27.猫も木から落ちる
「あ、エリアナちゃん、ちょっといいかい?」
「はい?」
ここ数ヶ月、私は町の人からよく声をかけられるようになった。
きっかけは私が喫茶店で雨に濡れたお客さんの服を乾かした日だ。どうやら、私は魔法でいろいろなことができると町の人に認知されたらしい。
風魔法で重い荷物を持ち上げて欲しいとか、掃除を手伝って欲しいとか、火魔法で自分の黒歴史の詩集を燃やし尽くして欲しいなんて依頼もあった。
私も誰かに頼られるのが嬉しくて、快く引き受けているうちに評判となり、たくさんの依頼が来はじめた。魔法の使い方を教えて欲しいという人も出てきた。
今、声をかけてきたのは町民のおばさん。市場で店を出していて、私もよく利用させてもらっている人だ。
「子猫がね、木に登ったはいいが下りられなくなっちゃったみたいでねぇ、人が近づくと威嚇するしで困ってんだわ。ちょっと手を貸してくれないかい?」
「いいですよ」
おばさんの案内について行くと、大きな木の上で黒い子猫がプルプルとか細い鳴き声を出しながら震えていた。
木の下では何人かの人が子猫が落ちてきても受け止められるように構えている。
あの枝も細くて頼りなさそうだから、早めに下ろした方が良さそう。
私は風魔法を使い、子猫を浮かせてゆっくりと地面に下ろした。子猫はびっくりした顔をしていたけれど、すぐにてててっと路地に消えていった。
元気そうでよかった。
「ああ、良かった。ありがとねぇエリアナちゃん。これ、お礼」
「ありがとうございます」
ジャガイモを紙袋いっぱいにくれたおばさんににこっと微笑む。今日の夕食はじゃがバターにしようかな。
夕食の食材が手に入りホクホクとしていると、おばさんが猫のいた木の上を見た。
「猫って、高い所平気そうな印象があったけれどそうじゃない子もいるんだねぇ」
下りてこいと言っても震えたまま動かなくて、困っていたそうた。
「下り方のわからない子とか、登ったはいいけど高すぎて下りられなくなったとかはあるらしいですよ。猫も高すぎる所は怖いですよね⋯⋯はっ!」
「えっ? 何だい?」
いい事思いついちゃった。
話の途中でニマニマしだす私におばさんが心配そうな顔をしていたけれど、今の私はそれどころではない。
ふふん。セシルへの仕返し、思いついちゃった。これは今日早速試さなくては。
頭の中で計画を立てていると、また町の人から声をかけられた。
「エリアナちゃん、ちょっとこっちお願いしたいんだけどー!」
「はーい! おばさん、じゃがいもありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうねぇ。エリアナちゃんがいろいろ手伝ってくれるおかげでほんとに助かってるよ」
「私も皆さんのお役に立てることが嬉しいので」
この町に来てから、私自身も誰かの役に立てるというのが嬉しくて、魔法を極めてよかったと思う毎日だ。
みんなお礼にといろんな物をくれるので、帰る時には荷物で両手がいっぱいになってしまうのだが。
◇◇◇
「セシル、今日は一緒に晩酌しましょうよ! 屋根の上で!」
「屋根の上?」
この国では十七歳、貴族ならば王立魔法学院を卒業すれば成人となる。未成年飲酒禁止法があるので、お酒は成人してから飲むのが基本だ。卒業式は途中退場だったが、一応魔法学院を卒業した私とセシルはお酒が解禁されている。
一度だけ、セシルと一緒に飲んだことがあるが、私もセシルも共にザルだった。セシルは何故かかなり残念そうな顔をしていたけれど、お酒を飲んだ時の少しふわふわする感じは心地よいものだった。
「今日ね、晴れてて月が綺麗なの。晩酌のお供にぴったりだと思うわ!」
しよ? しよ? と迫ると、セシルも相好を崩した。
「いいよ。エリアナからのお誘いなんて嬉しいな」
「ありがとうっ」
ふっふっふ。嵌ったなセシル。
今日の作戦は、名付けて『屋根の上でお酒を飲みつつ下を見下ろさせ、びっくりさせよう作戦』!
ちょっとの高さは平気でも、屋根の上程高いとさすがに少しは驚いてくれると思うのよね! まぁ、セシルが高い所怖いとか聞いたことないけど!
そんなわけで、お酒とツマミを持って屋根に登った私たちは月を見ながら晩酌中だ。
「男神の加護と」
「女神の祝福に」
この国での乾杯を交わすとお酒を口にする。今日は甘めの葡萄酒だ。口あたりが柔らかくておいしい。
「本当に、大きくて綺麗な月だね」
「そうでしょう。たまにはこうしてのんびり過ごすのもいいわよね」
この町は田舎町だから、二階建ての屋根に登ると他に視界を遮るものがなくて、夜空が一望できる。月と星が輝く美しい夜空だ。
「あ、あの大きな館が領主様の館よね」
丘の上にある、町の中では一番大きな館。まだ学院生のヘンリック様はちょこちょこ帰って来ているようだが、今日はいないのかな。
「ねぇ、こうして見てみると、町の様子もよく見えるのね」
作戦開始! そう思って立ち上がると、セシルに腕を掴まれ引き戻された。
「きゃっ」
「――――エリアナ。ウロウロすると危ないから、ここにいて」
なっ?! えっ、ちょっ⋯⋯?!
セシルに抱きしめられたっ! 目の前にセシルの胸板が?!
ドキドキドキドキと心臓が鳴る。呼吸をするとセシルの匂いが入ってきて胸が苦しくなる。
片手で私の肩を抱いて引き寄せるセシルはいつもと変わらない微笑みで、余裕たっぷりで。なんだか私ばかりドキドキさせられているようで悔しくなった。
「⋯⋯セシルには、苦手なものとか怖いものってないの?」
この感じだと高い所も平気そうだし、セシルに欠点が無さすぎて、私ばかり右往左往させられている気がする。
「⋯⋯あるよ」
「えっ、あるの? 何?」
セシルにも苦手なものや怖いものがっ?! なんだろう? 実は幽霊が怖いとか? 暗闇が苦手だとか?
ワクワクしながら返答を待っていると、鼻先をちょんっと押さえられた。
「人の苦手なものや怖いものをそんなに楽しそうな表情で聞くエリアナには教えられないな」
「えぇー! ちょっとでいいから!」
「ダーメ」
「ケチー」と文句を言ってみるが、セシルは「はいはい」と楽しそうに笑うだけだった。
「そうだね、あえて言うなら⋯⋯エリアナが可愛すぎて怖い?」
「酔っ払ったの?」
セシルはよく私を可愛いと言ってくれるけれど、その度にとても嬉しくて、私の心臓はこんなにも大きく早く鳴っていて、大好きな人と密着しているなんてとても幸せで。
こんなに顔に熱が上がる程好きなんだって、彼は知らないのよね。
「⋯⋯月が、綺麗ね」
『貴方を愛しています』
なんて、彼に言っても通じないんだろうけれど。
セシルからはいつもの笑顔で「そうだね」と返事が来た。