5.こうして⋯⋯
フィリップ殿下による私とセシルの追放宣言に会場内のざわめきが収まらない中、殿下はソフィア様に手を差し伸べた。
「ソフィア。私は男爵家の身分でありながら勇気を出して真実を話してくれた君を誇りに思う」
「殿下⋯⋯」
「さぞ、怖かったことだろう。もう大丈夫だ。これからは私が君を守ろう」
「そんな、わたしでは殿下につり合いません⋯⋯」
「そんな事はない。⋯⋯ソフィア、卒業したら私の妻となってくれないか?」
「⋯⋯はいっ」
ひしっと抱き合うフィリップ殿下とソフィア様。
すごい! ゲームのスチルと同じ!
おお! と自分の立場を忘れて感動していると、フィリップ殿下の冷たい視線がこちらを向いた。
「⋯⋯何をしている。そこの平民共は早く出ていけ」
「――――っ」
私は今まで、フィリップ殿下の婚約者として、王子妃になる者として、教養を身に付けて社交も頑張ってきた。
いろんなパーティーにパートナーとして出席したし、私たちの間には愛はなくとも情はあったと思っていた。
それはこんなに簡単に崩れ去っていくものなのね。
「失礼いたしました、殿下。⋯⋯エリアナ、行くよ」
いつの間にか隣に来ていたセシルが私の手を取った。
まるでセシルにエスコートされるように、私は卒業パーティーの会場を後にした。
悪役令嬢エリアナは――――私は、没落してしまった。
その後、公爵邸に帰った私は、お父様とお母様、弟に挨拶だけすると、少ない荷物を持って家を出た。(何故か荷物が纏められていた)
セシルが「あてがあるから」と言って連れて来てくれたのが、この国の端っこに位置する小さな町だった。
ずっと放心状態だった私がやっと落ち着いて、セシルに仕返しを決意したのが今朝の出来事だ。
◇◇◇
「はい。わかったかしら? 私がセシルに仕返ししたい理由」
「んー?」と首を傾げるセシル。その姿も絵になる美青年っぷりはさすが私の推し。かっこいい。
しかし、今はそこに絆されてはいけない。
「私、貴方にヒロインとのイベントを話しておいたわよね。ちゃんとこなしたかしら?」
「もちろん、全部回避したよ」
「私がヒロインと接触した後、貴方は必ずヒロインに近づいたわよね。何をしていたの?」
「エリアナの正しい思いが伝わるように、フォローしていたんだよ」
「『エリアナも言っていたように君は醜く太っているのがお似合いだ』とか?」
「『勘違いするなよ、エリアナは君を友人だなんて思っていない、身分を弁えろ』とかね」
「私、貴方にノートを貸したわよね。アレどこにやったの?」
「ごめんね、ちょっとボロボロになっちゃったから、今度新しいノートをプレゼントするね!」
つまり、今までセシルはヒロインとのイベントを何一つこなさず、私が没落回避の為にヒロインと仲良くしようと近づけば、その後ヒロインに蔑む言葉を吹き込み続けた。あげくの果てにゲーム通りに脅迫文まで送り付けた。
そりゃあセシルを勧められるの嫌になるわよね!
選ぶわけないわよね!
「セシルの裏切り者!」
「酷いなぁ。僕はむしろエリアナと生涯を共にするつもりで一緒に没落したのに」
⋯⋯ダメだ。何を言っても反省してくれる気配すらない。馬の耳に念仏。暖簾に腕押し。むしろセシルは今までにないくらい上機嫌だ。
私の完璧な未来予想図がっ!
大団円の予定だったのに!
「もう! 絶対に仕返しして困らせてやるんだからっ」
「はいはい、わかったよ。仕返しでもなんでもしていいから、これにサインしてくれる?」
「その余裕もムカつくー!」
もー! 絶対絶対セシルのデフォルトを貼り付けたような笑顔から困り顔に変えてやる!
「ギャフン」って言わせてやるんだから!
「⋯⋯てか、なんかサインする書類多くない?」
昨日この家に着いてから、やたらといろんな書類にサインをさせられる。
「そりゃあね。家の借用書とか、土地管理書とか、婚姻届とか、領民登録証とか、引越しをしたら届け出ないといけない書類がたくさんあるからね」
「ああ、そうよね。いろいろと準備してくれてありがとう」
この家に住むのもそうだけれど、セシルは前々から準備を整えてくれていたようなのだ。家具も大方の物は揃っていて、少ない荷物でもすぐに住み始められたので助かった。
今もいろんな書類を準備してくれていて――――って、なんか今、変な書類が紛れてなかった?
「『婚姻届』って何?!」
「婚姻届は結婚する時に教会に提出する書類だよ? これを提出することで初めて婚姻が成立するんだ。知らなかった?」
いや、知ってるわよ! 私が聞きたいのはそれじゃない!
「なんでそれを私に書かせ――――あっ、これだ! 婚姻届!」
ちょうど今私がサインした書類が婚姻届だった。よく見たら『夫になる人』の欄にバッチリセシルの名前が書かれている。
私はその婚姻届をセシルに取られないように押さえ――――ようとしたが、私の手の下をスルっと婚姻届が抜けていった。私はただ、テーブルにバンッと手をついただけだった。
「ちょっ、セシルっ?!」
「サインしてくれてありがとう、エリアナ」
にっこり笑ったセシルは大切そうに婚姻届を鞄にしまう。
「これで名実ともに夫婦だね」
「何『名実ともに』って?! 私たちの間に『名』も『実』もないわよね?!」
私たちはただの幼馴染みだ。私にはついこの間まで別の婚約者がいたし、セシルとヒロインをくっつけようと奮闘していた私とセシルの間には、夫婦となる名声も実力もなにもないはずだが。
「実はね、ここに住み始めるにおいて設定があるんだ」
「設定?」
いきなり何を言い出すのかと聞いてみれば、元とはいえ貴族がいきなり田舎の町やって来ては町人たちも気を使うだろうし、私たちも町にとけ込みにくいだろう。
なので嘘の設定を私たちに付けて、町に馴染みやすくするそうだ。
「エリアナは王都の商家のお嬢様。でも身体が弱くて引きこもりがちだったから結構世間知らず。僕はその商家で働いていた従業員。身体の弱いエリアナの面倒をよく見ていて、必然的に僕とエリアナは愛し合ってしまったんだ。でも、エリアナのご両親は僕らの関係を許してくれず、僕らはここに駆け落ち同然でやって来た。これから二人は夫婦としてお互い支え合いながら生きていく予定だよ」
「⋯⋯。⋯⋯ん?」
世間知らずは私が平民の常識をわかっていないから付けてくれたんだろうけど、私とセシルが愛し合って? 駆け落ち? 夫婦として?
「まぁ、両親が認めてくれていないって所以外はほぼ事実に近いし、覚えやすいでしょう? 町に出たらこの設定でよろしくね」
「じじつにちかい?」
「夫婦の設定だから、婚姻届出しとかないと怪しまれるでしょう?」
「そうかしら⋯⋯?」
「それに、エリアナって素直だから、ちゃんと婚姻しておかないと外でだけ夫婦のふりなんてできないでしょう? だから、これは僕が提出しておくね」
「うん⋯⋯」
あれ? なんだろう、婚姻届出しとかないといけない気がしてきたわね。世間一般の没落令嬢は婚姻届出すものなのかな?
「⋯⋯僕と夫婦になるのは嫌?」
「ぐっ⋯⋯嫌、じゃない」
か、顔がいいっ!
長いまつ毛を伏せて上目がちに見つめないでっ! キュンっときて言うことなんでも聞いてしまいそうだわ。
「そうだよね! エリアナは僕のこと大好きだもんね」
「大好き」
こうして、私たちは夫婦になった。