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推しに没落させられたので仕返しする所存  作者: 佐野雪奈
第一章 没落令嬢は仕返ししたい
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15.怒る時は怒るのよ


 雨がしとしとと降る。

 春から夏に移り変わるこの時期は『女神様の恵み』と言って、雨が降りやすいらしい。この降った雨水のおかげで、夏の日照りを乗り越えられるのだとか。


「ダリアー! セシル怒ったわよ!」

「えっ、怒ったの? なんでっ?!」


 私はいつもの喫茶店で早速ダリアに昨日の失敗談を聞いてもらった。


 今朝、私は自分の部屋の自分のベッドで目が覚めた。

 あまりにも日常的な光景だったので、昨日の出来事は夢かと思ったけれど、私はピラピラの露出過多なナイトドレスを着ていたし、私の下敷きになっていたシーツからは少しセシルの匂いがした。

 

 抱きしめられたり、唇が触れそうになるまで顔を近づけられたのが現実だと知り、しばらく身悶えた。

 

 セ、セシルがあんな⋯⋯あんな、男の人みたいな顔して私を抱きしめてくるなんて⋯⋯!


 いや、男の人なんだけど、それは知ってたけれど⋯⋯あんな風に欲情したような顔をするのは、ヒロインにだけだと思ってたというか⋯⋯。


 なんだか、すごくセシルの存在を近くに感じて、長年私の中にあった何かがひび割れたような⋯⋯そんな感覚がした。

 



「セシルさんはああいうの好きじゃないのかな⋯⋯」

「あ、なんかね、ああいうのは夫が贈るものだから私は着ちゃダメって言われたの」

「そっちなんだ?! ⋯⋯なかなか独占欲が強いんだね」

 

 ダリアが「なるほどね」と頷いている。「そっち」ってなんだろう。「こっち」とか「あっち」とかあるのだろうか。

 

「でも、意外。セシルさんって怒るんだね。あの人、エリアナには特別優しいし、なんだかいつも笑みを浮かべてるイメージだから、怒ったりしないのかと思ったよ」

「セシルも怒る時は怒るのよ。人間だもの」

 

 最近私がセシルに抱いている感想だ。

 セシルも人間。生きている。

 

「ああ、でも昔一度だけ、烈火のごとく怒ったことがあったわね⋯⋯」

「あのセシルさんが? 何があったの?!」


 まだ学院に入学する前、私と王子殿下の婚約が発表された時だったかな。怒りの形相のセシルが私の部屋に突撃してきたのよね。


 あの整った形の眉はつり上がっているし、怒りで顔は赤いし、かなり珍しいセシルだったから『推しのレア顔キタコレ』と、胸がキュンとしたわね。


「私もなんでセシルが怒ったのかよくわからなかったのだけれど、珍しいセシルが見れたから良しとしたのよね」

「それ、良しとしちゃってよかったの⋯⋯?」

 

 あの後のセシルはいつも通りの笑顔を浮かべていたし、言動も怒った節がなかった。


 あれ? そういえばあの後からかな。セシルが乙女ゲームのシナリオを詳しく知りたがったの。セシルのルート以外も全部知りたいって言うからいろいろ話したのだ。


「まあ、駆け落ちする程愛し合っている二人でもいろいろあるんだね」

「はは⋯⋯。まぁね」


 嘘が得意でない私は適当に言葉を濁しておく。


 実は、没落してからのセシルの行動はよくわからないことが多い。昨日みたいに抱きしめてくるのは初めてだけど、手を握ったり、肩を抱いたり、明らかにスキンシップが増えた。

 私はその度にセシルの存在を感じて、ドキドキして落ち着かないような気分になるので、程々にして欲しいと思う。



 むむむ、と考えていたら、喫茶店のドアが開いた。どうやらお客さんのようだ。


「うわぁー、雨が強くなってきたな。悪いがオーナー、タオル貸してくれ」

「ああ、わかった。動かないでくれ」


 どうやら雨足が強くなってきたらしく、入ってきたおじさんは雨で肩から髪から雫が垂れるほど濡れていた。オーナーがタオルを取りに行ったけれど、タオルで間に合うだろうか。


「じゃあ、私が乾かしますよ」

「え?」


 きょとんとしているおじさんの前に立つと、魔法を発動させる。火属性と風属性を合わせて発動させるとドライヤーのように温風を作り出して乾かすことができる。以前、ピクニック時にも使った魔法だ。


 魔力を弱めにしぼるように集中する。自分の目の前に炎を出して、それを風魔法でふわっとおじさんに当てて包み込むイメージ。


 おじさんの髪や服がゆらゆら揺れると、数秒で乾いたようで、魔法を止める。


「どうですか? もう冷たい所はありませんか?」

「あ、ああ。⋯⋯すごいな! 今のは魔法かい?」

「はい。私は火属性と風属性が使えるので」


 そう言って、風魔法でおじさんの靴から落ちた土をドアから追い出すとおじさんは「おお⋯⋯」と感嘆の息を吐いた。


「ありがとな!」と言ってくれたおじさんに微笑みを返して席に戻ると、ダリアは何かを思い出したのか、手を打った。


「あ、そうだ!」

「どうしたの?」

「ヨルムがね、傭兵仲間にエリアナの魔法の使い方を教えてくれないかって言っていたんだけど、どう?」

「魔法の使い方? 魔法学校で習うでしょう?」


 この国の人はみんな多かれ少なかれ魔力があるので、魔法を習う。貴族ならば王立魔法学院に通うし、平民もその町にある魔法学校に通うのだと聞いている。


「そうじゃなくて、エリアナみたいに繊細な操作の仕方を教えて欲しいんだって。野営とかでも使えそうだからって」

「そういうことなら」


 魔法学院や学校では、魔法の正確性や出力を上げる方法、魔導具の使い方等を習うが、力を弱める方法は習わない。

 確かに野営では持っている魔導具の数も限りがあるだろうし、魔法の繊細な扱いができるといろいろと便利だろう。


 人に教えた経験はないので、上手く教えられるかはわからないけれど、なんとかなるかな。


 私は了承の返事をし、改めてお礼を言ってくるおじさんと喫茶店オーナーに手を振ってダリアと別れた。




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