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推しに没落させられたので仕返しする所存  作者: 佐野雪奈
第三章 公爵令嬢は仕返ししたい
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5.冷静じゃなかった


 できれば人目のある町に逃げ込みたかったけれど、町は男の後ろにあったので森に入った。


 人はいないかもしれないけれど、時間を稼げば彼らは諦めてくれるかもしれない。


 そう思ってひたすら足を動かす。今日は平民の服を着てきてよかった。貴族の服だとこんなに動けない。


 そう考えられる余裕ができるくらいには、後ろから足音は聞こえなくなっていた。


「⋯⋯っ、はぁっ」


 足を止めて、木の幹に手をつく。汗で張り付いた覆面を脱ぎ捨てた。


 ここ、何処だろう。がむしゃらに走ったのでよくわからないが、彼らは撒けたのだろうか。


 一度足を止めると、恐怖と疲労感とが一気に押し寄せてきた。


「――――ふぅ」


 大きく息を吐き出すと、ペタンと地面に座り込む。


 ⋯⋯怖かった。勝手に間違えられて連れて行かれたわけだけれど、不本意ながらバルツ教団の計画を知ってしまったのだから、このまま見逃してくれるだろうか。


 早く町に戻ってセシルやマオくんに会いたい。

 あの大きな手でぎゅうっと抱きしめて欲しい。私より小さな体でぎゅうっと抱きついてこられるのも好きだ。


 震える自分の体を抱くと、ガサガサと草を踏まれる音がした。


「おい! いたぞ!」

「逃げ足早いからな、逃がすなよ」

「そっちから回れ」


 ⋯⋯ヤバい。囲まれた。


 気づけばバルツ教団たちに囲まれていて、黒装束と白い仮面が逃げ道を塞ぐ。



 どうにかして逃げなきゃ⋯⋯そう思うのに足に力が入らない。


 私を捕らえようとする手が伸びてきて、腕が掴まれた。


「いやっ、離し――――」

「――――僕の大切な人に、勝手に触れないでもらえるかな」


 腕を掴んでいた手が勢いよく外れ、代わりに誰かに抱きしめられた。渇望していた大きくて温かい手。私の大好きな――――


「セシルっ」

「遅くなってごめんね、怪我はない?」


 優しく髪を梳いてくれる彼の背中に腕を回すと、地震のようにグラグラと地面が大きく揺れた。


「きゃっ」


 私と教団の人たちは思わず声を上げる。揺れ続ける地面に目の前のセシルしがみつくと、大きな悲鳴が響いた。


「「⋯⋯うわあぁぁぁ!!」」


 突如、教団の人たちの周りの地面が盛り上がり、体が土で固められていく。顔だけを残して埋まり、土の動きが止まった。


 これって⋯⋯


「⋯⋯朝の早うから余計なことをしでかしてくれおってからに」


 独特な喋り方はいつもと同じだけど、いつもより数段低い声。まだ幼さの残る声なのに、とてつもない威圧感を感じる。


「エリアナに危害を加えようとしたんじゃ。死ぬ覚悟はできておろうな⋯⋯?」


「ひっ」と声にならない悲鳴をあげる彼ら。魔法なのか、全員の仮面が剥がれると、皆一様に顔が引きつっていた。


「なんじゃ。お主らバルツ教団じゃろう。わしを勝手に称える迷惑な集団。せっかく出てきてやったのじゃ⋯⋯もう少し喜ばんのか?」


 ごうっと音がするように、マオくんから瘴気が出てきて渦を巻く。黒いモヤがかかる中で、マオくんの赤い目だけがやけに光って見えた。


「なっ⋯⋯まさか⋯⋯マーデュオシュバルツ様⋯⋯?」


 一人がそう言うと、マオくんはニヤリと笑った。


「そういえば、お主らの願いはわしに人間を滅ぼして欲しいんじゃったな。――――面倒ではあるが⋯⋯お主らくらいだったら殺してやっても良いぞ」

「ひっ」


 視線を向けられた人の顔が青ざめる。彼は私を連れてきた男だ。


「⋯⋯人間、選ばせてやろう。火あぶりがいいか、氷漬けがいいか、生き埋めがいいか、四肢を切り落としてから死ぬのがいいか。それとも――――」


 渦を巻いた瘴気の一等濃い場所がまるで意思を持つように蠢き始める。やがて形作られたそれは、マオくんの隣に降り立った。獅子のような形の真っ黒な生き物は、鋭い牙を見せつけるように大きく咆哮を上げた。


「――――魔物に喰い殺されるのがいいかの?」












 口角を上げるマオくんに、バルツ教団の信者たちはパニックになって悲鳴をあげたり、気絶してしまった人もいた。


「こら、マオ。やり過ぎだ」


 コツンとセシルがマオくんの額を小突くと、マオくんは「む。こやつらがエリアナに危害を加えようとしていたと思うと、つい」と出てきた魔物を消した。


 マオくんの人外の力を見てもセシルは冷静なようで、やり過ぎないように制御する様はさすがだと感服した。


「やるならもっとじっくりと苦しませてからやらないと。一瞬で殺してしまってはダメだよ」


 あっ。待って、違う。冷静じゃないわ。

 冷静に見えるけれど、とてつもなく怒っているわ。「爪を一枚ずつ剥がすように死なない程度の苦しみを長く与えないと」と恐ろしい笑顔で指導しているわ。


「ふむ。⋯⋯わし、セシルに比べたらものすごい優しい魔王な気がしてきたぞ。⋯⋯魔王の座、譲るぞ?」

「いらない」

「魔王のわしが認めたんじゃ。これ以上の誉れはないぞ」

「不名誉だ。拒否する」


 やいやい言い合い始めた二人がまったくいつも通りで、なんだか安心する。


 二人にぎゅうっと抱きつくと、心配そうな視線をくれた。


「エリアナ?」

「大丈夫かの?」


 私は大丈夫だよの意味を込めて微笑みを返す。


「二人ともありがとう」


 助けてくれて。二人が来てくれなかったら、なんて考えるだけで恐ろしい。


 周りに人柱が五つ立っているけれど、穏やかな気持で二人の手を握ると、二人もまた手を握り返してくれた。


 ⋯⋯ん? 五つ?


 あれ? たしか、バルツ教団は六人で町に来たって言っていたわよね?


「司祭様がいない⋯⋯」


 右腕を持っていた司祭様がこの場にいない。


「ねぇ、町の近くに馬車がなかった? そこにバルツ教団の司祭様がいた? 捕まえた?」

「いや? 馬車はあったけれど、誰もいなかったよ。⋯⋯そういえば馬が一頭いなかったかな」


 さあっと血の気が引く。

 司祭様は一人で右腕を持って逃亡したのか。教団の人の話を信じるならば、アレをヴェグデルの元に持って行けば彼が復活してしまうのだ。


「ど、どうしよう⋯⋯」


 顔色をなくした私を心配してくれた二人に事情を話すと、二人はなんてことのないように頷いた。


「なんじゃ。そんなの気にするでないぞ」

「そうだよ。右腕があってもなくても彼らはヴェグデルを復活させようとするからね。むしろ右腕が渡ったことで王都への攻撃がなくなったんなら、それでよかったんだよ」

「でも、ヴェグデルが復活しちゃう⋯⋯」


 ヴェグデルは復活したらこの国の何処かを焼け野原にしてしまうのだ。そんな事になったら大変だと思わず涙目になると、セシルは優しく頭を撫でてくれた。


「大丈夫。ヴェグデルが復活しても、暴れる前に止めればいいんだよ」

「そんな事できるの⋯⋯?」

「うん。僕を信じて」


 セシルの優しい声でそう言われると、不安が溶けてするっと信じられるから不思議だ。

 何度も騙されているけれど、彼は私を不幸にする為に騙したことはない。大切にしてくれているのがわかるからこそ信じられるのだ。


「うん⋯⋯。セシルが言うなら信じるわ」

「ちょっとエリアナにも協力してもらうかもだけど、いい?」

「もちろん」

「それから、エリアナの仕返しも思いついちゃった。⋯⋯今夜実行してね」

「えっ? 仕返し? わかったわ」


 何故今思いついたのかは謎だが、セシルプロデュース、エリアナによるセシルへの仕返しをまた思いついたらしい。何故だろう、笑顔が黒い気がする。


「⋯⋯セシル魔王が本領発揮しておるぞ。エリアナ、危険じゃぞ。こっちゃ来い」

「え? 何? ⋯⋯きゃっ」


 手招きするマオくんに首を傾げつつ近づこうとすると、後ろからセシルに抱きしめられた。


「僕の元から離れるなんて許さないよ、エリアナ」

「〜〜〜っ」


 耳元で囁かれてゾクゾクと体が震える。セシルはそんな私を見て満足げに微笑んだ。


「可愛い。⋯⋯君を僕から奪おうとする奴はみんな消さないと。バルツ教団だって誰だって。⋯⋯マオはもちろん協力してくれるよね?」


 セシルの視線を受けて、ひくっと顔を引き攣らせたマオくんは、こくりと頷いたのだった。





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