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推しに没落させられたので仕返しする所存  作者: 佐野雪奈
第二章 悪役令嬢は飼い慣らしたい
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23.プロポーズ ダリア視点

血が流れますので苦手な方はご注意ください。


 ヨルムが連れてきてくれたのは町の中央広場だった。

 中央広場は市場などが展開されている真ん中、町民たちの憩いのスペースで、その一角には立て看板がある。領地のお知らせや求人情報なんかも掲示されているその看板には、少し人が集まっていた。


 看板の前に来たはいいけれど、ヨルムほど体力のないあたしがゼーゼーと息を整えていると、看板の脇にいたエリアナが小さく手を振った。よく見たら隣にセシルさんとマオくんもいる。


「ダリア、見てくれ! オレ、カーナイド領の騎士採用試験に受かったんだ!」

「え⋯⋯?」


 騎士採用試験?

 よく見ると目の前の看板には騎士採用試験の合格者発表が掲示されていて、いくつか名前がある中に『ヨルム』と名前があった。


「騎士⋯⋯」


 騎士はその領地や領主を守る仕事だ。もちろん傭兵のように魔物を倒したり、戦争があれば派遣されたりはするけれど、傭兵と比べると騎士はとても名誉な仕事だ。

 まず騎士のほとんどが貴族か貴族と縁続きの平民、教養のある裕福な平民ばかりだ。いくらカーナイド領が田舎とはいえ、普通の平民が簡単になれるものじゃない。

 雇い主が領主様になるので、捨て駒のような汚い仕事や移動もない。


「騎士採用試験って、平民からの合格率はすごく低いんじゃ⋯⋯」

「セシルやエリアナの嬢ちゃんが協力してくれてな、たくさん指導してくれたんだ。そのせいで最近ダリアと会えなくて、その⋯⋯悪かったな」


 エリアナが言っていた「きっともうすぐ話してくれるから、信じて待っていて」って、これのことだったんだ。ヨルムは騎士採用試験の為にエリアナと会っていたんだ。


「あたしにも、言ってくれればよかったのに⋯⋯」


 あたしにも協力させてくれればよかったのに。応援だけでもさせてくれればよかったのに。


「悪い⋯⋯。やっぱこう、男としては好きな女の前ではかっこつけたいっていうか⋯⋯。難易度高い試験だから、落ちたって落胆させたくなかったっていうか⋯⋯ごめんな」


 眉を下げて謝ってくれるヨルムに胸がきゅうっとする。


 ううん。違う、ヨルムに謝らせたいんじゃない。まず、言わなければならないことがあるでしょう?


「⋯⋯ヨルム」

「⋯⋯ダリア」


 あたしとヨルムの声が被った。小さく笑い合うと、「オレから言ってもいいか?」とヨルムが言うので頷く。


 ヨルムは強ばった顔で大きく息を吸うと、キッと睨みつけるようにあたしを見た。⋯⋯ただ、これは睨みつけてるんじゃなくて、極度に緊張しているヨルムの顔だとあたしは知っている。


「ダリア! オレはカーナイド領の騎士なる。依頼を受けてを転々とする傭兵は辞めてこの町に住む! だから、オレと⋯⋯結婚してくれ!」


 ふー。とヨルムが息を吐く。あたしは涙が滲んできてヨルムの顔はよく見えなかったけれど。きっと、言い切ったという達成感と、返事を待つ不安げな気持ちが合わさったような顔をしているのだろう。


 幸せってこういう気持ちのことを言うのだろうか。ずっと一緒にいたいと思っていた人は、あたしが親から交際を反対されているのを知っていて、認めてもらえるように騎士になってくれたんだ。

 あたしも――――この人の為に精一杯尽くしたい。


「ヨルム⋯⋯試験合格おめでとう。あたしもヨルムとずっと一緒にいたいの。あたしでよければ、喜んで」

「もちろんだ!」


 わあっと広場から歓声が上がった。

 かなりの大声でのプロポーズだったので広場中に聞こえているんじゃないかと思っていたけれど、案の定、多くの人がこちらを向いて拍手や「おめでとう」と声をかけてくれていた。


 お祝い事で鳴らす魔除けのベルが鳴らされる。ふとエリアナを見たら涙を零していて、セシルさんがハンカチを差し出していた。


 もう、なんでエリアナがそんなボロボロ泣いてるのよ。本当に、優しい子。


「すげー嬉しい。ダリア、大好きだ!」

「あ、あたしも、ヨルムが大好き」


 嬉しそうなヨルムに力いっぱい抱きしめられて、みんなが見てるから恥ずかしいとか、苦しいからもう少し力を抜いてとか思ったけれど、幸せだって思う方が上だった。


 あたしもヨルムの背中に腕を回す為に見上げると、黒いものが視界に入った。


「⋯⋯ん? あれ、何かな?」

「⋯⋯何がだ?」


 ヨルムの肩越しに見える太陽に黒い影がかかっている。


 その影はだんだんと大きくなって――――


 

 ドォン!!!



 大きな音がして、広場の石畳が割れた。


「なっ?!」

「なに、あれ⋯⋯」


 割れた石畳の中心で大きく真っ黒な生き物が現れて、耳を劈くような雄叫びを上げた。


「――――!!」


 その生き物はあたしの身長よりも遥かに大きな獣の体格に、凶悪な顔の犬の頭が三つ付いていた。

 三つの顔のどれもが血走った目をしていて、戸惑う人たちを睨みつけた。


「ケルベロスっ?!」


 ヨルムがケルベロスと呼んだそれは、あたしも聞いたことがあるくらい有名な魔物だ。

 地獄の門番だとか、三つの頭で視界を確保し誰一人として人間を逃さないのだとか。


 素早く剣を抜いたヨルムは、ケルベロスに向けて叫んだ。自分に注意を向ける為だろう。


 ⋯⋯待って、ダメだよ。そんなのに向かって行かないで。


 ケルベロスの咆哮だけで鼓膜が破れそうだった。幸せな気持ちが一瞬で恐怖に塗り替えられた。鋭い爪が一歩歩く毎に広場の石畳を破壊する。


 ⋯⋯こんなの勝てないよ。


「ダリア!」


 呆然としていたあたしは、ヨルムの悲痛な声で我に返った。――――目の前に大きく振り上げられた爪があった。


 ザシュッ


「――――⋯⋯ぐっ」


 ゴロゴロと広場の石畳の上を転がった。割れた石畳を転がったので痛かったけれど、ヨルムが庇ってくれて一緒に転がったので、かすり傷程度だろう。


「ご、ごめん、ヨルム。ぼーっとしてた。早く逃げよう! ⋯⋯ヨルム?」


 上からどいてくれないヨルムの身体に触れると、ペトリと生温かいものが手に付いた。


「ひっ⋯⋯ヨルム!!」


 手に付いた生温かいものは、真っ赤な血だった。

 腹部を押さえるヨルムはひどく辛そうに顔を顰めている。呼吸が荒くなってきている。


 ⋯⋯あたしを庇った時にケルベロスの爪が触れたんだ。真っ赤な血がどんどん流れてくる。


 どうしよう⋯⋯このまま血が流れると大変なことに⋯⋯。


 傷口を止血しようと押さえるけれど、血はどんどん溢れてきて止まらない。ヨルムの顔色が悪くなっていく。


 なんで、押さえても押さえても流れてくるの⋯⋯? あたしの手を赤く染めるの⋯⋯? お願いだから、戻ってよ⋯⋯。


 今さっき、結婚してくれるって言ったでしょう?

 これからあたしと一緒に生きてくれるんでしょう?

 その為に、騎士になってくれたんだよね?


 ねぇ⋯⋯死んだりしないよね⋯⋯?


 ⋯⋯ヨルム⋯⋯。



「ダ⋯⋯リア」

「今は喋らなくていいから!」


 ケルベロスはまだ暴れてる。逃げ惑う人々はあたしたちのことなんて気にかけてくれない。


 幸いなことに、誰かの魔法攻撃だろうか、次々と魔法が降り注いでいてケルベロスはその場に足踏みしているみたいだった。


 今のうちにヨルムを安全な所に連れていかないと。


 ずずっとヨルムを引っ張ると、隣で腰を抜かしていたおじさんが恐怖に引きつった顔で魔除けのベルを鳴らした。


「ま、魔物め⋯⋯どこかへ行ってくれ!!」


 リンリンとベルの音が響き渡る。


 ⋯⋯そっか、魔除けのベルだったらケルベロスも多少なりとも嫌がってくれるのかな。この場からいなくなってくれるのかな。ケルベロスがいなくなってくれたら、ヨルムの治療も間に合うかな。


 でも、魔除けのベルって――――――――こんな音だったかな?


「グルルルルルル⋯⋯」


 ベルの音を聞いたケルベロスは、こちらに血走った目を向けた。


「ひっ、うわぁっ!」


 ベルを鳴らしたおじさんは転けそうになりながらも逃げていく。


 ――――待って、こんなあたしたちを置いていかないで。


 こちらに狙いを定めたケルベロスが大きく牙を剥いて向かってくる。


「――――っ」

「ヨルム! 動いたら⋯⋯」


 傷が更に開いてしまう。でもヨルムはそんなことはお構い無しに、あたしを庇うように――――守るように抱きすくめた。



「ダリア、愛してる⋯⋯」



 初めての「愛してる」の言葉と共に見たのは、ケルベロスの牙と大きく開いた口だった。





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