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捌―【黒キ牢獄ノ社畜】

「へぇ……ミキさんは察知系のスキル持ちなのね」


 緊張する事もなく、すっとどこからともなく二本の刀を両手に装備したユメクイ。

 その程度も知らないのにお前はミキの友達だと思ってたのか……。

 まぁいい――知らぬなら、教えてやろう、ミキのこと。


「ミキは回復アイテムが無いラストエデンでは唯一の手段になる回復魔法が使える上に、範囲攻撃魔法はレベル60でも十分な火力がある。しかもサポート役としてもかなり優秀だ。パーティーで囲んでおけばミキ自身の防御力が上昇するスキルがあるおかげで、狙われやすい魔法系プレイヤーだけど簡単には死なない。更に危なくなったら一時的に姿を消すことだってできる。あとこの中だと俺だけだけど、男キャラなら大幅にステータスと回復量をアップさせる支援(バフ)スキルも獲得したしな」

「どうしてあなたが自慢気なのかよくわからないけど……まぁすごいのね」

「あ、あはは……きょ、恐縮です。ただ先輩、最後のはイメージが悪いのであまり言わないでほしいんですけど」


 おっと、つい口が滑ってしまった。

 確かに男のみに限るなんて、現実で男に媚売ってるみたいに思われるもんな。


「ちなみにあなたの新しいスキルは?」

「お前が知らないスキルだと、【惰弱の連鎖】と【諦めの精神】だな」

「えっと……なに? そのいかにもやる気が無さそうなスキルの名前は……」

「うるせぇ。勝手に名付けられんだからしょうがねぇだろ」


 俺は現実では面倒くさがりの効率重視だからなのか、それに伴ったスキルが多い。

【惰弱の連鎖】はまるで時給の安いコンビニバイトを惰性で続ける俺を表しているかのように思えるし、【諦めの精神】に至っては武器を手放してノーガードでモンスターの攻撃を食らえばほぼ即死のダメージを受けられるという自滅スキルだ。

 ただ、どちらも現実の俺という人間をよく表していると思う。

 問題は他の二つだ。


 ユメクイと共に行動していた頃に獲得した二つのスキル。

 この二つに関しては俺を表しているのか微妙なところだ。

 しかし同時にラストエデンで俺が活動していくにあたって必要不可欠なスキルでもある。


 現在のラストエデンにおいて、知られている中では唯一、俺は自分だけの固有の武器というものを持たない。

 例えばミキなら杖。ユメクイは二本の刀。モーハンさんは巨大な盾と槍。コウムさんは三本爪のクローという武器……と、誰でもそれぞれに違った武器を持っているのだが、俺にはそれが無い。


 そうなると俺はこの世界でまともに戦闘が行えないということになるのだが、俺が最初に手にしていたスキルはその欠点を補う、それどころか無限の可能性を与えてくれるものだった。



 ――そのスキルの名称は【永遠の夢追い人】。



【永遠の夢追い人】の効果は、難易度に関わらず一度でもダンジョンを攻略したプレイヤーの武器を、いつでも好きな時に使えるようになるというもの。

 初めこそユメクイに同行する形でおこぼれを頂戴した形になったが、その後は自分の手で数を増やし続けてきた。

 つまり俺は、これまでに攻略してきたダンジョン、そのプレイヤーの数だけ武器を持つ。

 そしてレベル30で獲得した【多才の凡才】というスキルのおかげで、やや一つ一つの威力は落ちるが複数の武器をいくつでも同時に装備することが可能になり、ますます幅が広がった。


 ただ気になるのは……この【永遠の夢追い人】は、果たして現実の俺を表していると言えるのだろうか?

 現実の俺は夢を全て諦めたわけだし、見ようともしていない。全く夢を追えていないと思うのだが、何故かこんな名前が付けられた。

 もう一つの【多才の凡才】に関しては、何でもそれなりに出来てしまう俺にやや当てはまる部分があるかもしれないので、そうなるとなおさら一つだけ浮いている。


「先輩はよく自分のスキル名を人に教えられますね……わたしは無理です」

「私も無理ね。心の中を覗かれてる気分になるもの」

「俺の場合はちょっとネタに出来る名前だからな」

「だとしても……無理です」


 ミキはどうやら絶対にスキル名を明かしたくない派らしい。

 どのプレイヤーのスキルも基本的に条件を満たせば勝手に発動、あるいは任意で効果を及ぼすことが出来るが、その詳細と名称は本来自分自身にしかわからない。

 ラストエデンではゲームのようにステータスやスキルを確認するウィンドウのようなものは存在しないので、自分の脳内にあらゆる情報が存在するという仕組みになっている。


 だからミキの男性プレイヤーのみ強化というスキルも、【恋愛脳】なのか【男好き】なのか、はたまた【ぶりっ子】なのか【いけ(ゴー)わたしの(マイ)男ども(グッドルッキングガイ)】なのかは本人のみぞ知るということだ。

 ただ個人的には、ミキのスキルはどれもあまりいい方向性ではないのではないかと思っていたりする。


 まず、パーティーメンバーに囲まれていれば防御力上昇というもの。

 それってつまり、現実では人に囲まれて生活しているってことで、しかも防御力が上がるってことはもうなんだ……女王様的なポジションなんじゃないのか?

 その上で男だけを強化する。更に更に、危なくなったら自分だけ姿を消せるスキルまであるなんて、なかなかに性格が悪そうな……。


「さて……とりあえず、今回は私はいるから皆は下がっていていいわ」


 俺がミキのスキルに思考を巡らせていると、突然無駄話はここまでと言わんばかりに、少しだけ気を引き締めるかのような声を出したユメクイ。そして同時にすっと一歩前に出た。

 確かにユメクイ一人でも【地】のダンジョンは容易く踏破出来るだろう。

 ユメクイのスキルについては一切詳細を聞いたことがないものの、そのくらいの強さがあることは知っている。

 ただ……それはスルー出来ない発言だな。


「いやいや待て待て。お前こそ下がってていいぞ。ここは俺がやる」


 一歩出たユメクイの更に一歩前に出て、果物ナイフ程度の短剣を右手に装備する。

 しかしそうすんなりはいかず、斜め後ろからは鼻で笑う声。


「……ふふっ。昔は私の後を着いてくるばかりだった寄生虫が……何を言っているのかしら?」

「だからこそだ。ようやくてめぇに追いついたんだから、ここは一つ俺の力を改めて」

「見せなくていいわ。というか邪魔だからもう帰ったら?」


 これ見よがしに俺の更に一歩前へと踏み出したユメクイ。

 くそっ……でもまぁ昔のことは事実だし、ならここは。


「……じゃあ百歩譲って共闘で」

「あなたと共闘なんて絶対嫌よ」

「昔はしたじゃねぇか」

「あの頃のあなたはただの私の露払い役でしょ?」

「てめぇ……」

「あの、せんぱ――」

「いや、した! したじゃねぇかこの前! 俺が攻略中のダンジョンにお前が勝手に入ってきて、仕方なく一緒にボス戦を」

「あぁ、あれね……他のプレイヤーに入られたくないならちゃんと宿を借りなさい? 攻略中だとしても、道端に転がってると何事かと思うじゃない」

「あれは……男だったし、相手の希望だったし……」

「違うでしょ? あなたがここでいいだろって言ったんじゃない」

「おいなんで知ってんだよ……お前、いつから見てた」

「キャッチセールスみたいにダンジョン攻略の誘いを持ちかけてるところからよ」

「最初からかよ! ってことはわかってて入ってきたんだな!?」

「二人ともー? モンスター来てるよー? 前じゃなくて左右からすごいいっぱい来てるよー?」


 コウムさんの指摘にハッとして、互いに左右へと顔を向けた俺達。

 その視線の先には黒い色をした人型モンスターが少なく見積もっても片側だけで100体以上。全てのモンスターの服はボロボロのスーツで、髪はぼさぼさのネクタイはよれよれ。

 ラストエデンのモンスター――ゴブリンやオークなどは勝手に名前を付けられたものばかりだが、ダンジョンの中にいるモンスターは人型の顔の上にそれぞれ固有の名前が浮かぶように表示されている。

 頭上に浮かぶ緑色のHPゲージの上。今回のモンスターの名前は……


 ――【黒キ牢獄ノ社畜】


 ビルの自動ドアから。地下鉄へと続く階段から。

 中にはビルの屋上から飛び降りてきたり、コンクリートを割って現れる者も。

 左右に確認した数百体以降も、続々と数が増え続ける。


「いや……一気に来すぎじゃね?」

「そ、そうね……これは少し多すぎるというか……」

「どうする? これでも一人でやるか?」

「やるわ」

「本気か?」

「……ごめんなさい。死にはしなくても、全員を護り切れる自信は無いわ。だから、その……」

「了解」


 ユメクイはレベル99とはいえ、戦闘スタイルの関係からステータスのポイントをAGIに振り過ぎている。次に物理攻撃を扱うのでSTRに多く割き、魔法を使わないのでINTはもちろん、防御面を補う為のVITにもほとんど振っていない。

 そして俺はある意味では師とも言えるユメクイの影響から同じような割り振りをしているので、同じくVITに振ったポイントは皆無に等しい。

 つまり俺達はどちらも、高レベルとはいえ総HP量と防御力はあまり高くない。


 速度重視で回避は出来るので数十体程度なら一人でも何とかなったかもしれないが、ここは腐っても【地】のダンジョン。

 ただでさえダンジョンのモンスターは外にいる名前の無いゴブリンやオークに似た有象無象のモンスターよりも遥かに強力なものとなっているのが通例だ。それを数百体……下手すれば千体以上も相手にする。

 現実的に考えて、どれだけ頑張って回避しようとそれだけの数がいればある程度は攻撃を食らってしまうので、こちらのHPが尽きるのが先だろう。


 ただこの状況でもユメクイは死にはしないと豪語した。

 単なる強がりか……あるいは、そういうスキルや武器の能力でもあるのか。


「名前はー、【黒キ牢獄ノ社畜】かぁ。あははー、そのまんまー。まぁモーハンもリアルじゃ社畜だーなんて言っていたし、それが反映されてるのかな」

「まぁ、多分そうなんでしょうね。とりあえず処理しましょうか」

「そだねー。クフッ……ヒヒッ……ヒャハハハハハッ!!」


 俺とユメクイが行動を始めるよりも先に、両手に長い三本爪の武器【クロー】を装備してモンスターの群れに突っ込んでいったコウムさん。

 久々に見たけど……やっぱりコウムさんは戦闘になると人格が変わり過ぎだと思う。


「今日もコウムさんはいい感じに壊れますねー」

「だなー」

「え、ちょっと待って? あの人はいつもあんな感じなの? 大丈夫なの?」


 いつもあんな感じで無謀な特攻を仕掛けていくのだが、何故かあの人は絶対に死なないので俺もミキも心配しなくなってしまった。

 コウムさんのレベルは聞いたことがないが、恐らくはかなりの高レベルだ。

 もしかすると……俺やユメクイと大差ないかもしれない。


「このままじゃ自滅しそうね……先に――っ!?」

「きゃぁっ!?」


 何かに気付き息を呑んだユメクイと、悲鳴をあげたミキ。

 その原因はミキの足元から突然現れた新たな社畜モンスター。

 モンスターは現れると同時に、ミキに向けて両手を振り下ろそうとした。


 ――が、問題はない。既に俺が斬った。


「大丈夫か?」

「あ……は、はい。ありがとうございます」


 切れ目を入れた腹部が何度も繰り返し切り裂かれ、腹の辺りからずるりと上下の体がずれたモンスター。

 その直後、体は全てが砂へと変わった。どうやら耐久力は大したこと無いらしい。


「すみません……足手まといに……」

「気にすんな。それより俺から離れんなよ」

「は、はい! 王子さまっ!」


 ミキの前に立ち、片手だけだった短剣を両手に一つずつ装備しなおして構える……って王子さまってなんだよ。

 いや……スルーだスルー。今は集中。

 俺のスキルである【惰弱の連鎖】は弱い攻撃であればなんにでも適用される。よってINTを全く上げていない魔力皆無に等しい範囲魔法攻撃を使えば一掃も出来るのだが、コウムさんがモンスターの波にのまれてどこにいるのかわからないので巻き込んでしまいかねない。

 ならば一体一体倒すしかないのだが、ミキは俺達の中でもレベルが低い上に、HPも防御力も低い。一人で残すわけにはいかない。


「ユメクイ。暴れる役目は譲ってやるよ」

「私はあなたのように暴れたりしないわ。無駄なく華麗に倒すと言ってちょうだい」

「どっちでもいいからさっさと行け」

「言われなくても。護衛、頼んだわよ」


 隣から凄まじい速度で走り出し、一瞬でモンスターの群れの中へと姿を消すユメクイ。

 その直後、ぱぁっと俺の身体を優しく包み込んだ白い光。

 振り返れば、杖をかざしたミキが俺に支援スキルをかけてくれていた。


「助かる、ありがとな」

「いえ、私こそ! 護ってくれる先輩、大好きですっ!」

「お前の好きは毎回軽すぎるんだよなぁ……たまには真面目なノリで言ってくれ」

「むぅ……真面目に言ってるつもりなんですけどぉ……」

「はいはい。二人の回復も頼むぞ?」

「……はーい」


 こうして始まった戦闘――だったが、結論から言ってこのダンジョンは他の【地】とは比べ物にならないほど容易に突破出来た。

 モーハンさんのダンジョンのモンスター【黒キ牢獄ノ社畜】は、社畜だけあってダメージを恐れず死に物狂いでかかってきたが……一体一体は同情してしまうくらいに貧弱だった。


 何を隠そう社畜だけあって戦闘前から既に長時間労働の後の状態。

 名は体を表しており、下手をすれば自ら帰りの駅のホームで飛び込みそうなほど生気の無い死にかけの状態だった。というか実際にビルの屋上から降りてきた奴らは、その時点でHPを全損していた。

 ちなみにダンジョンの最奥に待ち構えていたボスモンスターとでもいうべき存在の名前は【上澄ミ巣食イノ上司】。

 こちらは社畜たちと違ってやたらとHPが高いモンスターだったが、設定的に部下の上澄みを掬い取って会社に巣食うだけの存在らしく、実質的には恐らく社畜たちよりも弱かった。

 しかしこんな名称のボスが出てくるという事はやっぱり、モーハンさんも上司に何か手柄を横取りでもされたのだろうか。社畜にはなりたいないもんだな……。



 ――『ダンジョン【地】の攻略を達成しました』



 ボスモンスターを倒した直後、ダンジョン内に響き渡るアナウンス。

 更にその直後、俺達がいた札幌のビル街風の景色は空間にヒビが入り崩壊する。

 これは誰のダンジョンであろうと同じ仕組みで、たいていはひび割れて崩壊した後、それまでいた場所とは大きく異なる平和な景色に移り変わる。

 しかし……モーハンさんの場合は場所は変わらず雰囲気だけが変わった。


 具体的に言えば、新たに視界に広がったのは……さっきまでよりも現実に引き戻されそうな現在の札幌にうり二つの景色だった。

 その内の一つのビルの中には、デスクに突っ伏して眠るモーハンさんの姿があった。

 ダンジョンの外でも中でも眠り続けるダンジョン主は、攻略が達成されると起きることができ、そして最後に報酬を選択する。



 ――『ダンジョン【地】攻略達成の報酬を述べてください』



「ありがとう、クラーク君」

「いえ、俺だけの力じゃないっすから」

「……そうか。じゃあ、いいかな?」

「内容によりますけど」


 モーハンさんが述べるのは、俺に求める個人情報。

【地】になれば現住所すら知ることが出来るので普通はなかなか挑むやつがいない。

 でも俺の場合は問題ない。

 モーハンさんが悪人じゃないだろうと信じている部分もあるが、それ以前の問題だ。


「君の――――」



 生きる為だけに生きている俺は、死にたいと思うことこそ無いが、生きたいと強く思うことも無い。

 現実にまるで興味を持たない無価値な命。


 ――ただの生ける屍だから。

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