零―【ラストエデンへようこそ】
――『ラストエデンへようこそ。アカウント作成を開始します』
【夢】という言葉を聞いて、何を思い浮かべる?
多くの人間は、次の二つの内のどちらかじゃないか?
一つ目の夢は現実に。
未来に想い描く、希望に満ち溢れた絵空事。
もう一つの夢は空想に。
睡眠中に思い描く、虚構の中で繰り広げられる絵空事。
――『ログインボーナス一日目を配布しました』
俺も多くの人間と同じく、まず思い浮かべるのはこの二つだ。
しかし後者の夢はもちろん、俺にとっては前者の夢も絵空事。
どちらの夢も俺にとっては不必要な存在だ。
――『これより、ラストエデンのチュートリアルに――は……い……――――――入らなくていいよね?』
さぁ、じゃあ次の疑問だ……。
――『我は君に期待していない。だから君は、君の死にたいままにさっさと死ね。以上、省略したチュートリアルでしたっ!』
いや……俺の疑問は数時間前に聞こえていたこの変な声に対するものじゃない。
誰だか知らない女の声は、この疑問の一部でしかない。
俺が疑問に思っているのは――今のこの状況が本当に夢なのかどうかだ。
「夢……だよな? あぁ、夢だ。だってありえないし。現実には化け物も怪物も未確認生命体も存在しない。だからあんな奴らは存在しない。そういえば最初にアカウントとかログインって言ってたし、もしかしたらゲームかな? あぁ、その線も……ねぇな、それはねぇな。とにかく現実ではない。現実じゃないなら問題ない。死んでも……問題ない――よな?」
平成が終わろうとしている現代の技術力を考えると、ゲームの可能性はあまりにも現実的ではないのでとりあえず一回排除。
だから夢の可能性から考えよう。
睡眠中、無意識に、自動的に、半ば強制的に繰り広げられる物語。それが俺達、人間が記憶整理の為に見る【夢】というものだ。
でも……じゃあそんな夢の中で、これは夢だと明確な意思を持って自分に言い聞かせる。
脳内だけにとどまらず、声に出してまで必死に繰り返す。
そしてそれを自ら疑問に思う。
さて……。
――この現状は、果たして本当に夢なのだろうか?
フィクションの中ではそんなシーンをたまに目にする。
でも俺は生まれて今日まで十七年で、そんな経験をした試しが無い。
起きてから『あぁ夢だったのか』と気付いたパターンしか経験していない。
もし仮に覚えていないのだとしても、きっとここまで何度も明確に言い聞かせた経験は無いだろう。
ちなみにフィクションでは、夢かどうかの確認方法は痛覚の有無を調べることだといっていた。
まぁ、それでいくと……確かに夢なのかもしれない。
「あぁ……痛くないな。確かに痛くない……痛くないけど……」
果てが無いように思える大自然の中を走り続ける俺。
その背後に迫る気配に気づき、咄嗟に体勢を低くした俺の頭上を通り過ぎていくのは、刃こぼれしている上に錆びだらけの無骨な剣。
その柄を握るのは、お世辞にも人間には見えない醜悪な姿をした、身長100センチそこそこの小さな人型。
暗緑色の肌。
歪に尖った鼻と耳。
頭部には申し訳程度に残っている死にかけの浅黒い毛髪。
そして白目が存在しない真っ黒な眼球。
ちなみに着ている服は麻袋を破いたようなボロ。
「ッシャァァ!」
俺と同世代の若者が仮称するなら間違いなく【ゴブリン】になりそうなこの化け物は、五人(五匹か?)の群れをなして俺を追いかけまわし、延々と刃を振るい続ける。
……というか既に何度か切られている。
しかし、いくら切られようと痛みは感じない。
刃が身体を通り抜けると、一瞬ふわっとした感覚――例えるなら、ジェットコースターの落下時に内蔵が浮き上がる感覚に似ているそれがあるだけだ。
だから痛みは感じない。少し恐怖心を刺激する感覚があるが、痛くはない。
よって夢だという可能性は捨てきれない、のだが……そんなことはどうでもよくて……。
「怖い!! あ、イタい!」
あ、いや、痛くはないんだった。
「キシャァァ!」
逃げ惑う俺の身体に再び通された刃。相変わらず痛みは無い。
ただ……そろそろ看過できない事情がある。
その事情は俺の視界の左下、どれだけ顔を動かしてもずっと、ずーっと同じ場所に存在する黄色い棒状の何か。
初めは緑色をしていたそれが半分になると黄色く変色し、今の一撃で三割を下回ると同時に赤へと色を変え、チカチカと点滅し始めた。
「やばい……んだろうなぁ?」
ゴブリン(仮称)に切り刻まれること十数回。
現状を何一つ把握できていないと言っていい俺だが、これだけは流石に何を意味しているのか簡単に把握できた。
三色の変化を見せたこの棒状の何か。
これは間違いなく俺のHP、残りの命や体力的なものを意味している。
なら……これが全て無くなるとどうなるのか。
「普通に考えたら……まぁ死ぬよな?」
近年ではネットゲームの世界に入り込んだり、ゲームのような異世界へと召喚されるといった題材を使った作品が多数存在する。
現状を楽観視するなら、最初に聞いた『アカウント作成』や『ログイン』という言葉から、単なるゲームなのだと考えることも出来る。
ただし、それは現実では起こりえない、空想の産物――絵空事。
唯一あり得るとすれば、知らぬ間に開発されていた全身で完全に体感できるVRゲームにログインしているという可能性だが、現在VRゲームとして市販されている物といえば、せいぜい有名ゲーム機をゴーグル付きでプレイする程度だ。
まぁもちろんそれ以上のVRゲームも存在はしている。
実際、どこかの会場を貸し切って行われるイベントや、最近じゃゲームセンターなんかにも身体を使って遊べるVRゲームが設置されているらしい。
だから視覚だけはどうにかなるかもしれないし、ある程度の広さがあれば身体だって動かせるかもしれない。
でも断言しよう。これは絶対にその類じゃない。
なにせ俺はもう、かれこれ三十分以上は逃げ続けている。それもほとんど直線でだ。
時計を持っているわけではないので予想でしかないが、もし俺の時間感覚が正しければ、どんだけ広い会場でプレイしてんだよって話だ。
いや、というかその前に……三十分以上の全力疾走を続けるプレイヤーがいたとしたら止めるのが普通だろ? 運営仕事しろって感じだ。そろそろ死ぬぞ?
それにそもそも、現実の俺には三十分も全力で走り続けられるようなスタミナは無い。
――結論。これはゲームではない。もちろん現実でもない。
なら残る可能性としては夢なのだろうけど――死んだらどうなるんだ……?
「くっ……!」
新たな疑問に気を取られた瞬間、眼前に迫るのは砂利の紛れた乾いた土。
夢の中だというのに全てが思い通りにいくわけではないらしく、脚をもつれさせて派手に転倒したせいで顔面から地面に突っ込んでしまった。
咄嗟に振り返り空を仰ぐと気付いたが、逃げ回っている間に夕方から夜になっていたらしい。
遮るものが何も無い視界に広がるのは、現実では見たことの無い、この世のものとは思えないほど美しい、無数の星が輝く夜空。
そこにフレームインしてくるのは、同じくこの世のものとは思えないほど醜悪な一匹のゴブリン。
「――ひっ……」
視界で新たに光るのは、半端に月光を反射するくすんだ刃。
逃げ惑いながらいつの間にか切られた時とはわけが違う。
眼前に迫るのは、明確な殺意と死の恐怖。
声を上げる事すら出来ず、無様に目を瞑る。
せめて最後に助けの一つでも呼んでみるか。
そう思い口を開きかけると……。
――ゴブリンが先に口を開いた。
「タス……ケテ……」
「いやお前喋れるのかよ。つーかそれ俺のセリフじゃね?」
反射的にツッコミを入れた俺に振り下ろされた刃。
無情にも左下で赤く点滅していた棒が色を失った。
直後に暗転する視界。失われていく全身の感覚。
なんてこった……最期の言葉がツッコミって……。
――『死亡を経験しました。デスペナルティを蓄積したのち、ログアウトします』
まずはプロローグ的な【零】、読んで頂きありがとうございます!
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ということでご挨拶させていただきました。
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