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貮―【ノンプレイヤーキャラクター】

「へぇー、本当に夢の中だったんですね」

「あぁ。だから死んでも問題無いけど、死んだ場合はその日の活動がそこまでになるからつまらない夢にはなるな」

「もう一回寝たら入れるんじゃないんですか? というか何時間活動できるんですか? 寝てる時間と同じですか?」

「ログイン出来るのは一日一回だけ。寝てる間に日付が変わってれば連続でログインも出来るけどな。活動可能時間はだいたい六時間くらいって話だ」


 数十分後……といっても時計があるわけではないので体感の数十分後。

 モンスターが出現するエリアでそのまま話し続けるわけにもいかないので、俺と初心者少女は別の場所へと移動することにした。


 その道中でさっそく、ラストエデンという名称を初めいくつかの説明をする。

 断っておくが現実の俺(・・・・)はこんなサービス精神を持ち合わせてはいない。現実ではことなかれ主義が基本。必要性がないものはことごとくやらないのが俺という人間だ。

 だから今回はこれはラストエデンだから……というのと同時に、俺も初心者だった頃、同じようにとある女からレクチャーしてもらった恩義があったからこそ出来たことなのだろう。


「活動時間って、睡眠時間に関係なく六時間ですか?」


 あとはこの少女が思っていたよりも頭が回り、飲み込みが早いおかげで、レクチャーするのが楽だったのもあるかもしれないな。


「さすがに数秒のうたた寝程度じゃログイン出来ないけど、普通に眠った場合は時間に関係なく六時間だ。まぁ時計が無いからだいたいそんなもんだろうって話だけど」

「数秒でダメでも、数分だとログインしちゃいます?」

「俺の経験だとログインする。あと聞いた話だと、睡眠じゃなくて気絶とかでもログインするらしい。ようするに現実で意識を失うのがきっかけになるらしい」

「なるほどなるほど……」

「ちなみに何時に寝ても、同じ日付に寝た人間はスタートからラストまで、全く同じ時間を過ごすことになる」

「んー……ちょっとわかりにくいです」


 そして飲み込みが悪いときでも、素直に聞いてくれるから問題無い。

 ……いや、正直に言おう。

 俺は単純に……たまには可愛い子と一緒に行動したかっただけだ。

 

「例えばそうだな……俺が朝の九時に寝て、そっちが夜の十時に寝ても、ここにログインするタイミングは一緒ってことだ。まぁ最大で一分程度のズレはあるみたいだけどな」

「あぁ、それならわかりやすいです。でも……こんな場所で六時間もやることありますか?」

「あるだろ。経験値稼ぎとか情報交換とかダンジョン攻略とか」

「あとエッチとか?」


 ダンジョンっていう新しい言葉に反応しとけよ……まぁ今のそちらさんにははまだ早いからいいけどさ。


 とりあえず少し話していて感じたことだが、この少女はエロいのではなく、単に思ったことを何でも口にしてしまう性質らしい。

 いや……実際本当にそっち系に頭が行きやすいのかもしれないが、少なくとも意図して言っているわけではないようだ。

 なにせエロ方面だけではなく、人を見たら『人ですっ』と、道を見たら『道ですっ』と、それ以外にも何か思ったらすぐに口に出し、言いたいこともばんばん言ってくる。

 これは多分あれだな。外見と同じく、理想の自分(・・・・・)の姿というのが内面にも影響を及ぼしているのだろう。

 まぁこの説明は後で…………って、あれ?

 よくよく考えたら、どうしてこの子は何も知らないんだ?


「そういえば、最初のチュートリアルで色々説明されなかったのか?」

「エッチはスルーなんですね……って、チュートリアル?」


 問い掛けに対してきょとんとした顔で首を傾げる少女。

 俺は初ログインの日に何故かチュートリアルを省略されてしまったので失念していたが、基本的にプレイヤーは全員そこで大半の説明をされるはずだ。

 なので本来ならこうして俺がレクチャーする必要は無いはずなんだけど……。


「アカウント作成とかログインボーナスとか、色々言ってただろ?」

「あぁー……あれがチュートリアルだったんですか」

「聞いてなかったのか?」

「いえ……いきなり頭の中に声がして怖かったので、ずっと耳を押さえて『アー』って言ってました」

「なるほど……そういう反応をする奴もいるのか」

「あの……もしかしてわたし、いらない手間をかけさせてますか?」


 急に何かに気付いたような苦々しい顔をしながら、少しだけ顔を伏せた少女。

 確かに俺もその二度手間に気付いてしまった瞬間は『どうしてわざわざ俺が』と思いはしたが……。


「いや、いいよ。実は俺も初めてログインした日にちゃんと聞いてなくて、昔こんな風に教えてもらったんだ。だからまぁ、お互い様っつーか」

「そうだったんですか……あの、ありがとうございますっ」


 気を遣わせないようにささやかな嘘を交えて笑いながら言ってみたが、それでも少女は礼儀正しくぺこっと頭を下げた。

 うん……こういう気遣いと礼儀がなっている子は好感が持てる。

 これが何も考えずただただ当たり前のように聞かれっぱなしじゃ途中で疲れていたかもしれないが、こういう子が相手なら最後までしっかり教えてやろうっていう気になるよな。

 だからまずは、目の前に迫ったこの場所から……。


「どういたしまして……と同時に、着いたぞ?」

「え? あっ!」

「ここがさっき話した【街】だ」

「おぉ、街ですっ!」


 ラストエデンには俺が知る限り【街】が一つしか存在しない。それも名前が付けられていないので【街】としか呼ばれないこの場所一つだ。

 実際に確認したわけではないが、少なくともログイン歴約半年の俺はここしか知らない。


 景観は平たく言ってしまえばファンタジー系のRPGでよく見かける風貌。少し噛み砕いて言うのであれば、現代でもヨーロッパの一部に残る古き良き町並みといったところか。

 半径約三キロメートルほどの円形の街の床には基本的に石畳が敷き詰められており、ところどころ勾配もあり、やや入り組んだ路地なども存在する。


 建築物もそれに準じて石造りが多いが、中には木造の一軒家や、八百屋や服屋といった商店も存在している。

 ちなみに車や自転車は当然走っていないが、同時にファンタジー風であっても城や協会は無いし馬車も走っていたりしない。これらは単純に必要性がないからだろうと言われている。


「わぁっ……こんなにいっぱい人がいたんですね。ちょっと安心しましたっ!」


 木造の、形としては鳥居に近い門をくぐると、初心者少女が行き交う人の群れを見て声を弾ませる。

 ラストエデンでの六時間は現実の約二倍の速度で朝から夜へと移り変わるが、その六時間の間、この街ではずっと大量の人々が行き交っている。

 しかし……これは俺達と同じプレイヤーではない。

 ついさっきまで一人で彷徨っていたのだろうから人を見て喜ぶ気持ちはわかるが、ここはあらかじめ言っておかないとな。


「多分ほとんどNPCだけどな」

「NPC? ノンプレイヤーキャラクターですか?」


 どうやらこの子はその言葉の知識があったらしい。


「ゲームとか結構するのか?」

「今はスマホだけですけど、少し前までネトゲやってました」

「へぇ、そうなのか」


 ネトゲかぁ。そういえば……この子は昔やっていたネトゲにいたキャラクターにちょっと似ている気がする。

 もしかするとそれが元になって今の姿が作られていたり……。


「あの、それでNPCって?」

「あ、悪い、脱線した。まず、そもそも俺たちプレイヤーは基本的にわざわざ街に出向く用事なんてほとんど無い。あるとしてもたいていはどこかしらの屋内を使うから、こうして無駄に歩き続けてるのは大抵がNPCだ」


 この街には俺たちが分類されるプレイヤーではなく、NPCノンプレイヤーキャラクターが生活しているという設定があるらしく、一見するとプレイヤーかNPCかわからない通行人が多数行き交っている。

 道以外にも一軒家の窓から顔を出していたりすることもあるし、布団を干していることなんかもある。

 ちなみに一説によるとこの街には約三千人のNPCが存在するらしいが、半径三キロの街に単なる賑やかしの為に配置されている人数としてはやや多すぎる気がする。


「あの人もそうですかぁ?」


 少女が視線を向けた先にいたのは、箱椅子に座った若い客の足下で靴を磨く五十代そこそこの男。


「あぁ、そうだ。ちなみにNPCはたまに外見が変わることもあるけど、あの客と靴磨きのおっちゃんは半年前から変わってない。組み合わせもやってることも、ずーっと一緒だ」

「ず、ずーっと……ですか?」

「あくまでもこの街で生活してるっていう設定なだけで、実際に生活してるわけじゃないらしい。だから極端な話、NPCが住んでる家に俺たちが勝手に入っても、普段通りの行動を続けて俺たちはいないものとして扱われる。まぁ物を盗んだり服を脱がしたりは出来ないし、過度に接触すると強制的にログアウトさせられるらしいけどな」

「な、なんか怖いですね……」

「いや……これはまだマシな方だ」


 そう。この程度は恐怖の対象にはならない。通行人のNPCは慣れれば背景と変わらない。

 本当に怖いのは……もっと別のNPCだ。

 その説明をしようかどうか迷っていると、俺が言うよりも早く実例の声が届いた。


「いらっしゃいませー、安いですよー」


 大きめの幅の道、その側面に位置している簡素な八百屋。

 その店先に立つ、泥のついた前掛けをしたNPCから発された声。


「おぉー、お店屋さんもあるんですねー」


 無言で歩き続けるNPCとは違い明るく呼び込みをする声に誘われたのか、ぱっと表情を明るくしながら初心者少女は釣られるようにぱたぱたと駆け寄っていく。


「いらっしゃいませー、安いですよー」

「見てください! お野菜売ってますよ!」

「あぁ……そうだな」


 八百屋の前につくと並べられた野菜を眺めてから、俺の方を見て楽しげに手を振る。

 ラストエデンの八百屋で売られているものは、現実の野菜とは少し形や色合いが違っている。だから少女は興味を持ってしまったんだろうけど……あんなに近くで見て大丈夫だろうか……。


「いらっしゃいませー、安いですよー」

「これ、なんていうお野菜ですかぁ?」


 少女よりも少し背の高い八百屋のNPCに視線を向けて質問する少女。

 しかし……返答は来ない。


「いらっしゃいませー、安いですよー」

「あれ? 相手にされてない? あのー、すみませーん!」


 無視されていると思ったのだろうか……。

 今度はNPCの前に手をかかげて、少し大きめの声を出しながら顔の前で手を振る。


 ――そろそろ……気付く頃合いか……。


「いらっしゃいませー、安いですよー」

「すーみーまーせーんー! 聞いてますかぁー?」

「いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー」


「…………あれ?」


「いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃいませー、安いですよー。いらっしゃ――」


 一度は目を輝かせていた少女が言葉を失い、続けて肩を縮こまらせて小さく震えた。

 野菜が並べられた簡素な木造の商店の前では、泥のついた前掛けをした男が絶えず声を発し続ける。

 何回も、何十回でも、何万回でも……あいつはいつ何時でも、永遠に同じ場所で同じ言葉を発し続ける。



 ――壊れた人形のように。



「……っ」


 初心者少女は泣きそうな顔で俺のもとに戻ってくると、背後に隠れてぎゅっと服の裾を掴んできた。

 微かに感じるのは、弱々しく震える手の動き。


「大丈夫だ、べつに変な奴じゃない。ゲームでもあんな感じの奴はいるだろ? ほら、魔王を倒すって言うまで同じこと言い続ける王様とか」

「確かにいますけど……あれはゲームの中ですから……」


 服を掴んだまま離さない少女の声は限りなく潜められていた。

 気持ちはわかる……俺も初めて見た時は同じ感想を抱いた。


 通行人や家の中に住むNPCは基本的に喋らないが、商店に分類される場所にいるNPCは稀に自ら声を発する。

 しかしそれはただひたすらに同じ言葉を繰り返す、いかにもNPCといった役割を全うするだけの存在だ。

 そしてこれはゲームの中なら笑えても……実際に見ると、それこそ夢に出てきそうなほどに気味が悪い。


「ごめん。先に言っとけばよかったな」

「いえ……ただ、一人じゃなくて良かったです……」


 NPCは俺たちとなんら変わらない、普通の人間の姿をしている。

 通行人なら誰が誰という判別も大してつかないし、喋るわけでもないので背景に等しい。

 でもこいつらは違う。

 この店員NPC達はただ同じ言葉を繰り返す怖さだけではなく……俺達プレイヤーの心に訴えかけるような、得体の知れない恐怖も同時に与えてきている気がする。


 そのせいなのか、はたまた初めて相対した存在だったからなのか、俺も最初はただただ怖かった。

 しかし……初ログインから約半年が経った今は、別の事が気になっている。

 それは、



 ――このNPC達が何の為に存在するのか。



 ゲームのNPCのようにクエストをくれるわけではないし、アイテムをくれるわけでもない。加えて会話が成り立たないので、何らかの攻略情報をくれるというわけでもない。

 そんなNPC達は俺達にとって、単なる賑やかし程度の意味合いしか持ち合わせていない。

 これがもしも何かしらのゲームの中なら、同じことしか出来ない賑やかしのNPCというのも、AIの限界という言葉で片付けられた。


 しかしここは夢の中だ。ならばいくらでも融通は利いたはずだ。

 もっとリアリティのある、本当に生活しているNPCだって配置できたはずだ。

 だというのに、こいつらはただ意味もなくここに居続ける。

 まるで…………



 ――魂の抜け落ちた抜け殻のように。

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