17.魔導具探し
セシルから傭兵さんたちの魔法の先生になるのを許可された私だけど、セシルも一緒という条件が付いたので、開催されるのはもう少し後だ。
今日は魔法の繊細な操作を教えるにあたって必要な道具を探そうと思っている。
「ダリアの教えてくれた魔導具屋さんはここ⋯⋯よね?」
表通りから少し入った薄暗い通りに、その魔導具屋さんはあった。こぢんまりした灰色の建物で、小さな看板が風で揺れている。
「⋯⋯やってる?」
一応看板はかかっているし、外から見る限り商品っぽい魔導具が並べられているのはわかる。ただ、ものすごく暗い。定休日か? と思いつつドアに手をかけると、ちゃんと開いた。
「こんにちはー⋯⋯」
チリリンとドアの上の鈴が鳴り、店に足を踏み入れる。
少し埃っぽいような店内には、陳列というよりもごちゃごちゃといろんな魔導具が並べられている。
あ、でも商品はいろいろと揃っていそう。
よく使う灯りの魔導具や着火の魔導具、魔導具の元となる魔石もいろいろと種類がありそうだ。私の目的の魔導具は――――
「おや、いらっしゃい」
この古びた骨董品店みたいな雰囲気の店には似つかわしくない、明るい雰囲気の恰幅のいいおばちゃんが出てきた。
「何か欲しい物があるなら聞くよ」
「あの、魔導人形はありますか?」
「魔導人形?」
顔しかめられた!
魔導人形は、魔力を込めることで動く人形だ。見た目は黒いローブを着た魔女で、子供用玩具として発売されたがあまり売れず、廃番になってしまったお人形。今はこういう魔導具屋か骨董品店くらいにしか売っていないのではないだろうか。
「変わった物を欲しがるね。あるよ、この辺に⋯⋯」
おばちゃんがゴソゴソと魔導具が山になっている部分を探る。
「できれば五体くらいあると嬉しいのですが」
「五体?! ⋯⋯いいけどね」
そんな「大丈夫かこの子」みたいな目をしないでっ! 私の趣味で買うんじゃないからね! 教材として適切なんだもの!
おばちゃんの反応は理解できる。
魔導人形は子供に魔力の扱いを覚えさせるのに適しているので、子供用玩具としては最適だ。では何故売れなかったのか。
理由は簡単。
――――見た目が不気味だからだ。
老婆の魔女のお人形。黒いローブに黒いとんがり帽子、曲がった背筋に長い鼻、赤く光る目に裂けた口。見た目が全くもって子供向けじゃない人形は、魔力を少し込めると「クケケッ」と笑い、魔力を多めに込めると杖をつきながらのっそりと歩く。更に魔力を込めると「イッヒヒヒヒヒ」と笑いながら宙を舞う。
――――子ども、欲しがるわけないじゃん。
怖いわ。そんなん見たら全力で泣くわ。開発担当者はバカなのね。何故誰も止めなかったのか。
我がレクサルティ公爵家には何故かこの人形が置いてあった。
まだ前世の記憶を思い出してもなくて、魔力も上手く扱えなかった私はこの人形に魔力を思いっきり込めてしまった。
人形の目がキランと赤く光って、「イッヒヒヒヒヒ」と笑いながら目の前を舞いだした時の恐怖は忘れられない。ギャン泣きした。
それはともかく、私は魔導人形を五体購入してお店を出ようとすると、おばちゃんに声をかけられた。
「あ、ちょっと待っとくれ!」
「?」
カウンターの中でゴソゴソと何かを探すおばちゃん。
「たくさん買ってくれたからね、これも持ってきな!」
そう言っておばちゃんは右手を差し出した。
右手を差し出したのだ。
何故二回も言ったのかって? いや、伝わらなかったかなって。
そう、おばちゃんが差し出したのは紛うことなき右手――――包帯でぐるぐる巻かれた人の右手だった。
「――――っ!!」
「いやー、息子がいろんな所行っては変なもん持って帰ってくるから、置き場に困ってたんだよね!」
カラカラと笑うおばちゃん。
いや、要らないからってお客に押し付けないで。私はこういう趣味の人じゃないからね。
その右手はミイラのように細く、何かを掴もうとしているのか指が曲がっている。不気味さMAXである。
私は公爵令嬢時代に培ったスキル『貼り付けた微笑み』を駆使して笑顔を作り、「ありがとうございます」を絞り出した。
作り物なんだろうけど、おばちゃんから受け取った右手は微妙な柔らかさと温もりがあって、今すぐ放り出したいのを懸命に我慢した。
「息子さん、旅行が好きなのですか?」
こんなの持って帰ってくる息子とはどんな奴だと世間話として聞いてみたら、おばちゃんは嬉しそうに語り出した。
「旅行っていうかね、勉強でいろんな所に連れて行ってもらってね、どうしようもない子だけど、わたしにとっては自慢の息子なのさ。あ、これが小さい頃の息子なんだけどね」
カウンター上に置いてあった肖像画を見せてくれるおばちゃん。今より若いおばちゃんと、おばちゃんの旦那さんだろうか、優しそうな細身の男性、それからおかっぱ頭の野暮ったそうな少年が描かれていた。
「旦那も魔導具集めが好きでねぇ、それを継いだのか息子も魔導具が好きで小さい頃からいろんな物を集めてたのさ。ああ、でも息子には魔法の才能があったみたいで、領主様のお眼鏡にかなって――――」
「――――ただいまー」
おばちゃんの息子自慢に拍車がかかり始めた頃、どうやってこの話を終わらせようか思考し始めていると、ドアの開く鈴の音と共に間延びした声が聞こえた。
「噂をすれば⋯⋯ちょっと、ヘンリック! 表から入って来るんじゃないよ!」
「えー、いいじゃん。どうせ客なんていな――――っ!」
入ってきた魔導具屋さんのおばちゃんの息子らしき人は、私を見るなり息を呑んだ。
私もその「ヘンリック」と呼ばれた人を見て息を呑む。
「⋯⋯イ、イラッシャイマセ」
「ド、ドウモ⋯⋯」
引きつった笑顔になった私たちを、おばちゃんが不思議そうな顔で見ていた。