9.マオくんの我儘
その日の夜。
そろそろ部屋に戻って眠ろうかという時間に、セシルとマオくんが喧嘩を始めた。
喧嘩の原因は、ヴェグデルの復活を阻止する為にどう動くかとか、逃げたバルツ教団幹部を早く見つけ出すべきだとか、そんな差し迫る問題を巡る議論が白熱した上での喧嘩――――ではない。
「狡いぞ、セシル! わしがエリアナと寝るのは阻止しておいて自分は一緒に寝るなんて!」
「別に狡くないよ。僕はエリアナの夫なんだから、当然の権利だよ」
「むむ⋯⋯。では、エリアナの息子であるわしはエリアナの添い寝を所望する!」
「却下。誰が息子だ、歳を考えろ」
「お主は昨日堪能したじゃろう。今日はわしに譲るのじゃ」
「嫌だよ。僕がエリアナに関して譲るはずがないでしょう」
――――という感じで、どちらが私と一緒に寝るかで争っている。
セシルもまだ夫じゃないし、マオくんも息子じゃないわよ⋯⋯と心の中でひっそりとツッコミを入れておく。
ツッコミを声に出さないのは「間を取って私一人で寝るわ」と平和的解決を試みたのだが、二人ともから「ダメじゃ」「却下」とすげなく棄却されてしまったからだ。
私は一人でも寝れるのだけど、セシルもマオくんも過保護になってしまったわ。困ったわね。
ぼんやりと成り行きを見守っていると、最終的にコインで決めることにしたようで、私と一緒に寝る権利はマオくんが勝ち取っていた。
◇◇◇
「ふんふんふーん。お! エリアナのベッドもふっかふかじゃのう!」
上機嫌に鼻歌を歌ったマオくんは、モゾモゾと布団に潜り込んだ。
「マオくんのベッドもふっかふかでしょう?」
幸せそうに「にへへー」と笑うマオくんは、ころりと寝返りをうち、こちらを向いた。
「それはもちろんなのじゃが、誰かと一緒に寝るというのは初めてでの。⋯⋯温かいものじゃのう」
細められる赤い瞳は、幸せだけではなく寂しさも孕んでいるように見えた。
「⋯⋯のう、エリアナ」
「ん? どうしたの?」
落ち着いた呼び掛けに答えると、逡巡した彼は少し視線を下げた。
「わしは、今までずっと寂しかったんじゃと、最近気づいたのじゃ。同胞を殺されてヴェグデルと二人になって、仲違いして一人になったのももちろんじゃが、同胞たちより力が秀でていたわしは、敬われてはいたが、家族も友人もおらんかったからのう」
黒くて長いまつ毛が伏せられる。小さく「手を繋いでもいいかの?」と聞かれたので許可すると、おずおずと手が握られた。
「わしを恐れも敬いもせず、温もりを与えてくれたのはエリアナが初めてじゃった。何かを教えようとしてくれたのもエリアナが初めてじゃった。悪い事をしたら叱って、いい事をしたら褒めてくれて、たまに二人でセシルに怒られて。わしは、エリアナを失いとうない。⋯⋯いや、エリアナだけじゃなく、セシルやこの町の皆、失いとうないのじゃ」
彼の普段の子どもっぽい態度とは違う、大きな決意を秘めたその瞳に目が離せなくなる。
「わしは今度は復讐の為じゃなくて、守る為に力を尽くそうと思う。ヴェグデルには誰も人間を殺させない。人間にもヴェグデルを利用させたりしない。そんで、ヴェグデルを説得して、エリアナとセシルとヴェグデルとわしとで、みんなで幸せに暮らすんじゃ。⋯⋯ちょっと我儘かの?」
何に対しても無関心で、生きることさえ面倒だったマオくんだけど、徐々に大切なものを増やしてくれた。
全てがどうでもいいと言っていたマオくんが、また仲間を、大切な人を守ろうとしてくれている。
「我儘じゃないわ。マオくんはもっと我儘になってもいいくらいよ」
マオくんが動く時は誰かの為がほとんどだ。
魔族と人間の平和の為に同盟を結んだり、殺された仲間の為に人間を殺したり、人間が自分を恐れるから森の奥で一人で暮らしたり。
私を守る為に魔法を使ったり、人を怖がらせない為に人間の生活を覚えてくれたり。
封印されたくない、一緒にいたいと言ってくれるのは、きっと、彼の珍しい自分の為の我儘。
「私もセシルもすごく我儘なんだから、あんまり遠慮していると不満が溜まる一方よ。だから、もう少し我儘になってもいいの」
ぎゅうっと小さな体を抱きしめる。私には我儘を言ってもいいんだと思って欲しくて。
マオくんはおずおずと私の背に手を回すと、はははっと笑った。
「⋯⋯そういえばそうじゃった。エリアナもセシルも随分と我儘じゃったわ。わしの我儘なんて可愛いものじゃの」
「ふふ、そうでしょう」
「特にセシルはわしらの中で一番我儘じゃな。⋯⋯今の姿をセシルに見られれば全力で引き剥がしに来るぞ」
マオくんと一緒に寝るのも渋っていたヤキモチ妬きのセシルだ。彼には悪いがヤキモチを妬く程想われているのも嬉しいと思ってしまう。
ぎゅっと私の背中の服を掴んだマオくんは、安心したのかうとうとと舟を漕ぎ始めた。
「寝ようか。おやすみ、マオくん」
サラサラした黒髪をゆっくりと撫でると、下がりかけていたまぶたが完全に落ちた。
「⋯⋯ん。おやすみ」
その夜は幸せな夢が見られたと、翌朝マオくんは言ってくれた。




