12.嫌そうな顔が見たいのです
今日の夕食はちょっと特別。
メインは人参入りのハンバーグ。付け合せに人参のグラッセ、人参のサラダに、人参たっぷりミネストローネ。
おわかりいただけただろうか。今日は人参尽くしなのである。
それというのも昼間、常連になりつつある喫茶店でダリアとおしゃべりをしていた時のことだ。
◇◇◇
「それでね、ヨルムったら、あんな図体をしているのにカエルが怖いんだって、可愛いと思わない?」
「えっ、意外。可愛い」
ダリアとヨルムさんは順調なようで、たまに時間を合わせては二人でお喋りしたり、ご飯を食べに行ったりしているようだ。ダリアも最初よりは緊張せずに話せるようになっているらしく、こうしてヨルムさんとの話を聞かせてくれる。
「誰だって苦手なものや怖いものはあるしね!
あたしはヨルムならなんでも受け止められるよ! ⋯⋯セシルさんは何かあるの? あの人何でも完璧そうに見えるから、意外な弱点があると面白いと思わない?」
「それがね、セシルは本当に完璧なのよね。あ、料理は得意じゃないみたいだけど」
今のところ、セシルの欠点なんて料理くらいだ。
ここ最近、朝ごはんは毎日セシルが作ってくれるのだけれど、相変わらず味はパラレルワールドだ。でも、セシルと味の予想をしながら食べるのも楽しいので、欠点になるかはわからない。
「料理ねぇ⋯⋯。あ! 嫌いな食べ物とかはないの?」
「嫌いな食べ物? うーん⋯⋯はっ!」
⋯⋯そういえば思い出した。
私とセシルがまだ幼い頃。一緒に食事をしていて、セシルはサラダに入っていた人参を避けて食べていたではないか。
最終的に纏めて口に入れて飲み込んでいたが、あの嫌そうな顔が珍しいと、私の頭の中の『最推しセシルの表情図鑑』に記録しておいたのだ。
「ダリア、私いい事を思いついたわ!」
「えっ? そう?」
そうよ、セシルは人参が苦手なのよ!
ならば人参たっぷりのご飯を作ればセシルの嫌そうな顔が見れるのではないか。困らせられるのではないか。
これは仕返しにもってこいだ。
私は、セシルへの仕返しその三の決行を決めた。
◇◇◇
「ただいま」
「おかえり、セシル!」
「⋯⋯? なんだか機嫌がいいね? 何かいい事でもあったの?」
「いい事はこれからあるの」
「?」
不思議そうなセシルをテーブルまで誘導すると、「ほら、座って」と椅子に座らせる。セシルは並べられた料理を見ると、一瞬表情を固まらせた。
「ああ、なるほどね⋯⋯」
これはいける!
勝利を確信した私は心の中でガッツポーズをする。
「さあ、食べよう。いただきます!」
食事を開始しつつセシルの様子を伺う。嫌そうな顔を見逃さない為だ。
ふふふ。今セシルは心の中でかなり困っているに違いない。さぁ、頑張って食べて嫌そうな顔を表に出してちょうだい。
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯しかし、セシルは待てど暮らせど食事を始めない。
「セシル⋯⋯?」
嫌そうな顔をしているわけでもないし、デフォルトの貼り付けた笑顔を浮かべているだけだが、どうして動かないのだろうか。
一応、私の料理の腕も少しずつ上達している。焦がしたり味付けを失敗したりは少なくなってきている。今日も見た目が不細工なくらいで、変に焦げたりはしていないし、味も普通だ。
「エリアナ、ごめんね。僕今日すごく疲れてて、お腹は空いているんだけど、食べる気力が湧かないんだよね⋯⋯」
「えっ? 大丈夫?!」
体調がよくないのね! それは大変だ。
心配になってセシルの顔を覗き込むと、彼は少し困ったように微笑んだ。
「でもね、エリアナが作ってくれたご飯はすごく食べたいんだ。だから⋯⋯エリアナが僕に食べさせてくれないかな?」
「食べさせる?」
「そう。エリアナの手で、直接僕にご飯を食べさせて⋯⋯?」
テーブルの向かいから私の手首を掴んだセシルが軽く口を開ける。
ちょ、直接⋯⋯。
それってなんだか、俗に言う『あーん』ってやつみたいじゃない? あのラブラブバカップルがやるという噂の。
それを私が? セシルに?
ど、どうしよう。恥ずかしい⋯⋯けど、セシルは体調が悪いんだし⋯⋯。そもそも食べてもらえないと仕返しが完了しないし⋯⋯。
「うぅ⋯⋯わかったわ」
「ありがとう、エリアナ!」
悩み抜いて了承すると、パッと笑顔になったセシルは「じゃあお願い」と口を開けた。
ハンバーグを一口大に切ると、フォークで持ち上げる。
くっ⋯⋯。この至近距離のセシルの顔も素敵すぎる。口を半開きで待ってるの可愛すぎ。
胸のドキドキが収まらない中、そっとハンバーグをセシルの口に入れた。
「ん⋯⋯。おいしい」
「おいしい?!」
もぐもぐと咀嚼したセシルの感想に思わず聞き返した。
あれ? 私ちゃんとハンバーグに人参入れたわよね? もしかしてすりおろしたから、人参の風味なくなっちゃったのかな? 普通のハンバーグっぽかったかしら?
「じゃ、じゃあ今度はこれ」
フォークに人参のグラッセを刺してみれば、彼はにっこり笑った。
「いいよ」
私はやっぱりセシルのかっこよさと美しさにドキドキとしながらグラッセを彼の口に入れたけれど、出てくる感想は「おいしい」だった。
なんで?!
その後も次々と人参料理を食べさせるものの、セシルが嫌そうな顔をすることはついぞなかった。
「おいしかった。ごちそうさま、エリアナ」
「⋯⋯なんで」
「ん?」
「セシルは人参嫌いなんじゃなかったのー!」
満足そうな顔に悔しくなって叫べば、彼は殊更にっこりと笑った。
「子どもの頃の話だよ。とっくに克服してる」
「嘘ぉ!」
「それに、すりおろしてあったり、甘めの味付けだったり、細かく切ってあったり、食べやすいように工夫されていたから、全然気にならなかったよ」
うっ⋯⋯いや、まぁ、ご飯全部が嫌いな食べ物だったら嫌かなぁって、せめて食べやすいように工夫はしてみたけれど、やりすぎたかな。
「僕はエリアナが恥ずかしそうに食べさせてくれる姿を堪能できて満足だよ。またやろうね」
セシルの嫌そうな顔を見たかったのに、私の恥ずかしがる顔を楽しまれていたらしい。
「セシルの意地悪! もうしない!」
どうやら今日の仕返しも失敗してしまったようだった。