15.衝撃の事実発覚
考えてみたのだが。
昨日酔っ払っていたのは、どう考えても私ではなかったか。セシルはいつも通りの余裕で、私はふわふわする気分でセシルに甘えまくった気がする。好きーとか言った気がする。
⋯⋯。
⋯⋯恥ずかしい!
あれー? 私シイタケとヨッパライダケ間違えてお皿に乗せたかな?
間違えて私のお皿にヨッパライダケ乗せたかな? おかしいなぁ⋯⋯。
まあ、やってしまったことはしょうがない。次は間違えないようにするわ。
◇◇◇
「母ちゃん、ただいまー」
間延びした声に三つの声が返事をした。
「ああ、おかえりヘンリック」
「ヘンリック様、おかえりなさい」
「邪魔しておるぞ」
ヘンリック様の実家の魔導具屋さんにて紅茶をご馳走になっている私とマオくん。お茶請けに出ているおばちゃん特製クッキーがおいしい。
「⋯⋯帰ってください!」
「こらっ! うちの常連客に滅多なこと言うんじゃないよ!」
「だって、母ちゃん⋯⋯」
「だっても何もないよ! ⋯⋯まったく。ごめんねぇエリアナちゃん、マオくん。あの子素直じゃないだけだから、気にしないでおくれ」
「はい、知ってます」
「気にしておらんぞ」
カラカラ笑うおばちゃんに、腰をあげる気のない私とマオくん。ヘンリック様は「ああ、もう!」と頭を抱えた。
「あ、ヘンリック様、紹介しますね。訳あってうちで居候しているマオくんです」
「うむ、よろしくの」
「⋯⋯はい」
マオくんとヘンリック様は初対面だったと思い紹介したのだが、ヘンリック様は何故か遠い目をした。⋯⋯疲れてるのかな?
「⋯⋯で、なんですか。俺に何か用事でもあるんですか?」
他のお客さんが来たのでおばちゃんは対応に行った。
ヘンリック様がお茶請けのクッキーを食べる姿はちょっぴり嬉しそうで、彼にとっては母の味なのかもしれない。
「用事って程でもないんですけど、この前こんな魔導具を拾ったので、ヘンリック様は興味あるかと思いまして」
取り出したのは、魔王殿で拾った魔導具だ。
腕輪のような魔導具で、いくつか魔石が嵌っている。マオくんが言うには、魔法耐性の効果がある魔導具らしい。
マオくんは、復活してから封印されるまでの暇な期間はベッドの改良や魔導具作りをして暇つぶしをしていたらしい。
作った魔導具は魔王殿の中に適当に放置していて、たいていは封印しに来る勇者と聖女が持ち帰るのだとか。
今ヘンリック様に渡した腕輪もその一つで、マオくん自身もいつ作ったのか覚えていないものらしい。それを魔導具収集が趣味のヘンリック様の手土産にしてみた。
「これは⋯⋯『守護の腕輪』ですか?!」
「え? そんな大層な物じゃないです」
守護の腕輪とは国宝級のアイテムで、世界に数個しかないと言われているお宝だ。それを身につければあらゆる攻撃から身を守れるのだとか。
「⋯⋯確かに守護の腕輪と言える程強くはないみたいですが⋯⋯。でもこれだけ様々な魔石が反発し合わず上手く作用しているなんて、三十年前のカードンの指輪以来の奇跡ではないでしょうか。火属性と水属性の統合が美しいですね。デザインが微妙なこととかなり古い物なのが残念ですが⋯⋯あぁでもこの古さもまた味があると言うか、これはこれで⋯⋯」
うっとりとしながらやたらと早口で語るヘンリック様。その言葉は私の左耳から右耳へすぅっと抜けていったが、とても喜んでくれたことだけは伝わった。
ヘンリック様にお願いしたいことがあった故の手土産だったが、反応は上々なようだ。
「頂けると言うのならば頂きましょう。⋯⋯で、本題はなんですか?」
「ヘンリック様は人の心が読めるんですか?」
まだ何も言っていないのに本題を聞いてくれるなんて。
そういえば、セシルも私が何も言っていないのに思っていることを当てられる時がある。私の周りはエスパーが多いのね。
「⋯⋯まぁ、誰かさん限定で」
「すごいですね! ⋯⋯それでは本題なのですが⋯⋯町でのメリッサ様の噂⋯⋯ご存知ですか?」
「噂? 横暴な貴族ってやつですか?」
「それです!」
メリッサ様⋯⋯と言うかマッカーチ伯爵家はカーナイド領での評判がすこぶる悪い。
それは昔に横暴な行いをしたから仕方がないのだとメリッサ様は言っていたけれど、昔と今は違うのだ。
ヘンリック様大好きなメリッサ様が、ヘンリック様の領地で嫌われているのは精神的に堪えるのではないかと心配なのだ。
「メリッサ様は気弱で泣き虫で優しい人なんです。ちょっと変な行動をする時もあるけれど、意図的に人を傷付けたりなんて絶対にしません。私はその偏見を無くしたいです」
ヘンリック様は「そういえばエリアナさんはメリッサ嬢と仲が良かったですね」と言った後に、顎に手を当てて思考してくれた。
「うーん、まぁ俺も彼女がこの町で言われている程非道な人ではないのは知っていますが⋯⋯あんまりいい印象がないんですよね⋯⋯」
「えっ」
聞けば、私が男性への甘え方を聞いた時にヘンリック様が話してくれたスキンシップが多かったり、頼み事をされた人がメリッサ様だそうだ。
⋯⋯ああ、あの行動をしていたのはヒロインじゃなくてメリッサ様だったのね。
⋯⋯ん? もしかして、メリッサ様はヒロインと同じ行動をしてヘンリック様を攻略しようとした?
でも私がヘンリック様を貶めなかったから、ヘンリック様には身分に対する劣等感や他の貴族との確執がなくて、ゲームの攻略方法は不快に感じたのよね?
⋯⋯もしかして、私のせい?
私のせいでメリッサ様がヘンリック様の攻略に失敗した?
「あわわわわわわ⋯⋯」
「えっ、何ですか?!」
え? あれ? どうしよう?
今からでも間に合うかな?
貶めるって、どうすればいいの?
『この、平民が』とか言えばいいの?
でも現時点で私が平民だから、ただのブーメランじゃない? 意味なくない?
「えーっと⋯⋯ヘンリック様って、平民の私たちとも仲良くしてくれて⋯⋯素敵な領主になりそうですね!」
どう?
『平民と仲良くしているなんて、さすがは元平民。平民は平民同士仲良くしているのがお似合いよ』
的な嫌味を込めてみたわ!
私にブーメラン返って来ないようにちょぴりマイルドに!
「いきなりどうしたんですか。⋯⋯でも、ありがとうございます⋯⋯」
⋯⋯照れた!
絶対褒められたと思ったわよね?
嫌味が伝わらないわ!
衝撃の事実発覚。
――――私、悪役令嬢向いてないかもしれない。
「――――とにかく今説明した通り、メリッサ様はとてもいい人なので、町の人の偏見を無くしたいんです」
潔くヘンリック様を貶めるのは諦めて、メリッサ様のイメージアップキャンペーンを行った。
とにかくメリッサ様の魅力を語った私に言葉をくれたのは、意外にもマオくんだった。
「なら、まずは『貴族』という奴らの偏見を無くしてはどうじゃ? 人間は何かで括るのが好きじゃからのう。性別然り、肌の色然り。まずその『種族』の偏見を無くさんことには『個』なんて見てもらえぬぞ」
「ああ、確かにカーナイド領の民は貴族への偏見が酷いですからね」
ヘンリック様も貴族に対して偏見があったので、養子になったばかりの頃は、横暴な態度を取られたり蔑まれたりするんじゃないかと戦々恐々としていたそうだ。
「じゃあ、町の人たちが『貴族って、こんないい人もいたんだ』と思える人を連れてくればいいのね」
そうすれば少しずつでも偏見を減らして、今のメリッサ様を見てもらえるかもしれない。
誰かいい人はいただろうか。
攻略対象は基本的にいい人が多いから、私の弟のヴィクターとか⋯⋯ランドルフ様もいいかもしれない。さっぱりした性格が平民にも受けそうだ。
「なるほど⋯⋯それならあてがありますよ」
「本当ですかっ!」
私の要請でカーナイド領まで来てくれるかどうかがわからないと思っていたら、ヘンリック様はその人物にあてがあるらしい。
「今すぐには無理ですけど、そのうちには」
「おお⋯⋯光が見えてきましたね!」
「よかったの、エリアナ」
メリッサ様のイメージ改善に光が見えてよかった。顔を明るくした私にマオくんは朗らかに笑った。
◇◇◇
「大変、セシル! 私、悪役令嬢なのに悪役令嬢向いてないかもしれないのよ!」
「え? うん。知ってた」
「知ってた?!」
家に帰ってから今日知った衝撃の事実を話すと、セシルはなんてことのないように言った。
「エリアナが悪役令嬢に向いているわけないじゃん?」
「なんてことなの⋯⋯。悪役令嬢計画は順調だと思っていたのに⋯⋯」
「え、順調だったの?」
「順調だったわよ」
何を不思議そうに首を傾げているのか。
私の悪役令嬢計画は順調だった。
マオくんは順調に飼い慣らしているし。
今日なんて「お姉さん手から血が出ているぞ。大事な手だからのう、気をつけるといい」とおばちゃんの手にハンカチを巻いてあげていた。おばちゃんは「あ、ありがとねぇ」とすごく照れていた。
マオくんはもはや市場のおばちゃんのアイドルと化しているのだ。彼が紳士と呼ばれる日も近いだろう。
順調じゃなかったのはセシルへの仕返しだろうか。なんだかんだいつも私ばかり翻弄されてしまっていた。
セシルと両想いになる前、ヘンリック様が私から甘えるとセシルは驚くって言っていたから、今の私ならできるはずだと自分を鼓舞してセシルにもたれかかってみたことがある。
結果、数秒の沈黙の後にセシルにぎゅうっと抱きしめられて、たくさんキスされるという反撃をくらった。結局私が翻弄されてしまうのだ。
「マオくんは順調に飼い慣らしてるし⋯⋯セシルへの仕返しは失敗ばかりだけど、それでも順調にお家征服への道を歩んでいると思っていたのに⋯⋯」
まさか悪役令嬢の役目を与えられて、何もしなかったのに断罪までされた私が悪役令嬢向いてないなんて⋯⋯。
「私はこれからどうすれば⋯⋯!」
「⋯⋯そのままでいいんじゃないかな。今まで通り、君らしい悪役令嬢を目指せば」
「セシル⋯⋯」
なんて優しいの。私の力不足をそのまま受け入れて慰めてくれるなんて。
⋯⋯そうよね。人を貶めるのは苦手な悪役令嬢がいてもいいわよね。私の目標はお家征服なのだから、マオくんを順調に飼い慣らしている今、セシルへ仕返しをして翻弄すれば目標は達成よね。
「わかったわ。私は私らしい悪役令嬢を目指すわ!」
「⋯⋯頑張ってね」