13.ピクニック
緑の木々が生い茂る中に現れる、太陽の光を反射して輝く水面。穏やかな水面にはまるで鏡のように木々の緑と空の青が映り込む。日常から解放されていつもと違う気分になる、そんな場所。
と、いうわけで今日は⋯⋯
「「ピクニックー!!」」
「エリアナもダリアさんも、遠くには行かないようにね」
「なんか、すまねぇな。オレまで誘ってもらって」
「いいえ。彼女たちを止める役が僕だけでは心許ないのでむしろ助かります」
今日は私とセシル、ダリア、ヨルムさんの四人で町を出てピクニックにやってきた。
さすがは田舎というか、ちょっと歩けば山々があり、その中の景観の美しさで有名な湖を目的地に選んだ。
「ボート! ボートがあるのね! ダリア、後で乗りましょう!」
「もちろん! でもまずはこの辺の探索に行かない? 食べられる木の実なんかもあるよ」
「行く!」
まずはこの素敵な景色を見ながらお散歩よねっ! 行くわよ!
「早っ、待ってエリアナ! ⋯⋯ヨルムさん、僕らも行きますよ」
「おう。エリアナの嬢ちゃん、体が弱いって噂で聞いたが随分元気だな」
「⋯⋯もう完治してます」
「そりゃよかった」
ダリア達と湖畔を歩く。
もし、貴族としてここに来ていたら、侍女達がテーブルセットを準備して、お茶を飲んで少し歩くくらいだったろう。
でも、今はダリアが木の実を教えてくれたり、ヨルムさんが巨体でスルスルっと木に登って取ってくれたり、大口を開けて笑いあったり、これはこれでとても楽しい時間を過ごした。
さて、持ってきたお弁当も食べたし、私はこの湖でセシルにやりたい事がある。
湖での仕返しといえば⋯⋯そう、セシルを湖に落としてずぶ濡れにするの!
ふふふ、これも仕返しの定番よね。さっき水の中を見てみた限り、そんなに深くなさそうだったし溺れることはないだろう。着替えは持ってきていないけれど、私の魔法で乾かせばいい。
なにより⋯⋯水に濡れたセシルが見てみたいっ!!
絶対、水も滴るいい男になると思うのよねっ! 私の心のメモリーに永久保存するから!
というわけで、作戦開始!
「セシル、見て! 小さな魚がいるわ!」
「ん? どれ?」
湖を覗き込みつつ呼ぶと、何も知らないセシルは呑気に隣にやって来た。
来た!
水面を覗き込んでいるうちに背中を押して⋯⋯。
「あっ、ヨルム、カエル!」
「えっ?! うわぁ!」
ドンッ!
⋯⋯えっ?
セシルの背中に手を伸ばそうとしたら、後ろからヨルムさんがぶつかってきて――――
「きゃあああぁぁぁ!」
「えっ? ⋯⋯エリアナ!」
――――バッシャーン!
よろけた私は湖の中に勢いよく落ちてしまった。
――――
――――――――
「ぷはっ。⋯⋯ゲホッ、ゴホッ」
水面から顔を出して息をする。落ちた時に少し水を飲んでしまったようで、何度もむせ込む。
「エリアナ、大丈夫?」
いつの間にか、温かい腕が私の腰を支えてくれていた。どうやらセシルが湖に入って私を引っ張って立たせてくれたらしい。
「うん、ありがと⋯⋯って、ひゃあ!」
驚いたので何かに掴まるのに必死だったのだろう、私は彼に抱きつくようにしがみついていた。
ずぶ濡れになった服から透ける肌同士がくっついていて、滴り落ちる水は冷たいのに、セシルに触れている部分だけは熱く感じた。
かぁっと顔に熱が集まるのがわかって、慌ててセシルから離れた。
⋯⋯うぅ、恥ずかしい。まさか私が落ちちゃうなんて。
落ちた衝撃がまだ続いているのか、いまだにドキドキと心臓がうるさい。体は水で冷えているのに顔やセシルに触れていた部分はやたらと熱い気がした。
自分の体に違和感を感じる。水から上がれば落ち着くかと思い、岸に上がった。
「ほんっとにすまねぇ!」
「気にしないでください⋯⋯」
岸に上がった私とセシルに、ヨルムさんがものすごい勢いで謝ってきた。
どうやらヨルムさんは、自分の服に貼り付いていたカエルに驚いて私を押してしまったらしい。本当にカエルが苦手なのね。
あまりにも申し訳なさそうに頭を下げるので、気にしないでと伝えると、セシルが小さくくしゃみをした。
「あ、大丈夫? 今乾かすからね」
濡れたままで風邪を引いてはいけない。私は風と火の魔法を使い、温風を作り出すと素早くセシルを乾かした。
「ありがとう、エリアナ。でも、自分を先に乾かしてくれる? エリアナが風邪引いちゃう」
「ああ、そうね」
自分にも魔法を使って乾かすと、ダリアとヨルムさんがポカンと口を開けてこちらを見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「え? ⋯⋯魔法って、そんな使い方もできるんだって思って」
「ああ、オレたち傭兵の間じゃ威力が大きければいいみてぇな部分があるから、意外だった」
ヨルムさんの言っていることは正しくて、魔法というのは威力が大きくなければ評価されない。
魔法の属性の火、水、風、土は主に攻撃魔法だ。魔物退治や、自分の力の誇示に用いられるもの。魔法の威力が大きければ大きいほどその人の魔力が多く、優れている証となる。
料理用の火をおこすとか、小さな魔法を発動させる場合は魔導具と呼ばれる物に魔力を込めて使う。自分の魔法の威力を弱めるよりも魔導具を使った方が効率的で、魔力調節も要らない。
なので、私のようにわざわざ魔法の威力を弱めて使うのは珍しいらしい。
王立魔法学院でも、とにかく威力の大きな魔法を使うことが優秀である証なのだとされていた。学院では、私は属性は多かったが特化した属性もなく、成績は芳しくなかったのだ。
「エリアナは病弱だった時に暇つぶしに魔法をいろいろ使って、できるようになったんです」
セシルが設定に合わせたフォローをしてくれた。
セシルにも私が家事を魔法で始めた時に、「この世界で家事に魔法を使うのはエリアナくらいだよ」と苦笑された。
私としては、魔導具があると言っても現代日本のようなハイスペックな家電じゃないし、それなら魔法を繊細に操作した方が便利だと思うのだが、あの便利さを体験したことがない人は、少ない魔力を日常生活で使おうと思わないのだろう。
ピクニックの最後にみんなでボートに乗ろうという話になった。
ボートは二人乗りのようで、セシルが「じゃあ僕はエリアナと乗るね」と言ったところで、私とセシル、ダリアとヨルムさんのペアで乗ることになった。
セシルがボートを漕いでくれて、湖を進む。
「うわぁ⋯⋯ここから見る景色も綺麗ねぇ」
「うん、本当に」
湖の上はひんやりとした空気があって、水面をちょんっとつつけばふわっと波打つのが面白い。
「ね、ダリアとヨルムさんもいい感じだと思わない?」
まだ友人という関係の二人だけど、ダリアがヨルムさんの世話を焼いたり、ヨルムさんも時折優しい目でダリアを見つめている。今もボートの上で二人が楽しそうにしている姿が見える。
「うん。このまま上手くいくといいね」
「いくわよ、きっと。今もデートしてるみたいな雰囲気だし!」
セシルの提案でこのペアになったわけだけど、なかなかいい仕事をしたんじゃないかと思う。ダリアとヨルムさんを二人きりにできた。
ぐっと拳を握ると、セシルがクスクスと笑った。
「僕らも、デートに見えてると思うよ」
「えぇっ?!」
私とセシルがっ?! そんな畏れ多い!
あ、でも今は外だから夫婦設定があるし、デートに見えてないといけないのかな?
「僕のお嫁さんは今日も可愛い」
「くっ⋯⋯! もうっ、好き!」
何その笑顔っ! 湖の素敵な雰囲気も相まってめっちゃときめく!
私の推しは今日も尊かった。
やっぱり、先程セシルに触れた時に感じたドキドキは、湖に落ちたせいなのだろう。今感じるときめきとは違うドキドキだと思った。