24.魔物の強襲
ヨルムさんのプロポーズに拍手喝采が贈られた。
「ダリア、おめでとう!」
よかった。いろいろとあったけれど、ヨルムさんも騎士になれるし、ダリアの両親にも認めてもらえるだろう。これで二人はこの町でずっと一緒に暮らせるのね。
「⋯⋯なんでエリアナが泣いてるの」
「だってー⋯⋯」
ぽろぽろと零れ落ちる涙をセシルがハンカチで拭ってくれる。だって、すごく嬉しいんだもの。お祝いの魔除けのベルが鳴る中で幸せそうに笑い合う二人は、世界中の幸せを詰め込んだようだ。ダリアの一途な想いが叶ったのだ。こんなに嬉しいことはない。
「のう、エリアナ。この音はなんじゃ?」
マオくんの眉間に皺が寄っている。
「魔除けのベルよ。⋯⋯もしかして、マオくんには不快な音なの?」
マオくんは魔族だから、魔物が苦手な魔除けのベルの音はマオくんにも不快なのかもしれない。
「いや、魔除けのベルは確かに不快じゃが、この音は違うぞ。何か、身体の不愉快な部分を探られているような⋯⋯」
「⋯⋯?」
ドォン!!!
どういう事かと思っていると、大きな音と共に真っ黒な魔物が上から降ってきた。
「ケルベロスっ?!」
マオくんの驚きの声は、耳を劈くような魔物の咆哮にかき消された。
「なんでこんな町中にそんな魔物が?!」
ケルベロスは三つの頭がある犬の形の大型の魔物だ。大きさも私の身長はゆうに超えている。興奮しているのか、鋭い牙と爪が広場を破壊していく。
「エリアナとマオは逃げて!」
「待って、セシル!」
私を背に庇おうとするセシルを引き止める。いくらセシルが学院でトップの成績でもケルベロス相手に一人で立ち向かうのは無謀すぎる。
「私も行くから!」
「ダメに決まってるで――――⋯⋯!」
遠くから、まだ遠くだけど、地響きのような音が聞こえてくる。
「⋯⋯エリアナ、セシル。これ、ヤバいぞ」
端的にマオくんが言うけれど、私もセシルも同じことを思っているのだろう。
「⋯⋯多くの魔物がこの町に向かって来ておるぞ」
「――――っ!」
セシルが闇魔法の盾を展開させた。
空にうっすら黒色がかかったので、たぶん町全体を包み込んだのだろう。これで、盾が展開されている間は魔物は入って来られないはずだ。
「長くは持たないよ!」
「充分じゃ。わしが魔物らを牽制してこよう」
シュッとマオくんは消えるようにいなくなった。魔王のマオくんが行ってくれるのなら心強い。
「エリアナ、ごめん。ケルベロスの動きを止められる? この騒ぎだ、騎士もすぐに来るだろうから、それまで持たせて」
セシルはこの町全体を覆う盾を作ってる。それを維持するだけで精一杯なのだろう。こんな状況だけど、セシルが私を頼ってくれたのが嬉しかった。
「やってみ――――」
「⋯⋯ヨルム!!」
ダリアの悲痛な声が聞こえた。見ると、真っ先にケルベロスと戦ってくれていたヨルムさんが血だらけになって、ダリアに覆いかぶさっていた。
「――――っ!」
急いでケルベロスとダリアたちの間に土の壁を作った。ケルベロスの目線がこちらに向いたので、恐怖で足が竦まないようにぐっと唇を噛み締めた。
「エリアナ、あまり近づかないで。ここから攻撃して」
セシルに腰を引き寄せられた。ケルベロスは魔法を使ったり火を吹いたりとかはしない。爪と牙で攻撃してくる魔物なので、遠距離から戦った方が有利だ。ただ、脚力もすごいので距離を詰められないように注意が必要だけど。
「わかったわ」
私はなるべくケルベロスの動きを止めるように魔法で攻撃する。私の魔法は威力はそこまで強くないので、直接攻撃じゃなくて、周りに降り注がせることで足止めする。
このまま攻撃していれば、騎士たちが来るまで持ちこたえられるかもしれない。そう思った時――――リンリンとベルの音がした。
「グルルルルルル⋯⋯」
その音を聞いたとたん、消耗してきていたケルベロスの表情が変わった。ひどく唸ったと思ったら、私の魔法も跳ね除けて音のした方へ駆け出した。
「あっ!」
⋯⋯ダリア!
ケルベロスの向かう先にはダリアとヨルムさんがいて、ケルベロスに気づいたヨルムさんがダリアの上に被さった。
「――――っ!」
ガガガガガガ、ゴォン!!!
「⋯⋯はっ、はあ⋯⋯よかった」
私のできる限界の大きな風を起こして、ケルベロスを吹き飛ばした。少しでも遅れていたら二人にケルベロスの牙が届いていた。心臓がドクドクと早鐘を打つ。
⋯⋯ケルベロスの体勢が不安定だったから、上手く飛ばされてくれた。
「⋯⋯気絶、したかな」
ケルベロスが吹っ飛んだ勢いでいくつかの建物を破壊してしまった。気絶したのか、ケルベロスは動く気配はない。
「ダリア、ヨルムさん、大丈、夫⋯⋯!!」
その場から動かない二人の様子を見て、驚いた。
ヨルムさんの出血がひどい。特に腹部からは血溜まりができるほどに多量の血を流している。
「ヨルム、ヨルム、目を開けて⋯⋯!」
ダリアが必死にヨルムさんを呼ぶが、ヨルムさんはぐったりとしたまま目を開けない。
このまま放置すれば、出血多量で死んでしまう。
「セシル。魔法、使うからね」
「わかってる。好きにやって」
一応セシルの許可を取った。
カーナイド領では、私は火と風の魔法しか使えないことになっている。ケルベロスと対峙した時にはいろいろと使ったけれど、遠距離だったし誤魔化す手段はいくらでもあっただろう。
でも、今から使う魔法は誤魔化せない。
私が元貴族だということが露呈する。
でも、そんなことよりもヨルムさんの命の方が大切に決まっている。
「ダリア、ちょっといい?」
ヨルムさんを抱えて泣き続けるダリアに少し離れてもらって、ヨルムさんの傷口に手をかざす。意識を傷口に集中すると、魔法を発動させる。
ポウ⋯⋯と柔らかな光が現れ、ヨルムさんの腹部の傷口を包み込む。
これは光魔法だ。
貴族の中でもごく一部の女性しか使えない特別な魔法。効果は、怪我の治療、体力回復。
「⋯⋯エリアナ?」
ダリアがぐしゃぐしゃの顔で私を不思議そうに見る。
⋯⋯元貴族だって知っても、ダリアは変わらず友達でいてくれるかな。離れて行ったりしないかな。
そんなことを考えながら治療を続ける。
やがて⋯⋯。
「う⋯⋯」
「ヨルム!」
だんだんと顔色が良くなっていったヨルムさんが意識を取り戻した。傷口は完全に塞がった。
「あ、れ⋯⋯。オレ、どうして⋯⋯?」
「ヨルムさん、大丈夫ですか? 他に怪我をしている所はありますか?」
私はヒロインのソフィア様みたいに光魔法が特化しているわけじゃないから、全身を一気に治すことはできない。一番酷かった腹部の傷は治したが、他は大丈夫だろうか。
「ほか⋯⋯? あれ、傷がない⋯⋯?!」
「エリアナが治してくれたんだよ!」
勢いよくヨルムさんに抱きついたダリア。ヨルムさんも「どわぁっ」と言いながらダリアを支えられているので、他は大丈夫そうだ。
ほっと息を吐いたところで、鎧を着込んだ人たちがやってきた。どうやら騎士団が到着したようだ。