27.王妃殿下は幸せにしたい
――――五年後。
「はい。できましたよ、殿下」
「ありがとう、ダリア」
鏡を見ると、いつもより濃いめに化粧を施された自分が目に入る。だけどもケバいと感じないのはダリアの化粧技術だろうか。
ダリアは今、ヘンリック様の紹介を経て王城の侍女として働いている。ちなみにダリアの夫のヨルムさんは王都に三つある騎士団の一つに入団している。
ダリアとヨルムさんはカーナイド領から出ないと思っていたので驚いたが、「親友の力になりたいから」と王都にやって来てくれたのだ。私も気の置けない彼女がそばにいてくれるのは嬉しい。
貴族令嬢が多い王城侍女の中ではまだ下っ端な彼女だけれど、化粧技術が高いので今日の式典の化粧をお願いした。
「今日は他国の方も来られるのです、しっかりなさってくださいね」
「頑張るわ」
緊張していたのがバレていたのだろうか、口調は丁寧だけどパシンっと背中を叩かれたので、私を鼓舞しようとしてくれたのだろう。
まぁ、緊張するのも仕方がない。私の人生にこんな日が来るなんて思ってもいなかったのだから。
今日は王城で盛大な式典が催される。
窓の外を見ればこの国の紋章、二匹の獅子が描かれた真っ赤な旗がいたる所ではためいてる。貴族も平民も外国の方も大勢の者が王城を訪れる大切な日。
今日は、セシルが国王になる戴冠式だ。
教皇によりセシルに宝冠を授けられ、その後妃である私にも宝冠を授けられる。貴族、国民にお披露目し、今代の国の平和と繁栄を誓うのだ。
戴冠式用の私のドレスは、光の女神の色とされる白。マーメイドドレスで細身だが、レースや宝石があしらわれた見た目より重量のあるドレスだ。
鏡で自分の姿を確認していると、ノックの音が響いた。
「エリアナ。⋯⋯綺麗だね」
入室するなりふわっと微笑んでくれたセシルも素敵だ。
闇の男神の色とされる黒の軍服とマントはセシルの輝く金髪を引き立たせている。すらっとした体型も、整髪料でセットされた髪型も、全てがかっこよくて神々しさすら感じる。ほぅ⋯⋯と思わずため息が出た。
「セシルも素敵。⋯⋯好き」
「僕も」
ドレスや髪型が崩れないようにそっと抱きつくと、「積極的だね」と嬉しそうな声が聞こえて背中に手が回された。
「だって、なんだか久しぶりな気がして⋯⋯」
国王陛下が退位の意向を示されてから、即位するセシルはずっと公務に追われていた。朝は早いし、夜は主寝室に帰ってきてはくれるが、遅いので、昼間同じく公務に追われていた私はいつの間にか眠ってしまっているのだ。
セシルには「エリアナも疲れているんだから、眠ってていいよ。⋯⋯ちょっと悪戯はするかもだけど」と言われたが、朝起きても顔に落書きされていたとかそういうことは無いので、たぶんセシルも疲れでそのまま眠っているのだろう。
⋯⋯話が逸れたが、つまり、あまり会えていない気がして寂しかったのだ。
セシルはそんな私の気持ちを察してくれたようだ。
「うん。僕もエリアナとの時間が少なくて寂しかった。戴冠式が終わってしばらくしたら落ち着くと思うから、その時は君をたくさん堪能させてね」
髪をひと房取ってキスを落としたセシルにソファーに誘われた。戴冠式までもう少し時間があるそうだ。
「さっきね、フィリップがお祝いを言いに来てくれたよ」
「そうなのね。ソフィア様も一緒に来ているのかしら? 久しぶりに会いたいわね」
「たぶんね。僕としてはあまり会わないで欲しいけど」
フィリップ殿下は王位継承権を無くした後、王籍を離脱した。
伯爵位を賜り、ソフィア様と結婚したあとは領地にて花の栽培に力を入れているそうだ。『花伯爵』と呼ばれつつある彼は、王族にいた頃よりも生き生きと楽しそうに過ごしているらしい。
ソフィア様はそんなフィリップ様と領地運営を行い、影の支配者(セシル情報)となっているらしい。こちらも楽しそうでなによりである。
「あと、妹の結婚が決まったランドルフがうるさかった。僕の即位の祝いより彼の愚痴を聞かされる方が長かったよ」
「ランドルフ様は相変わらずメリッサ様がお好きよね」
メリッサ様は最近結婚が決まった。シスコンのランドルフ様はそれを嘆いているらしい。
ちなみに、メリッサ様のお相手はカーナイド辺境伯のヘンリック様だ。
五年前の光の祭典をきっかけに少し距離が縮まった二人は、引っ込み思案で卑屈なメリッサ様をヘンリック様が慰めるうちに惹かれるようになったのだとか。
元々ヘンリック様が大好きすぎるメリッサ様はプロポーズ時に、
「これは夢ッ?! ああぁぁぁ⋯⋯ヘンリック様が大好き過ぎてとうとうこんな夢を見るように⋯⋯死んでお詫びをした方が⋯⋯」
「死なずに俺の妻としてそばにいてください!」「⋯⋯!!」
と倒れたそうだ。
そして、倒れる度夢だと思うメリッサ様にヘンリック様が再びプロポーズすること実に五回。やっと現実だと理解し、やっと結婚に進んだそうだ。
その数度に渡るプロポーズにもランドルフ様の邪魔が入ったとかなんとかで、私は五年前とは逆にヘンリック様のお悩み相談係を受け持つこととなっていた。
ちなみに、妹大好きランドルフ様は、五年前の光の祭典でマッカーチ伯爵夫妻が捕まったので、彼は陛下から爵位とマッカーチ領を賜り、領政に励んでいる。そのうちいいお嫁さんが見つかって、妹離れできるといいと思う。
「セシル、エリアナ、帰ったぞ!」
「パパ、ママ、ただいま! 間に合ったよね?」
ノックのすぐ後にバーンと扉を開けて入ってきたのはマオくんとミュアだ。
「おかえり。マオ、ミュア」
「おかえり二人とも。十分間に合ったわよ」
封印が解けたミュアは、精神的ショックがあったからなのか、記憶を全て失っていた。
私たちはミュアを保護して、少しずつ世界のことを教えていった。最初は自分も私たちと同じ人間だと思っていたらしく、マオくんと同じ魔族だと教えた時は驚いていたが、ゆっくりと納得していったようだ。
ミュアは、私とセシルを母と父として慕い、マオくんを兄のように慕っている。見た目は幼い女の子だが、理解力や判断力は大人と大差ない。
マオくんとミュアという『魔族』の存在は一部の人を除いて隠されている。何やら強力な魔法が使えることは知られているが、明るく元気で人に寄り添う彼らが『魔王』と呼ばれた存在だったなど疑うことすらしないのだ。
ただ、年月が経っても見た目が全く変わらないと怪しまれるので、自分の認識を曖昧にする魔法をかけていたらしいマオくんだが、ミュアはまだ魔法が上手く使えないことに気づいた。
なので昨年、マオくんはミュアの魔法の訓練も兼ねて二人で旅に出た。ミュアに魔法の使い方、制御の仕方を教えるのと、世界をゆっくりと見て回ってみたかったそうだ。
今のところは数ヶ月に一度は顔を見せに帰ってきてくれているが、もう少し足を伸ばすこともあるのかもしれない。
「もー、聞いてよパパ、ママ! マオくんが『祝いの品は龍とかが妥当かの?』とか言い出すから途中で龍狩りする羽目になったんだけど!」
「待ってそれ、狩って来てないわよね?!」
龍とか神話級の魔物なんだけど!
龍を信仰している土地もあるし、戴冠祝いにそんなとんでもない物もらえないわよ!
「うむ。龍の親子が泣いて命乞いするから、しゃーなし止めてやったのじゃ。その代わり、いつでも移動に使って良いと許可を得てきたぞ!」
「なんでそんなに誇らしげなのさ⋯⋯」
セシルがこめかみを押さえてため息を吐いた。
龍に乗っての移動⋯⋯。ファンタジー。
ちょっと憧れるかも。
「そんな嬉しそうな顔しても、移動に龍は使わないからね? 龍が降りてきた時点で人はひっくり返るからね?」
あぅ。ちょっと期待したのに、ダメらしい。
「ミュア、またマオがとんでもない事をしようとしたら殴って止めればいいからね。僕が許可を出すよ」
「うんっ。わかったよ、パパ」
「えっ。暴力反対じゃー⋯⋯」
マオくんの小さな反論を無視し、セシルはミュアの頭を撫でる。
意外というか、ミュアはセシルによく懐いている。そして、その影響か性格もセシルに似てきている。
口うるさいというか、過保護というか、腹黒いというか。もちろん、前提に愛情があるのはわかっているが。
私とマオくんが共謀して城を抜け出すと、セシルとミュアが追ってきてこんこんと説教をされるのが日常茶飯事になってきた。
「ねぇ、ところでジークは? 元気?」
ミュアがキョロキョロと部屋を見回す。
「さっき起きたらしいから、そろそろ連れて来てくれると思うわ」
そう言ったところでタイミング良くノックの音が響き、赤子を抱えた侍女がやってきた。その小さな子をそっと抱える。
ご機嫌なのか、へらっと笑った顔に自然と笑顔が零れた。
「ジーク! うわぁ、大きくなったねぇ」
「うむ。人間の成長は早いのう」
ミュアとマオくんが駆け寄ってきて、赤子の顔を覗き込んだ。
たまに指でつついたりしている微笑ましい様子に、私とセシルは顔を見合わせて笑った。
ジークリードは昨年産まれた私とセシルの子どもだ。
明るい金髪に黄緑色の目をしていてセシルの色味に近いが、顔立ちは私に似て可愛らしい(セシル談)らしい。
一応嫡男にあたるが、マオくんとミュアは自分の弟のように思って可愛がってくれている。
「抱いてみてもいいわよ」
「優しくね」
手を差し出したマオくんに抱えやすいように渡す。
「おお⋯⋯」
マオくんは割れ物を扱うようにそっと抱えると、にへらっと笑った。
「可愛いのう」
初めてジークを見た時は「見慣れん生物じゃ⋯⋯」と眉を寄せて見ていただけのマオくんだが、今ではすっかり抱くのも上手になって、ちゃんとお兄ちゃんに見える。
ジークを笑わせようとしているのか、いろんな変顔に挑戦しているのが可愛らしい。
「マオくん、ミュアも抱きたい」
「落とすでないぞ?」
マオくんがそうっとジークをミュアに渡そうとした時だ。
「⋯⋯まぁお」
もごもごと口を動かしてジークがマオくんの服を掴んだ。
⋯⋯呼んだ。マオくんの名前を。
えっ、ジークが誰かの名前を呼ぶのなんて初めてなんだけど。
ジークは「まぁお」とマオくんを見つめながら笑う。
「まぁお⋯⋯」
「――――っ! ⋯⋯わし、後七十年は封印されずに生きる」
頬を赤く染めて、感極まった声のマオくんがジークを抱えなおして頬を寄せた。
「えっ。普通最初は『ママ』じゃないの?」
「何勝手に封印までの期間伸ばしてるの?」
それぞれツッコミを入れた私とセシルだが、侍従から「そろそろお時間です」との声がかけられたので、顔を見合わせた。
「エリアナ、行こう」
「そうね」
差し出されたセシルの手を取る。
今日からセシルと私は王と王妃になる。
没落させられてから始めた仕返しはもうお終い。たくさん嘘をつかれて騙されたけれど、彼はそれ以上にたくさん私を愛してくれた。
驚いた顔や、困った顔も好きだけど、やっぱりふにゃりと笑う幸せそうな笑顔が好きだから。
これからは、私の隣で一緒に笑って欲しいから。
国を治めるのは大変なことも多いだろう。でも一緒に乗り越えていきたい。生きていきたい。
新しく増えた家族も一緒に、みんなで。
「私、今度はセシルをたくさん喜ばせる所存よ! 心からの笑顔をデフォルトにしてあげるわ、覚悟なさい!」
「それは楽しみだな」
セシルは幸せそうに笑った。
〜fin〜
最後までお読み頂きありがとうございました。
またどこかでお会いできることを願っております。