9.人間だったのね
後から聞いたのだが。セシルが私は家事ができないと思っていたのは、まだ公爵邸にいた時の魔法の失敗談をお母様から聞いていたかららしい。
魔法の調節が上手くできなくて、衣類をボロボロに破いたり、掃除をしようとして邸宅の中をめちゃくちゃにしたこと。挙句の果てに滑って頭を打った等の失敗談。
お母様め⋯⋯! 言うならちゃんとその後上手くできるようになった話もしておいてよね!
夕食は私が作ったので、朝食はセシルが作ってくれるという話になった。
「僕も料理とか慣れてないし、上手く作れるかわからないけれど」
なんて謙遜をしていたけれど、セシルはゲーム内でもなんでもこなす完璧人間だ。容姿端麗、文武両道、完全無欠。実際のセシルも成績は常にトップだったし、私は彼が何か失敗している姿を見たことはない。
料理も、謙遜しつつズラーと豪華なフレンチみたいなのが出てくるに違いない。調味料とか無駄に高いところから振りかけるのが似合うんだと思う。そんなセシルも好きだわ。
「おはよう、セシル」
「おはよう」と挨拶を返してくれるセシルは紺色のエプロン姿だ。
なんて素敵な光景なの。
朝日に輝く金髪と同じく眩いくらいの笑顔、エプロンを付けてテーブルに食事を並べるスチルなんて、前世のゲームで見たことがない。
更にこれからセシルの手料理が食べられるのだ。推しの手料理が食べられるなんて、転生者ならでは⋯⋯いや、これは没落したからこそ味わえる贅沢ではないだろうか。ちょっぴり、没落してよかったと思ってしまう。
「寝癖ついてる」
「ほぇっ?!」
柔らかく微笑んだセシルに髪を撫でられて、心臓がドキッと鳴った。
没落してから、セシルは私に触れることが多くなったように思う。学院にいた頃はもう少し距離があったような気がしたけれど⋯⋯。
「はい、座って」と言われてついたテーブルに並べられている料理を見て唖然とした。
⋯⋯ほら、やっぱり!
テーブルの上には、高級フレンチのようにお皿に美しく並べられた料理たち。鶏肉の香草焼きや、じゃがいものポタージュ、サラダ等があったが、全て美しく芸術的とさえ言える盛り付けだ。シェフなの?
家にあった食材でこうまで私と違う料理を作れるなんて、やっぱり彼は完璧人間である。
「いただきます」と口に入れて、直後、私の頭の中には疑問符が浮かんだ。
「⋯⋯?」
なんだろう。私は鶏肉の香草焼きを口に入れたと思ったのだけど、想像していた肉汁とかハーブの香りが口の中を抜けるのではなく、甘くてシャリシャリするような食感だった。
じゃがいものポタージュのようなスープを口にすると、魚介のスープのような味にサラッとした口当たりだった。
「⋯⋯??」
「あんまりおいしくないかな⋯⋯?」
何も言わずに食べているからだろう、心配そうに眉を下げて見つめてきた。
「あっ、違うの。思ってた味じゃなかったから驚いて······。でも、すごくおいしいわよ!」
見た目の想像とは違う味がくるので、味のパラレルワールドに迷い込んだような気分だが、一つ一つはどれもおいしい。
「うん⋯⋯。僕も不思議なんだよね。なんでこんな味なんだろう?」
どうやら作った本人にもパラレルワールド発生の原因はわからないらしい。不思議そうに首を傾げる彼もレアである。
「⋯⋯ふ、ふふっ」
「エリアナ?」
気づいたら、笑いが漏れていた。
これは、セシルを馬鹿にしているとか、セシルの弱点見つけたとか、そんな笑いではない。
私は――――嬉しかった。
「セシルって、できないこともあるのね。なんでもできる完璧人間だと思っていたけれど、そうじゃないのね」
目の前にいるけどどこか遠い人。そのうち私の前からいなくなる人。どこか現実味がなくて、未だに画面の中にいるような人。
ゲームとそのまま過ぎて、完璧過ぎて。そんな印象の彼だったけれど⋯⋯それは少し違うのかもしれない。
「⋯⋯僕だって、できないこともあるし、失敗することだってあるよ」
少し唇を尖らせるセシルは不満げだ。
そんな彼の顔も大好きな私はきゅんとときめいたが、彼はそんな私を真っ直ぐに見つめてきた。
「⋯⋯エリアナは、こんな僕を見てどう思った? 完璧じゃない僕は嫌?」
目の前の翡翠色の瞳が揺れる。
「まさか。私はむしろ嬉しかったわ。セシルも私と同じ人間だったのねって思ったの」
「ちょっと待って、僕は生まれた時から人間だけど?!」
そう叫ぶ彼も実に人間らしい。
だって、私にとってのセシルは最推しで。完璧人間で。美しすぎて。
例えるなら神様だろうか。信仰対象であり、自分たちとは一線を画す存在。弱点もなくて、失敗なんてしない、完璧な存在。
「うん。今日、セシルは失敗とかもする私と同じ人間なんだって知ったわ」
「そう、よかった⋯⋯」
そう言う彼には哀愁が漂っていた気がするけれど、私は彼の新たな一面を知れたことで満悦した。
「やっと同じ人間になれたのか⋯⋯道のりは遠いな、諦めないけどね」