25.戸惑う
「ねぇ、一人? 一人なら一緒に遊ばない?」
「えっ」
私とはぐれたセシルは、乙女ゲーヒロインのようにゴロツキ⋯⋯ではなく、若い女の子たちに囲まれていた。
見た目は私と同い歳か少し下くらいだろうか。成人してお相手探し中か、成人はまだなので結婚はできないが、恋に憧れる歳頃だ。
そういえば、セシルも最近女の子に触れたりしたい歳頃らしい。今のところ一緒に没落した私で妥協しているようだが、このままあやふやな関係でいられる保証なんてどこにもない。
もし、セシルがあの子たちの誰かを選んで連れてきたら、私は笑って祝福できるのだろうか。
⋯⋯うん。できない。
私にしているように肩を抱いたり、手を繋いだりしていたら、胸の辺りがモヤモヤして、掻きむしりたい衝動に駆られる。
私以外には触れないで。なんて、自分勝手な言葉を吐いてしまいそう。
「すみませんが、連れを探してて⋯⋯」
「お兄さん、かっこいい。ね、いいでしょ? ちょっとだけ」
セシルは断ろうとしているみたいだが、女の子たちも引かない。そのうち、一人がセシルの手を掴んだ。
――――ズキン
私は何もされていないはずなのに、何故か胸が痛んだ。心臓が掴まれたように苦しい。
私だって、この前セシルに触れられるようになったばかりなのに。
十年一緒にいる私が、ドキドキしながらやっと手を握ったのに。
――――会ったばかりの貴女たちが簡単に触らないで。
気がついたら、私はセシルと女の子たちの間に入っていた。
「あっ、エリアナ」
「⋯⋯誰?」
驚くセシルを背に、私は女の子たちを見据えた。正面から見た女の子たちは、派手な見た目で目つきもキツい。いかにも肉食系でリア充っぽい。私がちょっぴり苦手とするタイプだ。
「こ、この人の妻です! わわ、私の夫に何かご用ですかっ」
い、言った!
ちょっと噛んじゃったけど、乙女ゲーム風に女の子たちに牽制をした。一応表向きは夫婦だし、問題はないはずだ。
緊張でちょっと涙目で震えながら女の子たちを見ると、何故だか女の子たちも目を潤ませて頬を上気させた。
⋯⋯えっ。そんな泣かせる程キツい言い方していないと思うんだけど。と思ったのは一瞬だけで、女の子たちは感極まる様子で「か、可愛いっ」と言った。
⋯⋯可愛い?
いや、確かにセシルは中性的な美貌で可愛くもあるけれど、幼い頃ならともかく最近は可愛いより、かっこいいと思うわよ。
きょとんとしている私に女の子たちは顔を見合わせて苦笑する。
「奥さんがいるんならしょうがないね」
「そうだね。⋯⋯頑張ってね」
何故か優しい眼差しで私の肩をポンとたたいたり、恍惚とした表情で私の頭を撫でて、女の子たちは去っていった。
「なんだったのかしら? ⋯⋯セシル、どうしたの?」
私の背にいたはずのセシルは、何故か近くの建物の壁に頭をこっつんさせて俯いていた。
「子犬みたいにプルプル震えて⋯⋯『私の夫』って⋯⋯。可愛すぎる⋯⋯!」
ぶつぶつと何を言っているのかしら?
「セシル?」
「⋯⋯エリアナ。助けてくれてありがとう」
しばらくして、コホンと咳払いしたセシルが壁から頭を離してこちらを向いた。額に壁の痕が付いているが、大丈夫だろうか。
というか⋯⋯
「⋯⋯助けた?」
私は今、セシルを助けたんだっけ?
私はただ、あの女の子たちがセシルに触れたのにムカッとして、勢いで間に入っていったような⋯⋯?
「? 違った?」
疑問符を浮かべて首を傾げるセシル。私も向かい合うセシルと同じ方向に首を傾げた。
⋯⋯だって、私は、セシルが他の女性に触れるのが嫌で、他の女性がセシルに触れるのも嫌で。
セシルの『特別』は私なんだって言いたくて、そんな、ただの私の欲張りで間に入っただけで⋯⋯。
「はわわわわわわわ⋯⋯」
今更になって、かあぁと顔に熱が上がる。
私、今、嫉妬したんだ⋯⋯!
「えっ? どうしたの?!」
どうしよう。没落してから私はどんどん欲張りになっていく。
以前は透明な壁を挟んで近くで幸せな姿を見られればよかったのに。ずっと一緒にいたいとか、もっと触れて欲しいとか、あげく男の人として『好き』だとか。本当の夫婦になりたいだとか。
⋯⋯私だけがセシルを独占したいとか。
以前の、ヒロインとセシルをくっつけようとしていた私が知ったら卒倒しそうだ。
「⋯⋯エリアナ?」
心配そうなセシルの声がして、俯く私の頬に手が添えられた。
驚いて一歩後ずさると、セシルの手はそのまま離れていった。
「エリアナ?」
心配そうな声がまた私の名前を呼ぶ。
⋯⋯何か、答えないと。私がセシルから女の子を遠ざけたのは嫉妬したからじゃない。こんな私の欲張りな気持ちを知られたくない。
「こ、これは⋯⋯仕返しよ!」
「仕返し?」
「そう! 他の女の子と結ばれるのを邪魔して困らせてやったんだから! ほら、困ったでしょう!」
ふふん、と胸をそらす。私は嘘をつくのが下手だから、セシルはすぐに気づいてしまうから、本音と虚構を混ぜ合わせる。どうか、この気持ちに気づかないで。
「ああ、それは困ったね」
――――ズキン、とまた胸が痛んだ。
私は、セシルを縛り付けていることになるのだろうか。本当は、私じゃない人がいいのだろうか。私は、セシルにとって邪魔なのではないか。
目の前の景色が色褪せていくような気分で少し俯くと、首に何かがかかる感覚がした。
⋯⋯え?
「じゃあ、エリアナが責任取って僕と一生一緒にいてよね」
「⋯⋯ほぇっ?!」
首にかけられたのは、丸い形の翡翠色の石に、金色の蔦が絡んだようなデザインのネックレス。
「僕の可愛い奥さんにプレゼント。そこの出店に売っていた物だから、そんなに高いものじゃないんだけど。その色好きだよね?」
セシルは申し訳なさそうに言うが、値段なんて関係ない。セシルが贈ってくれたというだけで、私にとってはどんな宝石よりも価値がある。
「嬉しい! ありがとう、セシル!」
思わぬサプライズに先程まで自己嫌悪に陥っていた気持ちが軽くなる。
これからも隣にいていいって言ってくれたみたいで嬉しくなる。
私は本当にセシルが好きだ。
そんなふうに安心していたから気づかなかったのだろう。
「⋯⋯?」
セシルが何か違和感を感じたように、僅かに眉を寄せていたことに。