2.仲良くなりたいです
「お嬢様ご乱心によりまたの機会に」
そう言って無理やりセシル様と引き剥がされて早三ヶ月。
お母様に「まさかわたくしの娘に『初対面の人に告白をしてはいけません』と言わなければならない日が来るとは⋯⋯」と頭を抱えられたり、礼儀作法の指導が厳しくなったりしたが、後悔はしていない。
誰だっていきなり推しが目の前に来たら告白をしてしまうと思うのよね。不可抗力よ。
そうして、ようやく私に二度目のチャンスがやって来た。
この頃には私も前世の記憶を整理していて、自分が悪役令嬢だという事も受け入れ、これからどう動いていくかも考えていた。
「この前は大変失礼いたしました。エリアナ・レクサルティと申します。よろしくお願いいたします、セシル様」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。エリアナ様」
今日の私の推しも尊い。
にこっと笑うセシル様はほんのり頬に赤みがさしていて、もう天使なんじゃないかと思う。昇天するかもしれないが、セシル様に昇天させられるなら喜んで受けるわ。
⋯⋯違った。受けるわとか言っている場合じゃないわ。
今日の私はやるべき事がある。
「セシル様、ぜひ二人きりでお話をさせて頂きたいのですが⋯⋯」
庭を見ながら控えめに申し出る。初対面にしてやらかした私だけれど、庭で二人で遊ぶくらい良いと言ってくれるはずだ。
「あ、は――――」
「はい」という返事が聞こえかけた気がしたのだが、私のお母様が遮った。
「二人きり?! ⋯⋯襲ってはなりませんからね?!」
何故か私に向けて言い放つお母様。
「いいですか? 襲われそうになったら大声で呼ぶのですよ!」
何故かセシル様に向かって言い放つお母様。
⋯⋯お母様? どちらかというと普通は娘の身の安全を心配しませんか?
お母様の中の私の評価はいつからそれほどまでに下がったのかしら。セシル様のご両親の男爵夫妻が苦笑いしているわよ?
あれかな、昨日セシル様に会えるのが楽しみ過ぎて、歌いながらセシル様の名前を連呼していたのが良くなかったのかな。ベッドの上でセシル様の名前を呼びながら悶えるように転がってたのが良くなかったのかな。使用人たちも引いてたものね。だって、楽しみだったんだもの。
兎にも角にも、どうにかセシル様と二人きりになれた私は、庭の長椅子にセシル様と並んで座った。
⋯⋯お母様が遠くからじーーっとこちらを見ている気がするけれど、気にしない気にしない。
「あの⋯⋯母がすみません」
「いいえ。娘思いのお母様ですね」
いや、娘のことは思っていないと思うわよ。お母様はどちらかというとセシル様を娘の魔の手から守る為に頑張っているわよ。
「あの、セシル様」
「はい、なんでしょう。エリアナ様」
⋯⋯推しと会話ができるってすごくない?
セシル様が私の隣にいて、私の名前を呼んでくれる。なんて幸せなのだろう。
幸せ過ぎてセシル様に見蕩れてしまい、一瞬何を言いかけたか忘れたが、頑張って持ち直す。
「私、セシル様と仲良くなりたいのです。よろしければ、言葉を崩して呼び捨てで呼ばせてもらってもよろしいですか?」
貴族同士、言葉を崩したり気安く呼んだりするのは仲のいい友人である証だ。せっかく推しが目の前にいるのだ、ちょっとした贅沢だ。
「はい、もちろんです」
セシル様は可愛らしい笑顔で許可してくれた。⋯⋯きゅーん。
「で、では⋯⋯んんっ。⋯⋯セシル」
「はい、エリアナ様」
きゃーー! 呼んじゃったわよ、セシルって!
前世ではずっとセシル様呼びだったし、緊張でちょっと声が震えてしまった。
というか⋯⋯。
「⋯⋯セシルも言葉を崩して? 私のことはエリアナと」
「えっ、僕は無理ですよ!」
ぶんぶんと首を横に振るセシル。その仕草も可愛らしいが、これでは友人というより私が上に見えるだけだ。身分的に間違ってはいないけれど。
「そう⋯⋯。私はセシルと対等な関係を築きたかったのだけど⋯⋯。では、私もセシル様とお呼びします」
しゅんっと落ち込めば、横目にアワアワと動揺しているのが見えた。⋯⋯かっわいい。
「⋯⋯エリアナ、さま」
「⋯⋯セシル様?」
今度は逆に目を覗き込んでみる。顔を赤くしたセシルが慌てて目を逸らした。
「エ、エリアナっ」
「セシル」
よくできましたーと頭を撫でる。柔らかな金髪がサラサラと指に通った。
パシンッ
いい感じの音がして私の手がはたかれた。
手を振り下ろしたセシルは目をまん丸にして、顔を赤くしている。
さすがに頭撫で撫ではやり過ぎたかな。
「ごめんね、怒った?」
「えっ?! あ、いや、違うんだ⋯⋯なんでもない」
俯いてしまって顔が見えなくなった。耳は赤いけど、怒っている⋯⋯わけではないのかな?
あっ、やばい。遠くから見ているお母様がヤバい。なんだか今にもこちらに突撃してきそうな恐ろしいオーラを纏っている。まだ何も話せていないのに突撃してくるのは止めて欲しい。
私は無害だよーとお母様にアピールする為にセシルと少し離れて座り直す。お母様の視線が若干緩んだ気がする。
「それでね、私、セシルにお願いがあるの」
「お願い?」
さて、ここからが本題だ。これからの乙女ゲームのシナリオ、つまり未来の大事な話。
ここがあのゲームの世界ならば、私は他の誰でもない、このセシルが幸せになる未来を作るために協力したい。
「私、セシルにこの国の王様になって欲しいの!」
「⋯⋯はあ?!」
推しの全力の混乱顔、頂きましたー。