20.噂には尾ヒレが付くもので
今日はヨルムさんたち傭兵さんの魔法の授業の日だ。人に教えるのは初めてなので、私は今とてもワクワクとしている。教材も持ったし準備は万端だ。
「行くわよ、セシル!」
「うん。⋯⋯はい、エリアナ」
「?」
玄関のドアを閉めたところでセシルが私に手を差し出した。
⋯⋯? 荷物を持ってくれるのかな。さすがはセシル、紳士ね。
お礼を言いつつ持っていた教材を渡すと、何故か苦笑いされた。
「うん、これも持つけど······こっち」
ぎゅっと私の手を握るセシル。普通に握るのではなくて、指を絡ませる恋人繋ぎというやつだ。
「えっ?!」
「貴族の夫婦がエスコートをするように、平民の夫婦は手を繋いで歩くんだよ」
「そうなのね」
知らなかったわー。外では夫婦のふりだものね。セシルと手を繋いで歩くとか、ドキドキしちゃうな。
そっと手を握り返すと、目の前を中年の男女が通った。
「なぁ、頼むよ! もう少し、もう少しでいいから小遣い上げてくれ! 一生のお願い!」
「あんた、結婚してから何回一生のお願い使うの! 小遣い上げて欲しいならまず給料上げてきな!」
「そんな⋯⋯頼むよー!」
言い合いながらも仲の良さそうなご夫婦ね。
でも⋯⋯
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「手、繋いでなかったわよ?」
「新婚は繋ぐんだよ」
「そうなの?」
本当かなぁ? セシルがそう言うならそうなのかな。
じっと疑惑の目で見てみたけれど、セシルはニコニコ笑うばかりだった。手を離してくれる雰囲気もなかったので、そのまま歩き出すことにした。
「お、エリアナの嬢ちゃんとセシル、よく来てくれたな!」
「ヨルムさん、こんにちは」
私は町を出てすぐの草原を授業場所に指定させてもらった。そこには既にヨルムさん含めて四人の傭兵さんたちが集まっていた。体格といい顔といい、とても屈強そうである。
「嬢ちゃん、紹介するぜ。俺の仕事仲間の奴らだ。右からイチ、ニケ、サリバだ。言動は荒々しいが、悪い奴らじゃねぇから、よろしくな!」
「こちらこそよろしくお願いします」
傭兵さんたちに挨拶をすると、彼らもニカッと笑って返事をくれた。
「イチだ!」
「ニケ。よろしく」
「バカップルめ、滅びろ」
最後の一番小柄な人――――サリバさんかな――――には何故か睨まれた。⋯⋯と思ったらヨルムさんの鉄拳がサリバさんの頭に落ちた。
「こらっ! エリアナの嬢ちゃんはな、昔病弱で友達もいなかった頃に一人寂しく魔法を極めていた、そんな折にセシルと出会ったんだ。セシルの献身的な看病あって嬢ちゃんは丈夫になり、優しいセシルに嬢ちゃんは惚れ込んだんだ。セシルも純粋で可愛い嬢ちゃんに惹かれてやがて二人は愛し合った。しかし、お嬢様と従業員という関係は親に反対されてな。最初は親を説得しようと頑張っていた二人なんだが、話し合いは平行線だった。そのうち嬢ちゃんに別の結婚相手をあてがわれて別れざるを得なくなった。だが、二人はお互いを忘れられず、とうとう親元を離れて二人だけで生きていく事を決意したんだ。全てを捨ててでもお互いをとったんだ。長いことかけてようやく結ばれた二人だ。――――手を繋いでいるのが微笑ましいくらいだろうが!」
――――ヤバい。
人の噂には尾ヒレが付くって言うけれど、尾ヒレがピラッピラしてるわ。セシルの考えた設定がとんでもない事になっているわ。
ヨルムさんの長々した説明に、傭兵さんたちはそれぞれ反応を見せた。
「結ばれてよかったな!」
「頑張れ」
「⋯⋯っ、なんて深い愛なんすか。滅びろとか言ってすまんかったっす⋯⋯」
サリバさん泣き出した! なんかむしろごめんなさい! 今の話、ほとんど事実無根です!
そして私、先程ヨルムさんに手を繋いでいるのを指摘されてから、いまだに繋がれていたセシルの手を外そうともがいているのだが、全く離してもらえない。
「そんなわけで、やっと結ばれた僕とエリアナは皆さんから見るとバカップルに見えるかもしれませんが、大目に見てください」
「おう! 気にすんなよ!」
セシルさーん? 貴方が今この手を離してくれれば大丈夫だと思うのよね。このピラッピラな尾ヒレ達を肯定しないで?
「エリアナ、恥ずかしがってるの? 家じゃあんなに甘えてきてくれるのに、可愛いね」
ぎゃー! 近い近い! セシルの整った顔をそんなに近づけないで! きゅんってするから、やめて!
というか、更に尾ヒレの追加をしないで! みんな生温い目で見ているわよ!
「僕はもう二度と君を失いたくないんだ。他の男と結婚する君なんて見たくない。だからこの手は絶対に離してあげないからね」
はわわわわわわ⋯⋯。
セシルやりすぎ、やりすぎだから! 私、今絶対顔真っ赤だわ! そして手は離して!
「やるな、セシル」
「それでこそ、男!」
「ヒュー」
「マジ、セシルさんハンパねぇ! 尊敬しますっ!」
傭兵さんたちのセシルを称える声を聞きつつ、私は真っ赤になった顔を必死に冷まそうとするのだった。