがない。
「すごいですよね。エリアナ様がフィリップ様と婚約していた頃からずっと、エリアナ様のことが好きだったんですよ、あの方」
「⋯⋯ずっと?」
学院にいた頃に、セシルに『王族になって何を望む?』と訊ねたことがある。その時セシルは『どうしても欲しいものがあって』と答えた。
私はセシルは王位が欲しいのだと思ったが⋯⋯違ったのか?
もし、セシルの欲しいものがエリアナだったとするならば、納得のいくことがある。
王都に戻ってきたセシルは私の邪魔を一切してこなくて、むしろ、私とソフィアが勇者と聖女になれるように協力すると言っていて。
どんな裏があるのかと疑っていたが、自分の欲しいものは既に手に入れていたから協力的だったのだろうか。
「⋯⋯」
思いがけず強敵がいなくなったが、私の心は晴れなかった。
「明日、共に頑張りましょうね、フィリップ様」
「⋯⋯ああ」
私が王になる為にやるべき事は定まっているのに、何だか胸がモヤモヤしたままで、ソフィアと話しても私の心は癒されないままだった。