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伍―【夢を喰らう者】

 ――『ラストエデンへようこそ。ログインボーナス250日目を配布しました』


 今日も変わらず速やかに眠りにつき、見知らぬ女のシステムチックな声に目を覚ます。

 しかしそこはまだ眠りの中。

 見渡す限り一面の大草原。その中で目を凝らすと、遠巻きに小さく見えるのは俺と同様にログインしてきたプレイヤーの姿。

 その内の一人。目視できるかどうかといった距離にいたはずのプレイヤーが、みるみる内に俺へと近付いてくる。


「クラークせんぱーい!」

「おう。おは――」

「抱き着きダーイブ!!」

「――ぉごぉ!?」


 挨拶もそこそこに俺へと飛び込んできたミキ。

 それに対して情けなくも妙な声を漏らしながら地面に仰向けに倒れてしまった。

 だって……ミキの頭が俺のみぞおちに突っ込んで来たんだもの。


「い、今のは抱き着きじゃない……ヘッドバットだ……。ていうかそろそろ毎日ダイブしてくるのやめない?」

「まぁまぁ、いいじゃないですかーどっちでも。むしろ痛くないのに今のリアクションは過剰だと思いますよー?」

「……今のは、つい条件反射で」

「じゃあ私のも条件反射なので仕方ないですねー」

「条件反射でHPが無くなりそうな勢いの突進を毎回食らわされるのか……」

「んぅ? 何言ってるんですか?」


 どうして急に日本語が不自由になった?

 まぁこういうのは痛くないとわかっていても痛いと言ってしまうし、苦しくないのに苦しいリアクションをしてしまう。

 これはもう反射的なもので、格闘ゲームやレースゲームをやっている時に身体が動くのと同じようなものなので直しようもない。

 ただ……ミキのこの行動はそろそろ直してほしいところだ。


「えへへへ~。せんぱい、今日は何しますか? 経験値稼ぎですか? それともエッチですか? 肉体的に(・・・・)わたしの中に入っちゃいますか?」

「…………入らない」

「最近は少し露骨に間が出来るようになりましたね。もしかして結構な割合で惹かれちゃってますかぁ?」


 惹かれてないし……いや、まぁ嘘だけど。

 ミキと出会ってからかれこれ約二ヶ月。

 結局初心者講習の後もなんだかんだで面倒を見ることになったのだが、そのままずるずると毎日二人で一緒に行動するようになってしまった。

 そうなるといくらラストエデンでのキャラクターが作られたものだとしても、男として惹かれるのは時間の問題だった。


 だって外見はいわずもがなの最上級で、言動も男からすれば可愛く思えるもの。馬鹿っぽくも見えるが、その実、案外察しは良いし頭も悪くない。

 他のプレイヤーに対しても人当たりは良いし、複数人でチームを組む【パーティー】で行動した時は、気が利く上に思い遣りもあり、なおかつムードメーカーになってくれた。

 男にだけ愛想がいいのかと思っていた部分もあったが、女性プレイヤーに対しても同じように接する辺り、恐らく裏表はない……と信じたい。

 あとは一緒に行動していての予想だが、実年齢も恐らく自己申告からそう離れていない。性別もきっと同じだ……と思う。


 そして何よりも、一緒にいて、話していて、毎日楽しいと思える相手なら……まぁ、その、なんだ……惹かれちゃうのは仕方ないでしょ?

 でも俺はいつもこう言うのだ。


「惹かれてない。あと早く離れろ……人が来る前――……に」


 ぶっきらぼうな演技をしてから注意をしようとするも、時すでに遅し。

 ラストエデンではログイン位置がアカウント作成時に決定され、以後は毎回固定となっている。

 そして俺のログイン位置から半径数百メートルの範囲内には、ミキも含め他にも何人かログインするプレイヤーが存在する。

 そいつらの内、ログインしてすぐに街に向かうプレイヤーがいた場合、方角的に俺のログインした場所を通過する必要がある。

 さぁここで問題だ……そのプレイヤー達が今の俺達を見てどう思うか……。


「またこのバカップルか」

「夢の中でまで勝ち組からの嫌がらせかよ……」

「死ね」


 答えは、ものすごくストレートな罵声を浴びせ掛けられる。

 たいてい同じ男性プレイヤー三人組……一人だけ毎回言葉が辛辣なのだが、まぁ俺が、というか俺達が悪いので反論は出来ない。


 基本的に現実に何かしらの問題を抱える、隠していても本当は鬱屈しているプレイヤーばかり。

 中には恋愛絡みで精神を痛めつけられたプレイヤーだって少なくない。というか俺のログイン位置の周囲には特にそういったプレイヤーが多い。

 そういったプレイヤーに何度もこんな光景を見せつけるのは……俺も悪趣味だと思う。


「おはようございまーす!」

「あ、あぁ、うん。おはよう!」

「おはよう。今日も可愛いね」

「好きだ」


 ……と、思ったものの、べつに気を使う必要も無いかもしれない。

 ミキに笑顔で挨拶されればころっと態度を変えてヘラヘラする男たち。まぁ美男美女が多いラストエデンの中でも、トップクラスに可愛いからな。

 まぁだからそれくらいは仕方ない。さっきの暴言も許してやるか。


 とは……なぁーらぁーねぇーぞぉ!?


 ええい、散れいっ!

 立ち去れいっ!

 俺の可愛い後輩にどさくさで告白してんじゃねぇ!!


「すみません……私には先輩がいるのでお受けできません」


 いっそ声に出して怒鳴り散らそうかと思っていたら、ミキがあっさり振ってくれた。

 ふ……ふふ……ふははははっ!

 どうだ、思い知ったか俺に死ねと言った男よ!


「おい、先輩とやら」

「ん? なんだ?」

「……死ね」

「くっ……てめぇ」


 一言吐き捨てると逃げるようにすたすたと街に向けて歩き出した名も知らぬプレイヤー。それに続いて残り二人も各々歩き出してその場から立ち去っていく。

 あとに残されたのは、付き合ってもいないくせに調子に乗っていたらストレートに死を願われた無様な男が一人。

 いや、もう一人いたな……今、唯一の心の支えが。


「先輩は男よけにぴったりですね。大変役に立ちますっ」

「うぐぅっ……」


 男たちを見送ってからにっこり笑って振り返るミキ。

 その屈託のない笑顔とは対照的に衝撃的すぎる言葉のせいで、吐血したかのような精神的ダメージを受けた。

 え、マジで? さっきのって本気じゃなくて男避けの台詞だったの?

 俺としてはもう、あとは俺の一言で付き合えるくらいにまで好感度が高まってると思ってたんだけど……違うの?


「先輩? どうかしましたか?」

「いや……なんでもない」


 言えない。まさか勝手に勘違いしてたなんて言えない。

 毅然とした振りをしながら密かにさっきの男たちに同情してしまった。

 俺もお前達と同じ恋愛絡みのトラウマが出来るかもしれないな……いや、違うか。

 確かにラストエデンには恋愛絡みの精神的苦痛を抱える者も多いが、さっきの三人組は恐らく別の理由からだ。

 その諸悪の根源は……。


「あなた達、またやってるの?」

「あ、ガンジーさん、おはようございますっ!」


 俺達に新たに近付いてきたプレイヤー。

 ミキからガンジーと呼ばれた俺と同い年くらいの女性プレイヤーが苦笑する。


「いい加減その呼び方はやめてほしいんだけど……とりあえずおはようミキさん。今日は一人なの?」

「え……? いえ、あの……」

「女の子が一人でこんな場所にいたら危ないわよ? 良かったら」

「おいちょっと待て。お前はなんで俺をいないやつ扱いしてんだよ」


 俺の発言に対して一旦言葉を区切るも、指先で両耳をごしごしといじってから再度ミキに向かって口を開く。


「変ね……何か不快な音が聞こえる。おかしいわ……ラストエデンにはプレイヤーとNPC、あとは人型モンスター以外には一切の生物がいないはずなのに、どうしてかぶんぶんと羽虫みたいな音が」

「ハエって言いたいのか? それとも蚊か?」

「先輩、(ちょう)かもしれませんよ?」

「ミキさん、この男に蝶はもったいないわ。百歩譲ってゴキブリよ」

「普通そこは()だろ。なんでそこまで落ちるんだよ。つーかちゃんと俺のこと認識してんじゃねぇか」

「……ごめんなさい。気付いてしまったわ」


 謝るのそこかよ……ていうか最初から気付いてただろうが。

 さっきの発言が失言だったとばかりに溜息をついたのは、身長が低めのミキとは対照的に160センチ半ばでそこそこ長身の、モデルかと思うほどスタイルの良い女性プレイヤー。


 ミキはどちらかといえば美少女、可愛い系だが、こちらは美人というのが相応しい。

 日光の輝きを僅かに反射する腰の辺りまで伸びた長い髪は、星が煌めく夜空のような艶やかな黒髪。

 全体的に細身だが痩せぎすではなく、手足の長い身体は男受けよりも女受けが良さそうに思える。胸は多分だけど絶壁。

 なぜ多分なのか。その理由は、この女の装備が着物……というか(はかま)なので、あるのかないのかわかりにくいからだ。


 上も下も黒で統一された袴。

 下のズボンのようになっている部分が黒なのは剣道着なんかもそうなのでまだわかるが、上も黒というのは珍しいと思う。ちなみに上だけは黒一色ではなく、ところどころ雪の結晶らしき柄があしらわれている。

 この袴姿というのは、西洋風のラストエデンにおいてはかなり異様とも言える。噂ではここで唯一の和服キャラクターだという説もあるくらいだ。


 とまぁラストエデンにおいて珍しく、知名度も高い人物なのだが、本名は当然のことながらキャラネームすら知らない。

 一部からは遥か昔に一度だけ名乗ったらしい、【ガンジー】という名前で呼ばれているが、本人的には名無しの状態で通している。

 呼び名が無いキャラクター――そのせいか、それともこれまでの行動のせいか、このプレイヤーを知る大多数の者からはこう呼ばれている。


 ――【夢喰い(ユメクイ)】、と。


「ところであなた、誰なのかしら?」

「仮にも二ヶ月近く行動を共にした相手の顔を忘れたか?」

「あれはあなたが勝手に私に寄ってきただけでしょ? 初心者だからと仕方なく面倒を見てあげたら、犬みたいに尻尾を振ってわんわんわんわんと……鬱陶しくて仕方なかったわ。そのくせ離れていく時はあんなにあっさり……」

「もういいよ……わかったよ……これ言われんの何回目だよ」

「まだ六回目よ? 最低でもあと四回は言い続けてあげるわ」

「あと四回は会うつもりがあるんだな」

「……今言うわ」

「言わんでいい」


 ミキは俺と一緒にいたから知り合っただけだが、俺は違う。

 俺はログイン初日にゴブリンに殺された次の日、ログインして右往左往しているところをこのユメクイに声をかけられてレクチャーを受けた。

 なんでも前日に殺されるところを遠巻きから見ていたらしく、翌日もふらふらしていた俺を見かねて声をかけてくれたのだとか。だからまぁ……性根は割と良い奴だと思う。

 いや、実際に良い奴なんだ。その後俺がラストエデンに慣れ始めてからも、しばらくこいつは俺の面倒を見てくれた。

 俺もまぁ、そりゃ見た目は美女だし? 一緒に行動していたのだが……とある事情でそれなりに友好的だった関係は一気に崩壊した。


「ていうか俺らが罵声を浴びせ掛けられるのはお前のせいでもあるかな?」

「はい? どうして私のせいなの?」

「お前がこの辺の男性プレイヤーをばっさばっさと切り倒したからだろうが」

「私は一回もプレイヤーを切ったことはないわよ?」

「物理的にじゃなくて精神的にな」

「あぁ……そういうこと。ろくに会話をしたことも無いのに突然告白してきてフラれた神風特攻隊なんて知らないわ。そもそも私が本当に女かどうかもわからないのに」

「まぁ……確かに……」

「あなたもよーくわかってるでしょ?」

「っ……ま、まぁな」


 ずいぶんと嫌味ったらしい笑みを添えて確認されたが、こいつの言うとおりだ。

 はい……わかってますとも。わかってますともぉ!!

 昔、ろくに会話をしたことが無いわけじゃない男が一人あなたに告白しましたねぇ! えぇそうでしたねぇ!

 いや、でもあれは何となくその場の勢いっていうか……どうして俺はあの時、現実では絶対にしないような無謀で無茶で恐ろしい勝負に出たんだろうか。過去の自分を殴りたい。

 あ、ちなみに関係性が崩壊した理由はこれではない。


「それよりあなた、今日のログインボーナスでレベルが上がったでしょ?」

「え? あぁ、そうだな」


【ログインボーナス】というゲーム感丸出しの言葉だが、得られるものはアイテムや金ではなく、経験値だ。

 ラストエデンはゲームに酷似した世界観だけあって、街から一定以上離れた場所にはモンスターが生息し、倒せば強さに応じた経験値が手に入る。


 しかしモンスターの生息地には何故か木の柵で囲いが作られていて、モンスターはその柵を絶対に越えてこない。

 なので、わざわざ自分からその範囲内に脚を踏み入れない限りは、一切戦闘を行うことなく毎日平和に過ごすことが出来る。


 よってラストエデンでは戦闘を強制されているわけでもないし、ゲームのように経験値がもらえるようなクエストが存在しているわけでもない。

 もちろんゲームのようにレベルが上がればステータスを好みの配分で強化することが出来るが、そもそも戦闘を強制されているわけではないので、興味が無いプレイヤーにとっては全く必要が無さそうにも思える。


 しかしラストエデンのログインボーナスは経験値。

 さぁ上げろと言わんばかりに毎日少しずつもらえる量が増える経験値のおかげで、戦わないプレイヤーでさえ勝手にレベルが上がっていく。

 ちなみに初回ログインから約八ヶ月経った俺の今のレベルは、今日のログインボーナスでついに一つ上がって99。

 俺が初めて情報を得てから今日に至るまででも、まだ誰一人として達成したことがないという上限レベル100までは残すところ1となった。

 ただ……どうしてお前がそれを知っている?


「なんで知ってんだよ。ストーカーでも始めたのか?」

「人聞きの悪いことを言わないで。ただ陰から見てただけよ」

「……あれ? ガンジーさん……それをストーカーと言うのでは?」


 その通りだミキ。っていうか本当にしてたのかよ……何? 俺のこと好きなの?

 まぁそんなこと無いのはフラれてるから知ってるんだけど。


「ち、違うわ。この羽虫が酒場でぶんぶん騒いでたから知ってしまっただけよ」

「とりあえず羽虫って呼ぶのやめろ。クラークだクラーク」

「ちなみにわたしは昨日60レベルになりました!」

「えぇ……それも聞いていたわ」


 隣で満面の笑みを浮かべるミキが勢いよく挙手をする。

 俺に対してはともかくミキには人当たりの良いユメクイ。普段通りなら今の申告に対して祝福の言葉を述べるところだが、そうはならない事を俺は知っている。


「約二ヶ月で60……ミキさん、悪いことは言わないからこの男とは縁を切った方がいいわ」

「どうしてですかぁ?」

「普通に過ごしてたら、毎日少しずつモンスターを狩っても半年以上かけてようやく50レベルってところなの。それが経験値稼ぎしか頭にないこの男に付き合ってるせいでそんなに早く……」

「レベルが上がるといけないんですか?」

「その通りだ、レベル上げて何が悪いんだよ。お前って前からそうだけど、人がレベル上げるのをすげぇ嫌がるよな。自分はガンガン上げて99になってるくせに」

「それは…………それより、あなたこそどうしてそんなにやる気を出しているのかしら? 確か現実(リアル)での自分は何に対してもやる気が無いって言ってた気がするけど」

「……なんでそれを覚えてんだよ」

「せっかくの個人情報だから持ち帰って(・・・・・)おいたのよ」



 あの権利(・・・・)をそんなくだらないことに使うなんて……やっぱりお前、本当に俺のこと好きなんじゃねぇの?


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