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推しに没落させられたので仕返しする所存  作者: 佐野雪奈
第三章 公爵令嬢は仕返ししたい
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むかしの話13 セシル視点


 クロムス男爵令嬢は期待通りの働きを見せてくれた。


 エリアナが彼女に近づけば被害者顔で怯え、フィリップ殿下にはエリアナと僕が嫌がらせをしてくると泣きつくようになった。


 フィリップ殿下は闇の祭典以降エリアナにキスをすることはないし、むしろ更に距離があいたように見える。いい傾向だ。




「そういえば、このまま計画を進めると君は立場が悪くなるんだけど、いいの?」


 クロムス男爵令嬢と話す時はなるべく人目につかないように気を配る。今日もしっかりと周りに誰もいないのを確認済みだ。


「あら。わたしの心配をしてくれるんですか、お優しいですね」


 嫌がらせの主犯として婚約破棄までされれば王家や公爵家は事実の究明を行うだろう。そしてそんな事実は出てこない。そうなればクロムス男爵令嬢に非難が行くだろう。


 良くて被害妄想の激しい令嬢と認識され、悪くて不敬罪だろうか。


「そりゃあ、大切な共犯者さんだからね」

「ふふ、既に陛下に話を通している人がよく言いますね」

「ああ、知っていたの?」


 フィリップ殿下とクロムス男爵令嬢の仲は既に陛下の耳に入っている。そして、クロムス男爵令嬢がエリアナに嫌がらせを受けていると言っているのもご存じだ。


 知った上で今は傍観している。陛下は後継を指名する為に候補者を試すことがあるので、おそらく真相を調べておいてどう動くか観察でもするのだろう。


「僕は陛下に聞かれたから答えただけだよ。それに君のことだ、対策は考えてあるんだろう?」


 欲しいものは何がなんでも手に入れるという彼女のことだ、立場が悪くならないように上手く立ち回るのだろう。


 そう思ったが、彼女の返答は僕の予想の斜め上を行った。


「いえ、特に。何もする気はありませんよ。むしろ立場を悪くしてくれるからあなたの計画に乗っているんです」

「⋯⋯フィリップ殿下と結ばれたいんじゃないの?」


 相変わらず彼女の考えは理解できないな。

 本当に、思考が筒抜けで純粋で可愛いエリアナとは正反対だ。エリアナに会って癒されたい。


「もちろん。今の殿下ならわたしの主張を疑うことなく信じてくれますからね。この計画が成功した暁にはわたしはフィリップ殿下の婚約者になれるでしょう。だから、そんなわたしを婚約者にしたフィリップ殿下の立場を悪くしたいんです」

「⋯⋯そう」


 想い人の評価をわざと下げるって、随分と歪んだ愛だなと思ったけれど、僕も似たようなことをやっている事実に気づいたので、言葉にするのは止めた。



 先日、この国の西にある辺境、カーナイド領の領主が倒れた。

 あの地は高齢領主が一人で運営していて、跡継ぎは学院在学中のヘンリックだけ。魔王復活の兆しが出ているカーナイド領で領主不在は厳しいとのことで王家に救援要請が来たのだ。


 そこで僕が指名された。僕は魔法学院を卒業したらカーナイド領に行き、領主代行を務めることになった。そこにエリアナも一緒に連れて行くつもりだ。


 どうせなら没落したフリをして二人だけで平民生活を送るのも楽しそうだなと思って。


 婚約破棄されたその場で求婚するよりも、エリアナを独占しながらゆっくり時間をかけて僕の気持ちを理解させて、ゆっくりと落としていく方が、エリアナの可愛い反応をたくさん見られそうだから。


 エリアナを幸せにしたいとは思っているけれど、僕の想いを受け入れてくれないエリアナにちょっとした仕返しだ。


 後で真実を知ったエリアナの反応も楽しみだ。怒るかな? 混乱するかな?


 エリアナの反応を想像するだけでも楽しい。そんな僕の心の内を見透かしたように、目の前の彼女は笑った。



「うふふ、卒業パーティーが楽しみですね」

「ふふ、そうだね」




 ◇◇◇




 運命の卒業パーティーまであと一日。


 ここに来るまでが大変だった。卒業と同時に僕は王籍入りとなり、さっそく任務が与えられるのでその準備ももちろん、エリアナを手に入れる為の計画、根回し、全てがやっと整ってきた。


 フィリップ殿下はクロムス男爵令嬢に首ったけで、エリアナとの婚約破棄を行う準備が進められているらしい。


 それは既に国王陛下やレクサルティ公爵の耳にも入っている。


 以前、国王陛下とレクサルティ公爵に「もしフィリップ殿下が不当にエリアナとの婚約を破棄することがあれば、彼女の名誉を守る為にも僕の婚約者として欲しい」とお願いをしていたので、再度確認の為に呼び出され、殿下が婚約破棄を行った場合はエリアナは僕の婚約者になることに決まった。


 更にエリアナの父であるレクサルティ公爵には、領主代行の任務にエリアナを同行させる許可ももぎ取った。


 ――――もう少し、もう少しでエリアナが僕のものになるんだ。





「明日で卒業ね」


 名残惜しげに机に触れるエリアナに「そうだね」と返す。


 今は「一緒に学院内を見て回らない?」というエリアナのお誘いに乗り、ゆったりといろんな場所を歩いている所だ。


 卒業を目前にもの寂しい気分になっているのかもしれない。


「⋯⋯ねぇ、セシル」

「どうしたの?」


 珍しく真剣なエリアナの声色にドキッと心臓が鳴る。上げられた琥珀色の瞳にはほんのり水の膜がかかっていた。


「十年間、私と一緒にいてくれて、友人でいてくれてありがとう。私、すっごく幸せだった。これからは、セシルは自分の幸せを考えて、愛した人を大切にしてあげてね」

「エリアナ⋯⋯」


 まるでもう会えなくなるみたいに、悲しそうに、泣き出しそうに言うから、真実を言いたくなる。


 君と僕はこれからも一緒だから、僕の愛している人は君だから、君をこれからもずっと大切にするよって言って抱きしめてあげたくなる。


「いっぱいいっぱい幸せになってね。⋯⋯でも、たまには私のことも思い出して、たまには一緒にお茶とかしてくれると嬉しいわ⋯⋯」

「⋯⋯うん。大丈夫だよ。ちゃんと幸せになるから、また一緒にお茶しようね」


 ううー、とポロポロと涙をこぼすエリアナにハンカチを差し出す。


 ああもう、好きだ。

 何でこんなに可愛いの?

 本当に君は僕のことが好きだね。相手の幸せの為に自分の気持ちを押し込めて、全力で応援してくれる。


 ただ、それが僕の意思に反するから要らない応援だったんだけど、エリアナが僕の幸せを願って行動してくれていたのは十分伝わった。


 だからこれからは、君と僕と二人で幸せになれるように頑張るからね。僕と一緒に幸せになろうね。




 ◇◇◇




 迎えた卒業パーティー当日。


「首尾は?」

「滞りなく」

「頼んだよ」

「お任せを」


 クロムス男爵令嬢と短い確認をして、会場入りをした。


 今日もエリアナはフィリップ殿下のエスコートだったけれど、そんな胸が焼けるような光景も今日が――――今回が最後だ。




 国王陛下やら来賓の挨拶を終え、各々談笑をはじめようとした時に、それは開始された。


「ここで皆に知らせておきたいことがある。エリアナ・レクサルティ公爵令嬢、ソフィア・クロムス男爵令嬢、こちらへ」


 フィリップ殿下の呼び掛けにより注目が集まった。


 エリアナはキョトンとした顔で、クロムス男爵令嬢は胸の前で手を組んで怯えたように殿下の元へ進み出た。


 フィリップ殿下はクロムス男爵令嬢を引き寄せると彼女を守るようにエリアナと対峙し、キツく睨みつけた。


「エリアナ・レクサルティ。私、フィリップ・アルフィアストは今この場で君との婚約を破棄する!」


 ⋯⋯やっと言ってくれた。

 待ち望んだその言葉に口角が上がりそうだったが、わざと神妙な顔を作った。


 陛下に目線を送ると、眉を寄せながらも小さく頷いてくれた。僕の望み通りにしていいのだろう。


 まるで覚えのない言いがかりで断罪されるエリアナはかなり混乱しているようだ。「え?」とか「は?」とかまともな言葉が出てきていない。

 

「なんの罪もないか弱いソフィアに執拗な嫌がらせをする者などこの私の伴侶に、ひいてはこの国の貴族に相応しくない! エリアナ・レクサルティ及び――――セシル・エディローズの身分を剥奪し、この王都から追放する!」


 僕もついでに追放宣言された所で、エリアナに近付いた。


 断罪されて困っているかと思いきや、フィリップ殿下の求婚に何故か感動していた。

 ぽつりと「ゲームと同じ⋯⋯」と聞こえたので、エリアナの前世のゲームと同じ展開を作れたようだ。


 じゃあ、追放されたエリアナと僕は会場を出ていかないとね。


「失礼いたしました、殿下。⋯⋯エリアナ、行くよ」


 未だに状況を把握しきれていないのか、呆然とするエリアナの手を取った。


 ――――十年ぶりだ。

 初めてエリアナに会った日に、初めて「大好き」と言ってくれた日に握ってもらってから。


 あの時よりも大きくなったはずだけど、小さく感じるのは、僕の手が大きくなったせいだろうか。


 細くて、柔らかくて、力を入れたらすぐに折れてしまいそうだ。


 十年前は振り払っちゃってごめんね。もうそんなことしないから。


 僕は丁寧にその手を引いた。エリアナは素直にエスコートを受けてついてきてくれた。


 僕の隣にエリアナがいる。幼馴染みでも友人でも取り巻きでもない、婚約者としてエリアナの隣に立てる。


 ⋯⋯もう二度と、この手は離さない。


 心の中でそう誓って、少しだけ手に力を込めた。






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