3.大団円エンドを目指します
セシル・エディローズ
ゲーム内の彼はメイン攻略対象ではない。メイン攻略対象の王子のルートで特定の条件を満たせば攻略可能になる所謂隠しキャラだ。
男爵家長男という身分の彼だが、実は先王陛下とエディローズ男爵の姉との間にできた隠し子だ。
しかし、父親の先王陛下はセシルの顔を見ることもなく事故で死亡。母親は誰の子か言い出せないまま男爵家から逃走し、セシルと親子ふたり下町で密やかな暮らしをしていたが病で死亡。エディローズ男爵がセシルを引き取り、今は養子として育てられている。
先王陛下に子どもがいるという事実は現国王陛下と数人の重鎮だけが知っている。密かに探させてはいるが見つかってはいないのである。
そんなセシルが自分の本当の父親を知り、後の国王になるのがセシルのルートだ。
前世とか乙女ゲームとか上手く誤魔化して伝える説明が思いつかなかったので、超素直にありのままを話した。
「ぜ、前世? げぇむ? 僕の父が先王陛下?!」
セシルがキャパオーバーしてる。頭からぷすぷすと煙とか出てきそうな感じだ。
成長したセシルは腹黒頭脳派のキャラで、裏でいろいろと企てたりするタイプなのだが、まだ七歳の彼は普通の少年のようだ。
「セシルがお母様の形見として持っているサファイアの指輪があるでしょう? あの指輪の宝石を右に半回転させると、石が外れて王家の紋章が出てくるの。それを持って王城へ行けば取り合ってもらえるわ」
「指輪のことまで?! なんで知って⋯⋯」
「だから、前世の知識よ」
「えぇ⋯⋯そんなことって⋯⋯」
セシルが頭を抱えながらなにやらブツブツと呟いている。
ゲームでは、エリアナとセシルは仲が悪い。
父親同士が仲が良いのでこうして会う機会が何度かあったのだが、エリアナは男爵家のセシルを見下しており、高慢な態度で接する。
当然セシルもそんなエリアナに心を開くはずもなく、二人の間には溝しかない。
王立魔法学院に入学すると、セシルは素直で純粋なヒロインに惹かれ、愛し合うのだ。
しかし、エリアナの気分を損ねたヒロインは執拗な嫌がらせを受ける。セシルはヒロインを守る為、エリアナのような高慢な貴族をこの国から排除する為に王となることを決意する。
そして卒業パーティーという名の断罪イベントが行われると、エリアナは身分を剥奪されて追放される。
私は、大好きなセシルとそんな悲しい結末を迎えたくはない。だから――――
「あの、もし、僕が本当に王様になれたら、エリアナは僕のお嫁さんになってくれる⋯⋯?」
「え? ならないわよ?」
「え」
セシルが明らかにショックを受けた顔をした。
私はこの世界では悪役令嬢だ。攻略対象のセシルとは対立する立場にある。そんな私がセシルのお嫁さんになれるはずがない。
「セシルのお嫁さんになるのはヒロインよ。王立魔法学院に入ったら貴方はヒロインと恋に落ちるの。私はそれを邪魔する役なのだけれど、邪魔はしないわ。むしろ、貴方とヒロインが結ばれるように全力で協力する」
悪役令嬢エリアナはゲームが終われば没落の運命だ。私は、セシルにはヒロインと幸せになって欲しいが没落は嫌だ。没落したらセシルに会えなくなってしまう。
だから、学院に入ったらヒロインに嫌がらせをしたりせずに、ヒロインとセシルが上手くいくように立ち回る。
どうせメイン攻略対象の王子と婚約することになるので、そのまま王子と結婚し、セシルとヒロインのイチャラブを近くで観察してゲームのその後の展開を堪能する計画だ。
これこそ、みんなが幸せになれる素敵な未来! 大団円! これ思いついた時は、私天才じゃね? って思ったわ。
「エ、エリアナは、僕のこと、好きって⋯⋯」
あれ? セシル、なんか泣きそうっ?!
「好きよ。私はこの世界でセシルが一番好き」
「だったら、なんでっ」
「好きだから、セシルには幸せになって欲しいの」
ヒロインとのハッピーエンド。これがセシルの一番幸せな結末。大好きなセシルが幸せになる為、私の不幸な結末を回避する為に、私は全力を尽くそうと思う。
セシルはぐっと唇を噛んで一度俯くと、貼り付けたような笑顔を浮かべた。
⋯⋯あ、ゲームのセシルっぽい表情ね。
「わかった。僕、幸せになるから、協力してくれる?」
「もちろん」
こうして、私とセシルの『目指せ大団円! ヒロインとセシルをくっつけろ計画』は稼働した。
それから、ゲームの舞台である王立魔法学院に入学した私たちは、計画通りすすめた。
私はヒロインに嫌がらせをしたりしなかったし、むしろ仲良くなってセシルのいい所を説明したり、全力でセシルを推した。
セシルもセシルで、ヒロインである男爵令嬢と仲良くなり、二人で笑いあっていたり、空き教室に入って行ったなんて噂が回る程、二人は順調だった。
そして迎えた卒業パーティーの日。
今日ここで、国王陛下からセシルを正式に王族とし、後継者にするとの発表があり、そのセシルの婚約者にヒロインが選ばれるのだ。
ゲームでは悪役令嬢エリアナの断罪も行われる場だが、それが行われることはないだろう。
私はある種の達成感のような晴れやかな気持ちで会場入りをした。
だから、目の前で、私の婚約者である第一王子――――フィリップ殿下が私に向けて憤怒と軽蔑の視線を放ち、ヒロインである男爵令嬢――――ソフィア様が私に怯えるようにフィリップ殿下の背中に隠れるのが、まるでゲームの画面上の出来事のように現実味のないものに感じた。