6.仕返し開始
「ところで、仕返しって具体的には何するの?」
いくつか書類にサインをした後、やっとセシルが仕返しについて興味を示してくれた。
「よく聞いてくれたわね!」
と、張り切った声を上げたが、私も仕返しを決意しただけで具体的な方法はまだ考え中だ。
私は没落させられた事は怒っているが、彼にも何らかの理由はあったのだろう。
セシルがヒロインに惹かれていたのは間違いないだろうし、好きな人がフィリップ殿下を好きなことを知り、身を引いたとか。
ヒロインをフィリップ殿下と結ばせる為に、フィリップ殿下の婚約者である私を没落させたのだと思っている。
そんな事情があるのなら友人として相談して欲しかったとは思うが、彼も苦しかったのだろう。
だから、彼を不幸にするような仕返しはしない。
とりあえずは⋯⋯
「セシルを困らせたり驚かせたりするわ! その貼り付けた笑顔を剥がしてやるんだから!」
いつも余裕なセシルを私が手のひらの上でコロコロするの!
「エリアナには敵わないなぁ」と言わせてやるのよ!
見ていなさい! と指をさして宣言する。
「なるほど。それは楽しみだ」
セシルは余裕の笑顔でにっこりと笑った。
ふっ。余裕の顔ができるのは今だけよ。なにせ私は今既に仕返しの方法を思いついてしまったの。
「ふふ、今夜を楽しみにしているのね」
「あ、予告してくれるんだね」
そして夜。
この二階建ての一軒家は、一階にリビングにダイニングキッチン、お風呂や物置があり、二階に私の部屋とセシルの部屋がある。
公爵邸という大豪邸に住んでいた私には狭過ぎる気がするが、前世日本の感覚だと二人暮しとしては十分な広さだと思う。生粋のお嬢様でない私はすぐに慣れるだろう。
セシルに「おやすみ」と挨拶をして、自分の部屋に入ってからしばらく経つ。ドアの隙間から漏れ出る明かりが無くなった頃、そっと部屋を抜け出した。
向かうは当然セシルの部屋。
部屋のドアの前に来ると、持ってきていた白い大きなシーツを頭からすっぽりと被った。
おわかり頂けただろうか。
これは『幽霊のふりをしてセシルを驚かせよう作戦』である!
一応仕込みとして、夕食の時に「この辺は幽霊が出るらしい」と怪談話をいくつか話しておいた。
セシルは手で口元を押さえて俯いていたので、きっと恐怖を掻き立てられていたのだろう。
彼が完全に眠りにつく前に部屋から出てきてもらい、ドアの陰から飛び出して驚かすの。
ふふふ、なんて完璧な作戦なのかしら。セシルの驚いた顔が見れるに違いないわ。
さて、実行に移すとしよう。
セシルへの仕返しその一、開始!
コン、コン、コン。
恐怖の演出の為にゆっくりと控えめにドアをノックすると、音を立てないように開くドアの陰に隠れた。
しばらく息を殺して待つと、足音とドアの開く音が聞こえた。
今だ。ドアの陰から飛び出して――――
「うらめし⋯⋯きゃっ!」
――――この作戦の難点は、ただでさえも暗くて周りが見えにくいのに、シーツを被ると何も見えなくなるという点だ。
私はおそらくセシルがいるであろう場所に両手を上げて飛び出そうとして、被っているシーツの裾を踏んずけた。
転ぶ⋯⋯!!
前のめりになった私は、来る衝撃に備えて目を閉じたが、その衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
⋯⋯あれ?
「⋯⋯エリアナ、大丈夫?」
目を開けてもシーツのせいで暗くて何も見えなかったけれど、温かい腕が腰を支えてくれていた。
どうやら、セシルが転びそうな私を支えてくれたらしい。
「あ、ありがとう」
セシルは細めだと思っていたけれど、意外と逞しいのね。私の体を難なく支えて、立たせてくれた。
「⋯⋯はっ! どうして私だとわかったのよ!」
セシルは今「エリアナ、大丈夫?」と聞いた。完全に私だとわかっていたのだ。
私の顔はシーツで見えないはずなのに!
幽霊だと思わなかったの?!
「いや、この家、僕と君の二人暮しだからね?」
「そうじゃないわよー!」
ぶんぶんと手を振って抗議すると、被っているシーツがパタパタと揺れた。
「とにかく、そのままだと危ないから僕が部屋まで連れて行ってあげるよ」
セシルはそう言うと、シーツの上から私の両手を掴んだ。そのまま「はい、歩くよー」とゆっくり進み始める。
⋯⋯私、これ知ってる。よちよち歩きの子どもが歩く練習で親に支えてもらいながら歩くやつだわ。
セシルにとって私は小さい子どもなの?
別にバレたのならシーツ取ってくれてもよかったのよ?
そしたら連れて行ってもらわなくても部屋に戻れたわよ?
なんだかいろいろと不満に思いながらも部屋まで連れて行ってもらった。
「今日はもう遅いから、おやすみエリアナ」
未だにシーツを被ったままの私の肩にセシルが触れた。たぶん、両手を肩に置かれているのだろう。
その後頭にも何か触れた気がしたけれど、何だったのだろうか。
セシルは怪談とかホラー系は平気みたいね。
どうやら今日の仕返しは失敗したようだった。