21.魔法の授業
「――――はい、それでは魔法の授業を始めたいと思います」
ようやく落ち着いた私がコホンと咳払いすると、傭兵さんたちもニヤけた顔をやめて、強面な顔になった。
「魔法は繊細な操作を覚えると日常生活でも使えるようになります。傭兵の方々だと、野外で野宿する場合などは便利だと思われます」
水魔法で自分を清めることもできるし、寒い夜なんかは火魔法で自分たちの周りを暖めることもできる。あと風は繊細な操作ができるようになると、かまいたちのように届かない木の実を落としたりもできるので重宝する。土魔法はただ壁を作るだけでなく、自分好みの柔らかさのベッドが作れたりする。とても便利なのだ。
「何か役に立つわけではないですけど、こんな事もできるようになります」
そう言って、火魔法でファイアーダンスをさせてみる。みんなで手を繋いで輪になって踊る、水を掘り当てたことを喜ぶダンスだ。たった、たらた、たったったった⋯⋯
「おおっ!」
「すげぇ」
「エリアナさんも、カッケーっすね!」
傭兵さんたちの反応はともかく、一度私の魔法を見ているヨルムさんやセシルまでかなり驚いていた。
「嬢ちゃん⋯⋯どんだけ寂しい日々を過ごしてたんだ」
「極めすぎでしょ⋯⋯」
驚く⋯⋯というか、哀れまれているっ?!
ヨルムさんなんて「魔法で友達を作り出すなんて⋯⋯。セシル、大事にしてやれよ」と目頭を押さえだした。
ちょっ、違うからね! 寂しすぎて魔法を極めたんじゃないからね! 友達を魔法で作ってたわけじゃないからね! セシルも事情知ってるのにそんな神妙な顔で頷かないで!
「――――という事で、まずは出す魔力を制御する練習をしたいと思います」
素直に「すごい」と称えられなくて、なんだか複雑な気分になったが、授業を進める。
教材として持ってきた魔導人形を傭兵さんたちに配る。あの老婆の魔女の人形である。
「うわ」とか「きしょ」とか聞こえたが、私は今ちょっとやさぐれているので無視である。ヨルムさん含め四人に人形を配った私は、手本にする人形を腕に抱く。
「この人形は、込められた魔力によって動きが変わります。ほんの少し込めると笑います。少し多めに込めると歩きます。もっと込めると笑いながら宙を舞います。これを笑うだけに留めてください」
人形に魔力を込めて「クケケッ」と笑わせる。セシル以外の全員が「うげ」と嫌そうな顔をした。
「はい、始めてください。様々な魔物をも倒す傭兵さんたちなら、このくらい余裕ですね?」
パンっと手を叩き開始させる。少し挑発したからか、傭兵さんたちの目に闘志が宿った。
開始直後――――
「イッヒヒヒヒヒ」と笑う四体の魔女が宙を舞った。
実はこの魔導人形、子供用玩具なだけあって、大きい魔法を使うことに慣れている大人が使うと、ほぼ百パーセント笑いながら宙を舞う。
かなり意識して魔力を抑えないと、笑うだけにならないのだ。
――――澄んだ青空の下、穏やかな風が青々とした草原を横切る中、そこには不気味な「イッヒヒヒヒヒ」という笑い声がこだましていた。
その不気味な人形に対峙する屈強な大人たちも、この穏やかな空には似つかわしくない厳しい顔つきをしている。
「ぐっ、かなり難しいな」
「ああ、抑えているつもりなのだが、全く変わらない」
「オレ、歩くようになったっすよ!」
「すげぇな、サリバ!」
サリバさんはなかなか才能がありそうだ。恐らくサリバさんが一番歳下なのだろう、彼が人形を歩かせたことで、ヨルムさんたちは少し焦り始めた。
「なぁ、嬢ちゃん! 何かコツみたいなのはないか?」
「コツですか?」
コツかぁ⋯⋯。私はもう扱いに慣れてるから特に意識しなくてもできるんだけど、最初はどうやってやっていたかな。
確か⋯⋯。
「私は推し⋯⋯じゃなくて、大好きな人を思い浮かべて、胸がきゅんってするように魔力を込めるとできるようになりました」
そうだ、私も魔導人形に魔力を込める練習中に、今日のセシルも尊かったなとふと考えたら上手くいったのだ。
「どういう事だ?」
「わからん」
「愛の力っすね」
傭兵さんたちには上手く伝わらなかったらしい。他にいい例えがないかな、と考えていると「クケケッ」と笑い声が聞こえた。
「ヨルムさん! できましたね!」
人形を笑わせたヨルムさんを見ると、顔を真っ赤にしていた。顔が怖いから怒っているように見えるけれど、たぶんこれ恥ずかしがってる。
「お、おう」
「すごいっすね! いきなり笑わせるなんて、どうやってやったんすか?」
他のみんなに「コツはっ?」と聞かれるヨルムさんはタジタジだ。
「⋯⋯もしかして、ダリアのこと考えました?」
「ちょっ、嬢ちゃん!」
ヨルムさんのこの動揺っぷりを見る限り、私のアドバイスで恋人であるダリアのことを考えたようだ。相思相愛なようでなによりだ。
その後、次の授業の時までに人形を笑わせるのを課題として、今日の授業はお開きになった。
帰り道、やっぱり手を繋いで歩く私とセシル。
――――ふいに、この状況を不思議に思った。
私は、セシルとヒロインが結ばれる為に今まで動いてきて。セシルの隣はヒロインだと思ってきたのに、今は偽装だけど夫婦として私が彼の隣に立っているなんて。
現実感が湧かなくて、ふわふわとする。
セシルと一緒にいられるのが幸せで、没落してからも楽しくて、このままずっと一緒にいられたらいい⋯⋯なんて、贅沢過ぎる望みを抱いてしまいそうだ。
――――ダメダメ。
「⋯⋯? いきなり首を振って、どうしたの?」
「邪念を振り払っていたのよ! 贅沢は身を滅ぼすと言うわ!」
「何か食べたいものがあるなら言ってくれればいいんだよ?」
「なんで食べ物の話だと思ったのよ?」
――――私は、今こうしてセシルの隣にいられるだけで幸せだ。いずれはこの場所を誰かに譲る時が来ても、セシルが幸せならばそれでいい。
⋯⋯それでいい。
それからしばらくの間、傭兵さんたちが泊まっている宿屋の付近では、夜な夜な「イッヒヒヒヒヒ」「イッヒヒヒヒヒ」「クケケッ」「イッヒヒヒヒヒ」という怪しげな声が絶えず聞こえていて、妙な魔術でもやっているんじゃないかと噂になったそうだ。