6.バルツ教団 セシル視点
前話のセシル視点の話です。
カリカリとペンを走らせる音だけが聞こえる静かな空間に、来訪者を報せるノックの音が響いた。
「失礼いたします。セシル殿下」
「ヘンリック。⋯⋯学院は大丈夫なのか?」
ヘンリックはまだ魔法学院に在籍しているはずだが、しょっちゅう領地に帰ってくる。手伝ってくれるのはありがたいが、ちゃんと卒業してもらわないと僕がここにいる意味がないので心配になる。
「問題ありません。元々最終学年はそこまで授業は多くありませんので。⋯⋯セシル殿下は昨年数々の根回しに奔走されていたので忙しかったかもしれませんが、俺は結構時間が余っているのです」
「ならいいけれど」
確かに僕は、昨年はエリアナの言う『乙女ゲーム』の年だったので、陛下や両親たちに根回ししたり、フィリップ殿下にエリアナとの婚約を解消してもらう為に『ヒロイン』をフィリップ殿下に接触させたりしていた。その全てをエリアナに気づかれないようにしなければならなかったので、かなり忙しい日々だった。
⋯⋯まぁその甲斐あって僕は大好きなエリアナを手に入れられたので、結果には満足しているが。
「王都の方はどうだい? 何か変わったことは?」
これはヘンリックが来る度に聞くことにしている。カーナイド領は辺境だからかあまり王都の様子が耳に入って来ない。
ヘンリックは少し眉間に皺を寄せた。
「そうですね⋯⋯。ソフィア嬢がフィリップ殿下の婚約者となったわけですが、彼女がお妃教育を嫌がっているようで、王妃様や王室教師はお困りとの噂がありますね」
「そうなのか?」
フィリップはクロムス男爵令嬢を庇っているが、やる気の無い彼女に王室教師たちが痺れを切らしつつあるらしい。
「そのことでフィリップ殿下の王宮内での評価も下がっているようです」
「その奔放さに惹かれたのだろう」
あのご令嬢は貴族の型に囚われない。いい意味でも悪い意味でも。
だからこそ、今まで貴族の手本を求められてきたフィリップには新鮮で興味惹かれる相手だったのだろう。
⋯⋯僕はエリアナのように公の場で決めるべき所は決めて、私的な場では純粋で可愛らしい一面を持っている方が素敵だと思うけれど。
「それから、謹慎の解かれたフィリップ殿下がエリアナ様に直接謝罪をしたいとレクサルティ公爵家に赴いたそうです。⋯⋯追い返されたそうですが」
「そうだろうね。レクサルティ公爵は愛娘に冤罪を被せ公の場で婚約破棄を行ったフィリップを許さないだろう」
レクサルティ公爵家はなんだかんだエリアナを大切にしている。愛娘に汚名を被せた当人のフィリップには会わせたくすらないのだろう。
しかし「謝罪したい」という事は、フィリップはエリアナと婚約破棄したことを後悔しているのかな。まさかエリアナとよりを戻したいとか考えていないだろうね。絶対に許さないけどね。
「領地の方はどうですか? 魔王殿とかバルツ教団とか」
「魔王殿に関しては明日エリアナとマオと一緒に調べに行く予定だ。バルツ教団に関してはあまり進展がないな。彼らの目撃情報も今のところ入っていない」
バルツ教団はどこを根城にしているのかはまだ掴めていない。魔王殿付近の森の中を探しているが特に痕跡は無いし、町でもあまり噂を聞かない。ヤツらは黒装束に白の仮面をつけて活動していると聞く。少しでも見かけられたらすぐに噂になりそうなのだが。
彼らは魔王が封印されている場所を探して瘴気の濃くなっている場所を拠点にしているらしいので、近くにはいるはずなのだが。
現状報告を終え、少し執務を手伝ってもらおうと書類の束をかき分けていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「失礼いたします! 殿下、ご報告がございます」
「どうした?」
やって来た騎士の彼は余程慌てて来たのか息も絶え絶えだったので、とりあえず落ち着かせてから話を聞く。
「森の人目の付きにくい場所にて怪しい覆面を被った二人組を発見いたしました。何か穴を掘っているように見えましたが、バルツ教団かもしれません。どういたしましょうか」
覆面をつけて森で穴を掘っている?!
かなり怪しいな。バルツ教団の可能性が高い。穴を掘っているなんて、何かを隠そうとしているのか?
「よし、すぐに騎士を派遣して――――」
「男女二人組みのようなのですが、一人はこの辺の町娘には似合わないお嬢様のような言葉遣いの女と、もう一人は小柄な男で声は若いのですが、『わし』とか『じゃのう』とか妙な言葉遣いをするのです。かなり怪しいです」
「――――⋯⋯ん?」
お嬢様のような言葉遣いの女と、小柄で若いのに「わし」とか「じゃのう」とか言う男?
「すぐに騎士を向かわせ捕らえます」
「あっ、ちょっと待って!」
「え?」
引き留める僕に不思議そうな顔をする騎士の彼。僕は頭痛を覚えながらも顔は笑顔を作った。
「先に僕が行って確かめてくるよ」
「しかし⋯⋯」
「大丈夫。腕には自信があるから。ヤバそうなヤツだったら捕らえてくるから」
「⋯⋯殿下がそう仰るのでしたら」
僕は「大丈夫だから。ヘンリック、あとは頼んだ」と手を振ると、足早に領主の館を出た。
⋯⋯エリアナは今度はいったい何をやっているのかな?
◇◇◇
騎士の情報通り、森の一角に穴を掘る覆面の二人組みがいた。
それは覆面こそ被っているけれど、どう見てもエリアナとマオだった。
なんとなく明日の魔王殿へのピクニックの下準備で僕を落とす落とし穴でも掘っているんじゃないかと予想がついてしまった。
⋯⋯怪しい、怪し過ぎるよエリアナ。
どうしてそんな雑多な布を被るタイプの目と口だけ出ている覆面にしたのさ。もっと仮面舞踏会みたいなオシャレな仮面をチョイスしてもよかったんじゃないかな?
あと、なんで手作業で掘ってるのさ。エリアナは土魔法が使えたよね? 繊細な操作ができるんだから穴を掘るくらい楽勝だよね?
僕が心の中でツッコミを入れまくっていると、前傾姿勢が疲れたのか腰を反らしたマオが息を吐いた。
「ふわぁー、なかなか進まないのう」
「穴掘りがこんなに大変だったなんて知らなかったわ」
力が抜けたように地面に尻もちをついたエリアナはかなり疲れていそうだ。
⋯⋯いったいいつからやってたのさ。
「⋯⋯今思ったんじゃが、魔法使って掘れば早くなかったか?」
やっと気づいた! 魔法で大概のことは済ませる魔王なんだからもっと早く気づきなよ!
するとエリアナは光明を見出したような顔をした。
「マオくん、天才!」
「む? そうかの?」
わあっ! と盛り上がるエリアナとマオ。
⋯⋯どうしよう。阿呆が二人もいる。
やってることは面白いし、今のところ迷惑はかけていないけれど、バルツ教団がうろついているかもしれないと警戒しているこの領地でその行動は怪しすぎるよ。
とりあえず、落とし穴ができて喜んでいる二人の前に姿を現せば、エリアナは驚いて混乱して「エリアナチガウヨ」とか面白過ぎる嘘をつき始めた。
予想外過ぎてしばらく笑いが止まらなかったが、どうにかいつもの笑顔を作った。
「そっか、エリアナじゃないんだね。実はこの辺で怪しい覆面を被った二人組が穴を掘っているって通報が入ってね。エリアナなら庇おうと思って来たんだけど、エリアナじゃないなら騎士に連れて行ってもらおうかな」
「ごめんなさいっ! 私です!」
エリアナは覆面を取って頭を下げた。
⋯⋯知ってるよ。本当にエリアナは素直で可愛い。
「⋯⋯マオ? どこに行くの?」
そそくさと後ろに下がっていたマオにも声をかけた。小さな背中がびくりと跳ねる。
「いやぁ⋯⋯あれじゃ。わしはエリアナが大変そうじゃから手伝っただけでな、セシルを落とし穴に嵌めるの面白そうじゃなーとか、日頃のわしへの雑な扱いの恨みーとか思っておらんかったぞ、決して」
⋯⋯ふうん。そんなこと思ってたのか。
マオは思考回路がエリアナに似てきていないかな。
「まぁとりあえず、二人ともお説教だよ。おいで」
「そんな殺生な!」
その後、僕はエリアナとマオを連れ帰りお説教をくらわせた。
⋯⋯まったく。二人の阿呆の面倒を見ないといけないこっちの身にもなって欲しいよ。
でも、そんな予想外の行動ばかりしてくれる二人と一緒にいるのも楽しいんだよね。