むかしの話9 セシル視点
王立魔法学院での昼食は、食堂で食事をとるか、お弁当を持参するか、購買にて昼食を買うという三パターンに分かれる。
高位貴族は食堂で豪華な料理を食べることが多いし、僕のような下位貴族は比較的安価な購買を利用する場合が多い。
これは、僕が購買を利用していることを知ったエリアナが言った言葉だ。
「私、――――購買の覇者になるわ」
「⋯⋯。⋯⋯なんて?」
当然だが、エリアナは毎日食堂で給仕付きの食事をしている。彼女はもっと気楽に食事をしたいと言うが、そんな事したら侍従の仕事がなくなってしまうし、立場上難しいだろう。
「ランドルフ様とヒロインの出会いイベントが購買で起きるのよ。なのでそこを潰そうと思うの」
エリアナが言うには、攻略対象であるランドルフ・マッカーチとヒロインが出会うのが購買らしい。
購買はかなり混雑しているので、人気のパン等は取り合いになったりすることもあるのだが、そこでランドルフとヒロインが同じパンを掴んでしまうのが出会いイベントなのだとか。
「その運命のパンがミックスサンドなのだけれど、そのミックスサンドを私が獲得すれば出会いイベントは起きないでしょう? だから、ミックスサンドを確実に獲得できるようにしようと思うのよ」
ランドルフの出会いイベントを起こさせない為に、購買競走に勝ち抜く為の練習を今から始めたいのだという。
「でも私の昼食は食堂の料理って決まっているでしょう? だから、セシルの食べたいパンを私が買ってくるわ」
エリアナはお金が有り余っている公爵家の娘のはずだが、もったいない精神が強い。買ったら食べないといけないと思っているので、僕の昼食で練習がしたいのだという。
「⋯⋯いや、それ僕がエリアナを使いパシリにしてるみたいじゃない?」
公爵令嬢にパンを買いに行かせる男爵令息ってかなりまずい気がするのだが、エリアナはなんでもないことのように笑う。
「私が今まで (前世で) どれだけセシルに貢いできたと思っているのよ。パンを買ってくるくらいどうってことないわ!」
「ちょっとボリューム落としてくれる?」
まるで僕がエリアナに尽くさせてるみたいな言い方はやめてくれるかな?
僕は一応、好きな女の子には尽くすタイプだからね。どろどろに甘やかしたいタイプだからね。
いつかどろどろに甘やかしてあげるから、覚悟しててよね。
「そう言うわけで、私は明日から購買の覇者を目指すのよ!」
「――――⋯⋯頑張ってね」
僕は言いたいことを二、三個呑み込んだ。
◇◇◇
結末を言ってしまうと、エリアナの『購買の覇者になる計画』は一日で達成した。
まぁ当然なのだが、この学院で二番目の地位を持つ公爵家の彼女が購買に近づくだけで、主に購買を利用する子爵家、男爵家子息令嬢は道を譲った。
競走に参加することなく不戦勝である。
僕としては『だろうな』という結末なのだが、エリアナには不満だったようだ。
「いい? 私は身分を振りかざして購買競走に参加しようとしているわけじゃないの。購買はあなた方の領域なのだからそこで遠慮する必要なんてないわ。むしろ私の狙いのパンを奪いに来るくらいの勢いで来なさいよ。私は購買で身分を振りかざしたりしないわ」
彼女は道を譲る貴族たちにこんこんと説教をした。自分は正々堂々と戦って、その上で勝利を収めたいのだと。
「さすがはエリアナ嬢! では、自分は正々堂々貴女を負かします!」
そんな彼女に真っ先に同意し、道を譲らなくなったのが件のランドルフだった。
ランドルフがエリアナと競うことで、他の人たちも徐々にエリアナに譲らなくなった。
「取ったわ、セシル!」
「お疲れさま、ありがとう」
投げた棒を取ってきた犬のように、褒めて欲しいオーラを纏ってパンを渡してくるエリアナ。元気よく振られている尻尾が見える気がする。
だんだんと白熱しつつある購買競走だが、エリアナは目的のパンを買えるようになっている。おそらく、身体強化も使っているのだろう。スピードがとんでもなく早い。
「でもこれ⋯⋯ミックスサンドだよ?」
僕が頼んだのはカツサンドだったはずだが、買えなかったのだろうか。
「最近カツサンドばかりじゃない。一途な所は素敵だけれど、食べ物はちゃんと均等に栄養を摂取しないとダメよ」
どうやら僕の栄養の偏りを考慮してくれたらしい。君は僕のお母さんかな? と思うけれど、そんな風に世話をやいてくれる所も彼女の好きな所だ。
「ありがとう。じゃあ、今日はミックスサンドを頂くよ」
「ええ! ⋯⋯ミックスサンドを食べるセシルも尊いわね!」
満足げな笑顔のエリアナがうっとりと頬杖をつく。可愛いな。
「君は本当に僕のことが好きだね」
「当然よ! 私はセシルの全てが好きなんだから!」
「はいはい」
『全てが好き』なんて言ってくれるけれど、僕の胸に渦巻く気持ちを知ったら君は引いちゃわないかな?
『愛』とか言うと美しい色の感情のように聞こえるけれど、この『愛』は美しくなんてない。赤黒いどろどろとした色をした感情だ。
エリアナを僕のものにしたくて、独り占めしたくて、誰にも見せたくなくて。
君を強引に組み敷いてしまいたい衝動にかられたことは何度もある。
既成事実を作ってしまえば、そうすれば君は僕から離れられなくなるんじゃないかと、『婚約者』なんて冠を持っているやつに奪われずに済むんじゃないかと、何度も考える。
仄暗いこの感情も確かに『愛』と呼ばれるんだと思う。
⋯⋯実行はしないよ。僕は体だけじゃなくて、心も全て欲しいんだから。エリアナの可愛い笑顔が好きなんだから。時期が来るまで我慢する。
だから少しだけ、君の隣に立つ権利を持つ婚約者殿に意趣返ししてもいいと思うんだよね。
例えば⋯⋯婚約者殿の目の前で、君に僕を好きだと言わせる、とかね。
視界の端に笑顔の彼女を驚愕の目で見るフィリップ殿下の姿があったけれど、僕は気づかないフリをして視線をエリアナに戻した。




