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推しに没落させられたので仕返しする所存  作者: 佐野雪奈
第一章 没落令嬢は仕返ししたい
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8.どうにもならないこともある


 ――――前言撤回。


 ちょっと焦げた臭いが漂うダイニングテーブルの上には、パン屋で買ったロールパンと、野菜を煮込みすぎてクタクタになったスープ、野菜をちぎっただけのサラダ、焼きすぎて固くなった肉、そして、オムレツ――――否、玉子をぐちゃぐちゃにして焦がしたもの――――が並んでいる。


 料理って、案外難しいのね⋯⋯。


 前世含めて包丁を持つことが数える程しかなかった私に、料理は難題過ぎたようだ。


 スープはどれだけ煮込むかわからなくて、気づいたら野菜クタクタだったし、煮込み過ぎたのか調味料の入れ過ぎか、味が超濃い。肉も同様。

 玉子を焼くだけのオムレツならできるかと思いきや、上手く形にならなくて、スクランブルエッグに昇華させてみたけれど、ちょっと焦がして固くて味がない物体ができあがった。


 誰よ、料理も前世の知識と今世の魔法でなんとかなるなんて言ったヤツ。料理に関する前世の知識なんてほとんど無いし、魔法は野菜が綺麗に洗えたくらいだったわ。全然役に立ってないわ。


 ⋯⋯どうようかな、これ。


 一応テーブルに並べてみたものの、これをセシルに食べさせるのは気が引ける。大好きなセシルに「マズイ⋯⋯」とか言われたら泣く。ほんとに泣く。


 よし。今日も外食にして、料理は密かに練習してから食べてもらおう。

 おいしいって驚かせたいものね。


 そう決意していると、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま」

「おかえり、セシル」


 仕事から帰ってきたセシルを出迎えると、彼はふにゃりと笑顔になった。ゲームのセシルだとヒロインにしか向けないような蕩けた笑顔だ。きゅんっと私の胸が鳴る。私の推しは今日も尊い。


「家に帰ってきてエリアナがいるとかすごい幸せ。これ、夢じゃないよね」

「何変なこと言っているのよ」


 私もこの没落平民生活が夢だったらいいと思うけれど、残念ながら現実だ。


「それより、見て! 今日は私が掃除も洗濯もしたのよ! すごいでしょう!」


 じゃーん! と綺麗に掃除されたリビングと綺麗に畳んだ洗濯物を見せる。料理は失敗したので隠蔽するが、洗濯と掃除は完璧だ。セシルはさぞ驚くに違いない。


 ふふん、と胸を逸らすと、彼は驚くというより顔を青ざめさせた。


「エ、エリアナが掃除と洗濯⋯⋯?! 大丈夫? 怪我はない?!」

「へ? ないけど⋯⋯」


 なんでいきなり怪我の心配を?


「とりあえず、家が破壊された形跡はないようだけど⋯⋯」


 キョロキョロと部屋を見回すセシル。


 なんでいきなり家の破壊の心配を?


『驚かす』という目標は達成しているような気もするけれど、思っていた反応と違って、いまいちしてやったりという感じがないのだが。


「ええっと、セシル?」

「エリアナが無事でよかったよ。もう無茶したらダメだからね」


 優しい眼差しでポンと肩を叩かれた。


 むむむ。なんだろう、心配してくれているんだろうけど、これじゃない感。


「でも少し焦げたような臭いがするね。⋯⋯どこか燃えたのかな」


 臭いの元を探すようにダイニングキッチンに入るセシル。


 ⋯⋯あっ、しまった。まだテーブルに料理並べたままだったわ!


「ちょっ、セシル待って!」


 慌てて追いかけたけれど、手遅れだった。セシルはテーブルに並べられた料理を見て唖然としている。


 見られたっ!


「⋯⋯これ、エリアナが作ったの?」

「あわわ⋯⋯み、見ないでっ、失敗しちゃったの!」


 そんな真ん丸な目で私の料理を見ないで!

 今まで貴族の料理ばかり食べてきたセシルから見たら質素な失敗作なのはわかってるから!


 うぅ⋯⋯。ちゃんと上手く作れるようになってからお披露目する予定だったのに。


「食べていい?」

「ダメ。⋯⋯ああっ!」


 こんなものセシルに食べさせたくはない。そう思って言ったのに、彼はスクランブルエッグを口に入れた。


 たまに「ジャリッ」とかいうスクランブルエッグにあるまじき咀嚼音が聞こえる。焦げた部分が混じっていたか、玉子の殻が入っていたのかもしれない。


「⋯⋯おいしいよ」

「⋯⋯嘘。私も味見したもの。おいしくなかったわよ、それ」


 ちょっと焦げてて、固くて、味がない。

 どう頑張ってもおいしいと言えるものではなかった。

 セシルが優しいのは知っているけれど、そこまで気を使わなくてもいい。


「ちょっと焦がして味付け忘れたんでしょう。⋯⋯でも、エリアナが作ってくれたってだけで何よりもおいしい」

「――――っ」


 セシルはふにゃりと本当に嬉しそうに笑った。きゅうーっと胸が締めつけられる。


 私が戸惑っている間に、セシルは椅子に座って次々と料理を食べはじめた。あまりにおいしそうに食べるので、本当はこの料理はおいしいんじゃないかと思って私も食べてみたけれど、やっぱりおいしくはなかった。


「おいしかった、ごちそうさま。⋯⋯驚いた、エリアナって掃除や洗濯、料理も得意だったんだね。知らなかった」

「いや、料理は得意ではないけれど⋯⋯」


 驚いたと言ってくれるのは嬉しいが、あの料理で得意とは言えない。


「そんなことないよ。僕、エリアナは調理されていない野菜の存在も知らないと思ってたもの。切ったり煮たりできるなんて、すごいね」

「ちょっと待って、私の評価低くない?!」


 なるほど。私の調理スキル評価が低すぎた為においしくはないが食べられる食事を作ったからセシルは驚いたのね! おいしくないものもおいしく感じたのね!


 未調理の野菜の存在を知らないって、そこまで世間知らずじゃないわよ。

 これ、洗濯や掃除に関しても同様な気がしてきたわ。だから、さっきは心配されたのね。


「むむむ⋯⋯。私、もっとおいしい料理作ってセシルを驚かせてやるんだから!」


 驚いてはくれたが料理は失敗しちゃったし、なんだか複雑だった。

 いつか心の底から「おいしい」って言わせてやるんだからね!


「また作ってくれるの! ありがとう、楽しみにしてるね」


 セシルは嬉しそうに顔を綻ばせた。




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